117 卒業
同日、アーシアの小屋内にて。
ウェイトリーとマリー、それからアーシアとリーネリア嬢もテーブルについて、向かい合っていた。
その傍らにリグレットとナイトスケルトン、リーネリア嬢の護衛騎士二人もいた。
「では、お二人にお伝えします」
マリーがそう口を開いて話始めた。
「二人の教育は今日で終わりです。
リーネちゃんはいろいろ手を付けているのでまだ教えることはあるのですが、魔術に関しては教えるべき基礎は全て教え切っていますし、自分で覚えていくことも十分可能な域に来ています。
剣術も基礎の部分は終わっていると思います」
「で、ありますな。むしろ、基礎はナイトスケルトンとやりあっている時点でおよそ仕上がっており、自分が教えていたのはいかに生き残るか、戦い続けられるか、守り抜けるかの訓練でしたからな。
経験の不足と鍛錬した時間の短さはすぐにどうこうなるものではありませぬし、教導は今日を最後として問題ありますまい」
マリーの宣言にリグレットも付け加えて賛成した。
「アーシアちゃんに関しては、もはや自分で研鑽を詰む以外にないところまで来ています。教えておかねばならない技術は全て叩きこみました。細かい技術や技法は自分で覚えたり編み出したりするものですし、あとは自身の努力次第です」
アーシアもリーネリア嬢も、その言葉はうれしくもあり、成果が報われた瞬間でもあった。
だが、二人の顔はやや浮かない表情であった。
言われたことは理解できるが、期間の短さか、或いは実感のなさか。
それらが相まって、二人としては終わってしまうにはまだ早いのではと感じていた。
そんな様子を見てやや苦笑気味にマリーは続けた。
「まー急だと思うのは無理はないと思います。でも私たちももう何日かしたらレドアを発って次の場所に行くことになりますし、この辺りが限界なんですよ」
「十月の頭くらいには、って言ってましたもんね……」
アーシアが残念そうにつぶやいた。
「なので、お二人は今日で卒業です」
「……はい。わかりました」
「短い間でしたが、大変お世話になりました」
アーシアとリーネリア嬢は、この決定は覆ることはないと理解して、口まで出かかった本当に大丈夫なのかという不安やまだまだ教えてほしいという気持ちを飲み込んだ。
「ですがー、ぶっちゃけて言えば、まだお二人には教えること、覚えてもらうべきことというのはあるんですよ」
マリーが話を続ける。
「先ほども言いましたが、基礎は終わった段階で、これから応用や実践などが始まっていくんですよね。もちろんそれらすべてを自分で学んでいくのも普通のことと言えばそうなんですが、私が教師として最後の餞別として、お二人に道しるべとなる魔導書を用意しました」
そういってマリーは二冊の魔導書を取り出して、二人の前にそれぞれ置いた。
「アーシアちゃんの方には錬金術に関することとレシピ、それらにまつわる知識。リーネちゃんには魔術に関する知識とそれの応用方法、ですね。
二人の魔導書には素材に関してなど共通する項目も多いですが、二人の成長を助けてくれるはずです」
「魔導書かぁ。初めて見たなー」
「魔導書を……、書かれたのですか?」
「まー優秀な生徒の為ですからね。これくらいは」
へーそうなんだーくらいのニュアンスのアーシアと、えっそんなすぐ用意できるようなものなの? といった反応を示すリーネリア嬢。
それにあっけらかんと返すマリーであった。
マリーは魔導書の説明を続けた。
「それはたくさんの知識を内包する魔導書でもありますが、成長を促し、また魔導書自身も成長するものなんです」
「成長する?」
「いろいろな機能を載せまくったんですけど、普通に説明すると機能紹介で小冊子を作らなきゃならなくなってしまいますし、お二人も理解しきれない部分があると思うんですよね」
「はぁ?」
「なので、書籍精霊という人工精霊をその魔導書に内包しました」
「はい?」
リーネリア嬢は困惑した。
マリーは気にした様子もなく話を続ける。
「安心してください。機械的にサポートしてくれる程度の精霊ですので、そこまでしっかりとした精霊というわけではありません。
これは何だと言われれば魔導書の精霊か、まぁ百歩譲れば魔導書の魔物かなといった感じです」
「魔物なんですか!?」
「魔力と何かしらの意志を持った人ではないないものという意味では魔物ですし、精霊ですね」
やや誤解や曲解を含むような、元も子もないようなことを言うマリーにリーネリア嬢はやや遠い目をしていた。
リーネリア嬢はこれまでの人生のほとんどを病床で過ごしており、そのほとんどは読書をしていたといっても過言ではない。
物語で語られる精霊に憧れのようなものを持っており、自然的なそれではないとはいえ、人工的に生み出されたなどと聞かされて、いったい自分はどこに来てしまったのかという気になっていた。
なお、リーネリア嬢の感性にはもはや、マリーが冗談や戯言の類を言っているという可能性は皆無であった。
この魔女ならやってもおかしくない、という確たる信用だけがあった。
「ただ精霊でも魔物でも危険はないです。二人にはこれから魔導書の所有者として契約してもらいますが、危害が及んだり魂とか寿命を吸い取られたりということも無いのでご心配なく。
あくまで魔導書の使い方や知りたい内容を教えてくれたり、練習・訓練方法の相談や方針の相談が出来て、愚痴を聞いてくれたりする程度です」
「なーんだ。それなら大丈夫ですね!」
アーシアは安心だな! と笑顔を浮かべ、やや困惑気味ではあるが、憧れのある精霊と邂逅できることに期待が膨れ上がってきているリーネリア嬢であった。
ただし、静かで普段通りの顔をしているウェイトリーが、若干上の空であることにマリー含めアーシアもリーネリア嬢も気づいていなかった。
後ろに立っていたリグレットとナイトスケルトンのみが、ウェイトリーなんかおかしくね? という風に見ていた。
「さて。というわけなので、ちょっと契約儀式的なものをしてもらいます。
二人とも、指先チクっと針を刺して血を一滴魔導書の表紙に当ててから魔導書に魔力を流してください」
「チクっとするんですかー」
「それが一番手っ取り早いので。契約がうまくいけば精霊から魔導書につけられた名前を教えてもらえるますので、それで契約完了ですね」
マリーが取り出した裁縫用の針を二人はそれぞれ手に取って指にちくりと突き刺して、一滴の血の水滴が指ににじみ出た。
そのまま指をそれぞれの魔導書の押し当て、そのまま二人は魔力を流し込んだ。
その瞬間、魔導書は輝き、強い光を放った。
マリーはあれっ? こんなに光るかな? とやや訝し気にしてその光景を見ていたが、ウェイトリーは内心あちゃー、という気持ちでいっぱいだった。
マリーの想定であれば、魔導書から二人に対してだけ声が響く程度のものを想像していた。
だが、現実はそれを遥かに凌駕した。
それほど広くないアーシアの小屋の中に二つの人影が現れた。
アーシアの隣には明るい金髪と翠緑の瞳、茶色ローブを羽織った十七、八歳ほどに見える美少女と、リーネリア嬢の隣には美しい銀髪と紫と蒼のオッドアイ、やや古風なドレス姿の同じく十七、八歳ほどに見える美少女がそれぞれ立っていた。
二人はそれぞれ自身の名を語った。
「『錬金術を学び成長し日々進む道しるべを照らすもの』、アニス・ルクシア、契約に応じ参上しましたわ」
「『魔術を学び困難の先を見る道しるべを照らすもの』、アウラ・ルクシア、契約に応じ顕現したわ」
「おおー!!」「すごい!」
「あらー、マスターったら可愛らしいわ」
アニスは喜ぶアーシアの頭に手を当てて撫で始め、アウラは何も言わずリーネリア嬢に跪いて手の甲に口づけをした。
一見してとんでもない美少女であることを除けば普通の人間にしか見えないような完璧な姿で、機械的とは程遠い自我と人格をもって現れた二人に喜ぶアーシアとリーネリア嬢であったが、マリーは大混乱していた。
は? なにこれ……、しらん、こわ、と。
そんな中、ウェイトリーは壊れたロボットのように話し始めた。
「いやー、マリーさんは流石だなー、まるで大精霊クラスの見た目じゃないかー、いよっ、七元の魔女、やらかし世界一ー」
「ぶっ飛ばしますよ主さま」
「最近言動のバイオレンスが過ぎる」
「いや、なんですかこれ? 何か知ってるんですか主さま」
「俺がマリーさん以上に精霊について詳しいわけないだろ。でもまぁわからんが、多分、もろもろ噛み合った結果とエルダーズオールドワードが悪いと思うよ」
「だからといってこれほどの……。あー、いえ、これは多分、今言ったもろもろもそうだと思いますけど、主さまの魔力が原因かもしれません」
「危うくホントに干物になりかけるくらい吸われたけど、なんで?」
「主さまの魔力は、生と死の属性です。つまりその二つ合わせて魂命属性です」
「あぁ、魂に関係する魔力だからか」
「命あるものに正しい形を与える属性で、命なきものに今一度魂を与える属性ですからね」
「納得したわ」
「つまりは主さまのやらかし、これは主さまのやらかしです」
「いやその理屈はおかしい。俺はやれと言われたことをやっただけで、その責任はマリーさんにあるはず」
しょうもない言い争いをするウェイトリーとマリーを見ながら、リグレットとナイトスケルトンはやれやれと頭を振っていた。
「あの、アウラ・ルクシアさまでよろしいのですか?」
「敬称は不要よマスター。私は貴方に仕える魔導書。アウラと呼んでくれればいいわ」
「ではアウラと。よろしくお願いします」
「じゃあ私もアニスさんって呼べばいいですか?」
「んー、さんも必要ないけど、マスターが呼びたいように呼べばいいわ」
「えっと、じゃあアニスさんで!」
「マスターがもうちょっと大きくなったら呼び捨てにでもしてね?」
「考えておきます! これから仲良くしてください!」
「はーい。マスターかわいい!」
アーシアを撫で繰り回すアニスに、アウラがジト目がちな視線を向けて苦言を呈した。
「アニス、余り本分を忘れたようにはしゃぐんじゃないわよ」
「あらー、アウラちゃん。妹ちゃんなのになんてこというの!」
「妹分であることを否定はしないけど、姉のように振舞われるのはちょっと癪だわ」
「アウラちゃんに言われなくてもそのあたりのことはちゃんとわきまえてますとも」
「ならいいけど。あんまり羽目を外すんじゃないわよ」
「アウラちゃんもめんどくさがりなところをマスターさんに怒られないようにね」
「それこそ言われなくてもわかってるわよ」
そんな様子を見ていたリーネリア嬢が二人に質問した。
「お二人は、仲が悪いのですか?」
「そんなことないわよ、アウラちゃんのマスターさん」
「姉妹なんてこんなものと思ってくれればいいわ」
「あーウチの兄弟もそう言うところあるよリーネちゃん」
「そうなんだね。私はお兄様とはそんな感じじゃないかなぁ」
「いや……、リーネちゃんウサギ暴走の時にお兄さんに怒られてたときこんな感じだったと思うよ」
「あれ? そうだったかな?」
「そうだったと思うよ」
それぞれがそれぞれで各々でしゃべっている中で、リグレットがウェイトリーとマリーに続きを話した方がいいと提言し、話はやっとのこと戻ってきた。
「あー、はい。一度注目」
マリーがそう声をかけて話を再開した。
「というわけで、自己紹介はある程度済んだと思いますので、アニス、アウラ、二人のことはよろしくお願いしますね」
「心得ました、作者様」
「役目は果たさせてもらうわ、作者様」
「アーシアちゃんもリーネちゃんも、これからはアニスとアウラと相談してもりもり成長していってくださいね」
「ありがとうございますマリー先生!」「ありがとうございますマリー先生」
「では、魔導書の受け渡しはこれで終わりです。あとは……」
「マリー殿、少し自分にもお時間を」
「そうでしたね」
そういってリグレットはリーネリア嬢の元へと向かった。
「リーネリア嬢。本日までの訓練で教えるべきことはあらかた教え終えた。どこまで剣の道へ進むかはわかりませぬが、これからのご活躍を期待しておりますぞ」
「ありがとうございます、リグレット先生。ナイトスケルトン先生もありがとうございました。ヘビーナイトゾンビ先生にもよくお伝えください」
「つきましては、修了の証として、こちらをお納めくだされ」
そうしてリグレットが取り出したのは、手のひら大のメダルに、リグレットの鎧に刻まれている意匠と同じものが彫り込まれたエンブレムであった。
受け取ったメダルを眺めてリーネリア嬢は不思議そうに聞いた。
「これは?」
「わが国で、訓練を終えたものに授与されるメダルであります」
「そうなのですか」
「リーネ嬢、そいつは結構すごいんだぞ」
「すごい?」
ウェイトリーはやや得意げに語った。
「その意匠は、教導に当たった騎士の意匠が使われるものなんだが、リグさんの意匠のものを持ってるやつは少ないんだよ。なにせ訓練が地獄のようにキツイから」
「言い過ぎですぞウェイトリー殿」
その言い分に苦笑いで返すリーネリア嬢と、同感だと頷く護衛騎士の二人。
「つまり修了まで耐えきれる奴はいないわけじゃないがそう多くなくてな。その証は誇ってもいいメダルだぞ。なにせ騎士団長のお墨付きだからな」
「あくまでわが国であれば、ですがな」
「……謹んで拝領いたします」
そのメダルを右手に持ち、それを握りしめるようにしながらその手を胸に当て、リーネリア嬢は深く頭を下げた。
そのしぐさは、ナイトスケルトンを始め、当然リグレットも同じく行う、“王国式”の騎士礼であった。
「リーネリア嬢が、正しく剣を振るい、清く生き、幸多からんことを祈っておりまするぞ」
リグレットがそう言葉をかけ、ナイトスケルトンも騎士礼をもってそれを送った。
「ありがとうございます。この証に恥じぬよう、生きていきます」
それをもって、アーシア・リーネリア嬢両名の教育は全て終わったのであった。
その後、翌日の辺境伯邸でのもろもろの打ち合わせを少しばかりしたあと、貰って来たばかりの巨大地竜の肉を使ったパーティが催されたのであった。




