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デッドマスターはあんまり動じない  作者: 八神 黒一
6章 さらば領都レドア

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114 模擬戦 ウェイトリー VS リーネリア

「ウェイトリーさんとの模擬戦、ですか?」


 二日後。

 今日も地獄の訓練をやるものだと思ってやってきたリーネリア嬢と護衛騎士一行は、本日の訓練メニューが違うものだとリグレットに告げられた。

 

「リーネリア嬢、ウェイトリー殿はかなり搦め手を得意とする暗殺者的な戦いに心得がありますからな。

 あらゆる姑息な手段と小賢しい技、それから考えもしなかったような攻め手を無数に持っておりますから、そう言った手合いにいざ狙われた時の、良い経験となるはずですぞ」

「なるほど。しかし、ウェイトリーさんは魔術師なのではないですか?」

「そうなんだよリーネ嬢、リグさんってば無茶ばっかり言うんだ」

「はぁ。そうですよね」

「いえ、ここは一度当たっておくべきですぞリーネリア嬢」

「リグレット先生がそう仰るなら。申し訳ありません、ウェイトリーさん」

「マジかよ」


 なんとなく気の毒そうな顔をしてウェイトリーに謝るリーネリア嬢に、最後の望みが断たれたと言わんばかりの()()()()態度を取るウェイトリー。

 

「ではせめてものというわけで、ウェイトリー殿の勝利条件を発表しますぞ」


 そういってリグレットが告げた内容はこのようなものであった。

 リーネリア嬢は基本制限なし。

 武器は刃の無いようにした凍結武装を使用することのみでそれ以外の制限はなく、完全な一太刀を浴びせるかそれに近い状況にすれば勝ち。

 そしてウェイトリーには以前使った投げナイフに見立てた鉄片をもう少し投げナイフらしいものに加工した先の丸まった投げナイフを、部位不問で三回命中させれば勝ち、或いは通常の模擬戦と同じく、急所になにかしらの武装を突きつけられれば勝利となった。

 これは暗殺者や刺客といった手合いは、暗器に毒物を塗布している場合が多くあるため、非急所部位であっても攻撃を受けるのは危険であるという設定からであった。

 そしてフィールドは構造物の一切ない更地の草原であった。

 

「更地の草原? 流石にそれではウェイトリーさんが不利すぎるのでは?」

「そうなんだよ。言ってやってくれリーネ嬢」

「なりませんぞウェイトリー殿」


 無慈悲に否を突きつけるリグレットにウェイトリーは、俺終わったわ、と言わんばかりにガックリとうなだれた。

 

「さて、説明も終わったところで早速始めましょうぞ」

「は、はぁ……」


 言われたとおりに位置につくリーネリア嬢と、その対面にとぼとぼと歩いていくウェイトリー。

 

「あの、ウェイトリーさん」

「お手柔らかに頼むよ。本気で来られても俺はリグさんみたいなことはできないからな?」

「わかりました」


 そんなやり取りを交わし、それを見届けたリグレットが開始の合図を告げた。

 

 始まった直後、リーネリア嬢は動かず、ウェイトリーは懐から取り出した鉄片ナイフを三つ右手で大きな動作で素早く投げ放った。

 その動作に紛れ隠す様に左手も少しだけ動かし、そのすぐ後に左足を少しだけ引いた。

 

 飛来した鉄片を、なんでもないかのように全て的確に弾き落とし、それを処理した後にリーネリア嬢は一気に加速してウェイトリーに迫った。

 

 ウェイトリーはそれを受けて、その場で踏みとどまり、矢継ぎ早に鋭い速度でナイフを投げ放った。

 だがそのどれもいとも容易く弾かれ、リーネリア嬢の接近は止まることはなかった。

 それでもウェイトリーはギリギリまで動かず、ほんのあと一瞬で深蒼の剣が届くかとと思われたところで、右足をゆっくり引いて上体を反らし、その剣をスレスレで躱して見せた。

 

 躱されたことに驚きもせず、リーネリア嬢は次なる攻撃を繰り出すべく剣を振る動作に入るが、そこでウェイトリーが歩数にしておよそ一歩分、左足を大きく引いてさらに後ろに下がった。

 無論、追撃するべく右足を前に出そうとしたリーネリア嬢。

 

 それは、何の因果か或いはただの偶然か。

 ウェイトリーの左足があった場所をなぞるように踏み出したリーネリア嬢の足は、微動だにしない硬質な感触に阻まれた。

 わかりやすく言えば、躓いた。

 

 その一瞬、躓いた瞬間と躓いたと認識するその一瞬の空隙を突くかのように。

 右足の対角線上となる最も意識から遠い場所である左肩に最初のナイフが命中した。

 

 仕組みは簡単であった。

 最初に三本投げたナイフで目くらましをしている間に隠れるようにした左手手首を使って地面に鉄片ナイフを投げて、それを左足である程度埋め込んだだけであった。

 あとは左足で隠したまま、クロスレンジに持ち込んだところで、動きを誘導するように左足を引いてやれば埋め込んだナイフに躓いて、起こった出来事とそれを理解するほんの一瞬と一瞬の間の隙ができるとウェイトリーは確信していた。


 ナイフが当たった衝撃自体はそれほど大きいものではなかったが、当たったことに対する衝撃は大きく、一連の流れが理解できず思考が一瞬停止するほどのもであった。

 それを見逃すウェイトリーではなく、最初に()()()()()、続いて左手、右手とテンポよくナイフを投げていく。

 だが、たとえ思考が停止しようとも正面から飛来するナイフを叩き落とす程度のこと、リーネリア嬢は造作もなくやってのけた。

 二度、三度四度、六度七度と決まったタイミングで飛来するナイフをテンポよく叩き落とすことで思考は戻り、このような失態はもうすまい、と建て直しリズム感のあるナイフを切り捨て前に進もうとした矢先であった。

 

 直上から飛来したナイフが、リズムの外からリーネリア嬢の右肩を叩いた。

 

 今度こそ、正真正銘何をされたのかわからなかった。

 訳が分からな過ぎてウェイトリー以外に投げたものがいるのではないと疑ったほどであったが、周囲にはリグレットと護衛騎士の二人しかおらず、ウェイトリーが召喚する可能性があるアンデッドなどの姿は一切見えなかった。

 それが一層リーネリア嬢を混乱させた。

 

 カラクリは別に難しいものではなかった。

 あえてリズムをキープして投げ始めたナイフの最初の二度は右手を使って投げている。

 だが、その間左手が何もしていなかったのかと言われれば否であった。

 一本目と二本目の間の時間に、真上に、いや鋭角な山なりを描くように投げられた曲射をもってリーネリア嬢の右肩を狙った、ただそれだけであった。

 あえて弾きやすいようにリズムをキープしてナイフを投げていたのもそれを弾かせることでその場にわずかな時間釘付けにするだけの布石に過ぎなかった。


 何をされたのかは理解できない。

 だが、もう後がないことだけは明確だった。

 リーネリア嬢は今まで起こった全てをいったんすべて忘れて、混乱を極力払い、ウェイトリーに集中した。

 

 ウェイトリーは少し離れた位置から、リーネリア嬢が立ち直るのを待ってから右手を掲げてその手に持つ二本の鉄片ナイフをチラつかせて見せた。

 それは、まるでこの二本であとは終わりだとでも言わんばかりで。

 だがそんな不遜極まるような気配がありながらも、ウェイトリーの表情は凪の湖面のように静かな真顔であった。

 その時にリーネリア嬢は確信した。

 この人は初めから、負ける気など一切なく、そもそも負けることすらないと確信していたのだと。


 一度深く息を吸って、それを吐く。

 奇しくもウェイトリーが集中するときにほど近い動作を行ったリーネリア嬢はどんなものにも対応して見せると深蒼の剣をしっかりと構えなおした。

 

 そしてウェイトリーはリーネリア嬢の心臓めがけて一直線に右手のナイフを投げ放った。

 その程度であれば簡単に対処できるスピード。

 しかしリーネリア嬢は視線を逸らすことなく、余計な動きはせず、最小限の対処で処理すべく弾道に剣を置く程度でとどめた。

 この程度で終わるはずがないという確信があったからだ。

 

 しかしてその想像は正しく、最初のナイフを追うように、そのナイフよりも鋭く早い速度で放たれた二本目のナイフが、最初のナイフと接触し、最初のナイフは右肩をかすめるかという位置に向かい、二本目のナイフは左足へと向かって飛んだ。

 

 これを本命と見定め、かすめる位置のナイフを最小の動きで躱し左足に飛来するナイフは弾いて処理するため剣を動かし始めた時に、気が付いた。

 

 ウェイトリーが三本目のナイフを左手で投げ放っていることに。

 

 それは今までに見たどのナイフよりも鋭く速く、ともすれば、真正面から投げられればその速度故に対処するのも難しいのではと思うような速度であった。

 

 三本目のそれと比べてみれば緩やかと言わざる負えない最初のナイフに鋭く飛翔したかと思えば、甲高い金属音を響かせてリーネリア嬢の移動後の右足へと突き進んだ。

 

 身体の移動に左足へのナイフの対処。

 リーネリア嬢に残された防御の手は、もはや何もなかった。

 

 三本のナイフの直撃をもって、この模擬戦は終了となった。

 

 リグレットとの実践訓練に比べて、ほとんどダメージも疲労も無いとすら言える模擬戦であったのにもかかわらず、リーネリア嬢は呆然として立ち尽くしていた。

 

「リグさんや。これでよかったかな?」

「相変わらずの呆れた精度でありますな。流石の勝利でありました」

「ま、番外戦術もうまくいったみたいだしな」

「番外、戦術……?」


 ウェイトリーとリグレットの会話が聞こえていたリーネリア嬢は言われたことを理解しようと言葉を発した。

 それにウェイトリーは苦笑したようにネタバラシを始めた。

 

「実はな、最初から俺はリーネ嬢をハメようと思って動いていたんだ」

「一体何をなさったんでしょう。なにか卑怯なことをされたような気はしていませんでしたし、そもそもそれをされても対処できるようにする訓練と聞いているのでされても文句は言えないとは思うのですが」

「そうっちゃそうだな。途中で気づいたかもしれないが、俺、今回の最初の一回だけはまず間違いなく勝てるだろうなと思ってたんだよ」

「そう、ですよね……。ですが、始まる前は」

「自身なさそうだったろ? あれ嘘」


 あっけらかんと言ったウェイトリーにリーネリア嬢は目を見開いた。

 

「ああいう風に言っておけば最初から全力で来ないし、俺を少し侮ってみてただろ。そういうところの隙を作るところから始めてたわけだな。これが番外戦術」

「うぐっ……」

「そういう侮りがあれば、注意がほんの少し緩むだろうから、最初に三本同時にナイフを投げて目くらまししてる間に地面にナイフを埋めた」

「私が躓いた何かはウェイトリーさんの仕業だったのですか……?」

「リグさんと日々打ち合ってるのもあるし、ほぼ毎日動きを見てるからな。慢心もしてたし足運びを誘導するのはそう難しくはなかったよ」


 なんでもないように言うウェイトリーに驚愕するリーネリア嬢。

 だが同時に理解もあった。

 突発的に躓いたのに反応してナイフを投げてきたにしては、タイミングがあまりにも的確過ぎたのだ。

 それも罠にかかるとわかっていれば理解できるというものだ。

 

「んで、最初のヒットで一瞬混乱したところを突いてリズムキープを強要してるところを曲射で二ヒットだな」


 そう言いながら、右手の手首だけで上に向かって投げた鉄片を、左手を一切動かさずにキャッチして見せた。


「あの不可解な攻撃は、そのような方法で投げられていたのですね」

「どこから来たのかわからなくて周りに何かいないか探しただろ」

「はい」

「ん何もでいなかったからさらに困惑したと」

「はい……」

「俺はその間に五歩くらい距離を空けて、リーネ嬢がある程度立ち直るのを待った」

「どうして待ったんですか?」

「確実に次で仕留めるためだな」

「それはどういう?」

「一度、状況を整理させてやれば、なんかよくわからないけどあと一回で負けるってことは理解できると思ったからだな」

「それでも、混乱しているところに追撃すればもっと手早くヒットを取れたのでは」


 ややいちゃもん染みて噛みつくリーネリア嬢であった。

 だがそれをウェイトリーは否定した。

 

「たぶん、それだとダメなんだよ」

「なぜですか?」

「いやわからんよ? 割とあっさりと当たったかもしれん。でもそれよりももっと確実に当てる方法があったからそっちを優先しただけだな」

「それは、あのナイフを接触させて軌道を変えるものですか?」

「そうだな。あれは万全の状態でも五割くらいは回避できないと踏んでいた」

「でも五割では確実とは程遠いのでは」

「あの状態は万全でも何でもなかったからな」

「……? 立て直す時間を与えられて、整理の付いた状態でしたので、ほぼ万全と言えたと思いますが」

「リーネ嬢は俺がナイフを二本チラつかせてるのを見て、絶対に負けるかって言わんばかりに真正面から剣を構えて迎撃態勢だっただろ?」

「はい」

「なんで俺はあえて挑発するように二本ナイフをチラつかせていたと思う?」

「なぜと言われば、それこそ挑発なのでは?」

「そうだな。まさにその通り。そしてリーネ嬢は挑発通りに迎撃態勢を整えてくれたというわけだ」

「それがいけませんでしたか?」

「そういうところは武家の娘なのかもしれんけどさ。仮に今の状況が実践だったとして、あと一回ナイフが刺さったら死ぬって状況だよな?」

「そうですね」

「なんで的を絞らせないように走り回ったりせずに、真正面から受け止めて見せようとしたんだ?」

「……え?」


 それを言われてリーネリア嬢は頭が真っ白になった。

 言われてみればそうであった。

 いわゆる射撃系の攻撃の最も簡単な対処法は受けて流すことなどではなく、大きく移動して的を絞らせない事。

 そのことが完全に頭の中からすっぽ抜けていた。


「そりゃ今の状況が誰かをかばって動けないとかならともかく、そうでもない状況だよな。普通に走り回る方が有効だと思うぞ」

「それは、そうですね……」

「んで俺は、速度違いの軌道替え投擲をするにはそれをされるとかなり都合が悪いわけだ」

「はい……」

「だから慌てず思考を整理する時間を与えて、与えすぎないようにしつつ、さもあと二本のナイフで仕留めてやるぜって感じに挑発して、リーネ嬢をその場所に固定して、後は三本投げて終わりだ。

 万全の状態で迎え撃てたと思っていたかもしれないが、あと一回で負けで、視野も狭くなってる状況は万全とは程遠いし、まず間違いなくどれか一本は当たるだろうと思ってたからな」

「……。」


 全ての状況を理解して、最初から最後までまんまと策に乗せられて惨敗したということがあまりにもあんまりで、リーネ嬢は能面のような顔になっていた。

 そしてウェイトリーはこの後に、彼女が何を言い出すのかを正しく理解していた。

 

「ウェイトリーさん」

「やだ」

「ウェイトリーさん」

「絶対やだ」

「ウェイトリーさん」

「こんな初見殺し一回しか通用しないんだからもう絶対やらんぞ」

「ウェイトリーさん」

「その名前だけ呼んで圧をかけるをやめろ」



 そのまま断固NOを突きつけ続けて、ウェイトリーは勝ち逃げを図るのであった。

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