113 リグレット式(地獄の)実践想定訓練
ウェイトリーが倉庫整理の依頼を受けていた日から二日後。
アーシアの小屋前、リーネリア嬢の訓練場にて。
そこには、並べられた大岩と城壁の中を掻い潜り、かなり鬼気迫る勢いで模擬戦を行う、リグレットとリーネリア嬢、それから護衛騎士の二人の姿があった。
対戦カードはリグレットとそれ以外。
つまりは三対一での模擬戦である。
リグレットは正面に堂々と相対するリーネリア嬢を細心の注意を払いつつも、適切に対処し、周囲から隙を狙うべく襲い来る護衛騎士二人も確実にいなしていた。
一見防戦一方のリグレットは、素人目にはかなり不利に見えるのだが、その実、追い詰められているのは三人の方で、打てど響かず、風に揺られ、水に流るるが如く、攻撃を流されるときに体勢を反らされることで刻々と体力は奪われ、少しでも攻撃が甘ければ完全に体勢を崩されるような防御技を掛けられるのである。
それは三人の精神にどんどんと折り重なる澱のようであった。
まだ残暑残る気温の中、汗水たらして必死な形相で有効打をもぎ取ろうとする三人に対して、汗一つかかず表情一つすら変えず一切の焦りなどないかのように全てに完璧に対処して見せるリグレット。
息が上がらないのはアンデッドや不死者は肉体的な疲労を感じないからなのだが。
そんな中、訓練用に錬金術で特注されたリグレット用の金属の芯が入った木剣にて一人の護衛騎士が沈められた。
わずかな動揺を感じるもう片方の護衛騎士と、意に介さず攻め手を緩めないリーネリア嬢。
それに背中を押されるように奮起して何とか隙を狙わんと残った護衛騎士もリグレットに斬りかかる。
その光景をウェイトリー、マリー、アーシアの三人は、やや離れた位置でテーブルそばに置かれた椅子に腰かけ、のんびりと見ていた。
「リグレットさん、すごすぎないですか」
アーシアが呆れたような、感心したような半々の感情で、連日に渡ってその筆舌に尽くしがたいことが行われている実戦さながらの模擬戦を見ながら呟いた。
「リグさんはマジですごいんだよ。なんせ騎士団長だからな。その国で一番強い騎士なんだよ」
「見た目はめっちゃコワイですけど、すごいやさしいですし、結構気さくに話してくれますし、その上めちゃくちゃ強いって、なんだか物語に出てくる呪いをかけられたすごい騎士様みたいです」
「実際そのレベルだよな」
「あの人も、ウェイトリーさんが呼んだ、アンデッドなんですよね?」
「そうだな。厳密にはアンデッドじゃなくて不死者なんだが、まぁ同じようなもんだ」
「なんであんなすごい人を呼べるんですか? 死霊術って何でもありなんですか?」
「なんでもありってわけでもないけど、俺が元居た場所だと、リグさんクラスを呼べる死霊術師は平気でいたぞ」
「流石に嘘ですよね?」
「嘘だよ」
「なんだぁ、やっぱりウソかー」
「嘘でもなんでもなくホントですよ。他にも十メートルを超えるドラゴンを呼び出す召喚士もそれと殴り合いができる鉄のゴーレムじみた機械人形を呼んで戦う操縦士もわんさかいましたし、そんなドラゴンやゴーレムを一刀両断する騎士も、雨のような矢で射殺す弓術師も、何もかも跡形もなく吹き飛ばす魔術師もわんさかいましたよ」
「なるほどー、ウェイトリーさんって魔界出身だったんですね」
「どうも、魔界人のウェイトリーです」
「って流石に冗談ですよね?」
「冗談だよ」
「冗談じゃないですよ。魔界人は嘘ですけど」
「魔境過ぎる……」
アーシアは、大森林以上に恐ろしいと聞く場所は知りもしなかったが、ウェイトリー達がいた場所は大森林以上に恐ろしい場所に違いないと思った。
そんな結構しょうもない話を繰り広げている三人をよそに、模擬戦は二人目の護衛騎士が落とされ、残るはリーネリア嬢ただ一人となっていた。
対処に当てるべきリソースをリーネリア嬢一人に集中できるようになり、次第に攻撃の手を強めていくリグレットだが、リーネリア嬢も今では一端の“王国剣術”の使い手。
攻めの手段よりも、受けと流しの防御の手段の方が格段に上手い。
もはや、リグレットとリーネリア嬢の模擬戦は芸術的な攻防の応酬といっても過言ではなかった。
ここ数日行われているこの実践形式での模擬戦では、リグレットの使う剣に慣れ切っていない護衛騎士の二人が順に倒れ、リグレットと同じ剣を使うリーネリア嬢が粘りに粘るという光景が繰り返されていた。
そしてその結末もいつも決まったもので、防御の手段だけでなく、攻撃の手段にも熟達するリグレットが“王国剣術”での手練手管をもってして防御を突き崩し、毎度驚異の粘りを更新し続けるリーネリア嬢を沈めてゲームセットであった。
「さ、アーシアちゃん。ジャガイモポーションの出番ですよ」
「了解でーす」
この訓練の困ったところの一つが、参加しているリグレット以外の全員が疲労困憊で動けなくなるほどへとへとになるところであった。
ベンゲル辺境伯の下、厳しい訓練を続けて、辺境伯息女の護衛騎士となるほどの実力を持つ二人をして、しばらく足腰が立たなくなるくらいの訓練をたった一回の模擬戦で味わうことになるのだ。
これは単純に体力が消耗するまで動くからというわけではなく、リグレットの“王国剣術”によって効率よく体力を削られるのである。
その剣術に慣れているリーネリア嬢はともかく、護衛騎士の二人はたまったものではなかった。
かくいうリーネリア嬢も、慣れているのをいいことにどんどん厳しい攻撃をギリギリ対処できる範囲で延々と対処させられるため、へとへとになってしまうのである。
そこでアーシアの登場である。
実家の家業でもあるジャガイモをふんだんに使い、小麦粉、干し肉、若干の薬草、それから風味付けのオレンジ。
これを相克流動渦による過剰昇華を行うことで、スタミナと空腹と肉体疲労を急速回復させる『アーシア特製 ジャガイモスタミナポーション』であった。
動けなくなっている三人にそれぞれポーションを渡して飲ませ、三十分ほど休憩させればバッチリ身体が動くようになる。
疲労困憊の三人にとっては非常にありがたいポーションなのだが、身体が動くようになるということはつまり。
もう一度同じ訓練ができるということだ。
そんな光景が連日繰り返されていた。
控えめに言って、地獄である。
そんな地獄の使者の一派になったアーシアは、ポーションを飲んだもののいまだに物言わぬ死体となっている三人を残してリグレットと共にテーブルまで戻ってきた。
「おつかれー」
「リーネリア嬢、かなり仕上がってきていますな。もちろん、時間と経験の不足はありますが、この調子であれば、あらかじめ教えておきたいことは概ね教えておくことが出来そうですな」
「そりゃぁよかった。あの三人も地獄のような訓練を続けている甲斐があるってもんだろうよ」
三つの死体を指さして言うウェイトリーに愉快そうに笑ってリグレットは答えた。
「なに。死なずに地獄を味わえるのであればそれも骨身になりますからな。重畳重畳」
「ヤバすぎて草」
「リグレットさんは全然疲れてないんですね」
「アーシア殿、それは自分が死者だからですな。流石に自分も生前の身であれば、あれほどの訓練をすれば多少息くらいは上がりますぞ」
「多少……」
「今となっては息を吸う必要もありませんからな。呼吸で動きを悟られ辛くなっているのもよいですな。呼吸を整える必要もありませんし」
「リグレットさんは不死者としての適応力も高いですからね。アンデッドの肉体をそこまで使いこなせる不死者もなかなかいませんよ」
「なに、この程度、祖国を守る騎士なれば、出来て当然ですな」
当然だな、と頷くリグレットにウェイトリーとマリーは苦笑いを浮かべていた。
「命を救ってもらった身の上で、決して死にたいわけではありませんが、リグレット先生を見ていると羨ましいと思うこともあります」
そんな話をしていれば、いち早く回復を済ませたリーネリア嬢がテーブルまでやってきた。
やってきたリーネリア嬢を見て、マリーが声をかけた。
「お、生き返りましたか。では、身体の打撲や切り傷などを治す魔術、生属性回復魔術の練習をしましょう」
リーネリア嬢が疲労の回復を済ませてこちらに合流したのは、先の模擬戦での怪我、主に木剣での殴打で受けた打撲などの治療を、自身の回復魔術で癒すことを目的としていたからであった。
氷と雷の魔術は何もなくとも教えることができたが、回復魔術ばかりは怪我がないことには教えるに教えられない。
怪我人を用意するわけにもいかないし、街の診療所などに行くにはまだまだ腕が足りない。
であれば、大怪我を負わせる心配がないリグレットの訓練と並行して回復魔術の技量を上げていこうという試みであった。
「大きな出血を伴う怪我や、臓器へのダメージ、それから骨折、さらには肉体の欠損なんかは、そのうち渡す予定の魔導書に医学知識と共にやり方を書いて置きました。
ですが、回復魔術には広い医学知識があればあるほど有効ですので、魔導書以外でも勉強しておくと身に付きやすいですよ」
「心得ております。今、お父様にお願いして、初歩からの医学書を取り寄せてもらっています」
「いいですね。あと病気に関しても、魔力が絡まない肉体的な病気であれば治せるようになるので、そちらの方もある程度勉強してもいいかもしれませんね。
まーこと病気を治すというのであれば、アーシアちゃんにそれ用のポーションを作ってもらう方が手っ取り早いかもしれませんが」
「私そんなに知りませんけど?」
「そっちはアーシアちゃんの魔導書に書いてあるので、しっかり勉強してください」
「わかりました!」
「では、始めましょう」
回復魔術の練習を始めたリーネリア嬢をぼんやりと眺めていたウェイトリーに、リグレットが声をかけた。
「ウェイトリー殿、ちょっといいですかな」
「ん?」
呼ばれて少し離れた位置にやってきたウェイトリーは、リグレットに何の用かを聞いた。
「どうしたんだ?」
「リーネリア嬢に必要なのは経験であると、自分は思っておりましてな」
「まぁわかる。技術の鍛錬も欠かせないが、それは時間をかけて続けていくことだからな。戦うことの経験は得られる場所も限られるし、まだ戦う訓練を始めて数か月程度のリーネ嬢に必要なのもまた経験ってのはわかるよ」
ってかまだ数か月であそこまで仕上がってくるのかぁ、と微妙に遠い目をするウェイトリーであった。
そんなウェイトリーを気にもせず、リグレットは続ける。
「であればこそ、ともすれば世界最高クラスの暗殺者になりえるウェイトリー殿との模擬戦もやっておくべきかと思いましてな」
「いやまてまて。まず世界最高クラスは買い被りが過ぎるってなもんだし、そもそも俺は魔術師だししかも死霊術師。
模擬戦も、野戦で殺さないように出来ることなんてたかが知れてるし、リグさんみたいなのは俺にはできんて」
「そうですかな? なんだかんだといってもそれなりにうまくやるのがウェイトリー殿ではござらんか?」
「いやぁ……、決められた条件で可能な範囲で勝ちを目指すのはゲーマーの性だが、今のリーネに土をつけるのはかなり厳しいぞ。
さっきも言ったが、殺していいならいくらでも手はあるが、そうでないなら俺の手札はあまりにも少ないぞ?」
「可能な限りの不意打ちとあらん限りの姑息な手段を講じて何とか勝ちを拾ってもらえませんかな」
「主従揃って無茶ばっかり言うんだからもー……。うーん……」
そうしてウェイトリーは、今の自分でできることは何かを考えてみた。
考えて考えた、結果。
いくらか怪我を許容するなら、一回、ないし二回までくらいまでなら勝てる可能性もあるかな? くらいのものまではなんとか思いついた。
「殺せないから勝利条件をもらえれば、辛うじて一回、ないし二回くらいは勝てる可能性がある、が、それ以上は多分対応される。正直言ってリーネの対応力は異常だ」
「存じておりまする。実践想定の模擬戦を始めてから、詰め切るまでにかかる手数が毎度毎度伸びておりますからな。
しかも、前の模擬戦で自分が使った攻め手をある程度再現して次に持ち込んできますからな」
珍しく苦笑して言うリグレットに、だよね、といった顔をするウェイトリー。
「なんとかお願いできませんかな」
「……わかった、やろう。乗りかかった船だしな。
ただ今日は無理だ。いろいろと仕込みの時間がいるから明日か明後日にしてくれ」
「わかりました。いやぁやはり、持つべきものは友ですなぁウェイトリー殿」
「こんな無茶ぶりしといてよく言うよまったく」
こうして、リーネリア嬢が回復魔術の習得を目指す中、ウェイトリー対リーネリア嬢のカードが組まれるのであった。




