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デッドマスターはあんまり動じない  作者: 八神 黒一
6章 さらば領都レドア
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111 ヒリカハチスの植え替え

 畑への栽培用ポーションを撒き終えた後、ウェイトリー、マリー、アーシアの三人は薬草畑脇にあるため池の前の集まっていた。

 このため池は直径五、六メートルほどのため池で、水が湧いているわけでも流れ込んでいるわけでもない、雨水がたまっただけのため池であった。

 当然水の入れ替えが頻繁に行われるわけでもないため、きれいな水とは言えず、ひとたびかき回せば長年の使用にあたってたまった泥などですぐに濁り、水底など見えるわけもないような、さしあたりどこにでもあるような普通の農業用ため池であった。


 においが酷くないだけマシかな、とウェイトリーは思いながらも、端末から数枚のカードを取り出していた。

 ほとんどが高い回復力を持つ水草であるリミナ草の植え替え用に確保したもので、そのうちの一枚が同じく植え替え用に確保してあった、非常に優れた回復効果を持つ幻の植物であるヒリカハチスであった。

 

 そういうわけで、いよいよヒリカハチスの移植にも手を付けるということになったのだ。

 

「まずはため池の調査からか?」

「ですね」

「あの蓮、ちゃんと育ちますかね?」

「そうあってほしいがなぁ。だが、生育環境を整えること自体は可能なはずだ」

「主さま、どういう感じで植えますか?」

「んー、やっぱ目玉なわけだしヒリカハチスは池の中央あたりに据えて、畑側から見て外側にリミナ草を植えて置こうと思う」

「盗難対策と魔力濃度調整の魔道具はどこに置きましょう?」

「それは、アーシア、水やりするときはいつもどのあたりで水を汲むんだ?」

「えーっと、だいたいこの辺ですね」

 

 アーシアが示した場所は当然ながら畑から一番近い場所であった。

 

「なら利便性を考えてもその辺でいいだろ」

「わかりました。アーシアちゃん、ちょっと一つ魔道具の使い方を覚えてもらいたいのですが」

 

 そうして、アーシアを伴い水汲みに使う場所に魔道具を設置するべくマリーは移動した。

 

 今回のヒリカハチス生育プロジェクトは完全な力業で行われることとなった。

 ただのため池ではおそらく魔力質を確保できず、枯れてしまう恐れがあったため、ため池の水を森でヒリカハチスを確認した沼の魔力質と同等に保つ魔道具を用意した。

 魔石・ミスリルバッテリー両対応型の魔道具でポールの先に箱型の動力用ケースと各種機能操作用の魔法陣と現在の稼働状態を示すインジケータ、それから稼働魔力の残量を示すメモリもつけられていた。

 大きさも形も家の前に突き立てられたシンプルな四角い郵便ポストを思いうかべればわかりやすいかもしれない。

 また、この魔道具にはこの池を任意に設定した者以外には何も生えていないため池に見えるようになる認識阻害の効果もあり、この魔道具自体にも盗難と破損などの対策がしっかりと施されていた。

 

 各種説明を受けたアーシアは、少し考えたあと、一つの疑問を提示した。

 

「水に、魔力を与えちゃうと、薬草育てるときに苦くなりませんか?」

 

 それは薬草栽培に人一倍敏感なアーシアらしい疑問であった。

 

「味の変化が全くないとは言えないですね」

「やっぱり苦くなるんですか?」

「このため池の水は、水草属性を薄っすらと帯びた水になると言えばわかりますか?」

「水草属性?」

「魔石で薬草の実験をしたのを覚えてませんか?」

「あっ! 草属性が最強で、水草属性が二番手だったやつですね!」

「あれは魔石を土にそのまま混ぜて使ったので効果がハッキリ出ましたが、水に薄っすらと帯びている程度であればあの時ほど大きく効果が出るということはありません。

 ですが、今のままの水よりも薬草にとって有効な水になるのは間違いありません。

 そして唯一の懸念点ですが、薬草がみずみずしくなって多少水っぽくなる可能性がありますね」

「マズくはなってないって感じでしたもんね」

「その影響がどの程度出るかはわからないんですよね。栽培用ポーションのこともありますし。

 ただ、どちらも、苦みやえぐみを増すことはないはずなので、大丈夫だとは思います」

「なるほどー。そういえば、水草属性の薬草ってポーションと相性がいいって言ってましたよね?」

「均一化して液果させるときによりスムーズにいくので、余計な魔力を使わなくても他の素材と自然になじむはずですよ」

「ならむしろ私にとってはプラスかもしれませんね!」

「前向きですねー。薬草をそのまま食べるときに風味は多少落ちるかもしれませんよ?」

「マリー先生。薬草をそのまま食べる人なんてまずいませんよ」


 当時の実験の“苦い”記憶の方がよみがえったのか、アーシアらしくない虚無の顔をして告げた。

 やや苦笑いしつつ、全くもってその通りだな、とマリーは思った。


 そんな会話が為される中、ウェイトリーは服がぬれたり汚れたりすることをなんとも思っていないかのようにざぶざぶとため池の中へと入って行った。

 ため池は水をためるという農業用というだけあってか、中心へ行くほどにそれなりに深く、池の中心では花自体が水の中に沈んでしまうことが分かったため、ほどほどの深さになるように畑側、特に水汲み場所に近寄ってからカードからヒリカハチスを取り出し、植木用プランターから丁寧に植え替えていった。

 長年の草や葉が堆積して泥となった水底は、特に道具等を必要とせずともヒリカハチスの球根を植え替えることができた。

 

「ウェイトリーさん、頭まで浸かってますけど、気にしないんですか?」

「あー。クリーニングで簡単に綺麗になるって割り切ってるのもあると思いますけど、いろいろなところへ行く関係で下水道やら生ごみやらに嵌ることも多いんですよね。

 だから慣れちゃってるんだと思います。

 今回は水浴びできるような池ではありませんけど、一応は普通のため池ですしまだマシなのかと」

「慣れるほど嵌ってるんですか?」

「主さまっていろいろな作用で罠類が効かないので、効かないせいで落とし穴とかにはワザと嵌るんですよね。なんでも落ちた先にいいものがあるかもしれないとかって言って」

「効かない理由とかはよくわからないですけど、ウェイトリーさんがやっぱり変な人だっていうことはよくわかりました」

「別に俺も、下水だのどぶだのに嵌りたくて嵌ってるわけじゃないぞ?」


 頭から足先まで水浸しの泥まみれになったウェイトリーがゾンビもかくやといった風貌で池から上がってきたのを見て、アーシアは、説得力ないなぁ、と素直に思った。

 ウェイトリーはその濡れゾンビのまま話を続けた。


「中央は深すぎたから、ちょっと手前目に植えてきたぞ」

「ため池ですからね。リミナ草はこれからですか?」

「あぁ。こっちは魔力質さえ確保できてれば確実に育つし増えるから安心といえば安心だな」

「あれ? でもリミナ草って水が綺麗なところじゃないとマズくて使い物にならないんじゃ?」

「まーそうなんですよね。でも今のアーシアちゃんなら最悪、薬効抽出で味はある程度調整できるじゃないですか?」

「それはそうですけど」

「それに、これはヒリカハチスがうまくいけば、そのうち問題なくなるはずなんですよ」

「ヒリカハチスが?」

「ヒリカハチスは、絶大な回復効果を持つ汚れた水質の水面に咲く花だ。

 その回復効果は水の汚れを浄化するほどに高まっていき、回復効果が高まるころには、その水は透き通る程綺麗な水質になる」

「おー。ヒリカハチスに水を綺麗にしてもらって、それでリミナ草のための綺麗な水にするんですね!」

「まぁヒリカハチスがうまく育てば、なんだがな。それに、綺麗になり切った水質でもヒリカハチスが咲き続けるのかはわからないしな。

 今調べた段階では、おそらく咲いているだろうといった感じなんだが、何せ幻の植物で、誰も育てられなかった花だからな。

 全部ご破算ってことも十分にあり得るよ」

「そうなんですね」

「それでも、最悪ヒリカハチス一つは確保できますし、生臭い沼のような味がするとはいえ上級ポーションの素材に使えるリミナ草を自家栽培できるのは悪いことじゃないはずですよ。味は何とかできるわけですし」

「それもそうですね」

「でも、出来れば頑張ってヒリカハチスの面倒を見てください。もしこれが育って増えれば、創薬錬金術師としては無敵ですよ」

「私も大好きな花ですし、どれくらいできるかはわからないですけど、頑張ってみます!」


 その話を聞きながら、ウェイトリーはリミナ草のカードを確認しつつ、ざぶざぶとため池へと入ってった。



 ベンゲル辺境伯領より王家へと献上されたヒリカハチスとそれを使った凄まじい効力を持つポーションが、王宮界隈を震撼させ、それからも定期的に、期間にして年に一度ほど、まったく同じものを献上されるという異常事態にアルトルード王国が大慌てすることになるのは、まだ誰も知る由もない遠い未来の話である。

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