109 ルクシアの魔導書
「魔導書の名付け?」
巨大地竜の解体が始まった翌日。
食事の後にマリーからもたらされた話にウェイトリーは首を傾げていた。
「そうです。厳密には魔導書とそれを管理する書籍精霊の名付けですね」
「魔導書の名前なんて大体、作者の名前が付いた『だれだれの書』とか事柄について書かれた『なになにの書』とかじゃないのか?」
「そういうのは大体、一般的なヤバイ魔導書ですね」
「一般的なヤバイ魔導書」
とんでもないパワーワードにウェイトリーは面食らった。
「その手のヤバイ魔導書を残すような人は、書を作ることが全てで書の名前とかをちゃんと決めない人が多いか、内容そのままでつける人が多いんですよね。まぁそれが相まってヤバイ魔導書になるんですけど」
「相まって?」
「例えば焔の魔術の専門家が書いた魔導書に『爆炎の書』みたいな名前をつけると、名前の効果で魔導書の格が上がるんですよ。無論書いた人の能力と才能にもよるんですけど」
「そうなのか」
「さらにそういう直球な名前を付けるとより先鋭的で特化した力を持ちます」
「かなり重要そうだな」
「いえ、それがそうでもないんですけどね。効果でいえば数パーセント程度の上乗せ程度ですし、先ほどの例でいえば、内容が焔の魔術で『叡智の書』という名前をつけたとしても特に効果がない程度ですね。流石に『水の書』なんて付けたら多少効果が落ちることはあると思いますけど」
「内容が火で『水の書』はないわな」
「やはり名は体を表すと言いますからね」
そこで一息ついて、次の内容を話し始めるマリー。
「時に主さま。精霊や精霊学についてはどの程度の理解がありますか? 確かスキルも持ってましたよね?」
「触り程度だな。スキルレベルも一応持ってるが一だ。大体からして精霊関係はフォレストガードとかドールズシアターの領分だからなぁ」
「なるほど。では精霊の名付けについては?」
「あー、なんか契約の時に改めて付けなおすんだっけか?」
「それも名付けなんですけどそれは契約時のリネームですね」
「それくらいしか知らないな」
「今回はまだ名前を持っていない精霊に名前を付ける話ですね。
自然精霊は自我を持つほどに成長すれば各属性の精霊を統べる大精霊から名前を受け取るんですが、書籍精霊や家精霊などの明確な根源的属性を持たない精霊は人や識者が名前をつける場合多いんです」
「ほう」
「そして精霊は、その名前によって力が大きく変わる場合があります。もちろんこれも名前をつける人の実力、ぶっちゃけると魔力量ですね、が関わるんです」
「なるほど」
「名前によってその精霊が司る属性が何であるかを明確に定義するわけです。それがされているかいないかで精霊の出力は二倍から五倍ほど変わります」
「そんなにか」
「はい。これが精霊の最初の名付けですね」
また一呼吸おいてから再び口を開くマリー。
「今回は、私が疑似的に再現したAI的でシステマティックな精霊とはいえ、精霊は精霊ですからね。適した名前があればその出力は大きく向上します。加えて魔導書の名前にもなりますので適していれば少しとはいえ上乗せがあります」
「難しそうだ」
「そうなんですよ。とても悩んでいます。なので主さま、考えてくれませんか?」
「俺がか」
「そもそも名付けは、主さまにしてもらおうとは思っていたので、考えるのもやってもらえるとありがたいんですよ。意味の認識なんかの効力が変わりますから」
「マリーさんはなんか考えなかったのか?」
「いやそれがですね。内容が個人的に必要なものを詰め込んだせいでカバーしてる内容が広くてですね。内容で付けるとどうしても増長な名前になってしまうんです。アーシアちゃんの方だと『錬金と薬草と魔術の手引』みたいな感じでとっ散らかっちゃいまして。
かといって包括的な名前として『叡智の書』みたいな名前はないものかと思って考えてみたんですけどいいのが浮かばなくて。
いっそのこと『グリモアオブアーシア』にしようかと思ってるくらいなんですよ」
「間違ってないと言えば間違ってないけど、作者がアーシアじゃないから違和感があるな」
「私の名前を付けるのはもっと違う気もしますしね。仮に『マリナウェルの書』にしたとしても今度は二冊に名前をつけなきゃいけない部分がそれを阻むんですよね」
「『マリーの書・天』と『マリーの書・地』にしよう」
「真面目に考えてください。そんな名前を付けたら魔導書精霊ちゃんがかわいそうですよ」
「じゃあ『ハガマ』と『炊き立て』にしよう」
「ご飯の炊き方は魔導書には載せてません」
はぁー、とため息を付いて珍しく困っているマリーであった。
「魔導書と精霊の名付けってどんな名前を付けてもいいのか?」
「効力の上昇を見込まないのであればそうですね」
「言葉はなんの言語を使ってもいいのか?」
「つける時の命名者の意識が関わるので、その識者が知っている言語であれば何を使っても問題ありません」
「精霊なら、やっぱり多少は名前っぽい名前の方が良かったりするのか?」
「もちろん。たとえ内容に即していなくとも、その名前を精霊が気に入れば出力の向上が見込めます」
「ならまぁ、その方向でちょっと考えてみるか」
「なにかあるんですか?」
「まぁな」
そういってウェイトリーは椅子に深く腰掛けて、目を閉じたまま、考え込んだ。
時間にして十分ほど、なにもない静かな時間が経過し、ようやくウェイトリーが目を開けた。
「アーシアの方が『アニス・ルクシア』、リーネの方が『アウラ・ルクシア』でどうだ」
「『ルクシア』? 旧・エルダリア大陸共通語で『照らすもの』ですか? でも『アニス』と『アウラ』ってなんですか? 感じ的にエルダーズオールドワードっぽいですけど」
「俺の造語だ」
「造語ですか。ただ名前を付けただけではなく?」
「名前のように見える造語だ」
「意味があるんですよね?」
「あるよ。翻訳的に言うなら『アニス』は『錬金術を学び成長し日々進む』で、『アウラ』は『魔術を学び困難の先を見る』だな」
「一体なにをどうしたらその名前にそれだけの意味が籠るんですか……」
やや胡乱気な目で見るマリーに、ウェイトリーは肩を竦めて返した。
「まーいいでしょう。意味が正しく伝わるのなら魔導書の名前としても精霊の名前としても問題ありませんし、それで行きましょう」
そういって、マリーはシンプルでも美しい革表紙の二種の魔導書を取り出してテーブルに置いた。
「では魔導書に手を置いて、その意味を意識しながら『命名』と宣言して、つける名前を唱えてください」
「ちなみになんだが、精霊とか魔導書の名付けってどの程度魔力持っていかれるわけ?」
「魔導書の名付けはほとんどないですね。精霊の場合は通常、MP換算で百前後で、会心の名づけで二百くらいですね。大精霊の名前を交えた名前なんかにするとその十倍程度は持っていかれますけど、その方が出力は上がりますね。もちろん、それが性質に合致していればですが。
今回の場合は別に大精霊にあやかった名前でもありませんし大丈夫でしょう」
「……いや、覚悟はいるかもな」
「なんでですか?」
「なんとなくな」
そういってイマイチ言葉の意味を理解しかねるマリーを置いて、ウェイトリーはアーシアに渡される魔導書に手を置いて、『命名:アニス・ルクシア』と唱えた。
その瞬間、ウェイトリーの中から莫大な魔力があふれ出して、その魔力は渦巻きながら手を当てた魔導書へと収束していった。。
何となくでも覚悟をしていたウェイトリーはそこまででもなかったが、それを見たマリーは目を見開いて驚いた。
「一体、何をどうしたらこんな魔力を使うことになるんですかコレ」
「大精霊の名前って、さっきちらっと言ってたエルダーズオールドワードでつけられてるのは知ってるよな?」
「もちろん」
「ならそのエルダーズオールドワードで名前を付けたらどうなると思う?」
「エルダーズオールドワードは私も発見されていて意味が解釈されているものは全て学んだことがありますけど、『アニス』も『アウラ』もないはずですよ」
「だからその二つは造語なんだって」
「造語? ならなぜエルダーズオールドワードが……」
「エルダーズオールドワードで作った造語だからだ」
「え?」
そう言われたマリーはキョトンとした顔をして、次第に言われた意味を理解して、驚愕を顔に張り付けたままウェイトリーにまくしたてた。
「ありえませんよ! エルダリア中の識者たちがその翻訳に心血を注いで、それでも完全な翻訳にも理解にも及んでいない言語ですよ!? なんでそれを理解して……、あれですか? 現実日本でEWOの設定資料集なんかに載っていたとか」
「アートブックと設定資料集は一冊ずつ出てたけど、そのどちらにも載ってなかったと思うぞ」
「そのはずですよね……? 私も読みましたし。ネット由来の知識ですか?」
「いやぁそこまで行くとちょっとわからんな。EWOの公式交流板程度は見てたけど外部までは見てないからなぁ」
「神野さんに直接聞いたとか」
「聞いてないよ」
「じゃあどうして……。まさか自分で解き明かしたなんて言いませんよね?」
「そうなんだけど、別にそんな大した話でもないんだよな」
「大した話なんですけど!?」
「まー落ち着いてくれ。あとMP五千も持ってかれたから魔力ポーション頼む」
端末を見て再び自身が干物となったのを確認したウェイトリーは椅子に深く座りなおして、ハーブティーを飲みつつ、マリーをなだめた。
いや、そんなことよりもその話を聞かせろと言わんばかりの気配を発しながら、マリーは魔力ポーションを差し出しながら、話の続きを待った。
そのポーションを飲みながら、ウェイトリーはのんびりと話し始める。
「そもそもエルダーズオールドワードはエルダリア世界の人類種には基本的に解けないと思う」
「理由はなんですか?」
「あれは言語というよりもどちらかといえば暗号みたいなもので、その暗号を完全に解くにはEWOの外である、いわゆる現実世界の知識が必要だからだ」
「なるほど」
「それから、もしかしたらエルダーズオールドワードを読めるようになれば解かることが増えるかもしれないという研究者的な視点からの興奮なのかもしれないが、おそらくそれは不可能だ」
「どういう意味ですか?」
「あれは一文字ずつに意味があって、例えばこっちでも多く使われているエルダーズオールドワードの『ア』と、俺が魔導書の名付けに使った『ア』は別の意味だし、『アニス』の『ア』と『アウラ』の『ア』も文字発音こそ同じだが、意味は全く違う」
「暗号というのはそう言うことですか?」
「そうだ。エルダーズオールドワードってのは一文字ごとに意味があってそれの羅列に近い。だから、例えば植物ならその植物を詳しく調べれば、その植物に使われているであろう文字ごとの単語が解かるようなってる」
「何か例として簡単に説明できるものはないですか?」
「一般的な薬草であるヒナ草。これは『ヒール』とおそらく『治る』の頭二文字を取って『ヒナ草』になってる。回復系の薬効植物で『ヒ』が入ってれば大体は『ヒール』が語源だろうな」
「そんな簡単な、ギャグみたいな理論なんですか?」
「俺の想像が間違ってなければそうだな。というか、今しがた間違ってないってのが間接的に証明されたのかもしれないが」
ウェイトリーは机の上にある名付け終わった『アニス・ルクシア』を指さして言った。
「じゃあ、ヒリカハチスの『ヒ』もそうですか?」
「俺の想像だと、『ヒール』『リカバリー』『回復』の頭三文字を取って『ヒリカ』だと思う。ただ『リ』は『リジェネレート』かもしれないし『リザレクション』かもしれないが、まぁ大体そんなとこだろ。
んで、この使われてる単語の意味が同じような内容であったり、単語の意味がより強いものであればあるほどその物体の能力が高いってことになるな。
ヒリカハチスを例に挙げるなら、全部回復に関係する言葉だし、なんなら『回復』なんていうそのままかつ明確な単語が使われてるからな。その効果もうなづけるというわけだな」
「……なんだか、神話の時代の神だけが使うことのできた言語と言われているエルダーズオールドワードが、単なるオヤジギャグのように思えてきました」
「エルダリア人はそういう教育を受けてるからこそ、なかなか思い至らないのかもしれないけどな」
「もっと早く知りたかったような、知らない方がよかったような、内心複雑です。全てその法則で解けるですか?」
「いや、どうかな。俺が思い至ってないってだけで、違うかもしれないが、一部使われてる単語の一番最後の文字を使う場合があるみたいなんだ」
「何か思い当たるものがあるんですか?」
「これに関しては間違ってるかもしれないことを前提に聞いてほしんだが、ケミギクイってあるだろ?」
「堅葉ドクダミですね」
「あれもエルダーズオールドワードだと思うんだが、薬草としては止血効果があるところと、触媒としてはものを固めたり結晶化させるのに使われるから、使われてるワードは『結晶』『凝固』『クリスタル』『石』あたりだと思うんだが、『ミ』が思い浮かばないんだよな」
「固まりそうな感じの言葉で『ミ』ですか?」
「或いは関係ありそうなもので、だな。で、他にもそういうのがあって、大概そういうものの時はその植物の元の名前の一番最後の文字を使えば解決するような気がするんだよ」
「あー、ドクダミの一番最後で『ミ』ですか」
「おそらくアミゲネイの『ミ』と『イ』もそうなんだよ」
「ドクダミアジサイですか。あれは強力な解毒作用が売りですから『解毒』と、解熱作用があることを考えれば『熱』ですか。『ア』は……」
「雨季にしか咲かないからだと思う」
「『雨』ですか。効能の広さから考えれば『ミ』と『イ』も何かしら理由付けは出来そうですけど、ドクダミアジサイですからね。その理論がないとも言えませんね」
「まぁなんせ、この頭文字に使われるワードの種類がかなりとりとめがなくてな、ちょっとした文章みたいなのっぽいのとか、なんなら擬音じゃないかと思うものあるから、一概にこうだとは言いきれん部分があるんだよ」
「なるほど……」
そのまましばらく思考の海に潜るマリーであったが、数分しておおよそ自分が知るものの確認とおそらくは正しいという結論が出たのか、改めて口を開いた。
「確かに、これをエルダーズオールドワードの単語だけを見て内容を把握するのはかなり難しいですね。『トマミブ』もモノを知ってれば意味は解りますけど、単語だけ出てきたらそれが植物なのか鉱物なのか、或いはそれ以外なのかもわかりませんね」
「『トマミブ』は魔力質のものを“溶かして”“混ぜる”効能のあるキノコだな。“ミックス”して“ブレンド”するキノコともいえる」
「効果や効能や機能を調べて帰納的に推理する方が明らかに早いですね」
「そうだろ?」
「と、そういえば、『アニス』と『アウラ』は何を使ったんですか?」
「『アルケミスト』『日進月歩』『スキルアップ』、それから『アイス』『雨過天晴』『ライトニング』だな」
「四文字熟語まで使えるならエルダリア在住エルダリア人にはまず解けないですね」
「そうだろうな」
呆れた、といった風にハーブティーへと口をつけるマリーに、全くだなといった雰囲気で同じくハーブティーを啜るウェイトリーであった。




