100 マリー先生の新刊
六章スタートと祝100話ですね。
めでてぇ。
フルダイブ型VRMMORPG『エルダリアウィズオンライン』。
そのゲームで『最強のデッドマスター』と呼ばれていたウェイトリーは、現実世界で死に、新たな現実となる異世界へと送られた。
スパイクアルミラージの魔物暴走。
ハンガーベイル渓谷の巨大地竜。
大森林東部にてスパイクアルミラージのスタンピードから始まったハンガーベイル渓谷の異変は、巨大な地竜という形になって辺境伯領を脅かしかけた。
その巨大地竜を片付け、事後の話し合いを終え、残り少なくなった領都の滞在期間にてするべきことを二人が話し合っているところから、今回の話をはじめよう。
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アーシアが二度目のポーションモンスターと化し、リーネリア嬢がリグレットから教えを受けるようになった日の翌日。九月の第二週が終わった辺り。
ウェイトリーとマリーは朝食を済ませて、いつものハーブティーをしばきつつ、今日の予定をどうするかという話になっていた。
「そういえばマリー先生。進捗どうですか?」
「進捗でいえばもうほぼほぼ出来ていますよ」
「そうなのか?」
「はい。アーシアちゃんには覚えるとためになる魔術とその覚え方、練習の仕方、そして私が知る限りの錬金術の技法、そしてそれに付随する膨大なレシピ。それからそれらに使う素材や代用となる錬金相を含む素材の見分け方なんかですね」
「知る限り? 随分と分厚い本になってないかそれ」
「魔導書ですよ? 分厚さはそれほどでもないですよ」
「なんでもありだな」
含まれる内容の多さに相当なページ数を想像したウェイトリーの問いに、限りないページ数を保有することのできる魔導書とすることで対応したとはマリーの談。
錬金術によって加工・錬成された『魔法紙』というものを用いて本を作り、表紙や装丁などを行った後に魔導書へと成立させる魔術、もしくは錬金術的技法などを用いることで魔導書は完成する。
そうして加工された魔導書は、製作者の技量によっては様々な効果を有し、それは限りないページ数であったり、書内記述を検索する索引機能であったり、或いは防犯などを兼ねた文章の暗号化であったり、防衛を兼ねた自動発動的な魔術行使であったり、もしくは攻撃魔術用の触媒機能であったり、魔術取得用の練習機能であったりと、製作者によって機能はさまざまである。
もちろん誰もが載せたい機能を好きに搭載できるかと言われれば、それは製作者の技量によるところが大きい。
無論、その点においては術式元位を四つも持ち、『七元の魔女』であるマリーには造作もないことである。
「続いてリーネちゃんには、各属性において覚えるべき魔術と覚えられる魔術、それから応用的に使うことができる魔術に、あとは可能な限りの医学知識ですね」
「医学知識? あぁ、身体属性はともかく生属性を五持ってるからか」
「そうです。生属性を五も持っていれば、十分な医学知識と相応の練習であらゆる傷や骨折はもちろん、後天性の失明や身体機能不全は治せるようになるはずです。
欠損の回復は腕一本足一本であれば、数日程度かけて治すことも可能なくらいにはなるはずです。
指や手首、足首程度の欠損であればその場で治すこともできるでしょうね」
「生属性だと後天性のものしか治せないが、医学知識と合わされば十分に使えるな」
「この世界では光属性の回復が主流のようですが、呪詛や魔術的要素の絡まない怪我の治療は生属性の方が圧倒的に優れますからね。
病気に関しても同じことが言えますが、病気は魔術的要素が比較的絡みやすいので光属性が秀でる場合もあるんですけどね」
「なんにせよ、よさそうだな」
「一応、アーシアちゃんと同じく、錬金術に使える素材に関する情報や採取方法なんかも載せています。
ホントのことを言えば、探索に役立つ知識や各種対処方法、それに今まさに覚えている最中の剣術や近接戦闘に関することも載せてあげたいんですが、私が教えられるのは魔術師としての近接戦闘なので、レミアクレータの剣術なんかはお手上げなんですよね」
マリーは両手のひらを上に向けてやれやれといった風に首を振った。
「まぁそれは仕方ないだろ。残りの日数でリグさんに頑張ってもらうしかない。そもそも、リーネは辺境伯家で使う剣術や、この王国に存在する既存流派を覚えるべきなんじゃないかとも思ってるからな。
他に“王国剣術”を教えられる奴がいるならそうでもないけど、俺たち一派しか教えられないわけだし」
「そうかもしれませんね。でもそう思うならどうして教えてあげたんですか?」
「俺が、というとアンデッド任せなんだが、俺が教えてやれる正当な剣術はそれしかなかったのが一つと、あとは“王国剣術”は防御に重きを置いた剣術だからな。貴族令嬢が振るう剣にはちょうどいいんじゃないかと思ったのが理由だ」
「間違ってはいないですね。レミアクレータの剣術が本当に防御の重きを置いているかは別として」
「まぁ否定はしないよ。結局は究極の一を叩きこむための無限の防御だからな」
「そういう意味で言ってもノーブルな剣術ではあると思いますけどね」
ウェイトリーはハーブティーに口をつけながら、内容こそ、もしかしたら世界でも有数のものかもしれないことを置いておいて、思ったよりマトモな魔導書に仕上がったんだなぁとしみじみと思った。
「書いてある内容がヤバそうなことを除けば、ずいぶん良識をもって作ったんだな。本気も本気で作るみたいに言ってたからもっとぶっ飛んだことをしてるのかと思ってたよ」
「私をなんだと思ってるんですか」
「やらかす魔女」
「なんと失礼な。魔導書なんですから内容に力を入れるのは当然じゃないですか。それにそれだけの内容の本なんですから装丁なんかにもこだわるのは当然ですし」
「まぁ、びっくり知識が満載された本がしょぼくれた見た目だとちょっと興ざめだしな」
「それにこれは講師としての今後の二人の為の魔導書ですからね。プレゼントに下手ものを渡せませんよ」
「あんまりゴテゴテなのもどうかとは思うけど」
「いえいえ、表紙や装丁はシンプルで上質な感じに仕上げています。いつも通りに『不壊』『自動修復』『所有者登録』はつけていますし」
「でたな刻印術」
「これは基本ですし。でも本気はここからですよ」
「え?」
しみじみとしていたウェイトリーは、一瞬何を言われたのかわからず思考が停止した。
そしてその内容を吟味した結果、これは書かれている内容のやらかし具合を超えてくるのでは、という気配を感じ取った。
「まず悩んだのは、遠い将来的に使うのはともかく、すぐに試すには危険な知識や情報が、なんのロックもなく読めてしまうのは問題だなと思ったんですよ」
「まぁ、それはそうだな」
「だから、ゲーム的に言うところの実績解除方式と言いますか、『アチーブメント』という刻印を作りました」
「アチーブメント」
「これは所有者登録をしている対象の実力を判別し、それを開示するに足るかどうかを判断して読める内容をアンロックする機能ですね」
「待て待て。簡単に言うが、実力を判断って、それだけでかなり大層な刻印がいると思うが」
ウェイトリーは自分で描くことこそできないが、それを行うには、例えば『魔力測定』や『スキル測定』、もしくは錬金術での成果物などを識別するなら『対象指定』『物体鑑定』などを組み込む必要があるということは理解できた。
ほかにもいくつも刻むべき刻印があるはずなのだが、いくら魔導書のページが限りなく使えるとはいえ、本当のホントに無限なわけではないし、ちゃんと機能するように刻むにはいくら何でも大変すぎる、と。
というのも、あくまで紙に書く場合は平面でしか刻印することができないのだから、刻む刻印の数が膨大かつ冗長な行数になってしまうのだ。
「んー、技術的な部分を難しく説明するのは簡単なんですが、ちょっとめんどくさいですね」
「革新的な平面刻印技術を開発したとか?」
「平面で描く刻印なんてたかが知れてますよ。もちろんそうは言っても使わないといけないので使ってますけどね」
「何をやったんだ」
「要は立体術式を格納できる機能があればいいんですよ。だからまず最初に魔導書に搭載した機能は『空間格納』です」
「……本に『空間格納』?」
「別に相性が悪いわけじゃないですよ? そもそもページ数が実質無限に近いのはその理論が踏襲されていますし」
「それは対象をページに限定するからだろ……。
まぁ、何をどうやったかはてんで理解できないが、要するに、魔導書の格納空間に、なんだ、中枢コンピューターみたいな場所を設定して、そこに魔導書に適応する刻印術式を刻んだ高密度魔石を詰め込んだんだな?」
「流石は主さまですね。その察しの良さはホントに話が楽で助かります」
「それならまぁ……、事実上、好きなだけ立体刻印を刻めることになる、か。なんでそれで個々の刻印が独立しないで統合されて起動するのかは全く理解できんが」
「それは日本生活の賜物ですね。コンピューター関係の理論はハード的にもソフト的にも刻印術を行う上でどれもこれも大変有用でした」
「出所そこかよ。つかそれってエルダリア世界でも有数の技術じゃないか?」
「向こうであったとは聞いたことありませんね」
「そりゃ作れる人間に刻印術と錬金術の元位級の実力が必要だからな。あとはコンピューター知識か」
「まぁそんなわけで、やりたいこと、詰め込みたいことに対する制限をまず外したわけです。
そこからは、基本の三点セットに加えて『汚れ耐性』『汚れ浄化』『炎上耐性』の本としてつけておきたいものを積んで、先ほど言った『アチーブメント』を組み込んで、『自動筆記』と『内容転写』、『書物抽出』と『内容統合』も組み込みました」
「『自動筆記』はログとかの出力とか指定した内容をまとめるヤツだな、『内容転写』は魔導書内の情報を別の紙か何かに書き写す奴か。『書物抽出』と『内容統合』ってのは?」
「他の書物の内容を抜き取って魔導書内に保存する機能とその内容の整合性を取って情報を統合する機能ですね」
「それは犯罪だろ」
「もちろん抽出には相応に時間もかかりますしできるものとできないものはあるんですけどね。それに記憶できる容量は魔導書に吸収させた『魔法紙』の数にも依存しますし」
「んなもん『魔法紙』くらい自分で作れば無限に等しいだろ」
「ちなみに、普通に雑貨屋等で売られている植物紙と魔石を魔導書にそのまま吸収させれば勝手に『魔法紙』に錬成してページ数を増やしてくれる『簡易魔法紙錬成』も搭載しています」
「もう完全にやりにいってる」
「いやもう正直ここまで来ると、どこまでのものが作れるのかが面白くなっちゃって」
悪びれもせずに楽し気に宣うマリーにあきれ果てるウェイトリー。
しかしなおもマリーの“実験成果”は続く。
「それから、本一冊分とはいえ持ち歩くのは大変かなと思いまして、『所有登録者魂魄連携』をつけてみました」
「それアレだよな? 選ばれしものの魔剣とかを使用者の魂に紐付けて、自分の内からいつでも取り出せるようになるっていう」
「これに関しては主さまの端末を参考にしています。というか、一応魔導書という形なんですけど、モデルにしてるのはタブレット端末なんですよね」
「というか、そんな刻印はエルダリアの刻印辞典には載ってなかったと思うんだが」
「呪いの範疇ですからね。魂に紐付くものがただのシステム的な刻印には再現できませんよ」
「呪術元位か……。使ってないから忘れてたよ……」
「驚くのはまだ早いですよ」
「驚いてるんじゃなくて呆れてるの」
「ここまで山ほど機能を載せましたし、内容も膨大で正直なにから手をつけていいかなにができるのかわからないじゃないですか?」
「そう、だな」
「なのでAIアシスタントならぬ魔導書アシスタントを起用することにしました」
「なにやってんのマジで」
「でもこれはAIよりもずっと簡単です。『書籍精霊核』を刻印で再現して光と闇の混合魔石に刻んで魔導書の管理者として設定しました! これはメアリーの成り立ちを参考に作った技術ですね!」
「マリーさんや。一つ言っておこう。それはもはや、本の魔物だ」
「ですね」
「こともなげに言うんじゃないよ」
「まぁこれは安全装置も兼ねていますし手は抜けなかったんですよ。それに、それじゃあとは本で自分で勉強してね、って放り投げるのは無責任な気がしまして。
ある程度は道筋に沿った訓練や訓練方針などを相談して決めれられる“対話できる相手”がいる方がいいと思ったんです。
その点でいえば、人に寄り添う本の精霊は相性抜群です」
「精霊術元位まで使ったと。術式元位四つ盛りの魔導書なんてエルダリアでも見たことねぇよ。エルダリア魔法大学でも禁書庫クラスじゃないか?」
「いや主さまは禁書庫舐めてます。あそこはホントに何をどうやったらこんなものが出来上がるんだっていう物の宝庫ですからね。
機能こそ私が作った魔導書でも迫れるとは思いますが、技術体系も全く意味不明でどうやって機能すればそのように動くのかも不明、それでいて性能は凄まじいのでもう本当に意味不明ですよ」
「どうやって作られてるかも一応わかるし機能も迫れるのなら、こっちの方が世間的にヤバイんじゃねぇかな……」
「禁書庫の魔導書がおかしいのは性能もそうなんですけど、何より内容がだいぶイカれてるからなんですけどね」
「そうなんだ……」
どちらにしてもエルダリアではない以上、過ぎた話ではあるのだが、ウェイトリーは何がマリーをこういった狂気に進ませるのかと空恐ろしくなった。
というか、エルダリア魔法大学の禁書庫に保存されるような魔導書を書いた連中と多分スタンスは同じだろ、と半ば本気で思っていた。
「他にもこまごまといろいろ載せてますが、大きな部分でいえば今ので全てですね」
「スーーッ。……朝飯多かったかな。それとも食後のデザートが激重だったのかな? なんだがものすごい胃がもたれる気がするよ」
「歳じゃないですか?」
「一応まだ二十五なんだがなぁ。それと歳は多分関係ないぞ」
「なんにしても、二人の成長を正しい速度で正しい道筋で促すためのものなのでその部分はよくやったと思ってください」
「そこはなにも心配してないよ」
なくなったハーブティーのおかわりをホームキーパー系ポルターガイストのメアリーにお願いし、新しいお茶をしみじみとすするウェイトリーであった。
以降、六章終了までは、月末を除いて二日に一回のペースで更新していきます。




