7
「ふぁ〜お腹いっぱいだわ〜」
脱力しながらソファに飛び込んだあとはっとした。ここでは、ずっとメイドが付いてきているのだということに。
恐る恐る振り向くと、モーヴ色の癖のある髪を一つにまとめたメイドがくすくすと笑った。彼女は私の専属メイドになった、ルヴェラという人だ。
「ご満足いただけたようですね」
「はい、とっても!こんなに美味しい食事をさせてもらえるなんて、私は幸せ者ですね」
(そうだわ。公爵家だからと言ってそこまできちんとしなくても、天然みのあるアリシアならむしろ可愛いと思って貰えるのね)
ルヴェラは優しそうな目元を下げて言った。
「アリシア様はベリーがお好きなのですね」
「はい!本当にあのムースは美味しかったです…」
「では、ティータイムの時にお出しするお菓子もそう致しましょうか。料理長ならいくらでも作ってくださいますよ」
「まぁ本当ですか?」
胸の前で手を合わせて幸せそうにしてみせると、ルヴェラがなんて可愛いの、と言ったように微笑んだ。
一見若く見えるけれどもその指には結婚指輪がはまっている。もしかしたら子供がいて、私と重ねているのかもしれない。
「でも、よろしかったのですか?公爵様の誘いを断ってしまわれて」
「庭園のことですか?…私のような者に公爵様の大切なお時間を使わせるだなんて申し訳なくて…。それに、教養のない私とお話をされても、公爵様はつまらないでしょうし」
「そんなことは…。公爵様はアリシア様と仲良くなりたいと思っておられますよ」
「…そうなのですか?」
それは見ていれば分かる。
あからさまなアプローチに、ことある事に贈られる賛辞。大方遊びたいだけなのだろう。それか、妻にするのだから扱いやすくしておこうとでも思っているのか。
誘いを断ったのは、ただただ面倒くさかったからだ。
気を使って、花を愛でて、ぼろが出ないように演じて、とにかく笑顔を振りまいて、公爵様のご機嫌を取って…。
ただ疲れるだけだろうとしか思えなかった。
(そもそも花は好きじゃないし…)
「そういえば、何がした方がいいことはありますか?」
「え?」
「こんなにいい待遇をして頂いていますし、ただ贅沢に過ごしているだけというのも気が引けて…」
「…アリシア様はその、…次期公爵夫人となられる方ですから、ただ、その」
(ただ、ここにいてくれればいいってことね)
直ぐに飽きられて帰されるだろうと思っていた私はそこまで考えが及ばなかった。私は妻になるためにここへ来たのだということを。
「あ、では公爵夫人になるための勉強などは?」
「そちらはいずれして頂くことになるのですが、…教師の選考が難行しておりまして…」
ルヴェラが言いにくそうに口ごもった。
皇帝陛下直々の指名を受けた花嫁。亡きオルシアス大公の娘、次期ノベルディック公爵夫人。教鞭をとりたいと主張する方は多いだろう。中には政治的目的で近づこうとする人も…。
逆に教えたくないと断る人もいるのかもしれない。いくら身分と将来があるからと言っても、所詮育ちは下町。そんな娘を生徒に持つなんてと、渋る人がいてもおかしくない。
「それは、少し嬉しいですわ。だって私は庶民として暮らしてきたんですから、勉強なんてきっと出来ませんもの」
笑いながら言うと、ルヴェラがほっとしたようにまぁ、と言いながら笑った。
(ルヴェラと話をする時は、少し子供っぽい方がいいのかもしれないわね)
そんなことを考えながら、長く続くことになるのであろう公爵家での生活を憂うのだった。