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「アリシア嬢、ここでの食事は口に合いますか?」


 部屋に流れる微妙な雰囲気を破るように、私はアリシア嬢に声をかけた。


「はい。どれも食べたことの無いお料理ばかりで、とても美味しいですわ」


(合うわけないでしょう。今まで貴族様とは関係の無い下町で暮らしてきたんですからね。一種の嫌味かなにかですか?)


「……それは、…良かった」


 アリシア嬢が公爵家へやって来て数日が過ぎた。相変わらず、見た目の印象とは違いすぎるこのドスの利いた声には慣れない。


 自分で言うのもなんだが、一度夜会へ出れば多くの令嬢たちの視線を集めるこの美貌を持っているが故に、女性の扱いには慣れていると自負していた。加えて複雑だと言われる女心まで心の声を聞くことで分かってしまうのだから、自分に攻略できない女性は居ないとも思っていた。


 それがどうしたことか。


「もしよろしければ、食事の後一緒に庭園を見に行きませんか?ちょうど季節の花が満開になっている頃なのです」

「…とても嬉しいですわ。ですが、お忙しい公爵様の時間を私のような者のために割かせるのは気が引けます」


(ご機嫌取りはしなくて結構ですわ。どうせ一度くらい庶民の女と遊ぶのもありか、とでも思っているのでしょうね。見るからに色欲魔のようですものね)


 アリシア嬢は、まったくなびかなかった。


 好かれるどころか嫌われてしまっている。確かに無茶な連れ去り方になってしまい申し訳なく思っているが、少し会話をすればこの屋敷にも馴染んでくれるだろうと思っていた。


 だがこの数日、どれだけ笑顔で接しようと、どれだけ甘い言葉を囁こうと、返ってくるのは毒づいた心の声ばかり。


 決して自分の見目があればどんな女性でも落ちるだろうなどと大それた考えは持ち合わせていないが、ここまでとなると例え普通の顔であったとしても相当へこむ。


「ところで、アリシア嬢はとても綺麗な作法をお持ちですね。どちらで学ばれたのですか?」

「…私の作法など、公爵様の周りにいらっしゃるご令嬢方には遠く及ばないでしょう。私の手元などお気になさらず」

「………」


 完全拒否である。


 どこから切りこもうと問答無用で真っ二つにされてしまう。完全に心の扉を閉められている。いや、心の声は聞こえてくるのだが……。


(そもそも、こういう女性に慣れてそうな方って私の好みではないのよね。旦那様にするなら、もっと堅実で、女性慣れしていない方の方がいいわ)


 聞けば聞くほど悲しくなる。一応社交界一の花婿候補だと言われているのに、アリシア嬢の中での私は「好みでは無い」だということだ。


「アリシア様、こちらのムースは、公爵家に六十年務めるベテランシェフが作った自信作だそうです。アリシア様がベリーがお好きだということをお伝えしたところ、腕によりをかけて作っていました」

「まぁ。私のためにわざわざ…?」


 ノアがアリシア嬢の右隣に置かれているデザートを指しながら言う。その顔はいつもの青白いげっそりとした容貌から一変し、頬を桃色に染めとても幸せそうな笑顔を浮かべている。


 ノアはというと、何故かアリシア嬢のことが大層気に入ったようだった。聞けば、馬車の中でアリシア嬢を言葉巧みにいじめている時、彼女の心の綺麗さに感動したのだそう。


 どれだけ嫌味を言っても、笑顔で楽しそうに私の話を聞かれるんです。私の話がそんなに面白いですかと尋ねたところ、未来の旦那様のお話が聞けると言うのに、面白くないわけがありませんと仰ったんです!旦那様!アリシア様はおそらくこの世で唯一旦那様にふさわしい、まるで女神のようなお方です!


 と鼻息荒く説明されたが、おそらく心の中で相当毒づかれていたのだろうなと思うと不憫になった。もっとも、さらうだけにとどまらず嫌味までお見舞していた部下に同情などできないが。


(このノアとか言う補佐官様、散々馬車の中で馬鹿にしてきたと思ったら最近やけに媚びを打ってくるわ…。一体何を企んでいるのかしら…)


 アリシア嬢にめっぽう嫌がられている。


「ではいただきますね。…ん、……まぁ!本当に美味しいです!こんなに美味しいデザートを食べられるだなんて…。ノア様のおかげです」

「喜んでいただけて幸いです」


 あからさまに有頂天になっている顔が正直気持ち悪い。アリシア嬢も嫌気がさすのではと思って見ていると、意外なことにムースを一心不乱に食べている。


(…これ本当に美味しいわ。ロゼのお店で出せたら繁盛しそう。…ノア様のことはずっと嫌っていたけれど、なんだか申し訳なくなってきた…)


「…アリシア嬢、よろしければ私の分もどうぞ」

「え?い、いえ、公爵様の分を貰う訳には」

「ノアと料理長があなたを喜ばせたことに嫉妬したのです。どうか私にもアリシア嬢を笑顔にさせたという栄光に預からせてください」


 では…と遠慮がちに受け取り、食べ始める。初めは食べにくいと言ったように私の方をちらちらと見ていたが、途中からはやはり夢中になっていた。


(本当に美味しいわこれ…!毎日でも食べたいくらい)


 目を輝かせる彼女を見ていると、自然と可愛らしいと思った。流石の美貌で、ほほ笑みをたたえるその外見は神々しささえ放っているが、美味しいものを食べると怒りさえ忘れてしまうその素直さも、簡単にほだされてしまう少し危なっかしいところも、全てが可愛らしい。


 初めにあのドスの利いた声を聞いた時はとんでもない女性だと思ったが、慣れない環境に連れてこられて気が立っていただけかもしれないとさえ思った。


(…でも、流石にさっきの台詞は胡散臭かったわ。ノア様と料理長様に嫉妬したですって?どこの世界にそんな台詞を実際に言う人がいるのよ。絶対思ってないくせに)


「……」


 だがやはり、嫌われているのだった。




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