21 最終話
「エド。……エド。こっちにきな」
「……」
何度声をかけても窓の外を見つめたまま動かないエドの元に、ロゼが歩み寄った。そして一枚の姿絵を目の前に突き出す。
それを目にした瞬間、この半年屍のように生きていたエドがロゼからその絵を奪い取った。
そこに描かれているのは、亜麻色の髪にハニーブロンドの瞳を持ち、純白の花嫁衣裳に身を包む女性と、その隣に立つ白金髪にエメラルド色の瞳を持った花婿だった。二人はお互いに見つめあっており、女性の方は男性の体にその身を預け、幸せそうに微笑んでいる。
「二週間後に婚約式だってさ。…あぁ。しまったね。この手紙一ヶ月前に届いてるよ。一ヶ月後、婚約式が終わって落ち着いたら会いに行きます。ってさ」
エドはその絵を食い入るように見つめ、そして、半年ぶりの笑顔を見せた。
「…良かった……。幸せそうで……」
「…こんな笑顔、私たちには見せたこと無かったね」
エドの瞳には光るものがあり、ロゼはそれに気付かないふりをしながらカウンターから紅茶を取りだした。
「…本当にいいの?…自分の正体を伝えないままで」
「…いい。……アリシアが幸せなら、それでいい」
アリシアが連れ去られた後、半年間何度も公爵家へ行こうとしたエドを止め続けたロゼは、笑いながらため息をついた。
「不憫だねぇ。正体を明かしていれば、アリシアはお前のものになってくれたかもしれないのに」
エドはそれを聞きながら、遠くから聞こえてくる馬のひづめの音に耳をすませる。耳にかけられた、その淡い茶髪は本来艷めく黒髪であった。瞳の色までは変わらなかったが、エドがアリシアが気づかないようにと人格を偽って振る舞うことで、三年間、見事にアリシアを騙しきったのだ。
「いいんだ。…僕と一緒になったって、アリシアは辛い過去を思い出すだけだからさ」
だがもう、自分を偽る必要は無い。エドの、アリシアを守るという役目はもう終わりを迎えたのだ。アリシアが、エドの代わりに自分を守ってくれる、愛する人を見つけたから。
「……どうせ結ばれることはなかったよ」
馬の駆ける音に続いて、車輪が転がるような音も聞こえてくるようになった。幼い頃から守り続けてきた、一生涯で最も愛した女性が訪ねてくるまで、そう時間は無さそうだ。
「エド!手伝ってちょうだい。アリシアの好きなベリーのデザートを作らなきゃ」
「分かったよ」
エドガー・スプリント。本名を、ミシェル・アラグラムという。
「エド!生クリームが足りない!」
「今更もう間に合わないよ。うわ、今扉ノックされたよ」
彼がアリシアに正体を告げることはない。アリシアが真実を知ることもない。
彼がアリシアと結ばれることもない。
「早く開けてきて!」
「いやアリシアなら勝手に開けて入ってくるよ…。昔から遠慮を知らないんだから。……ほら」
それでも彼はこの上なく幸せなのだ。
「エド、ロゼ!久しぶり!」
愛する人がこの世界のどこかで笑っている。それだけで。




