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「アリシア〜また怒られたんだって?」

「はい…すっごく大きい声で…」


 肩を落としながら言うと、がっと勢いよく肩を抱かれた。


「愛されてる証拠じゃなーい。もうアリシアのことが心配過ぎて、商品先に届けに来たはいいけど、すぐまた来た道を引き返して行ったのよ彼」


 視界にアリシアがいないと落ち着かないのね、と頷いているのは私の働く店、カフェロゼッタの店主ロゼイン。私はロゼと呼んでいるけれど、その親しみやすさや頼れる人格から、ロゼ(ねえ)と呼ぶ人も少なくない。


「でもエドったらほんとに怖い顔をしてたんですよ、こーんなに目をつりあげて、こーんなに」

「なんだって?」


 私とロゼがお茶していたテーブルに、ばんっと手が叩きつけられる。両手で両目の目尻を釣り上げている状態のまま振り返ると、今まさに私が再現している顔と同じ表情をしているであろうエドがいた。


「似てる?ロゼ」

「ぷははははっ!似てる似てる。そっくりだわアリシア」

「………」


 エドは何も言わずに私の隣に座り、テーブルの上に広げられていたクッキーをつまんだ。


「悪かった、そばを離れて……」


(……あら?意外と気にしているのかしら。本当よ!って怒ってもいいけど…今馬鹿にしてたところだし、さすがにそこまで言ったら気まずくなってしまうかも)


 一瞬そう考えたあと、私はにっこり笑ってエドの目を見つめた。


「え?いいわよそんなの。私が先に行ってって言ったんだから」

「………」


 反応を見る限りこっちで正解だったようだ。まだやりきれないような顔をしているけれど、ロゼもそうだそうだ気にするな、と頭を撫でくりまわしている。


(やっぱり何があってもふわふわ笑って許してしまった方が()()()()らしいわよね)


 周りの人間から見る私と、本物の私は別人だ。一見いつも何も考えてなさそうで、可愛らしくて、誰もが守ってあげたくなるようなアリシアは外面。中身の私は一言何かを発する度に思考を巡らし、どう言えば相手が愉快になるのか、どう行動すればみんなの目に愛らしく映るのか、それらを全て計算して動いている。


 私ほど心の声がはっきりしていて、外面との差が激しいのはそうそういないだろうと自負している。


「あ、そうそう。アリシアに手紙が届いていたんだ」

「手紙…ですか?」


 こてんと首を傾げると、ロゼが可愛いなこいつめ、といったように目を細めたあと、一通の手紙を渡して来た。


「中は見てないから安心して。私ったらすっかり忘れてて、一ヶ月も前に届いていたのを私忘れていたんだ」


(一ヶ月も忘れていたなんて…、ロゼらしいわ)


「気にしないでロゼ。にしても見たことない封蝋だわ。すっごく豪華…。エドは知ってる?」


 とにかく分からないものは質問を重ねる。そうすればこの子は自分を頼ってきてくれている、と自然と優越感が湧くようになり、いい関係を築きやすくなる。これも全て、計算のうちだ。


「…いや、知らないな。確かにやけに豪勢だ、本当にこのカフェ宛か?」

「間違いないと思うんだけど…、ちゃんと郵便受けに入っていたし」


 二人の会話を聞きながら封蝋を砕こうとした時、遠くから何か地響きのような音がなっていることに気づいた。


「…何かしら、この音」

「え?…あぁ、馬の走る音じゃない?」


 私の言葉でロゼもエドも気づいたようだけれど、そこまで二人は気にしなかった。けれど私はその音が気になって仕方ない。なぜなら、だんだんと大きくなってきているからだ。


「…結構多いんじゃないかしら。こんなに沢山馬で駆けてくるなんて、今までにはなかったのに」

「…アリシア?」


 エドが私の顔を覗いてきた。はっとすると、二人とも不思議そうな顔をして私を見ていた。音に気を取られるがあまり、普段の私とは違う表情になっていたのかもしれない。

 慌ててテーブルの上に身を乗り出すようにして二人に訴えかける。


「なんだか怖いわ。だってほら、近づいてきているみたい」

「大丈夫よそんなに気にしなくたって。どうせこんなカフェに入ってくることなんかないんだから」

「怖がる必要なんてない、アリシア」


 口を尖らせながら椅子に座り直すと、その姿はいつものアリシアだったようで、二人はなんともなかったように笑った。

 安心しているような笑顔を浮かべてみせるけれど、正直まだ不安は消えていなかった。


 こうしている間にも蹄の音は近づいてきている。本当にここを目指している訳では無いのだとしたら、どこへ向かっているのだろう。このカフェは街の隅にあって、この先の門を抜ければもう森だ。ただ街中を通過する旅人たちなのか。


 ついに店の中の小物がかたかたと揺れ始めるまでにその集団は近づき、本当に店の前じゃないのかと思うほど近くまで来ている。


「ロゼ……」

「…大丈夫よ」


 さすがにこの轟音にはロゼも不安を抱き始めたのか、伸ばした私の手を握っている。

 その時、エドが手を突いて立ち上がった。


「様子を見てくるよ。何も無いと思うけど、一応立ち上がって裏口から逃げられるようにしておけ」

「エド、もし盗賊とかだったら危ないわ」

「こんなところに来るわけない。いいから下がってろ」

「でも」

「アリシア、言う通りにしましょう」


 エドの腕から手を離し、ロゼと共にカウンター付近まで下がる。エドはゆっくり扉に近づき、そのノブを捻った。

 その瞬間だった。鳴り響いていた轟音が徐々に音量をさげ、やがて消え去ったのは。


(止まった…?でも、やけに近くに止まったわね。この辺りにそんなに大勢がやってくるような店は無いのに)


 ロゼの腕にしがみついていると、エドがゆっくりと扉を開けた。その手には、近くに置いてあった木材を掴んでいる。

 扉には小さな窓が開けられている。もしかしたらその窓から、外にいる者達の検討がついたのかもしれない。


 息を呑んでいると、エドが開けた扉の向こうに、馬をつれた大勢の男達が立っているのが見えた。全員ここら辺では見ない服を着ていて、後ろには鎧を着た兵士と思われる者が向こう側が見えないくらい埋めつくしていた。一番先頭に立っていた執事のような身なりをしている男が、入口を塞ぐように立つエドに礼をした。


 間違いなく、ここに用があるようだった。


「…こんなに大勢の兵士たちを引き連れてここに来られる理由が分からないのですが」


 エドの声は落ち着いていたけれど、その左手は、私たちに向かって振られていた。逃げろ、とそう言っている。


「一ヶ月程前に手紙を出したはずなのですが、届いていないのでしょうか。確かに、一ヶ月後お迎えにあがりますと記載致しました」

「迎え?誰を」


 ロゼが私を体で隠しながら奥へ連れていこうとする。私の顔は標的になってしまう可能性が高いからだ。

 エドが体で入口を塞ぐように立ってくれているけれど、相手は全員大柄で、除けば直ぐに私たちの存在はバレてしまうだろう。

 そうなる前に裏口から出なければとロゼについて行こうとした時、男の声が響いた。


「そちらに居られる、アリシア・サミュエル様、いえ、アリシア・オルシアス様です」


 びくっと肩が揺れ、思わず立ち止まる。


(…今、あの人なんて言ったの?私の名前を呼ばなかった?)


「止まらないで、走って」


 耳元でロゼが囁いた。振り返ると、執事服の男に私の存在は完全に知られてしまっているようだった。エドの肩の隙間から私をしっかりと見つめている。


 今、私がここで逃げれば、エドは間違いなく酷い目に合わされるだろう。私たちを追おうとする兵士たちを、必死で止めるはずだから。


「ロゼ、でも」

「今はとにかく逃げた方がいいわ。あんな人数で来るだなんて不自然すぎる」

「アリシア・オルシアス様、迎えに上がりました」


 さっきから私をオルシアスと呼ぶけれど、一体何なのだろうか。私はもともと孤児だったため性が無く、サミュエルという名を孤児院のマザーに頂いた身だ。オルシアスだなんて名前は聞いたこともない。


「……失礼ですが、あなたはなんのおつもりで?そこをどく気がないのであれば、我々としても強硬手段に転じるしかないのですが」


 そう言った男の肘が、目に見えない速さでエドの脇腹にめり込む。


「ぐっ……」

「エ、エド!!」





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