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「ルヴェラ〜」


 だらしない声を上げながら自分に抱きついてきた夫を、ルヴェラは困ったように腕を広げて出迎えた。夫の方は、一週間ぶりの妻にすりすりと頭を擦り付け離れようとしない。


「お帰りなさいませ旦那様。予定よりも随分と長い出張になりましたね」

「あぁ…。長く家を空けてすまなかったね」


 ルヴェラがいえ、と首を振りながら首元に顔を埋めてくる夫をいい加減にしてくださいませとひっぺがした。


 予定なら三日も経たずに帰ってこられるはずの視察だった。それを公爵は、アリシアが居なくなった屋敷に耐えられる気がしないと、帰るのを渋ったのだ。


「ん、…仕事の最中だったのかい?それでも私を出迎えに来てくれたんだね」


 と言いながら、ノアがルヴェラが持っている刺繍がまだ途中のハンカチを手に取った。そしてそれをルヴェラが慌てて取り返す。


「これは私が縫ったものではありませんよ」


 その会話で、公爵もそのハンカチを見た、そして刺繍されかけているものがなんなのかに気づき、苦笑する。


「誰かが気遣ってくれたのかな?」

「あぁ…ルヴェイユリリーですねこれ」


 真っ白なハンカチに映える深い紫色の糸で、ルヴェイユリリーの花弁がもう三枚ほど縫われていた。

 ルヴェラが首を振る。公爵は使用人の誰かが気遣って縫ってくれたのだと思ったようだが、そうではない。


「……」


 黙ったまま微笑むルヴェラを見て、公爵の顔に驚きが広がっていく。信じられないと言ったように狼狽えたあと、ノアに自身の外着を投げ渡した。


「…本当なのか?」

「はい。本当はあと一日だけ残ると仰っていたのに、旦那様が帰ってこないものですからもう一週間に」


 ルヴェラが言い終わらないうちに公爵が走り出す。その後ろ姿を見ながら、ルヴェラは夫の顔に覆いかぶさった主人の外着をとった。


「ほらもう。…大丈夫ですか?」

「…あぁ」


 出てきた顔はなんともだらしない顔になっていて、ルヴェラは笑いながらその頬をつねるのだった。



 ◇◇



「………」


 ベッドの上で足を立て、そこに顔を埋めた。暇が有り余っているからとルヴェラと一緒に刺繍をしていたが、その布さえルヴェラが持って行ってしまったので何もすることがないのだ。


 公爵様と話がしたくて、あと一日だけ残りたいとルヴェラに言った日から今日で一週間だった。ルヴェラはすぐに帰ってくると言っていたのに、公爵様は一向に帰ってこなかった。


 遅くても三日、五日、といったふうにどんどん日にちが伸びていき、もう公爵様は帰ってこないのかと思い始めていた。


 やっぱりルヴェイユリリーを伐採してしまったことで家に帰りづらくなったのかしら、と思いハンカチにそれを刺繍して公爵様に渡そうと思っていたのだ。


「…ルヴェラまだかしら…」


 私がお腹がすいたと言ったら、なにか暖かい飲み物を取ってくると言って一人で行ってしまったのだ。何故か私の刺繍しかけのハンカチを持って。


 追いかけよう、と思ってベッドから降りようとした時、足音が聞こえ始め、そして扉が開いた。


「あ、ルヴェラ、ごめんなさい取りに行かせてしまっ…て……」


 扉の向こうから現れた人物に、私は目を見張った。もうすっかり夜が更けているからか、屋敷中の明かりは消えていたため、暗闇でよく見えないが、ルヴェラでないことは分かった。


 肩幅からして男性。しかもあの特徴的な髪色。


「…公爵様……?」



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