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「アリシア嬢、一緒に図書館へ行ってみませんか?」

「先程ルヴェラと一緒に行ってきましたの」


「アリシア嬢、街へ下りてみませんか?」

「公爵様の隣に地味な女が並んでいると噂になってしまいそうですわ」


「アリシア嬢、こちら料理長に教わって私が作ったベリーのタルトです。よろしければ」


 差し出されたタルトを見ながら、思わず苦笑いしそうになるのを何とかこらえる。


 公爵様はルヴェラが怪我をしたあの日から、ずっとこんな調子だった。決して暇では無いはずなのに、私が時間をもてあましている時を狙ってこうして声をかけてくる。


「…では」


 出かける誘いを断るのはどうとでも言い訳できるが、食べてくださいというのはさすがに断りきれない。

 大人しくフォークを受け取り、タルトを口に運ぶ。公爵様が作ったと言っていたけれど、飾り付けも綺麗でベリーも綺麗な形を保っている。シェフ顔負けではなかろうか。


 食べにくいなぁとじっくり見つめてくる公爵様の方を気にしながら口に入れる。


「……!」

「美味しいですか?」

「……!」


 無言でこくこくと頷く。見た目も良ければ味も一級品だ。使っている食材も質がいいのだろうけど、タルト生地もしっかり中が詰まってて外側はさくさくしている。


「とっても…。公爵様はお料理まで出来てしまうんですね。公爵様さえよろしければまた作って頂きたいです」


 と笑うと、公爵様は嬉しそうに微笑んだ。公爵様も他の男性と同様で、頼られたり甘えられるのが好きなようだ。


「それでは、一緒に庭園を散策しませんか?」


 私が食べ終えたのを見計らってそう言ってきた。思わずしまった、と後悔する。食べてしまったのだからここで断るのは失礼になる。最初からそれを狙ってタルトを食べさせたのだ。


「…今日はお天気もいいですしね」


 私に残された選択肢はそれだけだ。


「それでは行きましょうか」


 公爵様が立ち上がるために前かがみになる。私はそれによって見える胸元から目を逸らした。

 

(やっぱり…剣が入ってる)


 護身用なのだろうか、胸元に剣がささっている。普段見えることはないけれど、こうして屈んだ時などにその柄がちらりと見えてしまうのだ。


(剣は、…苦手)


 私の思い出したくない記憶を呼び戻す鍵となるから。


「あ、少しお待ちください」


 そう言いながら公爵様が私から離れて側に立っていたルヴェラに何かを預けた。私からは公爵様が影になって何を渡したのか見えなかったが、ルヴェラが相当驚いているのは分かった。


「旦那様?こちらは…」


 ルヴェラがどこか焦ったように公爵様を見上げているけれど、肝心の公爵様の顔は見えない。何かを少し話したあと、私の元へ戻ってきた。


「実は護身用に剣を持ち歩いていたのですが、今ルヴェラに預けてきました。アリシア嬢をエスコートするのにそんな物騒なものを持っていては失礼ですから」


 と言いながら私の方へ腕を差し出してくる。

 

 この間といい今日といい、公爵様は本当に鋭い。私の目線だけで何を嫌がっているのか気づいてしまうのだろう。そんな人の前で一度でも素を見せたのかと思うと恐ろしくなる。


(…ばれて、ないわよね)


 私が、全てを偽って生きているということが。


「公爵様のエスコートを受けられるだなんて、身の程知らずだと怒られてしまうかもしれませんね」

「一体誰に怒られるのです?そんな奴は私が諌めてきますよ」

「ん〜…。女神様とか」

「女神様ですか?それはさすがに私も敗北を宣言するしかないですね」


 そうですよね、と笑った時、公爵様の美しい顔がぐいっと近づけられた。


「えぇ。あなたを諌めるだなんて、私には到底出来そうにありませんから」

「……」


(何をまたわざとらしい台詞を…)


 と思いながら唖然としていると、公爵様が満足そうにふっと笑った。それに気づいた。また私の頬が、林檎のように赤く染まっていることに。


 こんな台詞に誑かされるわけは無いのに。今まではわざとらしいと跳ね除けられていたのに、どうして今こんなに恥ずかしがってしまっているのだろう。


(だめよアリシア、正気に戻って。この間散々だったから、ちゃんと距離をとるって決めたじゃない)


 思えば、公爵様の好感度を買う必要は無いのだ。私は一刻も早く元の場所へ帰りたいのだから、むしろ嫌われた方が好都合。ちゃんとそれが分かっているから、あの日以降これまで以上にしっかり拒絶してきた。なのにこうしたふとした瞬間に、公爵様の罠にかかってしまう自分がいる。

 

 まるでそれが、自分が公爵様を受け入れ始めている用で居心地が悪い。


 私は、公爵様を嫌って、公爵様から嫌われなくてはいけないのに。


「…公爵様、誘って頂いたのに言いにくいのですが、実は私は花はあまり好きでは無いのです」


(せっかく誘ってやったのに好きでは無いと言われるんだもの。公爵様だって怒るんじゃないかしら)


 公爵様は少し黙ったあと、数段しかない段差の下で私の手を引きながら言った。


「そうなのですか?そうとは知らず誘ってしまって申し訳ありません。お詫びに帰ってきたらアリシア嬢の好きなことにお付き合い致します。アリシア嬢は何をするのが好きですか?」


 散策は終わらせない、なおかつ次の予定の約束もする、そして私の好みの把握。


 ここまで全て完璧にこなされては私も折れるしかない。


「…実はルヴェラと一緒に図書館へ行ったと言いましたが、言葉が難しくてあまり読めなかったのです。公爵様に教えて頂きたいですわ。…それに、花は苦手ですが公爵様と一緒なら楽しめそうですね」


 嬉しそうに目を細めている公爵様の笑顔が憎らしい。拒絶したいのに、その笑顔を見るとそんな気も失せてしまう。


(あぁ。だめだわ、私)


 そういえば、いつからだったのだろう。

 媚びを売らなくてもいいはずの公爵様に、気に入られようと必死になって演技をし始めたのは。





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