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03. 完全獣体

 今日も夕方になると、ルーサーさんが部屋に来て声をかけてくれる。


「クロキ、夕御飯の時間だ」


 それが仕事終わりの合図。

 寝食忘れて仕事しがちな私が、一度ぶったおれてから、ルーサーさんは適度なタイミングで声をかけてくれるようになった。


 銀のワゴンに乗せられた温かな食事をルーサーさんが部屋の中に運んでくれる。私の部屋にはキッチンなどというものはないから、いつも厨房から銀ワゴンに乗った食事が運ばれてきて、ダイニングスペースで食べるのだ。


 私が仕事道具を片付けているうちに、ルーサーさんが手際よく食事をテーブルに並べてくれる。


 テーブルの上には二人分。

 いつの頃からか、私はルーサーさんといっしょに部屋で夕御飯を食べるようになった。私が、一人で食べるのがつまらないとぼやいたのが発端だった気がする。「俺で良ければ一緒に食べるか?」そう言われて、「ぜひ」と答えたときのルーサーさんの尻尾ぶんぶんはすごかった。かるく円を描いていた。

 それもそのはず。ここの、料理はすごく美味しいのだ。


 ルーサーさんは、野性的な見た目を裏切り、非常に品の良い食べ方をする。フォークとナイフで優雅に肉を切って器用に口の中に放り込み、静かに咀嚼する。


 夕御飯のあとは、決まってルーサーさんのお手入れタイムだ。毎日の日課であり、私の癒やしタイムでもある。


 まずは、念入りなブラッシングから。

 最近は、上半身を脱いでくれるので背中の方もブラシをあてる。気持ちよさそうな唸り声を聞きながら、しゃっしゃっとブラシを走らせる。


「ルーサーさんが、完全に犬だったら、シャンプーからのフルコースができるんですけど」


 私のそんな思いつきの一言に、ルーサーさんは軽く尻尾を振って、青い瞳をこちらに向けた。


「できるけど?まさか、クロキ、俺の完全獣体、見たいのか?」

「見たいです!」


 食い気味に身を乗り出す。完全獣体は初めて聞く単語だが、おそらく名前からしてガチハスキー犬な予感。そんなの、もふもふしまくりたいにきまっている。


「えっ、ほんとに!?」


 ルーサーさんは、軽く引き気味に目をまん丸くしたあと、しばらく考えこんだ。ちょっと、首を振ったり耳を伏せたりしたあと、意を決したように顔をあげた。


「じゃあ、他の人には内緒にしてくれるなら」


 そう言って、ぽむっと音を立ててその場に現れたのは、見事な100%ハスキー犬。獣人のような二本足ではなく、四本足で、全身が毛皮に覆われていて、まさに犬だ。ちなみに服はどこかにいった。

 三十キロくらいの大きさだろうか。ハスキーとしてはありがちなサイズだ。


 ちょんとお座りして、尻尾をぱたぱたしている。

 そして相変わらずのイケ犬である。


「かっ、わいいっ!!」


 思わず飛びついてしまったのは仕方がない。


『わわっ、クロキ!』


 頭の中にルーサーさんの声が聞こえてきた。


「これは……」

『念話だ。この姿のときは、喉の構造が異なるから喋ることはできない。鳴いたり吠えたり程度だ』


 目の前のハスキーが、きゅーんと小さく鳴いた。


「余計かわいいっ!!」

『いや、まて、落ち着け!』


 たまらず、ぎゅむむと抱いて頬をすりすりする私を、ルーサーさんの慌てた声が引き戻す。

 そうだった、シャンプーをするんだった。


 守護神にもらったトリミングセット一式にはシャンプー台もあった。風呂場近くの空き部屋に置いてあったそれを初めてセッティングしてルーサーさんを乗せる。

 ガチ犬はいないのに、なぜシャンプー台をくれたのか不思議だったが、謎が今解けた。ここの獣人は犬になれるのだ。

 ちなみに、あの守護神はあれから月一でお手入れ目当てで私の夢に通ってくるようになった。しかも、そのたびに新たな犬のお手入れグッズをくれる。

 今日ルーサーさんに使うシャンプーは、このまえ守護神から手に入れた特級シャンプーだ。


 適温にしたシャワーでルーサーさんの身体を優しく濡らしていく。


「お湯加減どうですか?」

『ちょうどいいが……ぷるぷるしたい』


 おおっと。

 そうだよね、濡れるとぷるぷるっと身体を震わせたくなるよね。


 飛び散る水滴をバスタオルで防ぎながら、ぷるぷるしてもらう。犬が喋れるって便利だな。


 一通り濡らしたあと、泡立てたシャンプーで全身を優しく洗っていく。でかい犬は洗いがいがあって、とても楽しい。わしわし洗う。


 マズルあたりも、口に泡が入らないよう丁寧にあらっていく。両手できゅっきゅっとマズルを撫でていたら、じっと見てくるルーサーさんの青い瞳と目があった。


「静かにしていてくれるので、とっても洗いやすいです」


 微笑みかけると、青い瞳がぱちぱちと瞬いた。気持ち良いのか、ちょっと細めたりしている。



 背中から尻尾の方まで、思いっきり泡立てて洗っていく。もちろん、後ろ足の方も入念に。


『ちょ、クロキ、そこも!?』

「このあたりは汚れがたまりやすいんですよ。あれ、ルーサーさん、どうしました?落ち着いて」

『いや……んん……まって』


 さっきまでおとなしかったのに、妙にそわそわと動き出すルーサーさん。

 こういうときは、ご機嫌をとるのが一番だ。


「このあたりも骨がしっかりしていてかっこいいですね。お尻の形も素晴らしいし、尻尾も長くて素敵です。全部きれいにしてもっとかっこよくなりましょうね」

『ああ……そんなとこまで触るとか……俺もう……』


 ブツブツ何か念話が聞こえるが小さくて、何を言っているかまでよくわからなかった。



 洗い上がったルーサーさんを、タオルドライした後に、ドライヤーをあててさらにふわふわにしていく。電気使えるって素晴らしい。しかも守護神のくれたドライヤーだからか性能がよくてすぐ乾く。


「ルーサーさん、顔あげてください。胸元乾かしますよ」


 シャンプーの後半からなぜかうつむきがちなルーサーさん。初めてのシャンプーやドライヤーに慣れなくてびっくりしてるのかもしれない。

 それでも、あったかドライヤーで乾かしているうちに少し気を取り直してくれたようだ。顔が上向きに持ち上がってきた。


「仕上げにカットしましょう!いつもは顔周りメインですが今日は全身かっこよくしますよ!」


 張り切って、ルーサーさんをトリミング台にのせて全身の毛を整えていく。


 やはりトリミング必要ない犬種とはいえ、毛を整えると可愛さが爆増しする。特におしりの形を整えることに私はこだわりがあった。


「動かないで。とびきりかわいいお尻に仕上げますから。尻尾あげてください」

『えっ、ええーっ』


 すぐに下がろうとする尻尾を、手で優しくもちあげて背中のほうへおいやり、お尻をトリミングしていく。


「動かないでくださいね、すぐ終わりますよ」

『そ……そんなとこ見られるなんて……』


 またルーサーさんがブツブツ言っていたが、よく聞こえなかった。


 最後、全体にブラシをかけて仕上げる。


 もう最高にピカピカのふわふわのもふもふである。


 目の前に大好きなハスキー犬。

 しかも完璧にトリミングで仕上げている。

 お座りして耳ピンとして、めちゃめちゃかっこいい。

 心なしかちょっとうつむいてるけど、それすらもかわいい。


 あまりの理想郷に、私はかるく理性がとんでいた。


「ああっ、最高に素敵です。やはりルーサーさんはかっこいいですね。この毛並みも素晴らしいし、鼻から首のラインも素敵ですし、全体の肉づきも素晴らしいです」


 お座りしているルーサーさんの身体を撫で回して抱きついて堪能しながら、本音をだだもらす。

 さすがにいつもは、ルーサーさんは私より大きい獣人の姿なので、本音を理性で押し殺しているが、今ばかりは無意識に全部出た。


「こんな可愛い子、見たことないです。もうずっと一緒にいて毎日眺めていたい。ルーサーさん、今日、このまま一緒に寝てくれません?寝るまでずっとなでなでしますよ?」


 ルーサーさんは、ちょっと悩むように耳を伏せると尻尾をかるく振った。トリミング台のすみに残っていた毛がふわりと舞い上がって落ちる。


『ク……クロキが望むなら、俺は構わない』

「ほんとですか!嬉しい!今夜は離しませんよ!ちょっと寝支度してきますね!」


 ハスキーもふもふしながら寝れる喜びに、私はスキップしながらシャワーを浴びにいった。


 あまりにうきうきしすぎたので、ふとルーサーさんが漏らしたちっちゃな念話に、私は気づかなかった。


『女性から誘うなんて、クロキ、大胆……』



◇◇◇


「あああ、至福~!」


 ベッドの上で寝そべるハスキーと一緒に寝っ転がってひたすらもふもふと温かさを堪能する。なんと背中だけでなくお腹も撫でさせてくれた。


 しばらくなでまわしていると、すぐにルーサーさんはうとうとしだして目をつぶる。気持ちよさそうなのに、顔の模様的に苦しげに見えるのがまたかわいい。


「寝顔もかわいいですね。大好きです。あー、いい匂い」


 首元に顔を埋めて、洗いたての良い匂いを胸いっぱいに吸う。


『ん……俺も、クロキが、好きだよ』


 ルーサーさんのちょっと眠そうな声を聞きながら、そのあまりの心地よさに、思わずそのまま私も寝てしまった。


「クロキ……クロキ……」


 夜中に名前を呼ばれた気がしたけれど、でもそれだけだった。大型犬を洗った疲れと、久しぶりにガチハスキー犬を堪能できた満足感から、私は完全に爆睡していた。



 正直、100%ハスキー犬の魅力に私は軽く魅了状態みたいなのがかかって、頭がおかしくなっていたと思う。


 彼らは、犬になれても、犬じゃないのに。

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