表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/6

02. 魔女クロキ

 翌日、鳥のさえずりとともに、与えられた部屋で気持ちよく目覚めた私は身支度を整え、ルームサービスのごとき美味しい朝ご飯を堪能する。ご飯は厨房からここまで銀ワゴンで運んできてくれるのだけど、どれも美味しくて、私は大満足だった。

 ちょうど、食後のティータイムをたのしんでいるときに、ルーサーさんが迎えに来てくれた。


 今日もまた、昨日の謁見の間に行くらしい。


「おはようございます!今日も素晴らしい毛並みですね」


 耳の下あたりをわしわししたい。

 そんな欲望にかられて、無意識に手を伸ばすと、ルーサーさんは私が触りやすいようにかがんでくれた。


 存分にルーサーさんのもふもふを楽しむ。パタパタっと音がして、ふと下を見ると、大きな尻尾が左右に揺れていた。


「ふわふわですね。今日もかっこよくて素敵です。ちょっとだけ朝のブラッシングしてもかまいませんか?」


 ルーサーさんはすぐに椅子を持ってくると、さっと座ってブラッシングされる体勢をとってくれる。私は思う存分、彼をもふりつつ毛並みを整えるのだった。

 

 ◇◇◇


 謁見の間は、昨日と同じ顔ぶれの獣人がずらりと並んでいる。ルーサーさんと現れた私の前で、その場の全員が息をのむ気配がした。魔術師など、腰が抜けたように杖にしがみついている。


 彼らの視線は私……ではなく、その横のルーサーさんに釘づけだった。


 彼らとルーサーさんの毛並みの違いは一目瞭然。

 玉座に座るテリアの服なんかより遥かにまばゆく輝いている。王冠の宝石すら存在が霞むレベル。

 無駄にキラキラしてるし、目を細めれば背中に大輪の百合の花が見えるほどだ。

 

「ルルル、ルーサー!そのじゅうりょくの高さはどういうことだ!」


 震える魔術師に、ルーサーがちょっと得意げに目を伏せる。


「異邦者クロキの力かと」


 クロキ⸺黒木くろき優子ゆうこと名乗った私を、ルーサーさんはクロキと呼ぶ。


 魔術師は、ルーサーさんと私を交互に見た後、深くため息をついた。


「この獣力が枯渇しかけた我らが帝国で、このような奇跡が起きるなど……!」


 そのあとはもう、昨日の夜から今朝にかけて何があったのか、魔術師から根掘り葉掘りきかれた。


 特に隠すこともないので、全部話した。

 ただ、お手入れしただけだったし。

 ちなみに、獣力が何かとか、特に興味もなかったので深く聞かなかった。


 ◇◇◇


 それからというもの、毎日、いろいろな獣人が入れかわり立ちかわり私の部屋に来るようになった。もちろんお手入れ目的で。


 幸い、守護神からもらったトリミングセット一式に入っている消耗品は使っても使ってもなくならないという不思議アイテムだった。私は、ハサミなどは手に馴染んだ自分のものを使い、消耗品は神から支給されたものを使うようにした。


 魔術師のラブラドールも来たし、玉座に座ってたテリアもお忍びみたいな雰囲気で来た。


 真っ白プードルな王女様や、富裕層のご息女らしきチワワも来た。彼女たちとの恋の話は楽しかった。

 意外と男性側の話を聞いてみると両想いだったりして、ついついキューピッドもどきのことをしたくなってしまう。

 彼らの恋の話を聞きながら、ちょこっと背中を押しつつ、いつも以上に毛並みのお手入れに気合を入れ、彼らの恋を応援するのだった。


「ふふ、みなさんの恋、とってもかわいらしいですね」


 窓から見える庭園には、仲睦まじげに歩く二匹の獣人。王女様とその想い人の黒シェパードだ。黒シェパードは、確か宰相の遠縁にあたる貴族の出身で文官として非常に優秀な方らしい。彼も王女様が気になるらしいが、身分があまり高くないため「わたくしなど、とても」などと言いながら耳を伏せるので、腕によりをかけてさきほどピカピカのイケ犬にしておいた。


 ちなみに私は、ただいま絶賛休憩タイムである。美味しい紅茶とお菓子をいただきながら、庭園からの光景を微笑ましく楽しんでいた。

 テーブルを挟んで向こう側には、ルーサーさん。彼はコーヒーカップを傾けながら、やはり庭園をながめてる。


 まさか、ハスキーとお茶できる日がくるとは。


 最初に、一緒にティータイムしようと誘ったときは「護衛とティータイムなんて、そんなの聞いたことない」と拒まれたが、いいからいいからとなし崩し的に誘い、今では何も言わなくても一緒にお茶してくれるようになった。ちなみに、犬がコーヒーなんか飲んでもいいのかとはじめはドキドキしたが、ここの獣人が食べるものは、人間と同じでいいらしい。

 今日のお茶菓子はルーサーさんが持ってきてくれたもので、街で人気のお菓子屋さんのクッキーだ。ルーベリーというこの国特産の果物が練りこまれていて、青とピンクのマーブル模様が可愛らしい。クッキーの入っていた包み紙も可愛らしくて、見ただけでテンションがあがる。


「あの二人がまさかあんな関係とは」


 ルーサーさんは、青い瞳をちょっと見開いて、興味深そうに庭園を眺めている。


「身分差の恋、素敵ですよね!私も素敵な恋にあこがれるな~」


 カチャンと大きな音がして、何事かと見ればルーサーさんがコーヒーをこぼして慌ててテーブルを拭いていた。


「あらら、大丈夫ですか」


 私も急いで、手近のテーブルふきで飛び散ったコーヒーをふきとる。ルーサーさん、身体は大きいのに、こんなふうに、たまにおっちょこちょいなところがあるのがかわいい。


ふと見ると、ルーサーさんの首のところの白い毛にもコーヒーが飛んでいた。


「ルーサーさん、こんなとこにもついてますよ」


ハンカチを濡らして、拭いてみるもののなかなかとれない。


「すみません、少し顔上げてください」


よく観察して毛並みの方向に汚れを逃がす。しばらく格闘していると、なんとか薄くなった。


「あとは、夜のお手入れタイムの時に入念にやりましょう。ここまで落ちれば大丈夫です。いつもどおり、素敵な毛並みですよ」


 間近の青い瞳を覗き込むと、ふいっと目を逸らされた。軽く尻尾をはたいた音が聞こえる。


「その、クロキは、元の世界で恋人とか、いたのか」


 いきなり、そんなことを聞かれた。

 獣人にそんなことを聞かれる日がくるとは、などとしみじみしながら答える。


「仕事仕事でまともな恋は残念ながら。素敵な恋、一度はしてみたいです」

「それは、いつか向こうの世界に戻りたい、ということか」


 元の世界へ。

 私は少し考えて首を振った。元の世界に、特に残してきた人もいない。私に、帰る理由はなかった。

 三食おやつ付きで仕事に全力投球できるここの環境が気に入っていた。


「こちらの世界の方が、仕事としてのやりがいがあるので、今は戻る気はないです。ご飯もおいしいですしね!」


 そうか、とつぶやくルーサーさんの耳がぴこぴこっと揺れる。


「じゃあ、こっちの世界で探してみるのはどうだ、その、素敵な恋とやら」

「ええっ!?」


 思ってもみないルーサーさんの言葉に、けらけらっと笑って、ないないと首を振った。


「やっぱり、人間相手じゃないと恋愛は難しいですよ」

「そうか、クロキの世界は我々みたいな存在はいないんだったな」

「ええ、犬はいたんですけどね。犬は大好きなんですけど、向こうではペットというか家族というか。このお皿、向こうに置いてきますね」


 お盆にコーヒや、お茶など一通りのせる。そろそろ、次の仕事の時間だ。


 部屋の入口付近までお盆を運んでいたから、私には聞こえなかった。ルーサーさんが、庭園を見ながらぽつりとつぶやいたことを。


「そうか、クロキは人間じゃないとだめなのか……」


◇◇◇


 そのうち、お手入れにやってくる人たちは、恋の話だけでなく、政治や経済の話も私にしてくるようになった。お手入れ中は、みんな口が軽くなるようで、各方面の様々な事情を知ることになった。


 いろいろ知ってみると、諍いの種だと思われたことが全く違う話だったり、ある人の悩みが別の人の悩みの解決に繋がったりしているということに気づいた。聞き得た情報を使って私は彼らのためになるよう、助言を惜しまなかった。


 私はいろんな人と話して、かなりの情報通になりつつ、毎日、朝から晩まで、楽しく獣人たちのお手入れにはげんだ。みんなに喜ばれて充実した日々だった。


 そのうち、わたしはこの世界でこう呼ばれるようになった。


 獣力を与え、神託をくだして悩みを解決する希代きたいの異邦者⸺魔女クロキ



 有名になり、そんな異名がつくと、妙な輩に目をつけられるのが世の常。


 たまに命を狙われたり、拐われかけたり、脅されたり。


 怖い目に合うたびに、助けてくれるのはルーサーさんだった。


 護衛役という言葉どおり、彼はいつも私の影に寄り添い、失礼な客を追い払うだけでなく、危険な時にはいつも身を挺して守ってくれるのだった。


「怪我は無いか、クロキ」


 暴漢を追い払った後はいつも、すみっこで震える私に優しく話しかけ、背中をなでて落ち着けようとしてくれる。自分の怪我もそっちのけで、私のことを労ってくれるのだ。


「ありがとうございます、ルーサーさん」


 ぎゅっと彼の首に抱きつき、そのもふもふに顔を埋める。ルーサーさんのあたたかくて、落ち着く匂いに包まれれば、どんな怖いことがあっても大丈夫な気がした。


「大丈夫。クロキは俺が守るから」


 ルーサーさんはいつも、そう言いながら、私を優しく抱きしめて髪を撫でてくれるのだった。

 

 いつも守ってくれる、優しくて、強くて、そしてハスキー犬。

 最初はちょっとツンツンだったけど、今は、毎朝顔を合わせるたびに尻尾ぶんぶんだし、顔つきもやわらかでほわほわになってるしで、私はルーサーさんがどんどん大好きになっていった。


 といっても、もちろん犬として、なのだけど。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ