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01. こわいかおの獣人騎士

 私の心は春のひだまりも(かす)むほどの、ほわほわとした温かさで包まれていた。



「俺は貴様を何一つ信用していない。普通の人間の異邦者に、この国が救えるなど」


 たとえ、目の前の彼に敵意むき出しの視線を向けられていても。


「おとなしくしていろ、決して揉め事を起こすな」


 たとえ、目の前の彼が忌々しげに吐き捨てながら、耳を伏せ尻尾を不機嫌そうに揺らしていても。



 ルーサーと名乗った彼は、私の護衛兼監視役らしい。

 騎士然とした服装に身を包んだ彼は、私より随分と背が高くがっしりしている。


 二本足で立っているものの、その顔も手も毛皮に覆われ、頭の上には大きな三角の黒い耳。青い瞳に、凛々しい細めのマズル。足の隙間からは、ちらりと尻尾の先が見えた。

 ひらたくいえば、獣人というやつだ。目つきが鋭い精悍な顔つきで、口元の尖った犬歯を軽く剥き出して威嚇してくる。


 ルーサーさんの、このちょっとこわめのお顔。

 黒と白の特徴的な色合い。

 しっかりと垂れ下がった尻尾。

 どうみても、二本足のでっかいハスキー犬である。


「とりあえず、ブラッシングさせてくれません?」


 ハスキー犬好きの私は、感動に包まれながら、欲望が口から出るのを止められなかった。


◇◇◇


 そう、あれは小一時間ほど前。

 出張トリマーとして訪問した客先からの帰り道、私は突如まばゆい光に包まれた。

 身を包む輝きがおさまった後、おそるおそる顔をあげた私の前には、荘厳な、まさに絵に描いたような謁見の間。大理石の床の上には、長く通路のように伸びた赤い絨毯が敷かれており、少し先の玉座まで続いている。その赤い絨毯の上に、私はへたりこむようにしゃがんでいた。


 玉座に座るのは宝石があしらわれた王冠を被り、これまた意匠を凝らした服に身を包む小柄な人間……いや、ちがう。

 人間のように椅子に座るそれの頭は、真っ白なヨークシャーテリアだった。ちなみに肘置きの上の手は、形は人間の手と同じようだが白い毛で覆われている。


「へっ!?犬!?」


 慌ててあたりを見渡すと、ぐるりと囲むように、二本足の獣が並んでいた。それぞれ体の大きさはまちまちだが、軍服のような騎士服のような身なりの良い服を着てピシッと立っている。

 シェパード、トイプードル、秋田犬、ちん……。血統のほどはわからないが、見たことのある犬種に近い顔ばかりだ。


 彼らの顔を、耳先を、頬の下を、尻尾の先を、ぐるりと一通り眺めて。


 そして、すぐ傍らにあった仕事道具一式が入った鞄を握りしめ、思わず私は叫んだ。


「毛並みの手入れがなってない!!!」


 いろんな意味で混乱する私に、音もなく黒いラブラドールレトリバーが近づいてきた。他の獣人とは異なる真っ黒なローブを羽織り、手には節くれだった長い杖。


「儀式は成功です、ようこそいらっしゃいました」


 しゃべったああ、とびっくりする私に、魔術師だと名乗る彼は説明してくれた。


 私は、異世界であるこの地に召喚されたのだと。


 この地は今、魔王軍と名乗る組織が勢力を増しており、彼らがいつここに攻め込んできてもおかしくない状況らしい。魔王軍は、異世界から『普通の人間』を召喚したことにより、莫大な力を手に入れたということで、対抗してうちもぜひとやってみたのだとか。


 魔術師は、深々と頭を下げて言った。ぺろりんと耳も一緒に垂れる。


「どうか、我ら、いぬみみ帝国をお助けください」


 ◇◇◇


「どうか、とか言われましてもね」


 しゃっしゃっと、ルーサーさんのふさふさした毛を()かしながら思わずつぶやく。


 ルーサーさんは、最初私の申し出に困惑気味だったが、しぶしぶブラッシングさせてくれた。さすがに服を脱がすわけにはいかないので、ブラッシングするのは頭だけだ。


 ちなみにここは王城の中の私にあてがわれた部屋で、かなり広い。しかも天井が高い。

 さきほどの謁見の間でひとしきり説明を受けた私は、ルーサーさんに案内されて、ここに連れてこられたのだった。


 部屋の中はさらにいくつかの部屋に区切られており、寝室やリビング、ダイニングスペースみたいなものもある。ベッドやチェスト、デスク、生活するのに必要そうなものは一通り備え付けだ。風呂やトイレもちゃんとついていて、しかも水洗トイレ。普通に文明が発達してて驚いた。

 三階くらいの高さだろうか。明るい陽射しに照らされた窓の外には、緑豊かな庭園を見渡すことができる。まるでホテルのスイートルームみたいな雰囲気だ。完全にここだけで生活が完結できそう。


 ルーサーさんには、備え付けのデスクとセットになっていた椅子に座ってもらっている。最初は不機嫌そうに耳を伏せていたが、次第に目を細め、今は私のブラシの動きを妨げないよう顎の下を伸ばしてくれている。


 一通りブラシをかけ終わり、仕事道具一式が入っているカバンにブラシをしまう。


「あ……」


 もう終わり? みたいな感じでこっちを見てくるルーサーさん。

 うんうん、ブラッシングきもちいいよね。


「少しだけ表面を整えて、かっこよく仕上げますね」


 私はチャキリとトリミング用のハサミとコームを取り出した。


 基本、ハスキー犬にトリミングは必要ない。でもやはり、ちょっと整えるとイケメンぶりがあがるのだ。ハスキー好きの私としては、毛の先一本までこだわりたいのである。


 ◇◇◇


 その日の夜。

 あったか風呂でさっぱりした私は、備え付けのベッドのふかふか布団にくるまってうとうとしていた。


 ちなみにルーサーさんは、グルーミング&トリミング後に、鏡に自分を映し、いろんな角度から確認した後、満足げに帰っていった。


 突然の環境の変化に驚いたが、とりあえずルーサーさんを手入れしまくったおかげで、私は随分と落ち着いていた。あのもふもふと温かさを思う存分堪能できて、心が癒やされたのだと思う。



 そんな穏やかな気持ちで眠りに落ちる私を、呼ぶ声が聞こえた。


「目覚めよ、異世界からの来訪者よ。我は、いぬみみ族の守護神である」


 ぱちりと目を開けると、そこは無に満たされた空間だった。闇も光も知覚できるものは何もない。ただ、自分と守護神と名乗る存在が、いるということだけはわかる。


「召喚に応じた対価として、望むものをひとつだけなんでも与えよう」


 私は、改めて目の前の守護神と名乗った存在を見た。


 上から下までじっくり見た。


 威厳ある伸び放題の眉毛、叡智を感じさせるぼさぼさな髭、ジェントルな雰囲気を醸し出す垂れ耳。


 杖をついて、白いローブをゆったりと着こなし、泰然自若たるさまで、私を眺めている守護神とやらの頭は、どうみてもシュナウザーの一種だった。背の高さは私の肩くらいだ。


「さあ、言うがいい、何が望みだ」


 私はゆっくりと守護神に近づき、ローブに包まれた撫で肩にぽんと手をおいた。


「トリミング道具一式をだしてもらえません?とりあえず、スタンダードのシュナカット(※)でいいです?」

「えっ」


 ※シュナウザー種をいい感じにカットする切り方



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