隨ャ?溽ォ?縲?蟷暮俣
~隨ャ?溽ォ?縲?蟷暮俣~
迷子羊の見た夢
一番最初のリィリオンとの出逢いがワタシの始まりだった。
リィリはワタシに大切なことを教えてくれた。
そしてワタシが誰なのか教えてくれた。
想い想われることの喜び。別れの悲しみ。置き去りにされた怒り。友の大切さ。希望への渇望。約束を交わすことの愛しさ。
そして、ドリーという、迷える羊だった人外の名。
リィリと約束を交わした。
ワタシが見た夢を教えると。
だからワタシは、キミを待ち続けることにした。
*
次に逢えた『リィリ』は東の国、戦乱の世で生きていた。
「死にたくない」と言ったキミの姿に、生まれ変わって生を望めるようになったのだと嬉しかった。
だが記憶がないのか、ワタシの目をあまり見てくれなかった。
そしてキミはワタシの元から去ろうとした。
許さない。赦さない。
約束をした。約束は果たされなければ。
だからワタシは、キミを愛した。
この時代のキミは家族に愛されていたから、家族の前で、キミを愛して“あげた”。
キミとワタシを引き裂く家族は、村ごとキミの前で燃やした。
物言わなくなったキミを家に連れ帰り、ワタシはまた一つ、キミから待っているだけではいけないのだと教えられた。
次からは、ワタシからキミを探しに行くことにした。
⁑
しばらく悪い子の『リィリ』が続いた。
ワタシを欺こうとする舌は不要だと教えられた。
いつだって『リィリ』はワタシに色々なことを教えてくれる。
⁂ *
どれほど経っただろうか。
永遠に変わらないままでいることなど出来ないと、そんな残酷な現実を突き付けられていた。
『リィリ』と逢う度、ワタシの心は酷く消耗した。
どう接すればこの『リィリ』は逃げないのか。この『リィリ』はワタシになにを望むのか。
考えても問い掛けても、『リィリ』はワタシに答えをくれなかった。
聡いリィリと違い無知であるワタシに出来るのは、『リィリ』を愛して“あげる”ことだけだった。
だがその行為すらワタシの心を蝕んだ。
『リィリ』はそんな愛を望んでいただろうかという疑念が、頭から離れなかった。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁑
キミを諦めるべきなのかもしれないと思うようになっていった。
朝になるといなくなる『リィリ』が増えていた。今までそういう『リィリ』がいなかったわけではないが、この頃のワタシは、否定されているような気がして深く傷付いた。
西に家を落ち着けて、決意を固めようとした。
その時、やっと望んでいた『リィリ』に逢った。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂
キミは島国で生きていた。
帰る場所がなく、帰りたい場所も存在しない、理想の『リィリ』だった。
キミはやはりワタシの目を見てはくれなかったけれど、キミとの生活は、今までのどの『リィリ』とも異なっていた。
『リィリ』は少年でなければならない。
リィリがそれを望んだからだ。
キミは心の底から少年で、どの『リィリ』よりもやんちゃでわんぱくだった。
やっとキミが望むキミになれたのだと思った。
そんなキミが、リィリの理想の『リィリ』が、ワタシの目を見て「何度でもワタシと出逢う」と言ってくれた。
また教えられた。
ワタシは『リィリ』がいなければ生きられないように、『リィリ』もまた、ワタシがいなければ生きていけないのだ。
だからワタシは決意した。
ワタシの身体が枯れ朽ち果てるまで、何度でも、キミを探し続けると。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ *
またしばらく悪い子の『リィリ』が続いた。
島国の『リィリ』は愛していたが、愛して“あげる”ことは出来なかったので、その分悪い『リィリ』を愛して“あげた”。
愛し過ぎて弾けた『リィリ』もいたが、すぐに新たな『リィリ』を探して愛して“あげた”。
いなくなる『リィリ』がまた増えてきたが、今度は全て連れ戻して文字通りに愛し潰して“あげて”から返した。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁑
愛し潰して“あげた”『リィリ』は要らない。
愛した『リィリ』と愛して“あげた”『リィリ』の躯だけワタシの花畑に弔った。
『リィリ』の亡骸が増えるほど、この花は心地好い香りを放った。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂
その『リィリ』は、今までのどの『リィリ』より異端だった。
少年でありながら少年ではない心を持つ、少女でもない、子ども。
故にどこにも属せず、どこからも弾き出された子どもだった。
だがなにより異端だったのは、子どものコクバへ寄せる感情だった。
『リィリ』はワタシを愛さなければならない。『リィリ』はワタシと出逢うためだけに生まれて来るのだから。そのために何年も何百年も何千年も時間を要したのだ。
『リィリ』の心はワタシに向いていなければならない。『リィリ』はそういうものなのだから。そのためにキミの村に黒き死の病を放ったのだ。
キミはワタシだけを見なければならない。
キミは『リィリ』なのだから。
キミと先に出逢ったのは、ワタシなのだ。
ならこの『リィリ』は――
「――……とっておきの贈り物なんだ。『次』はちゃんと渡すから、最後まで大切に味わってほしい」
憤怒が溢れ出た。
己の心を殺してまで生き続ける決意をしたキミに、ワタシが気付いていないとでも思っていたのだろう。
今のキミは『リィリ』ではない。
ワタシの『リィリ』はワタシを欺かず、嘘を好まず、自ら死ぬことを望まず、何度でもワタシを愛し、永遠にワタシと共にある存在でなければならない。
だからワタシがキミを殺して“あげた”。
最期まで眠りに就こうとしたキミの本当の心を叩き起こした。キミが心の底から望んでいた言葉を、キミが心の底から忌避していた感情と共に吐き続けた。
何度もキミを愛して“あげ”ながら、何度もキミを揺さぶり起こした。
キミの涙が一粒の星を伝っても止めなかった。生きながらに心を壊されるのは、生きながらに内臓を食い尽くされるような心地だろうと思うと、尚のこと愛して“あげ”なければと思った。
泣き喚いても、声が掠れ切って声なき声となっても。膨らみきったキミが弾けそうになる度に空っぽにしてまた愛を注いだ。何度も繰り返して“あげた”。理想のキミになるまで骨の髄まで愛して“あげた”。
ユリの匂いがキミに染み込み、自らその匂いを放つようになるまで。
「――おはよう」
数日掛けてようやく理想の姿になったキミをきつく強く抱き締めた。
ワタシだけを瞳に映す、呼吸を繰り返すだけの花になったキミは――今までのリィリよりも、愛おしかった。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ *
キミの呼吸が止まり、幾度目かの『リィリ』を探す日々が訪れた。
途轍もなく長い時間を有した。『リィリ』になり替わろうとしたキミを殺した呪いなのだと思った。
術も綻びが目立ってきた。『リィリ』の証を持った少女に見つかった時は、コクバが駆けつけなければ殺してしまうところだった。
『リィリ』は少年でなければならない。
『リィリ』は顔に星を散りばめ左の目尻に一等星がある少年でなければならない。
そうだ、キミは東洋の島国に興味を示していた。そこにいるに違いない。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ *
そして、キミと出逢った。
キミは今までのどの『リィリ』より平和に、平穏に、暮らしていた。
湧き出た感情は、憤怒だった。
今までの『リィリ』は時代に苦しんでいた、悲しんでいた。だからワタシが愛して“あげる”ことで癒してあげていた。
だが、この『リィリ』は――全ての『リィリ』が欲していたものを、当たり前の顔で享受していた。
ワタシが生きている意味がなくなってしまう。
『リィリ』の刹那の願いが無下にされている。
ワタシの『リィリ』は、幸せを幸せと思わないような、傲慢な存在ではないというのに!
ああ、違う、そうだ、この『リィリ』は記憶が戻っていないのだ。純粋で高潔な『リィリ』が傲慢なわけがない。
だからワタシが、キミを起こしてあげなければ。
どこへ行くというのか。ワタシからは逃げられない。ああ、雨音が煩わしい。おいで『リィリ』。ワタシがキミを起こしてあげる。何度もキミに捧げたじゃないか。なんでもキミに与えたじゃないか。愛し合おう。愛して“あげる”から。
キミが足を滑らせた。キミの手が虚空を掴んだ。キミの身体が崖下に転がり落ちた。
地面に転がったまま動かないキミを見つめ――ワタシは喜びに打ち震えた。
「やっと見つけたんだ。何千年もそばにいたんだ。
キミもいずれ、思い出す」
さあ、夢の続きを見よう。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ *