第三部:戦いと願いのゆくえ
空に浮かぶソリの上から、ヨルは立派なお城の姿を見下ろしました。お城には、以前のようなにぎやかさが少しも感じられず、まるで何か大きな生き物の死がいのように、不気味に静まり返っています。
魔法の地図によれば、イオがこのお城の中にいることは間違いありません。
ヨルはひとまず門の前に降り立ちました。そこには門番らしき出で立ちをした男が一人、柱によりかかるようにして、力なく座り込んでいました。
やけに堂々と仕事をサボっているもんだと呆れつつ、ヨルはその不まじめな門番に、声をかけます。
「なあ、ちょっといいかい」
門番はそこではじめてヨルの存在に気がついたとばかり、おっくうそうに顔を上げました。
その直後、二人は同時にきょうがくし、目を見はりました。
門番のかっこうをして座り込んでいたのは──なんと、王さまだったのです。
「き、きみは、ヨルくんじゃないか! いやはやおどろいた。もうとっくに、この町を出て行ってしまったと思っていたのに」
「おどろいたのはこっちの方だ。あんた、王さまなのに、なんで門番のかっこうなんてしているんだ?」
「……私はもう、王さまではない。少し前──ちょうど君が城に来なくなったころ、妙ちきりんな杖を持った魔法使いが、城を乗っ取ってしまったんだ。それ以来、私は門番で、お妃さまだった妻は、今じゃ掃除係だよ」
王さまが門番で、お妃さまが掃除係をしているお城だなんて、おそらく他にないでしょう。「悪い魔法使い」は本当に好き放題、お城を支配しているのです。
「むろん、われわれも抵抗はしたのだが……結局、やつの魔法には歯が立たなかった。そして、手をこまねいていふうちに、息子とイオくんを、人質に取られてしまったんだ」
「二人が人質に? 本当かい?」
「ああ。あのひきょう者は、二人に毒林檎を食べさせて、眠らせてしまったのだ」
「……違う」ヨルは、勇気を振り絞って言いました。「その毒リンゴをイオに渡したのは、本当は俺なんだ」
「なんだって? しかし、そんなはずが」
「俺は、自分の罪をつぐないに来た。どんな病にもきく特別なお薬を持っているんだ。これできっと二人も目を覚ますはずだよ。だから、ここを通しておくれ」
門番の王さまは、しばし考えこみました。
「……わかった、君を信じよう」
「ありがとう」
「ただし、悪い魔法使いは強敵だ。やつは魔法の杖の力で、なんでも望んだとおりのものをこしらえて、手に入れてしてしまうのだ」
「大丈夫だよ。俺も魔法の武器を持っているからね」
その言葉を聞いた王さまは、不思議そうに目を丸くさせました。
それから、豊かなヒゲを指でしごきつつ、こうつぶやきます。
「どうやら、君は以前の君とは違うらしい。ならば心配は無用だな。どうか、かわいい私の息子とその恋人を、救ってやってくれ」
ヨルは力強く、うなずき返しました。
※
王さまの話によると、二人が眠っているのは、塔屋の中にある礼拝堂であり、そこへ向かうには、玉座の置かれた広い部屋を通らなければなない、とのことでした。
そして、その玉座の上では、四六時中悪い魔法使いがふんぞり返っているのです。
ヨルがその部屋に入った時も、悪い魔法使いは話に聞いたとおり、偉そうに足を組んで、立派な椅子にもたれかかっていました。
「ほう。まさか、またお前の顔を見ることになるとはな。今さらこの杖を取り戻しに来たのか?」
ヨルの姿を見た悪い魔法使いは、せせら笑いを浮かべました。彼はスッカリ王さまになったつもりであるらしく、金ピカに光る王冠と、ぶあついマントを身にまとっています。
「そんなもんいらないよ。それより、俺は二人を助けに来たんだ。そこを通してもらおうか」
「いやだね。この俺さまが、お前なんぞの指図を受けると思うかい? どうしてもやつらの元に行きたけりゃ、力ずくで俺をどかしてみな」
そう言うと、悪い魔法使いはヨルからうばった杖をかかげ、
「魔法の杖よ、“世界一熱い炎”をよこせ!」
次の瞬間、杖の頭の先から真っ赤な業火がふき出し、空中でうずを巻くようにして、ヨルにおそいかかって来ました。
しかし、ヨルは少しもひるまず、魔法のポンチョの裾で体をおおい、燃えくるう炎のうずまきを、たえしのいでみせます。
「こんなもの、まだまだ序の口──魔法の杖よ、“世界一はげしい突風”をよこせ!」
今度は強烈な風が杖の先から放たれ、ヨルに吹きつけます。あまりの勢いに、ヨルはその場にふみとどまることができず、あえなく吹き飛ばされてしまいました。
世界一の突風は、ヨルの体を壁に叩きつけただけではおさまらず、天井をふんさいし、そこにできた大きな穴から、ヨルを外へと放り出してしまいます。
夜空に投げ出されたヨルは、そのまま真っ逆さまに落ちてしまう──かに思われました。
しかし、間いっぱつ。魔法のソリがひとりでに飛んで来て、落下するヨルのことを受け止めてくれたのです。
「助かった!」
ヨルはソリの上で立ち上がり、突風のやんだすきを見逃さず、天井に空いた大穴の中へ飛びこみます。
ぶじに生還し、ソリからおり立ったヨルを見て、悪い魔法使いはいまいましげに、歯ぎしりをしました。
「こしゃくな小僧め。ならばこれはどうだ! 魔法の杖よ、“不死身の兵士”をよこせ!」
不気味な光が放たれ、そして弾けると、どこからともなく甲冑を身にまとった兵士が現れ、ヨルの前に立ちはだかりました。
兵士は長くて大きな剣を振り上げ、やにわにヨルを切りつけました。
ヨルもすぐさま魔法の剣で応戦します。
それから先は、魔法の剣がひとりでに動き、兵士のくり出す攻撃をふせぎ、弾き返し、そしてすきをついて反撃しました。
ヨルはその動きについて行くだけで必死でしたが、おかげでどうにか、兵士をきりふせることができました。
──と、思ったのもつかの間。鎧をまとった兵士は、まるで糸であやつられる人形のような動きで、床から起き上がり、ふたたびヨルにおそいかかったのです。
そのあとも何度切りつけようとも──ざんこくな話ですが、片腕を切り落としたり、首をはねたりしても──、兵士は変わらず立ち上がり、何事もなかったかのように、戦い続けました。あまりのしつこさに、ヨルの方が先に疲れてしまいます。
「どうした小僧。先ほどまでの威勢は、どこへいったんだ?」
悪い魔法使いはいかにもたのしそうに、ニタニタ笑いを浮かべました。
ヨルは今や攻撃を防ぐのに手いっぱいとなっており、この不死身の兵士に圧倒されつつありました。
そして、とうとう魔法の剣を手放してしまったのです。
「あっ」とヨルが声を上げた次の瞬間、兵士の持つ刀の切っ先が、彼の胸のあたりに飛んで来ました。
ヨルは尻もちをつくような形で、なんとかその一撃をかわしました。しかし、その拍子に、ふところから魔法のお薬の瓶が投げ出され、兵士の体に当たって、くだけてしまいます。
「ああっ! イオたちに使うつもりだったのに!」
瓶の中身を浴びた不死身の兵士は、そこで動きを止めると、今度は糸の切れた人形のように、その場にたおれました。
「不死」というのは人間としては不自然な状態であり、病気のために起こる異常と変わりありません。だからこそ、どんな病にも効く魔法のお薬によって、無効にされてしまったのでしょう。
「ますますこしゃくな……!」
悪い魔法使いはかんしゃくを起こしたように、ひじかけに爪を立て、座ったまま床を蹴りつけました。
そして荒々しく立ち上がると、尻もちをついたままのヨルを、モノスゴイ形相でにらみつけます。
「……もういい。これ以上お前なんぞにつきあっていられるか! こうなったらどんな手を使ってでも、きさまを殺してやる!」
悪い魔法使いは「“世界一頑丈な鎧をよこせ!」と杖に命じ、立派な黒い鎧を、全身にまといました。
それに気づいたヨルは、ようやく立ち上がり、拾い上げた剣を両手でかまえます。
「殺す。確実にミンチにして、ぶち殺してやる!」
憎悪のにじむ声でほえると、悪い魔法使いはふたたび魔法の杖をかかげ、こんな願いをさけびました。
「魔法の杖よ──“流れ星”を一つよこせ!」
流れ星をよこせだなんて、なんというバカげたお願いでしょう。悪い魔法使いはいったい何をたくらんでいるのか、ヨルには少しわかりかねました。
ですが、とても不吉な予感がしていたのも確かで、だからこそヨルは、頭上──天井にあいた風穴のその先に広がる夜空を、見上げる気になったのでしょう。
そして、ヨルはそこに、不思議なお星さまを一つ、見つけました。
ほかの星々とは明らかにちがう、強烈な青白い炎のような光のかたまりが、少しずつ大きさを増していくのです。
「……まさか」
ヨルは思わずつぶやき、あ然として立ちつくしました。そう、その不思議なお星さまは、みるみるうちにこちらに近づいている──地上におりて来ようとしているのです。
「はははは! ようやく気がついたか! あの星は、間もなくこの城もろとも、お前を押しつぶすのだ! むろん、俺さまはこの鎧で守られるが……よろこべ。この城の、いや、この町にいるやつらすべてを、道づれにできるんだ! お前のような小僧には、ぜいたくか死に方じゃないか!」
悪い魔法使いは勝ちほこり、得意になってわめきます。その言葉を、ヨルはせまり来る光を見上げたまま、ぼう然と耳にしていました。
あんなものが本当にここに落ちて来たら……当然、みんなぶじではすみません。
ヨルはもちろん、今も眠りつづけている、イオたちも。
──いったいどうしたらいいんだ? どうすれば、イオを守ることができる?
ヨルはいっしょうけんめい考えました。しかし、名案はなかなか浮かばず、そうこうしているうちにも、青白く光る流れ星が、こちらにせまっています。
──なにか、方法はないのか? ぜったいにもう、ムリなのか? 本当に、こんな悪者の思いどおりにしか、ならないのか?
ヨルは考えに考え、ひたすら知恵を振りしぼりました。
そして。
ふと、王さまの言っていたことを、思い出したのです。
『ただし、悪い魔法使いは強敵だ。やつは魔法の杖の力で、なんでも望んだとおりのものをこしらえて、手に入れてしてしまうのだ』
その瞬間、パッと、目の前の霧が晴れるような心地がしました。
まだ方法が残っていることに気づいたヨルは、高らかにさけびます。
「杖よ──“流れ星をうち返す大砲”、一つおくれ!」
それは、ほとんどかけのようなものでした。
もしヨルの考えたとおりなら……杖はまだ、力を貸してくれるはずです。
「何をバカなことを。この杖はもう、俺さまのものなのだ。お前の願いなど、かなうわけが──」
悪い魔法使いのセリフを、さえぎるように。
彼の握っていた杖がまばゆい光を放ちました。
そして、その光が弾けた時、部屋のまん中──ちょうど天井にあいた大穴のま下の辺りに、車輪つきの木の台にのせられた立派な大砲が、出現したのです。
「そ、そんな! どうして⁉︎」
「その杖は、お前を持ち主だとは、みとめていないんだ」
ヨルは教えてやりました。
「魔法の杖がこしらえたものは、決して持ち主のものにはならない」というルールがあります。
しかし、王さまが言うには、悪い魔法使いは「なんでも望んだとおりのものをこしらえて、手に入れてしてしまう」とのことでした。もしも、悪い魔法使いが本当に杖の持ち主であれば、杖でこしらえたものを「手に入れることができる」というのは、このルールと矛盾してしまいます。
であるなら、杖はまだ悪い魔法使いのことを完全に主とはみとめておらず、ヨルのお願いも聞いてくれるのではないか──ヨルは、そう考えたのです。
※
魔法の大砲は、ひとりでに動き、せまり来る流れ星に照準を合わせました。まるで巨大な天体望遠鏡で、お星さまの姿をのぞき込むように。
「いけ!」
ヨルのかけ声に応じ、大砲はまん丸の砲弾を打ち出しました。その反動で、部屋全体が一度大きく揺れるほど、モノスゴイい勢いで。
夜空に飛び出していった砲弾は、あやまたず、青白い火球となった流れ星とぶつかり──
次の瞬間には、どちらもコナゴナにくだけ、無数の光のカケラを散らしながら、一瞬だけ夜空を照らしたあとで、消えてしまいました。
満開の花火のような、美しい消めつの光景。ヨルも悪い魔法使いも、少しの間、あらそっていたことを忘れてしまったように、それを見届けました。
──先に言葉を発したのは、ヨルの方でした。
「これでわかっただろ。魔法の杖は、お前だけのものじゃない。いつまでも王さまぶってないで、さっさと俺を、二人の元に向かわせてくれ」
「……くっ! ふざけやがって……!」
悪い魔法使いは両手で杖を握りしめ、なおも抵抗する気配を見せました。
すると、その時です。
ドタドタと大勢の人の足音が聞こえて来たかと思うと、ヨルの背後にあった扉が開き、たくさんの兵士たちが、部屋の中になだれ込んで来たのです。
兵士たちはおたけびを上げながら、ヨルのことをきれいによけ、立ちつくす悪い魔法使いへと、むらがりました。
そして、彼が魔法を使う間もなく、いっせいにみんなでのしかかり、その体を床に抑え込んでしまったのでした。
その兵士たちの中には、あの門番の王さまもいます。
「ヨルくんのおかげで、われわれももう一度戦う気になれた! 勇気をくれたのはきみだ! 感謝する!」
王さまはそういいながら、ジタバタともがく悪い魔法使いの頭から、かぶとをひっぺがしてしまいました。
「くそっ! くそっ! くそっ!──はなせ! このクズどもが! またいたい目を見たいのか!」
悪い魔法使いは、床に転がった魔法の杖へと、最後のあがきで手を伸ばします。
「魔法の杖よ──“このバカどもをみな殺しにする毒ガス”を、よこせぇ!」
恐ろしい命令が、発せられました。
誰もが一瞬たじろぎます。ヨルも、これにはどうすることもできないだろうと、きもを冷やしました。
しばしの間、先ほどの大さわぎがウソだったかのように、静寂が訪れます。
「…………あれ?──ど、どうしたんだ! さっさと毒ガスを出しやがれ!」
悪い魔法使いは杖をどなりつけました。
すると、
「……残念ながら、そのお願いは聞き入れることができませんねぇ」
ため息でもつくように、そんな返事がよこされました。
いったい誰がしゃべったのか──はじめはヨルにもわかりませんでした。
「実を言うと私、あなたのことが、あんたり好きじゃないんです。ま、乱ぼう者で、横ぼうで、自分のことしか考えていないんだから、嫌われて当然ですがねぇ」
ペラペラと、この場に不似合いなほど軽はくな口調で話すのは──なんと、杖でした。
床に落ちた魔法の杖が、人の言葉を使って、おしゃべりを始めたのです。
「は、話せたんだ……」
思いもよらぬ事実を知り、ヨルは思わずつぶやきました。
その間にも、杖のおしゃべりは続きます。
「そういうわけですから、私はもうあなたのお願いは聞きません。ヨルさまに見捨てられた時は、悲しさのあまりあなたの杖になってしまいましたが……しかし、もうがまんの限界です。どうせなら、ステキな願いをかなえたいと思うのが人情──もとい、杖情というものです」
「そ、そんな……」
悪い魔法使い──ではなく元よう兵のボスが、いつになく弱々しい声をもらした時、一人の掃除婦が部屋にかけ込んで来たかと思うと、持っていたモップのえのはしで、ボスの頭をようしゃなくたたきつけました。
それはよく見ればお妃さまで、失った威厳を取り戻したとばかりに、気絶してしまった男のことを、胸を張って見下ろしていました。
「これでぶじ、悪者も退治されました。さあさあヨルさま、今一度この私に、ステキなお願いをおっしゃってください。ヨルさまのお願いは、いったいなんでしょう?」
ヨルに拾い上げられた杖は、やけに楽しげな口調で、そうたずねて来ました。
杖に何を願うべきか──本当にかなえたい願いはなんなのか。ヨルにはもう、わかっていました。
「俺の望みは、一つだけだ。どうか──イオを幸せにしておくれ」
「ふぅむ、イオさまを幸せに、ですか。確かにそれはステキなお願いですが、しかし、難しいお願いでもありますねぇ。もう少し、具体的におっしゃってもらわないと」
杖は、新たな問いを、投げかけて来ます。
「幸せとは、いったいなんなのでしょう? 人間はどうなれば、『幸せだ』と、言うことができるのです?」
「それは……」
ヨルがなんと答えるのか。王さまも、お妃さまも、兵士たちも、みなかたずを飲んで、見守ります。
ほどなくして、ヨルは今思うすなおな気持ちで、杖に言います。
「……一番大好きな人が、笑顔でいられること、だと思う」
「大好きな人が……なるほどなるほど。では、イオさまの一番好きな人──王子さまには、目を覚ましていただかなくてはなりませんねぇ」
「……ああ」
「それからもちろん、イオさまご自身にも。目をつむっていては、誰の笑顔も見ることはできませんから」
「ああ、そうだ。それが俺の願いだ」
「かしこまりました。それではさっそく──」
杖は、これまで願いをかなえて来た時とはちがう、とてもあたたかな光を、放ちました。
※
それから何日かして。
お城のある町では、王子さまの快復をお祝いするパレードが開かれていました。兵士や音楽隊や使用人たちを従えて行進する王子さまたちの姿を一目見ようと、たくさんの人びとが、通りにつめかけています。
また、今回のもよおしは、王子さまただ一人に対するだけのものでは、ありませんでした。
白い正装をまとった王子さまの隣には、同じ色の美しいドレスを着たイオが、寄りそっていたのです。
この日行われたパレードは、王子さまとイオの快復のお祝い──だけではなく、結婚の披露宴をかねて行われたものでした。
町中の誰もがこの若い花婿と花嫁を祝福し、喜びをわかち合いました。
大人たちは、今日だけはみな仕事を休み、身分など関係なくお酒をくみ交わします。
子供たちは、音楽隊の奏でる楽器の音に合わせ、たのしげにおどります。
そして、年ごろの娘たちが、籠イッパイに集めてきた色とりどりの花びらを空へ投げ、虹色の雨を作りました。
そんなお祭りさわぎの様子を、ヨルは少し離れたところから、ながめていました。
しかし、最後まで見届けようとはせず、きびすを返して、町外れへと向かいます。
ヨルには、まだやらなければならないことがありました。
みんなが自分に貸してくれたものを、返しにいくのです。
「コンには何も返してやれないけど、そのぶん、お店の仕事を手伝わせてもらおう」
そう考えつつ、ヨルは魔法のソリに乗って、よく晴れた空へと飛び立ちました。
少しずつ遠ざかっていくパレードのにぎわいを、ちょっとだけなごり惜しく思いながら。
「しかし、よろしかったのですか?」
おしゃべりな“幸せの杖”が、ヨルにたずねます。
「せっかくイオさまを目覚めさせたのに、これではヨルさまだけ、幸せになれないのでは?」
「そんなことないよ」ヨルは、答えました。「俺は今、とっても幸せだ」
ヨルはうまれてはじめて、心から、そう思うことができたのです。