ボロアパートの一角
暑い暑い暑い
ある日の真夏の熱帯夜
額から汗を流しながら、ボロアパートの階段を上がる。
いつもと変わらない乾いた錆び鉄の音が、蝉の音に上乗せされる。
部屋のドアの前に着くと、いつものようにスマートウォッチをドアノブに近づける。
ピーピピピー、カシャ、
まるで、調和しない音が響き、
自動でドアが解錠される
なんとも、ムダなハイテク‥‥
毎度のことながら、似つかわしくない音にしかめっ面になる。
ムダな電気代払わせやがって
現在、西暦2050年
我が国では衛生管理法の拡充によって、あらゆる区画を生き来可能な扉について電子錠とその交通記録が義務付けられた。
背景として、2025年の感染症の世界的パンデミックがある。
2020年に始まったこのパンデミックは、2025年にピークを迎え、世界の主要都市全面封鎖で歯止めが効かない現実を前に、政府は徐々に国民の統制と管理を強めていった。
その結果、各世帯単位での外出管理をするに及び、現在もこれが継続されている。
パンデミックが収まった今でもだ。
結果、細かい想定を無視した法案が可決され、こんボロアパートにさえ電子錠が完備されている。
はっきり言って窓から入った方が100倍早い
取られるものがないから、
いつでも我が家は窓全開だ。
何気なしに、施錠記録をスマートウォッチで確認する。
もしかしなくても、僕が朝開けて、出てった記録しかない。
はずだったのだが、
あれっ、
悠人のやつ来てんじゃん
悠人とは、同じバイト仲間だ。
電子錠はアカウント管理が可能で、オーナーは解錠権限を好きな人にライセンス付与出来る。
勿論、いつでも締め出すことも可能だ。
このため、この電子錠は市町村に所有権が帰属し、住民票を得なければオーナーになることが出来ない。
公的な管理からpublic Keyと呼ばれるが、
デバイス管理画面上で緑の表示されることから、
グリーンカード、グリーンパス等と俗称で呼ばれる。
このグリーンパスは、住民票所持者の証である
このご時世、グリーンパスを持っている者とそうでない者は天地の差程に制限が違う。
パンデミックの影響により、貧富の層が真っ二つに両断された今、公共交通機関をひとつ利用するにもグリーンライセンス以上が必要だ
治安を守る事を目的に、パンデミック時の移動制限が変遷し、ヒエラルキーの象徴に様変わりしてきた
荒廃が進む地区、開発が進む地区、その中の施設の部屋のドア一枚開けるかは、全てライセンスの階級次第だ。
都心に行ける奴なんて、ほんの一握り
泣く泣く、俺がこんなボロアパートでも、居住を維持する理由がそこにある。
また、抜け道として、
悠人のように世帯主にライセンス付与をしてもらうと、グリーンパスを所持する事が出来る
本来は同一生計とか条件があるが、
暗黙のルールという奴だ。