無慈悲なる決着
男達は6人。どいつも隠しおおせない凶暴性を秘めた雰囲気を醸し出している。先頭の男がゆっくりとフロアを見回し、そして翔たち3人に目を据える。
「そっちの女子はーアレとして。オメエ何だ?」
「この子達を助けに来た」
「ふーーん。で、この状況でそれ出来んの?」
他の男達は素早く葵と美咲に近付く。
「とりま、その女子達縛っちゃえよ」
「ウイーす」
「ほら、こっちこいや」
「その子達に触るな!」
叫んだ瞬間、翔の右正拳突きが男の顔面に叩き込まれた。男の鼻から血が吹き出し男は顔を歪めながら床に沈む。
「テメー このヤロウ」
5人の男が一斉に翔に襲いかかる。
「葵ちゃん、非常階段!」
葵が美咲の手を引っ張り非常階段の扉へ向かう。それに気づいた男二人が後を追う。一人目の蹴りを翔はかわしたが背後に回った男に背中を蹴られて蹌踉めく。すかさず横に回った男に足を掬われて床に転げる。その後は3人の蹴りが全身に叩き込まれ、程なく翔の意識は遠くなった。
「や、やめてっ それ以上したら死んじゃう!」
「は? 何だって?」
「だから、もうやめて!」
「何上から物言ってんだこのクソガキが」
「…やめてください」
「で。やめたらどうしてくれんの?」
「… 私を…好きにすれば…」
「ハア? 聞こえねえー」
「私を 好きに してください!」
男達の蹴りがピタリと止まる。血まみれの翔がピクリとも動かずエレベーター前に転がっている。その横に翔が倒した男が白眼をむいて倒れている。
「あーあ。ミッチ、大丈夫―? ダメだー、意識飛んでるわー」
「まその辺で寝かせとこ〜 その内意識戻んでしょ」
「このクソガキは一応縛っとこか。」
「ったくとんでもねーガキだわー ミッチーさん一撃で仕留めるとは…」
「それなー ウチで三本指入るツエー人なんだけどなー」
「ま、このクソガキ、殺されるわな後で(笑)」
「さーてと。お嬢ちゃん達さー 大変なことしちゃったねー」
「それなー マジ俺らに刃向かうとか、ありえねーし。」
「知ってるでしょ、俺らのこと?」
「…ガルフ…」
「そーそー。あのクソガキがやっちゃった人、ガルフの幹部なんだよねー。これさ、どー落とし前つけんの? まアイツは死ぬとして。」
「沈めちゃ面白くねーし。あ、最近うるせー荒川会の玄関に首切って置いてくるとかー」
「それ! イケてる! 『お中元です』って熨斗つけてな(笑)」
「よーーし。これで気が付いても動けねーな。さーーて。」
五人は気を失っている翔をストラップで縛り、それから葵と美咲を後ろ手にストラップで縛り床に座らせる。
「さてとー。コータさあ、奥からカメラ持って来いやー。ここで撮っちまおうや」
「へへへー、りょーかい」
ショートモヒカンの若者がいそいそと奥に向かい、翔に倒された大学生を蹴り上げながら三脚に固定されているビデオカメラを抱えて来る。
「充電はー良しと。ちょっと逆光かなー、カメラこっちに置くかー」
「制服JK二人組かー しかもーこの制服、日々谷じゃんー これ、マジ大ヒットじゃね!」
「あーーー、我慢できねー オレのからまず咥えさすかー よいしょっと」
ボウズ頭のガタイの良い男が徐にズボンをずり下げる。男はニヤニヤ笑いながら二人に近づく。
美咲は正視する事が出来ずに俯く。葵は男の顔を睨みつける。
「コータ、カメラスタンバイ、どーよ」
「ちょっと待ってーー あケンさん、ちょい左―」
「こっちかー」
「そーそー。おお、バッチリ! じゃ、撮りますよーー」
ビデオカメラの赤い小さなライトが点灯する。二人の男が葵と美咲の後ろに回り込み羽交い締めにする。ボウズ頭が直立させたままカメラを意識しつつ更に二人に近づく。
ボウズ頭は無言のままニヤニヤしながら二人の顔に近付ける。それに合わせて羽交い締めにしている男達は葵と美咲の顔に押し付けるべく押し出す。
「いやっ」
「やめてっ」
男達は後ろから葵と美咲の顔を押さえ顎を下から押さえる。ボウズ頭が二人の唇に接近する。カメラはそれに合わせズームアップしていく。ボウズ頭は一瞬どちらか迷った後、葵の口元に持っていく。固く目を瞑り激しく抵抗するのだが後ろからしっかりと押さえ付けられる ボウズ頭がー葵の唇に触れー
* * * * * *
「おーーーし。そこまでっ」
突然非常階段の扉が開く。
男達はギョッとして振り返る。
「な、なんだこのババアー」
カメラを操作していたモヒカン男が吐き捨てるように言った数秒後、彼は顎に蹴りを喰らいそのまま頭から床に叩きつけられた。
「お、おばあさま……」
ボウズ頭ら四人が光子を取り囲む。その中の一番背の低い赤い革ジャンを着た若者の首に太い腕がいつの間にか巻き付き、一瞬で若者は墜ちる。
「ハイ、一丁上がりーー」
「し、忍さん……」
「ざ、ざけんなババーどもがあーー あ…」
「ジジイもいんぞーー。でオマ… なにその火星粗チンは? うわ火星クセー ギャハハー それでマースでもかいてろバーーカ」
「こ、殺す!」
ボウズ頭が激しく殴りかかるがスッと身を沈め渾身の右フックが鳩尾に決まり、ボウズ頭は白眼を剥いて床に崩れ落ちる。
「け、健太さん……」
「な、なんなんだテメーら… 俺らガルフだぞ… もーすぐ幹部みんな来んだぞ… んぐっ」
健太の容赦ない右フックが怯えていた若者の左顎にヒットし、フラフラと二、三歩よろめいた後床に崩れ落ちる。
残された金髪の目の鋭い男がナイフを取り出し健太に向ける。健太はジャケットを脱ぎ左手に巻きつけニヤリと笑う。対峙した二人がゆっくりと円を描きながら半円回った瞬間、男の首に後ろから衝撃が走る。男はナイフを溢れ落とし、膝から床に倒れ込む。
首の後ろにはピンヒールが突き刺さったままであるー
「こえーー サソリの一刺し、かよーー」
「えげつねーー おっかねー 赤蠍ー コイツ死んだわー」
「だってーー 私の大事な後輩ちゃんに悍ましい事しよーとしたんだもん♪」
「ゆ、由子さん……」
葵と美咲は健太にストラップを外してもらう。忍は翔の様子を診ている。
「あーあ、メチャクチャやりやがってー ま、目とか骨とかは平気っすねー 鼻は折れちゃってっかも」
「ったく弱えーのに無理しやがって(笑)」
「翔くん… メチャクチャ強かったよ… そこに倒れてるヤツ、一発でやっつけたし」
「バーーカ。テメーの彼女や仲間をこんな目に合わせるなんざ、しょっぺーっつーの」
「そんな… それより、どうして皆さん…ここに?」
「それな。オメーがヒロ坊に電話したろ、んでヒロ坊がオメーのスマホを位置追跡っつうの? してよ、んで由子に連絡してよ、そんで由子がアタシらに連絡したんだわ。」
「警察、じゃなくって…?」
「バーカ。サツに回したらオメーら晒されるだろーが、世間ってヤツによ」
「でも…」
「それによ、可愛い孫にこんな目合わせたヤツら、サツに任すわけいかんだろーが」
「はは…」
「キッチリ、落とし前つけねーと、な」
「ははは…」
葵がゆっくりと光子に近付いて光子にしがみつく。
「よくやった。オメーはダチをキッチリ、守った。自分を、しっかり守った。マジ、良くやった。」
「ヒック、誕プレ、メッチャ役に立ったよ!」
「だろーーー みろ忍。アタシの愛の深さ、目に染みんだろってか」
「ハイハイ、流石姐さんっす」
「でも、翔くんが…」
「バーカ。男まで守れる訳ねーだろ。んなことしたらコイツ一生オメーの奴隷だわ(笑)」
「でも、ウチらを逃がそうとして翔くん…」
「んーー、コイツMっ気あっからなー」
「ですねーー この見事なやられっぷり(笑)」
「ったく。葵ちゃん一人守れないなんて、俺の教育が足りなかったわー」
「でもでも彼女の為にー こんな大怪我― 胸キュンものよおー あ、一句出来そう…」
「おい。んでそっちの子も大丈夫なんだな?」
「はい。美咲は大丈夫。心的ストレスはマックスだろうけどー あ、それより早くここ出ないと… 他の幹部達がもうすぐ来るって!」
翔は健太に担がれ、階段で一階に向かう。途中二階を覗くとー そこは事務所のようだ。パソコンが何台も置かれ、無人なのにその何台かは起動しているようだ。
「おおおお! ここにこないだのエロ動画の大元が!」
「バーーカ。そんなのほっといて行くぞー」
「あの… お、お願いします!」
忍に支えられながら階段を降りていた美咲が急に声を上げる
「この中に… 妹の動画があるはずなんです…」
「…マジか。おいクイーン。どーする?」
「…よし。ぶっ潰す。」
「おう。で。どーやって?」
「ウイルスがいーんだろ? おい忍、ちょっと買ってこい」
「姐さん… 売ってないっすから、その辺では」
「そか。じゃ、消去法で消去だな。由子、ちょっと動画全部消してこい」
「んーー、先輩、何それ。それに多分クラウドに入ってるからー アタシじゃムリー」
「クッ クラウド… し、仕方ねえ。燃やすか。おい健太、下行ってガソリン持ってこい」
「よっしゃ。翔を車に放り込んだら、持ってくるわー」
「ちょ、そんな事したら火事になるし」
葵が呆れた顔で言うと
「いーんだよ。それよりホラ、とっとと行くぞ」
更に階段を下ると正面玄関の横手に出る。黒のワゴン車の横に健太の店の白いワゴン車が停まっている。
その健太のワゴン車の横に派手なオープンカー、スポーツカー、ベンツAMGなどが次々とやってきては停車した。そして中からそれっぽい男達が続々と現れた。
総勢14〜5名はいるであろうか。その中でも一際凶悪なオーラを放っている大柄な男が豹柄のコートを羽織って先頭に立って玄関に入ってきた。
健太は背負っていた翔を隅の方に下ろし、葵と美咲に「ここにいろ」と告げる。
* * * * * *
「ウチにこんなババアやジジイなんていたっけか?」
豹柄の男が低い声で呟くと周りの男達が騒然とし始める。
「出迎えが来ねえしー おいババア、ミチやケンはどーした?」
「行儀ワリーからシメといたわー」
「…誰だテメー?」
「ただのババーだよ、クソガキ。」
「ちょ… あれ、ゆうこりんじゃね? 女神様じゃね?」
「うわー、マジかよ、ゆうこりんだわー」
「あらーーー、こんな腐れ外道の皆さんも私のこと応援してくれてるなんて♫」
その時、エレベーターから赤い革ジャンの若者がよろめきながら出てくる。男達の集団を見てホッとした顔をする。
「皆さん、すんません、ちょっとコイツらが… このチビの白ブタババアに…クソ」
革ジャンが忍の尻に蹴りを入れー それを忍が巧みにかわし、革ジャンの背後に回ってまたもやその太い腕を首に回し、革ジャンが苦悶の表情をー
パンッ
乾いた音が一階の玄関広場に木霊する
革ジャンの苦悶の表情が驚愕の表情に変わり、その額に赤い花が咲いた。
革ジャンは目を開いたままズルズルと床に崩れていく。忍は呆然とそれを眺めているー
「チビババアに首絞められてるよーなヤツ、いらねー」
周りから笑い声がする。
豹柄コートの男が銃口を忍に定める
「コレは… ウチのラインではキビシーわ」
由子に銃口が向けられる
「教祖様回して打ったら、流石の俺らもヤバいわなー」
「宗教絡みはマズイっすねー キャハハ」
それなー、と皆口々に言いながら笑っている
「でだ。オメー誰よ? スッゲーオーラ、ビンビンに出しちゃってよ」
「あれ… 金髪で…『赤蠍』とつるんでた?…」
「『お台場の乱』で『PW』ぶっ潰した…」
「マッポ、病院送りにした…」
「まさか… 『深川のクイーン』?…」
「なーんでオメーらが知ってんだよ。胸糞悪い」
男達から異様な呻き声が上がる。東京の裏社会を垣間見ているものならば誰もが知っている伝説の金狼。かつて江東区周辺のみならず、千葉、神奈川にもその名は知れ渡り、義に篤く不義理を許さず 誰からも崇拝された、伝説のクイーン。
彼等世代の者でも先輩の先輩達から嫌という程その武勇伝を聞かされ、そのまた又聞いた強さと美しさに誰しも憧れの念を抱いていた相手が目の前にいるのだ。
ヒョウ柄の男はゆっくりと銃口を光子に向ける。
「脱げ!」
「バーカ。マジキレんぞ、クソガキー」
パーンと乾いた音が鳴り響く。光子の足元に火花が散る。
光子の前にサッと健太が入り込む。大きく両手を広げ
「やめとけ小僧。祟られるぞー(笑)」
言い終わらないうちに三度目の銃声が響く。健太は腹を押さえ蹲る。
「お、おい健太、お前何――」
「健ちゃん、アンターー」
「高橋先輩っ!」
忍が健太の首を抱え打たれた腹を探る
ヒョウ柄が二歩近付いて
「脱げ」
銃口を忍に向ける
「でないと…」
「わかった。下ろせソレ」
「姐さん!」
光子は着ていたトレーナーを脱ぎ捨てる。上半身は下着姿だ。
「それも取れ」
銃口を忍に向けたままヒョウ柄が呟く。光子は両手を背中に回し、ブラジャーを外す。
周りの男達から歓声が上がる
「マジか… うおーー」
「確か50過ぎてんだろ… ありえなくね…」
「お、俺、アレならイケるわー」
「マジ? オレはムーリー(笑)」
由子も健太の意識を確かめる。どうやら大出血は無いようだ
「下も、脱げ」
男達のテンションが上がり始める。脱げ、脱げ、脱げ、とコールがかかる。
光子はヒョウ柄を睨みつけながらジーンズをゆっくりと脱ぐ。
「ちょ… 誰か、動画動画! はよはよ」
「50過ぎでこの体かよ… ヤベー、打ちてーーー」
「お、オレもやっぱイケる!」
先程はムリと否定した男が股間を押さえながら呟くと大爆笑となる
「脱げ」
光子は臆することなく最後の布切れを脱ぎ捨てる。
男達の興奮は最高潮に達する
「パイパーーン! スッゲーーー」
「ちょ、順番決めね、順番!」
「コレが『伝説』! 間違いねえ、コレは伝説だわ」
ヒョウ柄は光子の裸体を舐めるように見、
「マラオ、オマエやれ」
大歓声が上がる。言われたマラオと呼ばれる筋肉質の浅黒い男が光子の前に出てくる。ズボンを脱ぐと下着からはみ出る程の一物だ。下着を下ろすと信じられないほどの太さと長さの黒光りするモノが脈打ちながら直立している。
ビデオカメラを持った男が寄ってくる。マラオは着ていた上着も脱ぎ捨て、光子と同じく全裸となる。男達が二人の周りに円となる。
「よし、行け、マラオ!」
「前戯無しで、ぶち込め!」
「後ろの穴はオレらにとっとけよ!」
マラオは興奮した顔で息を弾ませながら光子に近づく。光子は微動だにしない。両手を光子の肩にかけ、光子をゆっくりと押し倒す。両脚を筋肉質の両手でM字型に固定し、その自慢の一物を光子に近付けたー
* * * * * *
パンッ
光子の秘部に突き刺さるべく一物が真っ赤に飛び散った。聞いたことのない悲鳴が玄関ホールに響き渡る。
光子はマラオの顎を蹴り飛ばし素早く立ち上がる。マラオはそのまま後頭部から床に倒れ、失神する。
ヒョウ柄と男達が銃声のした方を振り返るとー
「動くなーー 手え上げろーー」
気怠い声が玄関ホールに響く。いつの間にか玄関から数十人の男が銃をガルフの面々に向け構えている
「撃つよー、ホントに。知ってるよなー」
丸刈りのスーツ姿の壮年の男が銃を構えたままこちらに歩いてくる。
「知ってるよなー、オレらの事―なー、半グレガルフの小僧達」
ガルフの面々は信じられないような表情で手を挙げている。丸坊主の指示で男達が素早く動き、ガルフのメンバーの所持していた武器を取り上げ、あっという間に皆を縛り上げてしまった。
「アンタら、何だよ… カンケーねーだろ」
「何で荒川会… クッソ」
荒川会の男達の後ろからコツコツとハイヒールの音が響いて来る
「伝説のクイーンが、なんて姿してんだよ」
片目に眼帯をかけたシャネルのスーツを着た女が光子の前に立ち、全裸の光子を見て笑った。
忍がその女を凝視し
「アンタ… キル子… 紺野桐子!」
「ん? アンターーー 誰?」
「… 姐さんの舎妹だよ」
「あーーー お台場ん時の… ふっ アンタら、キッチリ今でも連んでんだ」
桐子がハンドバッグからタバコを取り出すと側にいた男がすかさず火を付ける。光子が何も言わず右手を差し出すと桐子はタバコを一本渡す。光子が口に持っていくと男が火を付ける
「キル子かー 何十年ぶりだよ。生きてたんか」
「オメエもな。ってこの歳になってよ、あん頃よりもスッゲー修羅場じゃん、今日とか何やってんだよ」
「知るかよ。気付いたら脱いでたわ」
二人は爆笑する。
「ったく何一つ変わってねーなー、アンタは。サツに囲まれても男にぶっこまれそーになってもー」
「それよか、何でオマエここにいんの?」
「あーーー、キル子、今… 荒川会の…」
忍が思い出したように呟く
「そーゆー事。」
「そっか。で、何で荒川会がここに?」
「アンタ、やっぱバカ?」
「は?」
「は?って、この半グレ外道どもの事は知ってんだろ?」
「知らね。電話でコイツらがヤバいって聞いて、フツーに助けに来ただけ」
「おい… ウチらとコイツらの確執とかって知らねーの?」
「知るかそんなの。ただ身内がヤバいって聞いたから忍と健太誘って来ただけだし」
「…わかったクイーン。まず、服着ろ」
忍と由子が撃たれた健太を介抱する
「…ケンちゃん、アンタ…」
「バーーカ。昔はケンカ行く時は腹に少年ジャンプ仕込んで行ったんだよ。今はーコレな」
健太が撃たれた腹から、弾が突き刺さった大人の雑誌を抜き出す。
「丁度、袋綴じDVDが入ってっから、銃弾も大丈夫っ な」
「でも高橋先輩― 血出てますよおー」
「まさか、ハハハ… アレ? ホントだ…ちょ…」
銃弾で割れたDVDの破片が健太の腹を掠め切っていたようだ
「ダサ… ウケるー」
服を着た光子が健太の首に腕を巻き付ける
「あんがとな、健太。でもその傷はないわー」
「おーーい、クイーンーー」
四人の大爆笑を横目に荒川会の男達は黙々とガルフのメンバーを拘束していくー
* * * * * *
ホールの端で呆然としている葵達の元へ光子がゆっくりと歩いていき
「どーやらコレで片ついたよーだわ。安心しろアオジル」
「あの、健太さん、撃たれた…」
健太も腹を押さえながらこちらにやって来る
「へへへ、カッコ悪りいトコ見せちゃったなー 軍司…父さんには内緒なー」
「健太さん! 大丈夫なの?」
「あんな小僧の弾なんて痛くも痒くもねーっつーの」
「でも… あの、頭撃たれた人は…」
光子が苦い顔をして
「んーー ありゃダメだな。酷え奴らだわ、仲間なのによ…」
「そ、そんなー 人が、人を、そんな簡単に… 嘘でしょ…」
「お嬢ちゃん。アタシらの世界ってーのは、こんなのフツーなんだよ」
桐子がヒールを響かせながらこちらに歩いて来る
「ふん、日々谷のエリートお嬢様に、あああ? 開聖! 誰だコイツ?」
「は? アタシの孫だけど」
「アンタの? は? 孫? ウソだろ… あ、あれか、血の繋がってねえ…」
「うんにゃ。アタシの長女の息子。」
桐子は信じられない表情で首を振るー
「そっか。クイーンもそっちの世界でしっかりやってんだな。超エリートの孫持ってよ。」
「まーな。」
「あ、あの…」
美咲が震えながら桐子を見上げる
「何だい、お嬢ちゃん」
「実は… 私の妹が…」
美咲は震える声ながら話の筋はしっかりと辿りながら、自分がここに来た理由を話す
「そーか… そーなんか。 おい、テツ!」
桐子が一声かけると先程の丸刈りのスーツ姿の男がへいっと言いながらやって来る
「アレ、見つけたか?」
「二階に一式ありました。これから山内達が奴らに…」
「アレ、全部燃やせ」
「…… わかりました。そのように。おいっ!」
丸刈りが数名の男に指示を出す。
「コレでいいかい、お嬢ちゃん。オマエの妹のだけ消すのでもいーけど、なんかケチついたモンは縁起良くねーからな。安心しろ、もうオマエの妹を観ることは出来ねーからな」
美咲は初め信じられない顔をして、頭の中で桐子の言葉を何度も反芻して、そして
「あ、あ、ありがとう… ございます…」
涙と鼻水がポタポタと床に垂れ落ちる
「その代わりー オマエ、コレからしっかり勉強しろよ」
「……」
「そんで、このクソみてえな世の中、変えろ。わかったか?」
「…はい」
「テメーもだ。わかったか?」
桐子が葵に向かって言う。
「……はい?」
「そー言えば、オマエは何者なんだい?」
「美咲の友達で…」
「孫の彼女、ってやつな」
光子が翔の頭を撫でながら呟く。翔が薄っすらと目を開く
「お、おばあひゃん…」
「お。気づいたな。ったく弱えークセに無茶しやがって。」
「あ、あおいひゃんとみはきひゃんは?」
「あー、二人とも無事だよ。このオバハンが助けてくれたんだぞ」
桐子が翔の前にしゃがみ込む
「クイーンの孫、か。ったく」
桐子が不意に光子の頭を叩く
「ってーな、んだよ」
「アタシんとこさ、ガキ出来なかったんだわ。出来ても流れちまって…」
「…お、おう」
「だからよ… こんな目合わすなよ。そんな時代でもそんな社会でもねーだろ…」
「…だな…」
「こーゆー未だ汚ねえトコはアタシらに任せろ。この子達には二度と見せんな、近づけんな。」
「…ああ」
「テメーもだよ。あっちで大人しくしてろい」
「…そのつもりなんだけどよー。それにしても、何でオマエらヤクザが今日―」
「姐さん、この建物ごと燃やしちまいます。上にいた小僧達なんですがー」
「そうしな。で、小僧達は?」
「へえ。学生が四人、あとは半グレです」
「よし。おいみんな、表に出るよ!」
あちこちからへい、と威勢良い返事が返って来る。健太が翔の肩に手を回し、光子達も桐子の指示に従い表に出る。
建物の前の駐車場には10台ほどの黒塗りの車と引っ越し用のトラックが一台停まっている。
荒川会の男達に繋がれてガルフのメンバー達が外に連れ出されてくる。額を撃ち抜かれて絶命している若者は毛布に包まれて引越しトラックに無造作に放り込まれる。
「なあ、そろそろ警察来んじゃねーのか」
「ハア? 来るわけねーだろ」
「何でだよ?」
呆れながら桐子は光子に顔を向ける
「だってよ、コレ、サツも承知の上でやってんだからよ」
「えへへ、黙っててごめんねー、先輩」
由子が二人の話に入ってくる
「何だ赤蠍。オメー何で知ってんだよ」
桐子が首をかしげる
「だって、ヒロくんー青木刑事って、アタシの彼氏だもん」
「ハアーーーー?」
桐子が顎が外れんばかりに口を大きく開けて呆然とする
「何だそりゃ由子?」
光子も口を大きく開けて由子を見つめる。
「ヒロくんが桜田門に戻されたのがー、荒川会の脱税容疑の捜査だったの。でしょ? キル子ちゃん」
「ちゃんって、オマ… ま、そうだな」
「脱税… そっか。ヒロ坊は捜査二課だもんな。四課じゃねーもんな」
捜査二課は脱税、詐欺などを捜査し、捜査四課は対暴力団の捜査を担当する。青木はこの数年は主に二課の担当をしているのだ。
「それでー このキル子ちゃんがヒロくんに荒川会の脱税を見逃す代わりに今社会で問題になっている半グレ集団、その中でも一番タチの悪い『ガルフ』を闇に葬ることで手を打ったんだよね?」
「あのデカ… 彼女にベラベラ全部話したのかよ…」
「ううん。ちょっと催眠術とか手帳とかスマホとかー」
「うわ… エゲツねえ… オマエそんなねちっこい重いオンナだったのか…」
光子が顔を顰めながら言うと
「ちがうよー 絶対浮気、と思ったから。東京に単身赴任なんて!」
桐子が噴き出しながら
「赤蠍、アンタいいデカになるわー」
* * * * * *
全員が縛られながら建物から出て桐子の前に正座させられている。ビルを燃やす準備をしている数名以外のヤクザ達はガルフのメンバーの後ろで起立している。
「さてと。これから仕分けしようかね。まずは、学生。アンタら今日からウチの奴隷。いいかい、命だけは助けてやんだから命がけで奴隷すること!」
レオ、ジャック、ヨシカズ、トシの四人は真っ白な顔をガクガクと何度も上下させる。桐子がその背後の男に目で合図すると四人は黒塗りの車に連れて行かれた。
「オマエら半グレ外道ども」
一同は下を向いて上目遣いで桐子を睨んでいる
「テメーらは性根入れ替えなきゃ使いモンになんねーから、これから地獄の特訓な。」
「じゃ、じゃあー」
「俺たちー」
「ハアーー 助かったー」
命ばかりは助かりそうなことを察知し一同はホッと胸を撫で下ろす
「この特訓に耐えれば少しは世間様の役に立てるわよ」
隣のものと何事か呟きあい、笑顔も見られる
「来世でね」
一同が凍り付く
「この腐れ外道どもを連れてきな!」
荒川会の男達が手荒にガルフのメンバーを引越しトラックに引き摺って行く。暴れ出すメンバーには暴行を加え大人しくさせてから次々と荷台に転がしていく。
トラックが去って行くと桐子がバッグからタバコを取り出す。一本を光子に渡し、丸刈りが二人のタバコに火を点ける。
「ホントはさ、アイツらの資金源のウラ動画もパクってウチで管理運営するつもりだったんだ」
「そか」
「だから。コレ、アンタに貸し一つ、な」
「ヤクザとは貸し借りしねえ主義なんだわ。」
「ふっ じゃ、今度飯奢れ」
「ウチに来るかい? タダ酒しこたま飲ましてやるよ」
「そーだったわ。アンタ、居酒屋やってんだっけ?」
「アタシの彼氏も紹介してやるよ」
「ああ。楽しみにしてるわ」
桐子はタバコを投げ捨て、黒塗りの車にヒールを響かせながら歩いて行った。
翌日、新聞の社会欄の片隅に新木場での建物火災の記事が小さく載っていた。
翔は鼻骨にヒビが入った他に大きな怪我はなく、顔中の腫れが引くまで十日程かかる見通しだ。
健太は腹の傷は縫うほどの深さではなく、絆創膏を貼って今日も普通に仕事をしている。
* * * * * *
「山本―、今夜空いてるかー?」
「ご馳走様ですー」
「…『居酒屋 しまだ』に7時な」
「はーーい。あ、それと専務、夏からの企画なんですが、マラソンと競歩に絡めた札幌食べ歩きの企画考えてみたんですよ、それがーーー」
軍司がちょっと早く店の暖簾をくぐると、既に山本が顰めっ面をしてカウンターで飲んでいた。
「早いじゃないか。あれ? 庄司は?」
「今トイレです…」
「そっか。何だその顰めっ面は?」
山本が深く溜息をつきながら
「前言っていた話、あるじゃないですか?」
「は? 何だっけ?」
「アレですよ! 彼女と一緒に見てみろよっ とか言う話!」
「あはは、ああ、アレな」
「それがね、昨日からサイト急に閉まっちゃったんですよー」
「あれま。」
「クーーー、久し振りに良いサイトだったのになあー」
「他の探せばいいじゃん」
「それが庄司のやつが…」
「何の話をしているのですか!」
庄司が怒り顔でカウンターに戻ってくる。軍司と山本は慌てて別の話題を始める。
二杯目のジョッキを飲みかけた時、光子が店に帰ってくる。
「あらアンタ、お帰り。ちょっと客いるけどシカトしていーからな」
「んだよソレ。ちゃんと紹介しろやクソが」
光子の後ろから入ってきた背の高いー何と着物をキッチリと着こなしたー眼帯をした女性が軍司の横に楚々と座った。
「キル子さん、らっしゃいー」
「えーーと、白ブタちゃんだっけか?」
「あのねえ…」
「ウソウソ、忍ちゃんな。『締めゴロシ』の忍な。コエー渾名なよく考えると(笑)」
「いやいやいや、キル子さんには敵わないっすよ(笑)」
ジョッキの落下音が一つだけ店に響く
「ちょ… え… ウソ… マジか… お、おい知花、帰ろう…」
「え… どうして?」
「荒川会の総長の奥さんの… ヤバイヤバイ…」
そう言って山本は真っ青な顔をして庄司の手を掴み店を出て行ってしまった。軍司はポカンとして
「何だあいつ。まいっか。で、光子のお友達か?」
桐子は直立不動でいきなりー
「お控えなさって ワタクシ生まれも育ちも江東は本所 クイーンとは世間の柵で争う事数度― 今はチンケな組の母親をやってござんす 紺野桐子と申します 以後お見知り置きの程 何卒宜しくお願い申し上げます!」
「いよーーっ、本所のキル子!」
入り口から健太が大向こうを掛ける。
軍司は更にポカンとした顔で桐子と光子を交互に見、健太に何事か聞くべくカウンターに手招きをしていた。
* * * * * *
同じ頃、葵と翔は富岡八幡宮の境内のベンチに座っていた。コンビニで買ったホットコーヒーを口に含むと翔はちょっと傷にしみたようで一瞬苦い顔をする。
「翔くんー 大丈夫―?」
「平気平気。」
葵は愛おしそうに翔の絆創膏だらけの顔を優しく摩る
「今日ね、美咲学校来たんだよ。すっごく楽しそうだったよ」
「そっかーー、良かったーー」
「翔くんに、くれぐれも宜しく、それとお大事にって」
「はは」
「あーー 今、ちょっとにやけたー」
「え…」
「どーするー、美咲さあ、翔くんのこと狙っちゃうかもよーー」
「はあ?」
「それより、聞いて聞いて! 私来月のインハイ予選、メンバー入りかも!」
「凄い! 凄いじゃん葵ひゃん!」
「葵ヒャン! ウケるー」
「だって… まだ上顎のところが…」
言い訳をしようとする翔の唇を素早く塞いだ。
帰宅しようと通りかかった私服の巫女さんがゴホンと咳を鳴らした。