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外道たちの残像  作者: 悠鬼由宇
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拉致

 翔から連絡があったのは美咲と別れ帰宅の途中だった。葵は明日の事を翔に言うか言うまいか悩んだ末、結局話すことに決めた。もし自分に何かあった時、きっと彼は後悔するであろう。もし自分が逆の立場であったら絶対に話して欲しい、そう感じたのだった。

 門前仲町の駅を出て翔の家へ向かう。途中でドーナツを二つ買い、翔の家に着く。

「やっぱり美咲、大変なことになってたよ…」

 葵は美咲から聞いた話をそのまま翔に打ち明けた。途中から翔は深く目を瞑り話が終わる頃には両手の拳をきつく握り、細かく震えていた。


「信じられない… そんなことがあの子の身に降りかかっているなんて…」

「うん。ウチ絶対許せない」

「葵ちゃん」

「ん?」

「僕も明日、行くから。」

「行って、どうするの?」

「そいつらね、話なんて通じないよ」

「うん。ウチもそう思う」

「多分、警察に通報するって言ってもダメだと思う」

「そうだよね」

「彼らの事をちょっと調べてみるよ。どんな相手なのかを知っておかなければこっちが足元を掬われちゃうから」

「どうやって?」

「お義父さんの… 金光さんの部下にネットの裏サイトとかに詳しい人いたよね?」

「あーー 山本さん?」

「その人に連絡とってみよう」

「…わかった。」


 葵は父の会社に電話をする。旅行代理店なので土曜日でも営業しているはずだ。案の定一回の呼び出し音で

「お電話ありがとうございます。旅行代理店『鳥の羽』でございますー」

「恐れ入ります、先日予約した件で企画部の山本さんをお願いしたいのですが。」

「はい、少々お待ちくださいませ」

 保留音が流れている最中

「…葵ちゃん、すごいね…よくそんな…」

 保留音が途切れ若い男性の声で

「はいお電話代わりました。山本ですー」

「あ、山本さん? 私、金光軍司の娘の葵です!」

「え… は…? えっとお父さんは今日はー」

「違うんです。山本さんにちょっとご相談があって」

「えーーと、どんな話かなー?」

「電話ではちょっと難しいんです、お仕事の後お時間とれませんか?」

「うん、わかった。5時には上がれるからー どうしようか?」

「有楽町の国際フォーラムにスタバありますよね、そこでお待ちしてます」

「ああ、あそこねー 了解でーす。じゃあ後でねーー」

「あ、呉々も父には内密で…」

「はは。そこも了解でーす」


「なんか軽―いんだよね、あのオッさん」

「オッさんって… すごくいい人なんでしょ? お婆ちゃんもよく話に出すし」

「パパが今の会社で浮いてた時に唯一相手にしてくれた人なんだって。まあ悪い人じゃなさそうよね」

「ははは… 君にかかったらー」

「何よー」

「なんでもない。あ、山本さん来たみたいだよ」

『居酒屋 しまだ』で何度も顔を合わせているので二人は直ぐに山本を認める。山本はキョロキョロしながら店に入ってきて、葵の顔を見つけると笑顔で近付いてくる。


「葵ちゃん久しぶりー 日々谷入学おめでとー」

 そして隣に座る翔を見ると

「あ… 姐さんの…お孫様… お、おつかれ、さまっす…」

 急に顔を引きつらせて喉をゴクリと鳴らす。

「山本さん、急にごめんなさい、呼び出しちゃったりしてー」

 葵が飛び切りの笑顔で話しかける

「あーー、全然―。あ、僕も飲み物買ってくるねー」

 山本はフレペチーノを片手に持ち、改めて二人の座る席に近寄り

「いやー、ビックリしたよー 急に電話貰ってさー しかも専務のお嬢様―」

「ホント失礼しました。でも山本さんしか頼れる人が思いつかなくて…」

「えーー何々― 専務のお嬢様と姐さんのお孫さんがー 何でも相談してよー」

「じゃあ、翔くん」

「うん。山本さん、ネットの裏サイトとかに造詣が深いとお聞きしているのですが」

「あーー まーまーかなー。でそれが?」

「詳しくは話せないのですが、最近素人モノの動画サイトってどんな感じなんですかね」


 山本は口に含みかけたフラペチーノを吹き出しそうになりながら軽く咳き込む。

「え… キミらそーゆーの興味あるの…」

「実は、知り合いの仲間で脅されてそのような動画を撮られた子がいて。」

「マジで?」

「ええ。その脅して動画を撮った人達ってわかるモノなんでしょうか?」

「んーーーー その仲間の子って歳幾つくらい?」

「14〜5歳でしょうか」

「そっかーー 例えばねえ、今一番JCモノで人気があるのがー これとかで」


 山本は持参したマックブックを開き、ブックマークに入れてある動画サイトをクリックして二人に見せる

「JCモノ、JKモノがすごい画質で見れるんだよねー あ…お嬢さん、父上には…」

「勿論です」

「ああよかったー それでー、ここの制作会社はっとー 『ふるふる企画』ってとこだねー」

「そこは… 所謂大手なのですか?」

「いやいやいや。こんな動画ホントは撮っても流しても、そんでこうやって鑑賞するのも今は法律違反だからねー って、これも父上には内緒で…」

「他にもこのようなサイトは多いのですか?」

「最近はココがイチオシかな。他のところは出ても直ぐに削除されちゃうんだよね」

「それって…」

「うん。噂ではさ、面白そうなサイトが立つと通報とかウイルスとかで直ぐに潰しちゃうグループがあるとかないとか」

「じゃあその『ふるふる企画』が潰されないのはーもしかして」

「そう。ココの関連する人達が他を潰してるとかー ま、噂だけどね」

「と言うことは… やはりこの会社のバックにはー」

「うん。半グレ集団がついてるとか。」

「半グレ… 何それ?」

「昔暴対法が施行されたりこないだ条例が出たりしてさ、ヤクザが弱体化したじゃない。その間にさ、ヤクザに属してないけどヤクザみたいな事をする集団が出てきてさ。今、結構な勢力なんだよね」

「それも裏サイトに?」

「うん。色々出てるよー。例えばさー」


 山本がノーパソで示したのは都内でも有数の勢力を誇るいくつかの集団であり、その収入源についての記事も幾つか二人に見せた。

「ちょっと待っててね、調べてみるからーー えーと、ふるふる企画、半グレ、っとー」

 山本が検索を重ねている間、二人は事態が非常に危険な方向に進んでいるのをひしひしと感じていた。こんな無力な高校生に何が出来るのだろうか。一体自分たちは本当に美咲とその家族を助けることが出来るのであろうか。そんな思いを山本が粉々に打ち砕いてみせるー

「あっちゃー ココ、『ガルフ』の下請けなんだー」

「ガルフ?」

「うん。今都内で一番勢いがある半グレ集団ね。総勢200人位? ヤクザも手に負えないほどの行動力と資金力を持ってるんだ。そっかー成る程ねー」

「え?」

「いやさ。この『ふるふる動画』のクオリティが凄いんだよ。女の子の質といい画質といい。バックに『ガルフ』がいるなら、納得だわー」

「そ、そうなんですか…」

「うん。こいつら、平気で人殺しちゃうもん。ヤクザもビビってるって書いてあるわー」


     *     *     *     *     *     *


 山本と別れた後、二人は無言で歩き始める。夕方から夜になり暖かかった気温が急に下がり始め、道ゆく人々は寒そうにコートの襟を立てているのだが二人はその寒さを忘れ、絶望に打ちひしがれながら重い足を引き摺っていた。

「どうしよう」

 どれくらい歩いたであろう、葵がポツリと口にした。それは翔への問いかけというより自分への問いかけであるー

「美咲が… こんな大変なことに巻き込まれているなんて…」

「相手が悪過ぎだよね… 僕らではどうすることも…」

 葵は永代橋の真ん中で立ち止まる。

「でも! 何とかしたい。助けてあげたい!」

「葵ちゃん…」

「わかってる。ウチらじゃどうしようもないコト」

「うん…」

「でも… どうにかして… ああ、どうすればー」

 橋の欄干にもたれながら葵が暗い空を仰ぎ見る。雲は無いはずなのだが、瞬く星一つ夜空に見つけることは出来ない。

「葵ちゃん。警察に相談しよう」

「でも、それじゃー」

「うん。だから、青木さんに相談してみよう。」

「青木さんって… 由子さんの?」

「うん。あの人はただの警察官じゃない。キャリア警察官だからきっと色々な裏の話とかにも通じていると思うんだ。」

「大丈夫、かな… もしアイツらにバレたら…」

「あの人なら大丈夫だと思う。あの由子さんが認めた人だし…」

「プッ ホントだー」

「葵ちゃん、やっと笑ってくれた」

「えへ。心配かけてゴメンね。うん、そうしよう。青木さんに相談しよう。」


 葵が間宮由子に電話を掛けると直ぐに由子が出てくれた

「えーーー 後輩ちゃんー どーしたのー 私に会いたくなったのー?」

「あー、由子さん、そーゆーのいいんで。」

「えーーせんぱいのお嬢さん、私に冷たいー」

「えーー、由子さん、青木さんと連絡取りたいんですけど。」

「ダメっ」

「は?」

「私のヒロくん、私から取る気でしょ!」

「チゲーし。ウチには翔くんいるし。おっさん興味ねーし。」

「あそっか。ん? あーわかったー。翔くんじゃ物足りないから大人のセック…」

「あああー、そーゆーのもいいので! 青木さんの連絡先、教えて!」

「えーーーーどーしよっかなーーー」

「ちょっと… ウチら結構マジなんすけど。なる早でなんすけど。」

「ふーーーーーーーーーーーん。ちょい待ち。ヒロくーーん?」

「んだよ、一緒だったんかよ!」

「は? なんか言った?」

「いえいえいえ。あ、ヒロくんお待ちしてますのでー」


 翔が両手をあたふたと上下させながら葵の様子を心配そうに見守っていると

「えーーと。金光、のお嬢さん?」

「あ、はい、金光葵です。お久しぶりです」

「うん、正月以来だね。それで何か?」

「はい。友人の件で青木さんに相談したい事があるのです」

「…わかった。今何処?」

「永代橋、なんですけど…」

「なんだ、光子さんの店の近くじゃないか」

「あ、でも、他の人に聞かれたくないー」

「そうか。じゃあ近くのファミレスにでも入ったら連絡くれるかな。これからそっちに向かうから」

「いいんですか?」

「親にも相談できない、警察にも相談できない、ような事なんだろ?」

「ええ、そうです」

「じゃあ、俺の出番じゃないか。」


     *     *     *     *     *     *


 二人は八丁堀に戻り空いてそうなファミレスに入り、青木にその旨を伝えると40分ほどで着くとの連絡がきた。

「この話、由子さんにもバレちゃうよね…」

「警察の守秘義務…どうだろう」

「そーすると、パパやお祖母様にもバレちゃうかな…」

「そうなると話がややこしくなるし…危険だよ」

「そうね。なんとか警察内で取り締まってもらえないかな…」

 青木が相談に乗ってくれるという事で二人の緊張はやや解けて、すると急に空腹を覚えたので二人はパスタを注文した。ちょうど食べ終えた頃、入口から青木が入ってくるのを見た。


「親友の娘、恋人の親友の孫。なんか世界狭くないか(笑)」

 席に着くなり青木は柔らかな笑顔で二人に問いかけた。張り詰めた緊張が一気に解れ、そして途轍もない安心感を感じ、葵は大粒の涙を止める事が出来なかった。

 翔は隣でそっと葵の肩を抱き、そっとハンカチを差し出す。

 気丈な娘、と話に聞いていた葵のこの姿に青木はただの青春期の悩み相談ではない事を察し、また聡明と聞いていた隣の青年の強張った表情を見、想定していたよくある若いカップル特有の悩み相談などでは決してないと理解し、慎重に話を聞く事にした。


 涙が止まり心が落ち着いた後、葵は出来るだけ全ての事をありのままに話した。青木はまだ未成年の少女が話しやすい様に留意し、必要な相槌を打つ以外殆ど話に割り込もうとしなかった。

 話が進むにつれ青木の表情が厳しくなっていくのを翔は感じる。そして半グレ集団の話になると青木は一旦話をやめさせる。

「どうしたんですか?」

「一応な、ちょっと周りを歩いてくる」

 青木は緩く店内を一周した後、席に戻る

「そこから先の話は、なるべく小声で。いいね?」

 葵が頷き、話を再開させる。時折翔が助け舟を出し、ほぼ全ての話を終えた時は9時を過ぎていた。

 青木は深く溜息をつく。まさか親友の娘が…


「これから話すことは君達二人だけの秘密にして欲しい。いいかな?」

「…はい」

「わかりました…」

「実は俺たちー警察は『ガルフ』を内偵中なんだ。」

「えっ…」

「ほ、ホントですか?」

「ああ。そして近々―詳しくは言えないが、奴らをー根絶やしにする予定なんだ。」

「そ、それって…」

「な、なんと…」

「そう。だから言っておく。絶対キミらは奴らに近付かないこと。」

「で、でも明日…」

「その井上さんに連絡して明日奴らと会わない様に言う事。」

「そうしたら、萌ちゃんが…」

「井上家の周辺に警備を要請する。だから安心していい。」

「だけど… 動画を流すって…」

「そこは… そうなる前になんとか潰そうと思っている。」

「でも! もし流れたら!」

「それよりも! 井上さん、彼女の妹とキミの安全が優先だ。」

「でも大勢の人が萌ちゃんの…を観るんでしょ? そんな事になったら彼女自殺しちゃうかも」

「それは…」

「青木さん、今夜にでも、いや、明日にでも何とかならないんですか!」

「この作戦は月末頃を予定して今捜査を積み上げている最中なんだ。だから今日明日ではどうしようもないんだ」

「そんな…」

「ちゃんと動画の原盤も押さえる。一般の人が観られる様な事には絶対しない。だから、明日は奴らに会わない事。いいね」

「…」

「葵ちゃん、青木さんの言う通りにしよう。警察が必ずアイツらを逮捕してくれる。ですよね青木さん」

「…まあ。兎に角信用して欲しい。アイツらはそれくらい危険なんだ」

 青木は冷たくなったコーヒーを一気に飲み込むと

「いいな。約束だぞ。明日は絶対に行くな。それと…」

 一瞬悩んで青木は紙ナプキンにペンで携帯の電話番号を書き込むと葵に渡した。

「何かあったら迷わずに直ぐにここに電話する事。いいね」

「…わかりました」


 青木が足早に店を出た後、葵は美咲に電話をする。そして青木に言われた通りに明日は錦糸町に行かない様に説得をするのだが

「でも… それじゃ萌の…」

「それは警察が何とかしてくれるって! だから、今は安全を考えよ! ね」

「うん…でも」

「家の周りは警察が警備してくれるって。だから家にいれば安心だよ」

「だけど…」

「お願い美咲ちゃん… 今は詳しく言えないけど、ウチを信じて…」

「葵ちゃん… うん、わかった。明日は家にいる…」

「ありがと、美咲ちゃん…」

 電話を切り深く溜息をつくと葵は翔の肩にもたれかかる。どれほどの苦悩がこの細い肩にのしかかっているのだろう。翔は葵の小さな肩をそっと抱き何があっても必ずこの子を守ると再度心に誓った。

 ファミレスを出て二人は門前仲町へと歩き始める。有楽町からここまで歩いて来た時の絶望感はなく、ただ絶対的な安心感も抱けず、不安を抱えたままの二人はやはり無言のままーしっかりと手を繋ぎながらー人気も少なくなった永代通りを歩き続ける。

「大丈夫…だよね。美咲ちゃん、わかってくれたよね…」

「うん。そう信じるよ。」

「翔くん」

「なに?」

「ごめんね」

「なにが?」

「こんな事に巻き込んじゃって」

「全然。」

「めんどくさい女でしょ?」

「寧ろ、こうであって欲しいから」

「え…?」

「うん。困ってる友人を見過ごせない、そんな葵ちゃんが」

「んー?」

「だいすきだよ」

「翔くん」

「なに?」

「何か、軽いー 山本さんのウイルスに感染したとか? キャハ」

「え… ちょ、それ」

 急に立ち止まり、翔にしがみ付く。両手を首に回し翔の唇を激しく奪う。すれ違う帰宅途中のサラリーマンが呆れた表情で二人を一瞥した。


     *     *     *     *     *     *


 翌日の朝、葵の携帯が鳴った。美咲からかと思い慌ててスマホを見るとバスケ部の先輩からであった。

「金光? 山崎だけど。急なんだけどさ、10時からの江東女子高と練習試合、来れないかな?」

「部長、おはようございまーす。って、その試合Aチームが出るんじゃー」

「それがさ、竹本が転んで右手折っちゃって… 来れる?」

「行きますっ そんで、勝ちますうー」

「よっしゃ。それでこそ『電光石火の葵』。頼むわー」


 その二つ名、即やめて欲しいと思いつつ慌てて制服に着替えて朝食をかきこむ。スマホで今日のラッキーアイテムを確認すると『制服』だ。人事は尽くした。そして学校へと駆け出した。

 父親が学生時代バスケ部で活躍していたのは知っていたが、まさか自分がこんなにバスケに嵌るとは思いもしなかった。中学時代はあまり本気でやっていなかったが高校に入り進学校ながらも都内ではそこそこ強豪チームに所属すると持ち前の負けず嫌いが首をもたげ、気がつくと翔と会う時間が中学生時代の半分以下になる程部活に熱中していた。


 ポジションはポイントガード。小柄ながらもアジリティーに富み、試合中も状況を読める透察力は指導者、上級生にも認められており新入生ながら準レギュラーの位置にある。

 学校に着くとすぐに部室で着替え、体育館へ行くと既に両校のアップは始まっている。

「金光! すまんな、急に」

「いえ全然! って、江女ってウインターカップ予選ベスト16じゃないっすか!」

「そう。ガチだよガチ! 出来るよね?」

「ハイ。全力出します」


 試合は第3クオーターまでは接戦を演じて来たのだが、葵のスタミナが切れた最終クオーターに一気に捲られて60-78という結果となった。

「金光。今日の試合でオマエの課題、良くわかったろ?」

「ハイ。スタミナ。全然ダメでした。」

「そう。一試合保たないんじゃ話にならない。試合に出せないよ。」

「ハイ…」

「だから! 大至急スタミナつけろ!」

「ハア?」

「来週までにスタミナつけろ! 二試合走れるスタミナつけろ! そんで来月末からのインハイ予選に間に合わせろ! わかったか!」

「部長… そ、そんな急に…」

「問答無用。言い訳不要。金光、やれ。」

「は、はあ…」

「オマエ家どこだっけ」

「門仲っすけど」

「明日から登校下校、走れ」

「…マジ、すか…」

「オマエならやる。オマエなら出来る。」

「あのー」

「あ?」

「中々ブラックっすね、この部…」

「アタシは千住大橋から走って来てるが何か?」

「! サーセンでした! 金光明日から走って登下校するであります!」

「よし。ふふふ、これで『電光石火体力無限の葵』の完成… ひひひ」

「ぶ、ぶちょー…」


     *     *     *     *     *     *


 バスケ部の皆との食事中にライン着信音に気付く。美咲からだ。

『葵ちゃんごめんなさい。やはり錦糸町に行こうと思います。あとは自分で何とかするので心配しないで! 今までホントにありがとう。』

 時間は今12時半。葵は部長に急用が出来たので先に帰ると告げ財布を出すと

「今日はそこそこやってくれたから、アタシのゴチ。その代わり明日から〜」

「あざっす! 明日から頑張りますっ 失礼しやっす!」

 タクシーよりも電車で行く方が早いと確認し、駅に向かう。電車に飛び乗り迷わず翔にラインを送る。すぐに既読が付き自分もすぐに向かうとメッセージが入る。

 乗換アプリによると錦糸町到着は12時55分。何とか間に合いそうだ。

『ウチも今錦糸町に向かってるから。ウチが着くまでアイツらと接触しないこと!わかった?』

『私一人で対処するから大丈夫だから』

『美咲一人じゃ超危険。大丈夫、ウチに任せて!』

『ごめん… 北口のロータリーにいます』

 翔に北口のロータリーに来るよう送ると翔はタクシーで向かっており1時丁度には着けるからそれまで奴らと会わないように、とのメッセージを受け取る。

『こうなったらウチらで何とかしないと』

『そうだね。大丈夫! 僕が付いているから!』

 何故だか可笑しくなりふっと笑ってしまう。

 錦糸町に着くと階段を駆け下りて北口ロータリーに向かう。日曜日の雑踏の中儚げに一人佇んていた美咲を見つけ出す。何故か制服姿だ。ロータリーを見回すが黒いワゴン車は見当たらず、また怪しげな男達も見当たらない。


「美咲ちゃん!」

「…葵ちゃん… ごめんなさい」

「もうすぐ翔くんも来るから。どうして制服?」

「アイツらが…着てこいって…葵ちゃんも、どうして?」

「ウチはさっきまで部活。」

「そっか…ホントごめんなさー」

「もういいから。それより奴らは? まだ居ないね?」

 目の前にタクシーが止まる。翔もまた制服姿だ。

「体育祭の準備があってね。うまく言って抜け出して来た。それより…」

 美咲のスマホが鳴る。

「錦糸公園の角で待ってろって…」

 翔が素早くマップで確認する。

「歩いてすぐだよ。行こう」


 三人が歩き始めた時、葵は昨夜青木から貰った電話番号のメモを家に置いて来た事に気付いた。

「大丈夫。僕、その番号記憶したから」

「え… マジ?」

「うん。番号言うからかけてみて!」

 歩きながら翔が番号をそらで言うのを葵は聞き取りスマホのダイヤルをタッチしていく。発信ボタンを押そうとした瞬間美咲が

「いた…」

 公園の角にハザードを点けた黒いワゴン車が停まっていた。運転席から今風のチャラい学生風の男がこちらを驚いた表情で見ている。

 横断歩道の信号が青になり、三人はワゴンに近付いていく。運転席の男が後ろの席の仲間に何事か話している。

ワゴン車のスライドドアが開き、茶髪の長髪で綺麗な顔つきのリーダー風の男が降りてくる。

「あれーー、美咲ちゃーん、お友達一緒なの?」

 葵は翔にウインクをする。そして後ろ手に隠したスマホの発信ボタンをそっとタッチする。

「どもーー。美咲のズッ友の葵でーす」

 翔が葵の後ろに回り、スマホが通話状態になっている事を確認する。それから

「えっと… 二人の友人の翔ですー」


「えーー何々― お友達、しかも制服じゃんー あれーーもしかしてーー?」

「えへへーー なんか面白そうなコトあるって聞いてー ウチもちょろっと混ぜて欲しいかもなんてーー」

美咲がギョッとした顔で葵を見ると葵が片目を瞑る。

「へーー。で、そっちの彼氏はーー? あれーーひょっとしてーー この子たちのセフレっぽい感じの彼だったりー?」

「ま、まあそんな感じ? お、面白そうと聞いて…」

 葵が男に見つからない死角で翔の太腿を抓りあげる

「ちょ、チョー楽しいコトするんっすよね、俺も混じるコト駄目っすか、先輩―」

「ヒャハハー いーじゃんいーじゃん。若いのに肉食君じゃん。いーよーいーよー、一緒にハメ外しちゃう? じゃねーや、ハメちゃう? ギャハハハハ」

「きゃーー マジ楽しみー お兄さん早く早くー」

「おけおけ、ちょい待ちー おい、そこ詰めろや、三人乗れるよーに」

 三人がワゴンに乗り込むと中には運転手の男、リーダー風の男、そしてキャップを被った顎鬚を生やした男がニヤけた表情で乗っている。

「えーー、皆さんチョーイケメンじゃないっすかー」

「えーホントー? 嬉しいじゃん」

「先輩、何さんっすか?」

「俺―? レオなー」

「レオさんって大学生さん?」

「そーそー」

「えー頭良さそー スッゲー良い大学っしょ?」

「まーー、三田? 辺りのなー」

「スッゲー チョーエリートじゃん」

「いやいやー。そっちこそ日々矢っしょ? 日々矢にもこんなイケてる子いるんだー」

「えへ。で、他の皆さんも三田っすかー?」

「そーそー。俺、ジャックなー ヨロシクウエーイ」

 運転手の男が振り返り右手を差し出す。

「でコイツ、後輩のヨシカズ、ウエーイ」

 キャップの男が軽く顎を上げて三人を舐めるように見渡す。

「でー、そっちのー、何君だっけー?」

「翔でーす」

「翔くん… その制服ってさー、まさかのーー」

「開聖っすー」

「うおーーー 開聖ウエーイ! テンション上がるわー スッゲー」

 男達の注意が翔に向いている間、何度も葵はスマホが通話状態になっている事を確認する。


「レオさーん、これから何処でパーティーっすかー?」

「へへへー。今日はさ、ちょっとお客さんいっぱい呼んじゃってんだー だからあんま人目に付くとこじゃマズイんでさ、」

「みんなイケメンかにゃー」

「もー超イケメン揃い! 芸能人もいるかもよー」

「きゃーーー スッゲーー 何処何処? 六本木とか?」

「ちゃうちゃう。その人達のさ、事務所っぽいトコ?」

「テンションアゲアゲー! 事務所って何処なのー?」

「んーー、湾岸のほー」

「え…ちょ… ウチ地元門仲なんだけどー 近くね?」

「へーきへーき。新木場の方だからー」

「あー、それならウチから離れてるっぽいからオケかもー」

「でしょでしょ、回りなーんもないから、大騒ぎできるしー」

「きゃーー レオっちスケベーーー 新木場公園の近くとかー?」

「そーそーあの辺りー 詳しいじゃんー」

「へへー この彼とよくあの辺りでー ねーー」

「…そーそー。あの辺りでー」

「マジマジ? 青姦とか?」

「ジャックさん、見る派?ヤル派?」

「もーーー、チョーヤル派 ギャハハーー」

「美咲ちゃーーん、テンション低いよーー」

「あーー、この子、まだアレだからーー」

「そっかーー、アレかー。じゃ、誰か優しく教えてやんねーとなーー ひひひ ヨシカズ、お前教えたれやー」

「ういっす」

「んだよ、オメーもテンション低いな、相変わらずよー。でもよ、コイツさ」

「えーー 何々?」

「メチャデカイのよ、アレ ギャハハ」

「マジすかー ヨッシーデカチン君なんだーー」

「そーそー。もー一度突っ込まれるとさー、病み付きよ、ブヒャヒャー」

「そーゆーのいーっすから。」


     *     *     *     *     *     *


 国道357号線を横切りワゴン車は新木場の倉庫街に入ってきた。辺りは日曜日ということもあり殆ど車も走っておらず閑散としている。最近スタジオが出来たり洒落たカフェがオープンしたり、そこそこ注目のエリアでもある。

ワゴンは新木場公園を過ぎると交差点を右折し、突き当りの広い敷地を持つ古いビルの前で停車した。

 外見は古いのだがビルに入ると内装は新しく、エレベーターで3階に上がりドアが開くとそこはフィットネススタジオみたいだった。床は真新しく明るく清潔な感じだ。

 部屋の中央には立派なソファーセットが、奥の方にはキングサイズのベットが置いてあり、その周りに本格的な撮影機器が設置されている。鼻歌を歌いながらボウズ頭の若い男が機器のセッティングをしている。

「三人様― 御入店― いらっしゃいませーー ギャハハ」

「きゃーー すっごーーい」

「さーさー、そこ座ってよー お酒とか飲んじゃう?」

「あははーー ウチ酒飲むと寝ちゃうんですー」

「あれま。彼は?」

「えーー、飲むとー、勃たなくなるんでー」

「え! そーなの?」

「……」

「そっかーー 美咲ちゃんはー」

「私… 飲めません…」

「ま、いっか。ほんじゃ俺らだけー ウエーイ」


 男達四人はコロナビールの瓶の口を互いに当てて乾杯し、旨そうに飲み干した。葵達はそれぞれ缶ジュースを渡され、何となく口に含んでいた。

「レオっちー、ウチらお腹空いたかもー お昼ご飯食べてないんだよねーー」

「あれま。そっかー、おい時間大丈夫かー?」

「んーー、ミッチーさん達来るのはとー 3時半頃だってよー」

「あー、まだ時間あるじゃん。じゃピザでも取る系でどー?」

「ドミノ! ドミノ!」

「オケオケ、待っててよーー今調べっからさー」

 ジャックがスマホでピザを注文し待っている間、翔は彼らのこれまでの学生生活について巧みに聞き出していた。四人のうち三人は同じ三田の中高大、機器の準備をしていたトシだけは青山にある他の大学生だった。

 高校生時代は所謂クラスのトップカーストに君臨していて毎週末他の女子校とパーティーを企画して遊んでいたらしい。勉強もそこそこ出来、大学進学後もそれぞれ法学部、商学部などで授業にはキチンと出ていると言う。

 彼らのグループの上の組織、すなわち『ガルフ』との繋がりは彼らが高三の時のパーティーの時だったらしい。


「そーそー。あん時別のテーブルにミチさんがいてなー。俺がトイレで席立った時声かけてくれてさー ちょっとした面白い場所あるけど彼女達と一緒に来ないかーって」

「なーー んでタクシー5台くらいでココ来てさ。酒とかメチャ出してくれて。女の子ベロベロに酔わしてさー、そんでそこのベットでAVごっことかしてなー」

「あれ笑ったわーー 俺が撮影されたのがそこのモニターにでっかくでてなー」

「あん時の女子、エロかったわー 俺最初どんびいてたわー」

「そんでーー ヨシカズの巨根伝説が始まったーー ギャハハ」

「なーー アレはビビったわー。女達みんな失神してなー 漏らしまくってたよなー」

「ちょ、勘弁してよ… JKの前で…」

「照れれんなよ(笑)後でこの子達にたっぷり見せてやんなきゃなー」

「チョーーー楽しみーーー」

「え! そーなの?」

「……」

「いやーー、葵ちゃんはエロいわー 美咲ちゃんとスゲーコントラクトじゃん、いいの撮れそうだわー」

「あーー、そーそー、勿論出演料ってあるんでしょー?」

「あるあるー それも最新のシステムで頑張ればベンツ買えちゃうよーー」

「マジすか! ベンツって… スッゲーー」

「でしょでしょ? もー、初期の子なんかゲレンデ乗り回してるしー」

「ウソでしょ! そんなに? どんなシステムなの?」

「まずさー、基本の出演料5万ね。で会員制の動画サイトにアップしてさ」

「それってー、会員制ってどんな感じなのー?」

「まず入会金1万払うのー であとは動画一時間100円で見放題!」

「それって… 儲かるの?」

「ひひひ。今さ、会員数海外も合わせて5万人なー」

「…マジで?」

「その人達が一日一時間見るとー 500万なー」

「すげ…」

「んで出演料は〜 一割還元ってやつー 出演した動画がさー もし10万回再生されたらー」

「100万円…」

「そ。メチャおいしいっしょ? ヤル気出てきた? キャハ」


     *     *     *     *     *     *


 ピザが届き、和気藹々と食べ始める。その間も彼らはビールを飲み続け、食べ終わった頃には四人とも顔が真っ赤になっている。

 レオが高価そうな腕時計を見て

「あららー ミッチーさんあと30分で来ちゃうわー」

「んじゃそろそろー どんな感じにするー?」

「ミッチーさんにさ、制服JK処女モノでどーよ」

「ぶはっ それって押し付け?」

「だってー 俺葵ちゃん推しだわー」

「オレもオレもー」

「じゃさ、そこの翔くんも混じってさ、四人で葵ちゃんってどーよ?」

「オケオケ。トシ、バッチリ撮影ヨロなー」

「あの、さー」

「ん? なんだよトシ」

「たまにはさ、オレ最初にヤらせろよー なんかいっつもオマエらのアレかき分けてヤンの勘弁だわー」

「はー? どーゆーこと?」

「この子― オレメチャタイプなんだわー だからさ、せめて最初に突っ込ませろよー」

「んーーーー 葵ちゃーん こいつこんなワガママ言ってっけど〜 どーするー?」

「うわーー メチャ光栄っすー こんな私を好きになってくれてー キャハー」

「ちょ… そんな…」

「アンタ黙ってて」

 真顔で引き攣る翔に葵はウインクしながら睨みつける

「おーーー 恋愛戦争勃発―? 彼氏くんー 名前なんだっけ?」

「翔です…」

「そーそー、トシがさ、葵ちゃんに惚れちゃったみたいだから、どっちが葵ちゃん満足させるかで勝負っ ってどーよ?」

「それ! いい! さー、翔くん、頑張りなさいよー キャハ」

「これアリだわー 『彼氏選手権一発勝負!』」

「いーわーいーわー 誰かストップウオッチ持ってこいよ、最短でイカした奴が葵ちゃんの彼氏になるって! これいーわ」

「じゃ、オレの時はカメラ固定でいーよな? うわアゲアゲー」


 トシが嬉々としてカメラ機器の準備を始める。葵と翔はこれまでの会話が通話中のスマホを通して青木に伝わり、即座に警察を動員してくれることを狙っていたのだが、時間伸ばしもそろそろ限界である。警察が動かないならば彼らの上の組織の人間が到着するまでにここから逃げ出さねばならない状況だ。

 葵が翔に目で合図を送る。翔は軽く頷き先程から微動だにしない美咲の横に座る。

「葵ちゃーん 準備出来たよーー」

「はーーい。今そっち逝きまーす、なんちって」

「イクのはもうちょっと後でね(笑)」

「じゃあトシくん、よろしくねー んふ」

「ゴクリ。あ、葵ちゃんて… 近くで見ると… 肌スッゲー綺麗で」

「えー何々―」

「でさ、ゴクリ、メッチャ顔可愛いくてさっ」

 トシがゆっくりと上着を脱ぎ始める。他の三人がベットの周りに集まり喉を鳴らしながら葵とトシを見つめる。

「その制服― ヤバ…」

 トシが我慢の限界とばかりに葵にのしかかる。葵の首筋に音を立てて舌を這わせる。葵は感じるフリをしながら右手を制服のポケットに入れる。

 トシの両手が葵の両胸を揉みほぐしたその瞬間!


 プシューーー


「ぎゃああああーーーーーーーーーーーーーーーー」


 両目を押さえながらトシが狂ったようにベットから転がり落ちる。唖然としている三人の背後に来た翔がレオの首筋に手刀を叩き込むとレオは物も言わず床に倒れこむ。

「て、テメーこのヤロウ」

 こちらを振り向いたジャックの顎を蹴り上げるとそのままの姿でベットに倒れ込み、動かなくなる。

 葵はその隙にベットから離れソファーに座っている美咲の手を掴み

「行くよ、早く!」

 エレベーターに向かおうとするとヨシカズがドアの前に回り込んでいた。

「舐めたマネしやがって。ブッ殺すぞテメーら」

 右手にはナイフが握られている。切っ先を葵の方に向けようとした瞬間、翔がスッと葵の前に入り込む。

「開聖の坊ちゃんがクソ。テメーからブッ刺してやる!」


 躊躇なく差し出されたナイフが翔の腹部に到達するそのほんの僅か前に、翔の右脚がナイフを持ったヨシカズの右手を蹴上げていた。バキッと嫌な音がしてナイフは後方に放り投げられた。

 痛そうに右手を押さえながら身体ごと翔に突っ込んでくる。翔はそれをスペインの闘牛士さながら身体を機敏に開き避ける。そのままの勢いでエレベーターのドアにぶつかったヨシカズがこちらを振り向いた瞬間、翔の蹴りが顔面に決まりヨシカズは口から泡を吹いて床に沈む。


「よし。逃げよう」

 翔がそう言って葵たちに振り返った時、エレベーターの扉が開き、およそレオ達とは雰囲気の全く違う男達がエレベーターからゆっくりと出てきた。


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