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外道たちの残像  作者: 悠鬼由宇
1/3

ふるふる動画 

「オマエら、もうJDはいいからさ、JKとかJCモノ頼むわー」

「マジすかー それって処女モノって感じ?」

「お、いいねえー その路線ウケるわーマジで。とりま、来週中に一本な」

「ウイーす。超楽しみにしててくださいよー」


     *     *     *     *     *     *


 四月になった。金光軍司と島田光子にとって再会から2回目の四月だ。去年の四月、軍司は中学時代からの親友高橋健太に光子が切り盛りする『居酒屋 しまだ』に連れてこられた。そこで光子と中学卒業以来、30数年ぶりに再会した。

 光子は当時地域でも有名な不良で『深川のクイーン』として知られていた。一方の軍司も学業抜群、バスケ部で都大会ベスト8、生徒会会長として『深川西中のキング』としてその優等ぶりを噂されていた。

 元不良と元優等生。当時は何の接点もなかったのだが、去年邂逅した。そして…


「そいーえば姐さんとキンちゃんって、出逢って一年目じゃね、ちょーど」

「と言うことは忍ちゃんとも一年目だな」

「うわ… なんかキモい」

 この店の従業員、小林忍は光子が所属していたレディースの後輩にあたり、ある事件をきっかけに光子に師事するようになった。30年近い付き合いだ。

「でさ。葵は高校楽しく行ってんの? 最近顔みせねえからさっ」

「早速仲のいい友達が出来て、楽しくやってるみたいだぞ」

「ふーん。翔のこと放ったらかしじゃね?(笑)大丈夫かあの二人〜」


 翔は東京、いや日本有数の進学校、開聖高校に通う光子の孫で軍司の娘の葵と付き合っている。この春、葵は都立の名門、日々谷高校に入学し高校生生活に忙しくしている。

「はははー あれ、光子は?」

「買い物― あ、帰ってきたー」

 店の扉が乱暴に開かれー 金髪のポニーテール、ほぼノーメーク、黒のパーカー、細身のジーンズの女性が片手にエコバッグを引っ提げて入ってくる。

「おおアンタ。今日は早いじゃん」

「仕事を山本に押し付けて出てきた。しかし…なあ…」

「んだよ?」

「JKが…女子高生がさあ、居酒屋で誕生日会って… どうなんだ?」

「知るかよ。アオジルが言い出したんだよ。オッさん入ってっからなアイツ(笑)」

「アオジルって…葵が聞いたら… ま、いいけどさ。で、 翔はもういるのか?」

「事務所まで真琴迎えに行ってるわ…」

「ははは… 相変わらず仕事熱心なことで…」


 真琴は光子の長女、翔の母であり翔がまだ幼稚園児の頃に、単身山梨県甲府市にて弁護士として働いていたのだが、先月末に甲府を引き払いこの居酒屋の二階に居を移し、この四月から月島にある弁護士事務所で働き始めている。

「全然顔見ないけど…そんなに遅くまで毎日働いてんだ…」

「まいんじゃね。本人が楽しけりゃそれで」

 店の扉がガラガラと開かれ、翔が膨れっ面で入ってくる

「只今。ダメだ母さんはー これから依頼人と船橋行ってくるって… なんか怒り狂ってて、とても連れて帰れなかったよ」

「ははは… 仕方ないさ。それより葵は?」

「もうすぐ門前仲町ってラインが… あ、もうすぐだそうです。友達と合流しているそうで」

 扉の外からワイワイと声がして扉が勢いよく開く

「チーーっす。あ、翔くん! この子結衣は知ってるよね、同中のー」

「今晩は、久しぶり。」

「で、こっちが高校の友達、井上美咲ちゃんー」

「うわー ホンモノの開聖クン? 葵ちゃんスゲー」

「…島田です…」

「翔くん背伸びたっぽくね? でかっ」

「ま、まあ少しずつ…」

「うわっ そんなきょどんないでよっ ウケるー」

 男子校で過ごしてきた翔は女子との会話が苦痛である。そんな様子を軍司と光子は微笑みながら眺めている。


     *     *     *     *     *     *


「へー、島田くんのお母さんも日々谷なんだー」

「うん。あと叔父も」

「翔くんの親族マジ神なんだよー ね、葵!」

「えー何々?」

「お母さんが弁護士でおじさんが獣医、そしてーー」

「翔くんのもう一人の叔父さんはーー何とーー」

 葵が店の壁に貼ってあるポスターを指差す

「え? あ、ヴォルデモードじゃん、ウチ結構ファンなんだよねー」

「の、ヴォーカルと言えば?」

「え、Hayatoじゃん。……え…ウソ… マジでーーーーーーーーーー!」


 高校生達が盛り上がっている頃、光子の携帯の着信音が鳴る。光子は未だにガラケーを使っている。

「おう、ゆーこ久しぶり。元気でやってっか? え? おお、へーそっかー」

「へー、ゆうこちゃんか。久しぶりだなー」

 間宮由子。二人の中学の後輩で『深川の赤蠍』と呼ばれた不良だったのだが、光子の卒業後奮闘し高校、大学に進学後一部上場企業に勤めながら俳句を嗜み、やがて日本有数の女流俳人として世間で注目され、今でも熱心な信者…いや、ファンが多い。

「丁度今夜、軍司の娘の誕生会やってったから来いよ。あ、そーだ、ついでにケーキ買ってきてくんね? ホールのデカイやつな。おお。サンキュ。じゃ、待ってるぞー」

「ゆうこちゃん、今東京?」

「おお。ヒロ坊が四月から桜田門勤めになってこっちに住むことになったから。」

「へーー、そうなんだ」

「だからちょいちょい東京出てくるってよ、これからー」

「そうか。青木、東京に戻ったんだー」


 青木裕紀は軍司の大学時代の親友で国家公務員一種試験に合格、卒業後に警察庁に入庁しキャリア警察官として活躍している。この春までとある詐欺事件の捜査のため静岡県警に出向していたがその事件処理の目処が立ち四月一日から警察庁に復帰していた。

 由子は青木が担当した事件の被疑者であった。その容疑が晴れたのち付き合い始め沼津で同棲中である。

 一時間後、由子が大きなケーキを携えて店内に入ると店の空気が一変するー


「え… ウソ… あの人、間宮由子、さんじゃない?」

「うわー ホンモノの生ゆうこりん、初めて見たー ウケるー」

「TVで観るよりー 超キレイー え…こっち来るよ、え? 葵ちゃん?」

 由子は葵の座るテーブルに大きなケーキをそっと置く。そして葵に微笑みながら

「お・ひ・さ・し・ぶ・り! せんぱいのお嬢さん♫」

「久し振りですっ 毎週観てますよー」

「はい、これ。高かったんだぞー。でも可愛い後輩にプレゼントっ」

「あ…由子さんも日々谷だったんじゃん?」

「そーよー。え? 貴女も? 宜しくねー。」

 可愛い後輩達に挨拶した後、蕩けるような笑顔でカウンターに座る軍司と光子の元に由子は歩いてくる。


「先輩とせんぱーい… お久しぶりですうー お正月以来ですうー 寂しかったですうー」

「とかなんとか言って、ヒロ坊とヤリまくってたんだろうがコラ!(笑)」

「もー、先輩ったら。そんなホントのこと言ったらせんぱいがヤキモチ焼いちゃうでしょおー」

「そ、それは兎も角。なに、青木の奴、東京戻ったんだ?」

「なんかー 結構急なんですよー。もーバタバター」

「じゃあ、ゆうこちゃんも東京戻るんだ?」

「うーん。今のとこ気に入ってたんだけどな。そうそう、三津浜の純子、オメデタなんだよっ」

「おおお、マジか!」

「よっしゃ! 二人目の孫ゲットおーー」

「私も、二人目の子がー♪」


 由子が愛おしそうにお腹をさするとビールジョッキの落下音が三ヶ所程店内に響き渡る。特に軍司は怯えながら徐に指を数え始める。

「なーんちゃってー うっそー」

 光子が由子の脳天を叩く。軍司はホッと溜め息を吐く。

「純子は予定日いつだよ?」

「十月中旬だってー だからーあんまあっち離れたくないんだよねー」

「そうかー」

「TVの番組の収録で週一で東京来てるしー ヒロくんには単身で東京に住んでもらおうかなーって」

「そっかー。オメエもとうとう、バアバだなコラ!」

「いやーん、ばあばになったらせんぱいに嫌われちゃう〜」

「あのーー 一緒に写真撮ってもらっていいですか?」

 恥ずかしそうに葵の友人の美咲が言うと

「きゃー、私の後輩ちゃん! 撮ろ撮ろ」

 と気さくどころかドンびく位馴れ馴れしく彼女を抱き寄せ何枚も写真を撮っている。

「えーー、ウチも撮りたいっす『赤蠍』の姐さん!」

「おっ アンタも気合い入れて撮るわよーそれと、『紅蠍』な! チーズ!」


 中学、高校の後輩に囲まれ由子は実に幸せそうに楽しんでいる。そうだ、と思い出した様に光子が声を上げ、何やらプレゼント風にラッピングされた包みを葵にひょいと渡した。

「ほれ。誕生日プレな。大事に使えよ!」

 忍が悲鳴を上げる

「ね、姐さん! そ、それはまだ早いって… しかも友達彼氏の前で…」

「は? 早い? オメ勘違いしてね?」

「だってその包み… アレっしょ? 極薄とかって…」

「アホか!」

 葵が嬉しそうに包みを開けると、化粧用か香水スプレーのようなものが出てくる

「えっと… お祖母様― これは?」

「探すの苦労したんだぞ。大事に使えやー」

 忍が更に悲鳴を上げるー

「姐さんっ! それアカン奴でしょ、一回シュッすると二時間…てヤツー」

「忍、オメ相当溜まってんのかコラ。流石に孫の彼女にんなもん渡すわけねーだろボケ」

「いや…姐さんならやりかねねえ、ねえキンちゃん…」

「ああ… 5%程激しく心配してる…」

「チゲーよ。こいつももう年頃だろ、変な男に絡まれた時にそれをシューすんだよ!」

「ああ、護身スプレーか!」

「ま、そんなもん。その辺じゃ売ってねえ奴だからホントにヤバイ時だけに使えよ」

「あー ま、頂いときますー アザース…」

「あー、テメ、信じてねーな。それスゲーんだぞ。プロレスラーもイチコロなんだぞ」

「えーー楽しそー 葵ちゃんちょっと貸してー」

「え…由子さん、ちょ、それどーすんの…」

「はーい、みなさーん。今私は変なストーカーに襲われそーでーす」


 由子が葵のスプレーを握りしめながら軍司にニヤリと笑いかける。軍司の顔が引き攣る。それを察知した女子高生達は二人からサッと離れ距離を置くー

「よせ… ゆうこちゃん… ちょ、ちょっと待てー」

「このー私を忘れられない変なストーカーめ! これでも喰らえーーーーー シューー」

「ウギャアーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 軍司の絶叫が店内、いやもしかすると町内に響き渡る。顔を押さえ床を転げ周りーテーブルはひっくり返り料理を乗せたまま皿は宙を舞いー

 その後軍司は夜間診療の世話になり、期せずして光子のプレゼントの威力が証明されたのだった。実に微妙な贈り物に葵はただ苦笑いするしかなかったのだが、取り敢えず凄い威力なのは理解したので明日から制服の上着のポケットに入れておくことにした。


     *     *     *     *     *     *


「おっ あの子、よくね?」

「どれどれ… おお、いーじゃんいーじゃん」

「よっしゃ、俺行ってくるわー  ねえねえねえ、この辺にさ有名なケーキ屋さんなかったっけ? 俺らこれからパーティーでさ美味しいケーキ探してるんだけどー え? それそれ、そこかもー って場所わかるー? 教えて教えてー これ乗って乗ってー」


     *     *     *     *     *     *


 軍司の勤める会社は有楽町にある小さな旅行代理店である。数年前までは大手都市銀行の支店長として働いていたが、4年前の妻里子の急逝や不倫相手からの告発などにより銀行を追われ、この旅行代理店に専務取締役として転籍していた。

 当初は社員としっくりしなかったのだが去年の夏過ぎより関係は良好となり、この冬の会社閉鎖の危機も共に乗り越えて今は嘗てない充実した会社生活を軍司は送っている。

 来夏の東京オリンピックを控え、今旅行業界は空前の忙しさの真っ只中だ。軍司の会社も例外でなく、社員の誰もが毎日忙しく仕事をこなしている。


「金光専務。今夜空いておられますか?」

 二年目の若手社員、庄司智花が軍司に真剣な表情で話しかける。

「ああ… 空いてるけど…」

「では、非常―に重要な話がございますので、そう、出来ればあの店で会席を設けていただきたいのですが」

「お、おう… でもその辺の飲み屋じゃダメなの?」

「今申しましたが、あまり他人に聞かれたくない話ですので。では後ほど。業務終了後、我々はあの店に直行しますので」

「我々―? あ、山本と一緒ってことね。了解、先に行って待ってるから」


 山本は軍司がこの会社に馴染むきっかけとなった二十七歳の若手社員だ。庄司智花と山本は去年共にした仕事を介して付き合い始め半年になる。この会社の社長が直々に引き抜いた超優秀な庄司は先輩でもある山本よりも遥かに仕事が出来、それを山本は少々引け目に感じているのだが、持ち前の前向きさによって余り表面化していない。

 とすると何か重大な不義理な事件でもあったのだろうか、軍司は首を捻るのだが掛かってきた電話の対応をしているうちにすっかりそんな疑念は消えてしまった。

 退社時間ピッタリに軍司は会社を後にする。そして去年の夏に骨折、手術した後のリハビリを兼ねてーそして肥満防止の運動も兼ねてー有楽町より自宅の門前仲町まで徒歩で帰宅している。行きは電車を使い、帰りは雨天でない限り徒歩で鍛冶橋通りから永代通りに入り、隅田川を永代橋で渡って行く。


 門前仲町の駅の近くに『居酒屋 しまだ』は位置する。軍司の自宅はそこから徒歩で10分ほどである。今年に入り、軍司は会社を出ると『居酒屋 しまだ』に直行し夕食を取り帰宅するようになっている。

 今夜もいつものように店に向かう。リハビリ中の足はあと三月ほどで完治すると病院の先生には言われている。徒歩には全く不自由ない。先月に京都を光子、葵、翔と二日間歩き回ったが足に影響は全くなかった。寧ろこの『ウオーキング』を気に入り、神保町へ行き専用のスニーカーを手に入れ、帰りは徒歩、の習慣が始まったのだ。

 去年までこの時期は花粉症で大いに苦しんでいたのだがー会社の女子社員に有効な服薬法を教えて貰い、試してみると非常に調子がいいので、この徒歩での帰宅を彼は大いに楽しんでいるのだ。


「へいらっしゃー キンちゃん、お帰りー」

「ただ今― 忍ちゃんさあ、今夜部下二人来るからよろしくね」

「はいよっ カウンターでよろー」

「はいよっ 早速生ちょーだい」

「へい合点!」

 一時間後に店の扉が開き、能面のような表情の庄司と間も無く死刑執行される死刑囚のような山本が入ってくる。一瞥して軍司は自分の直感―山本の浮気かなんかーが正しかったようだ、とほくそ笑む。

「聞いてください、専務。」

「おう、どうした庄司?」

「この男…」

 山本が泣きそうな顔で軍司を見つめる

「ド変態でした」


 カウンター越しの忍が思わず吹き出す。料理を作っていた光子が肩を震わせている。軍司は山本を見つめ返し

「山本。お前から話せ」

「専務… ぼ、ぼ、僕は…」

「まあ落ち着け。で? 風俗行ったのがバレたのか?」

「何ですって! コータくん、そんな所へー」

「行ってません! 違いますっ」

「そうか… じゃあ、元カノとのヤバい写真見られたとか?」

「…見せて。スマホ!」

「そんなん、ありませんよ! ほら、よく見てよ智花ちゃん! 全然無いでしょ?」

 一生懸命、いや寧ろ命がけで自らのスマホを彼女に差し出し、無罪を主張する

「そうか。じゃあ、お前何したんだ?」

「そ、それは…」

「コレです。」

 スマホの画面には『ふるふる動画』なるサイトが表示されている。


「何だこれ… ただのエロサイトだろ…」

「ただの、とは何ですか専務。私という彼女がいながらこの男は夜な夜なこのサイトを通じ、卑猥な動画を堪能していたのですよ! 全く信じられません…」

 忍は大爆笑だ。光子はちゃんとコンロの火を止めそして腹を抱えて爆笑している。

「な、何がおかしいのでしょうか! 姐さん、こ、こんなこと許されるはずありませんよね?」

「いやー、まー、そのー、」

「ならばもし。金光専務がこの動画をご覧になっていたら姐さん許しますか?」

「んーー、一緒に観るかなー」

「ハア?」

「ハーーー、腹いて。アタシも彼と一緒によく観るよ、そーゆーの」

「はあ?」

「…まあ、取り敢えず山本。ちょっとその動画見せてみろー」

 忍と光子がカウンターに瞬間移動してくる。その目は獲物を探す眼だ。

「ホラ、早く!」

「音は小さく、な」

 庄司はプイッとそっぽを向く。山本は渋々その動画にログインし、ホーム画面を開く。そこにはー 集団モノの数多くのサンプル画像があった。

「ハアハア… な、何だコレ…」

「はあはあ… 女子大生公衆便器って何だそりゃ…」

「コレ、全部無料なのか?」

「…いえ… 入会金1万円払って、その後一時間100円で見放題…」

「うわ… ちょっとキモいわー」

「アンタ騙されたんじゃね?」

「そんな事はありません! 見てください、この女の子のクオリティー。画像の鮮明さ。巧みなカメラワーク! コレでこの値段は安すぎます!」

「馬鹿かお前、何アピールしちゃってんだよー コレは庄司がキレても仕方ないわー」

「でしょ! この男、逆ギレしておんなじ事言い放つのですよ! はあーーー」

「じゃ、じゃあ実際観てみてくださいよ… 凄いんですから…」

「お、おう」

「そ、そんじゃ」

「じゃあ… コレをポチッと…」

 それから十分間、三人の五十代の男女は画面から全く目を離すことが出来なかったー 山本の言う通り、鮮明な画像に的確なカメラワーク、ビックリするほど可愛い女子大生は初めは激しく抵抗するのだが、時と共に快楽に溺れていきー

「な、なんか…」

「す、すげえな…」

「こ、コレで一時間100円か…」


「という訳だ、庄司。諦めろ」

「そ、そんな…」

「アンタも一緒に観て愉しめばいーだろが」

「あ、有り得ません…」

「イヤイヤ。オメーみたいな処女もどきが一番ハマるって、こーゆーのに。ま、家帰って騙されたと思って一緒に観てみろって」

「む、無理です…」

「バーカ。騙されたと思って観てみろって、な」

「ね、姐さん…」

「そんかわり、ちゃんと付けろよ(笑)」

 庄司は真っ赤になってカウンターに突っ伏してしまう。三人は大笑いする。山本はホッとした表情だ。

「コレな。もし本当に無理矢理だったらこんなんじゃねーから」


 軍司と山本がハッとした顔になる。

「忍ちゃん… ごめんー無神経だった…」

 かつて忍は敵対するレディースに拉致監禁され、陵辱された過去をもつ。

「ヘッヘー もう平気。だってダーリンがぜーーんぶ忘れさせてくれてるからんー あふーん」

「そ、そっか…それは…良かった…」


 山本が不意に顔を上げ

「そう言えばその『お台場の乱』事件で姐さんが殴って失明させた相手のヘッド、どうなったか知ってます?」

「へ? あの『PW』のヘッドのキル子?」

 忍が首をかしげる

「あの後解散してー そーいえばどーなったんだろうねえ」

 山本がゴクリと唾を飲み込む

「紺野桐子、通称『KILL子』はその後…」

 忍が興味深そうに山本の話に聞き入る。光子はどーでもいーわ、と言って調理に戻る

「指定暴力団、荒川会の総長の妻、だそうです…」


 指定暴力団、荒川会は構成員2500名を誇る都内最大の組織である。平成四年に施行され幾度も改正されている『暴力団対策法』の効果によりかつて程の影響力を社会に行使できなくなってはいるが、未だにその存在は知られ、一定の影響力を誇示している。

「オマエー そんな事良く調べたな…」

「裏ネットでは超有名人ですから。何でも100戦99勝、そのたった一度の負けた相手が『深川のクイーン』。ですから姐さんも実は未だに超有名―」

「流石、姐さん。幾つになっても伝説のクイーンってか!」

「いやいやー それでそのキル子ってのが未だにその一敗を悔やんでいて、いつか復讐を…なんてないだろうな…」

「それはありませんね。だってそのキル子が『アイツに潰された眼のお陰で物事がよく見えるようになった。アイツはアタイの恩人だ』って言ってるそうですからー」

「うーーん… デカい、器がデカい…」

「へーー。キル子も姐さんの偉大さをわかったってことなー」

「まあその辺は詳しくわからないのですが。全然連絡とったりとかしないんですか?」

「ねーな、そーゆーの。姐さんは『来るモノ殴らず去るモノ蹴らず』だからなー」

「? 意味不明だ… それより庄司、まあー何だ、山本のこと許してやれや。俺だって未だにちょいちょいこーゆーの観なくは無いしー まあー男なんてそんなもんなんだからー」

「…まあ尊敬する上司がそこまで言うのならばー 今回は鉾を収めましょう。でも一緒に観るなど私にはとてもー」

「ああ、そこは無視していい… 無理すんな(笑)いいな」

「はあ… あ、そろそろお暇しなくては。コータくん、帰りましょう」


 二人が店を出た後、忍と光子がパッと軍司の席に寄ってくる。

「へへへー 続き観よーぜ」

「ひひひー 何つったっけあのサイトー」

「ハアーー えーと、くるくる動画… 違うか。ぶるぶる… 違うな。ふるふる…あ、コレな」

「は、早く」

「み、観せろ」

「って、やだよ俺、1万円払って会員になるなんて。別にこんな動画観なくたって…」

「ゴクリ。観なくたって?」

「お、俺は… その… オマエがいるから…」

「きゃー キンちゃん可愛い!」

「オマ… ちょ… な、なに言って…」

「そー言えば姐さん達、週何すか?」

「へ… な、何が」

「アレに決まってるっしょ。週一?二?」

「そんなヒマねーわ。毎日店おせーし」

「なら、このお店に定休日つくりましょーよ」

「は?」

「だって真琴ちゃん帰ってきたし。もう翔の学費頑張んなくっていい訳じゃないっすか」

「そーか。ったくアイツは私立行きやがるから… でも、まあ、そーかー」

「ですよ。アタシも毎日はこの歳になるとちょっとキツイしー」

「んーー」

「それに! 休みの夜はー キンちゃんとーー ヒューヒュー」

「それはテメーもだろが(笑)」

「そーすれば、姐さん、最低週イチは…」

「ゴクリ。そ、そうだな… ハアハア… 週イチか… ハアハア」

 翌日の店の扉に貼り紙

 ―来週より定休日は日曜日となりますー


     *     *     *     *     *     *


 軍司の元に青木からメールが届いたのは週末の金曜だった。東京に戻ったので一度飲もうという誘いだった。何度かのやり取りの結果その夜に市ヶ谷で飲むこととなった。青木は池袋近くに部屋を借りているという。互いに有楽町線で一本である。

「正月ぶりだな。元気そうで… ぷっ」

「…その笑いは何だよ」

「―いやーとうとう由子ちゃんに捕まったとか。」

「ああー完落ちだ。あの後2週間は頑張ったんだが… 沼津で飲み会の帰りにバッタリ遭ってそのまま…」

「そうか… よく頑張った…それで。急だな転勤?」

「あの事件もカタがつきそろそろかな、と思ったら先週急に辞令が来たんだ。」

「ふーん。で、当分は東京なのか?」

「ああ。ちょっと大掛かりな案件に引っ張られたみたいでな」

「て事はあんときの署長も一緒に戻ってきたのか?」

「そう。でもアイツは別の部署に」

「へー。でオマエは? って、聞いても話せないよな(笑)」

「まあな。嫁とか彼女いると、この辺が面倒臭いんだよ。仕事の内容とか聞かれたりなー」

「由子ちゃんもか?」

「なんかー 東京で女と一緒に住むのか、とか怪しんでるわ…」

「何じゃそりゃー」

「単身赴任しても毎日朝昼晩に定時連絡しろ、とか… あー面倒くさ。」

「と言ってる割に顔が嬉しそうだが(笑)」

「そ、そりゃ… あんな美人にそんな事言われたらーなあー」

「オマエ気をつけろよ。由子ちゃんネット上で女神扱いなんだぞ」

「お、おお…」

「女神様に彼氏出来たって知れたらー」

「あー、それは既に本人が告知したわー」

「はははっ らしいな女神様― え… ヤバくないかお前… 熱狂的なファンに狙われたりとか」

「それが… その熱狂的なファン達に『女神様に死ぬまで忠実な僕として仕えるように』と…」

「ギャハハっ ウケるわー」

「女神様の気紛れの恋は許されるが…俺が女遊びしたら抹殺されるって、俺。」

「ヒャハハハっ ザマーミロ」

「まあ、仕方ねーから週末は毎週修善寺戻りさ」

「由子ちゃんは東京には戻らないってな。純子ちゃんオメデタだし」

「ああ。そう言えば聞いたか? あの子今猛勉強中だぞ」

「まさか… 獣医学部を受けるとか…」

「それ! 私大の獣医学科受けるんだって、来年」

「確か出産予定が十月中旬… あの子ならやりそう、だな」

「ああ。だから当分―というか、由子は本当にあの辺りが気に入ってーまあ、俺も今までの赴任先では一番落ち着けたとこだしー定年したらあそこでーなんてな(笑)」

「いいじゃないか。中学のバスケのコーチでもやりながらのんびりと、なー」

「いいなそれ。お前も来るか(笑)」

「いや。俺は下町のオッさんさ」


「しかしあん時はーオマエのカミさんに助けられたよなー」

「ハハハ、それ光子の前で言ってやってくれよ。」

「彼女がいなかったら、多分未だに解決してねえぞ」

「それはどうだか。オマエがチャチャって解決してんだろ?」

「こっちに戻ってさ。改めてオマエのカミさんの経歴調べさせてもらった…」

「え… なんで…」

「ま、一応親友のツレに間違いねえかどうか、をな。」

「すっかりデカ、ってか。あー感じワル」

「そう言うな。で、一点だけ気になる事があった」

「え… な、何だよ?」

「彼女、十六歳で暴行、公務執行妨害等で捕まったのは知ってるな?」

「あの、『お台場の乱』とか言う奴だろ」

「それ。その時の相手がー」

「今、荒川会ってヤクザの親分の妻なんだろ?」

「…知ってたか… 未だに島田と紺野は繋がっているのか?」

「繋がってない。ウチの会社のちょっとオタクっぽい奴がネットで調べて光子も初めて知ったんだ。」

「そうか…」

「まさか… 今回のオマエの山にー 荒川会が絡んでるのか?」

「今は言えない。しかしこれだけは言っておく。」

「お、おう…」

「紺野桐子から連絡があっても、絶対相手にしない事。」

「わ、わかった…」

「これ、オマエらの命に関わる話だから。もし連絡きたら必ず即俺に連絡しろ」

 青木はそう言ってある電話番号を軍司に伝えた。その番号はスマホに記憶させないで欲しいので出来れば暗号化して保存して欲しいと言った。軍司はゴクリと唾を飲み込んで

「そんなにヤバい案件なのか?」

「ああ。だからこそ、オマエやカミさんに絶対関わってもらいたくないー ただな、」

「何だよ?」

「俺のカンは当たるんだわ…」


     *     *     *     *     *     *


「いーじゃん、いーじゃん。よく出来てるわコレ! サイコー」

「あっざーす。いやー、処女って面倒くさかったっすー」

「まー最初わなー もちっと仕込んでよ、そしたら売りに廻せよ。JCは高く売れんぞ」

「いーっすね。どっちにしろ色々教えなきゃですわ(笑)」

「おお。そーだ、俺もちょっと打たせろや。JCなんて超久しぶりだしー」

「どーぞどーぞー あ、その代わりー」

「分かってるって。今度の幹部会で、な。オマエ連れてってやるわ」

「マジすかっ! ッシャーー!」


     *     *     *     *     *     *


「葵ちゃん、最近元気ないよね… 何かあったの?」

「そ、そんな事… ハー、翔くんには隠せない、かー」

 翔と葵は門前仲町の駅からほど近い深川公園のベンチで、コンビニで買ったカフェオレを飲みながら暮れゆく街並みを眺めていた。

「実はさ。この数日美咲が学校きてないんだ」

「美咲ちゃんって、日々谷の井上さん?」

「うん。ラインにも全然既読付かないし。事故とか病気になったのかって、心配でさ」

「先生に聞いてみた?」

「うん。でも個人情報だからって、教えてくれない」

「そうかー。直接家に行くわけにもいかないしね… SMSでさ、『心配してるよ、何でも相談して』って送ってみたら?」

「うーーん… まだ友達になって3週間… そこまで踏み込んでいいのかなー」

「それはさ、葵ちゃん次第。」

「え…?」

「葵ちゃん自身がさ、そうしたい程の相手だと思うのなら、送ればいいと思うよ。」

「そっかー。そうだよね。うん、あの子は友達。もし困ってる事があるなら何とかしてあげたいー よし。メッセ送る!」

 葵は徐にスマホにのめり込む。それを翔は微笑みながら暖かく見守る。辺りはいつの間にか夕暮れを過ぎ、公園の街灯が優しく二人を照らしていた。

「コレで… よしっと。あ、そろそろ帰ろうかー」

「そうだね。ちょっと冷えてきたね」

「翔くん」

「なに?」

「ありがと」

 葵の唇の温もりを感じながら、翔は何があってもこの子を絶対に守りたいと思った。


 朝起きると葵のスマホにSMSのメッセージが入っていたー美咲からの返信である。葵は一気に目が覚めそのメッセージを読む。昼過ぎに会って話したい、と書いてあったので勿論だよ、ただ無理はしないでね、と書いて送信した。

 土曜日の学校の帰りに会うつもりなので、昼食はいらないと祖母に伝える。支度を終え家を出て駅に着く寸前に美咲から返信が来て、1時に日比谷公園で待ち合わせることになった。一体どんな悩みが彼女を不登校にしているのか…悪性の病や重篤な怪我でなければ良いのだが、葵は学校に着いても美咲のことをずっと考えていた。

 学校が終わり、急いで日比谷公園に向かう。公会堂で何かあるのだろうか、大勢の人の流れに乗らねばならなかった。


 それでも指定された公園の一角のベンチに10分前に到着した。額に滲んだ汗をハンカチで拭いスマホに着信がないかチェックする。美咲からは何もなかった。

 1時を数分過ぎた頃、葵の前に悄然とした美咲が立ち竦んでいた。葵はゆっくりと立ち上がり美咲の肩に手を置き、その手をゆっくりと引き寄せた。ほぼ同じ背格好なので美咲の嗚咽が左耳に否が応にも響いてくる。

 どれくらい時間が経ったのか、ようやく落ち着いた美咲をベンチに座らせる。そして学校にはいつ位から来れそうか尋ねると頑張って来週には行きたいと呟く。


「美咲がね、頑張んなくても学校来れるよう、何か力になりたいんだ。」

「あ、り、がとう…」

「それでね。その問題はもう解決したの?」

 美咲は俯きながら大きく首を振る

「そっか… あのね。正直全然力になれないかも知んない。むしろ足引っ張っちゃうかも… だけど、もしウチに話すことで美咲ちゃんが少しでも楽になれるんなら… 何でも話して。勿論、誰にも絶対言わない」

 美咲がゆっくりと顔を上げる。葵の誕生会に来てくれた頃の明るい面影は微塵も見られない。そこには何かに怯え、絶望に打ちのめされた表情しかない。どこか諦めの影も垣間見えるー葵は美咲の目をしっかりと見つめるーいいよ、全部受け止めるよ、私を信じてー


     *     *     *     *     *     *


「私の…二つ下の…妹が…中二になったばかりの…」

「うん。」

「月曜日に…夕方になっても帰ってこなくて…」

「…うん」

「夜8時くらい? フラフラになって家に帰ってきたの…」

「…そっか。」

「叱ろうにも、余りにボーゼンとしてるから… よっぽど酷いことがあったのかとー イジメとかー」

「…うん。」

「母にメチャクチャ叱られて、夕食食べずに部屋に戻って… 心配なんで部屋に行ったの…」


 そして妹から恐るべき告白を受けたのだったー何と妹は学校の帰りに黒いワゴン車に乗せられて倉庫らしき場所に監禁され、四人の若い男から陵辱を受けたのだったー

 しかも常に一人はビデオカメラを向けて、その痴態を数時間にわたり撮影していたという。そしてコレを世間に晒されたくなければ、これからも呼び出しに応じるように言われたという。

 そう話している最中に妹のスマホが振動し、早速明日の夕方の呼び出しがポップアップした。警察に相談しようとするも、

「アイツら… 警察にも手を回してるから無駄だって…」

「そんな… だってフツーの大学生っぽかったんでしょ?」

「うん… でもアイツらのバックに… 怖い人達がついてるって…」

「だったら尚更警察に相談しよ。今時そんな事有り得ないって。暴対法だってあるしー」

「ダメだよ… だってアイツら…家知ってるし…」

「え……」

「もし警察に連絡したら、家族殺すからって…」


 次の日も、その次の日も妹は呼び出されてはその四人に淫行を受けていた。たまにもっと年上の違う男もそれに加わったという。

 そして昨日。これ以上妹を酷い目にあわせる訳にはいかないと思い、夜家の前で妹を待っていると黒のワゴンが家のすぐ近くに止まった。

「お願いです、これ以上妹に関わらないでください。」

「えっ お姉ちゃん? んーー萌ちゃんとあんま似てないねー」

「はあ?」

「えー、まあ萌ちゃんがさ。もう俺らと会いたくないって言うならー それでいーけど」

「ねーねー どーする萌ちゃんー もう俺らと遊ぶのやめとくー?」

 すぐに頷くと思いきや、萌は美咲の顔と彼等を見比べ、首を傾げたーそして美咲の鋭い眼差しを受けー 最終的に首を縦に振ったのだったー

「萌ちゃーん、先家帰っててー 俺らお姉さんと話あるからさー」

 萌が小走りで家に入ったのを見届けると彼らは美咲を舐めるように見回した。

「んーーー ビミョーだけどー まーJKだからなー」

「ハハ、マジビミョー。勃つかな俺(笑)」

「さておきー という事でお姉さん。萌ちゃんから俺らのこと聞いてるよね?」

「ええ… これ以上関わるなら警察を…」

「ハイハイ、わかったわかったー 流石高校生は騙せないわー」

「しゃーねーかー でさ。萌ちゃんの画像とかさ、どーしようーかなー」

「そんな… け、警察に…」

「いいけど。でもその前にネット配信しちゃうけど、ね」

「いいよー 警察― 何なら今からでもー その代わりー 流れちゃうよー動画」

「ま、待って… ど、どうすれば…?」

「カネー、は持ってないよねー、どーしよー」

「じゃあさ、俺ら相談しとくから、明後日の1時にさ、錦糸町の駅に来てよ」

「で、連絡先はー?」


「そんなの、絶対行っちゃダメ!」

「そうしたら萌の…」

「だって! そいつら、次は美咲ちゃん狙ってんだよ!」

「そ…そんな…」

「だから、絶対相手にしてはダメ!」

「でも、そうしたら妹の…」

「ウチが一緒に行く」

「え…」

「それで録画したのも返させる。二度と近付かないように言う」

「出来る、の…?」

「する。ウチが絶対」

 葵が真っ直ぐに美咲を見詰める。美咲はその視線を外ししばらく考えた後、葵の目を見ながら

「お願い…ありがと…」

 葵は深く頷く。そして視線を美咲から外す。その瞳は怒りに染まり触れれば火傷しそうな雰囲気であった。


 二人は明日の打ち合わせをした後、公園で別れた。


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