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《六月 十一日 正午》
金次郎は探偵と別れ岐阜中署へと帰ってきていた。里美は金次郎を確認するなり声を荒げる。
「金さん! 何処行ってたんですか! 私ばっかり高坂先輩の愚痴聞かせて……」
「ごめんごめん。それより里美ちゃん、轟って今どうしてる?」
「轟? あぁ、昨日逮捕した男ですか。あの暴走男がどうかしたんですか?」
「いや、ちょっとね」
金次郎は自分のデスクへと座ると、PCを操作し十年前の捜査資料を探し始めた。しかしその中に集団拉致事件の資料は無い。
「どうしたんですか? 金さん」
「あぁ、里美ちゃん……あのさ、十年前の集団拉致事件って知ってる?」
「……? 知らないわけないじゃないですか。私は当時中学生でしたけど、私の学校も休校になったくらいですからね。それがどうかしたんですか?」
「んー……。これ、あんまり大きな声で言っていいか分からないけど……轟ってその時の被害者じゃないかと思って……」
「は?」
里見は一瞬固まるが、金次郎が操作していたPCを奪い、同じように事件についての資料を呼び出した。しかし当然のように資料は出てこない。
「なんで……っていうか金さん、なんでいきなりそんな事を……」
「ちょっとね……ねえ、里美ちゃん、轟と話とか出来るかな」
「取り調べですか? 無理ですよ。もう送検されるんじゃないんですか?」
「マジか……」
逮捕から四十八時間以内に、警察は検察へ被疑者を送検しなければならない。まだ時間に余裕があるとはいえ、余程の事が無ければ取り調べる事は出来ない。
「金さん、轟が拉致事件の被害者だったかもって……もし本当にそうなら大騒ぎじゃないですか。行方不明だった子が見つかったんですから」
「そうなんだけど、なんか情報が滞ってるんだよなぁ。里美ちゃん、集団拉致事件について何か知ってる?」
「……そういえば、ちょっと前に麻薬取締法で捕まった男が事件への関与をほのめかしたとかってニュースでやってましたよ。確か沖縄から来て東京で捕まったとか何とか……」
「沖縄……」
金次郎は田畑との会話の内容を思い出す。轟は爪や歯、そして目を抉られ全身の骨を折られると怯えていたと。しかしそれは十年前、あの子供達と同じ状態なのだ。そして今起きている連続殺人も同じ拷問を加えられている。尤も、連続殺人の方は情報すら降りてきてない状態だが。
「里美ちゃん、轟を捕まえた時、何か気づいた事とか無かった?」
「なんで金さんが私に取り調べしてるんですか。っていうか気づいた事って……酷く怯えてたって事くらいしか……。そういえば彼、BMW乗ってたんですよね。いい車乗ってんなぁとは思いましたけど……」
「……外車……結構高そうな奴?」
「えぇ、私もそんなに詳しくないですけど、たぶん中古でも五百万とかする車じゃないですか?」
「盗難車だったんじゃない?」
「いえ、彼の名義で購入した事は間違いないそうです。田畑さんも疑ってましたからね。でも轟が自分で買ったって分かって……もしかしたら暴力団がバックに居るんじゃないかって……」
暴力団。確か探偵も連続殺人犯のバックには暴力団が絡んでいると言っていた。金次郎はそれを思い出しつつ、情報を整理する。轟が十年前の拉致被害者だとするなら、異様な怯え方をするのはなんとなく分かった。何故ならば轟は見ていた可能性が高い。他の子供達が拷問されるのを。
そして現在起きている連続殺人犯のバックには暴力団。轟も暴力団と関わりを持っている可能性がある。もしこれらのバックに居る暴力団が同じで、尚且つ連続殺人犯と轟が同じ拉致事件の被害者ならば……
「轟の目的は……なんだ?」
「はい? 金さん何言ってんの?」
「もし彼が……わざと捕まったとしたら……」
「はい? わざとって……金さん?」
「里美ちゃん、高坂は今何処にいる? 喫煙室?」
「いえ、流石にそんな入り浸ってませんよ。たぶん課長と話してるんじゃないんですか? 公安の事で」
その時、金次郎と里美が居るオフィスへと公安の捜査官が数人現れた。しかも轟を手錠で拘束し、囲むような状態で。
「取調室を借ります」
そのまま取調室へ入っていく一行。その中に例の子供の霊に纏わりつかれた男も居た。金次郎は席を立つと、そのまま男の元へ。
「ちょっといいですか? 私、この刑事課の難波金次郎と申します」
いきなり自己紹介された男は怪訝な顔をするが、突然の金次郎の行動に思わず同調するように自身も自己紹介を。
「あぁ、私は公安の小佐と申します。難波さん……でしたか。何か?」
小佐は他の公安の捜査員へ先に取調室に入っていろとジェスチャーしつつ、突然話しかけてきた金次郎へと何用かと尋ねる。金次郎は小佐の足元に纏わりついている子供と目を合わせないようにしつつ、小佐が興味を引かれるようなワードを口にした。
「今回の事件……十年前の拉致事件と何か関係が?」
一瞬、小佐の眉がつり上がる。
「……難波さん。貴方の事は署長から多少聞いています。いつも独断専行で捜査をしているとか……公安は警察官の内定も行っています。あまり組織の規律を乱す行動は避けた方がよろしいかと」
「あぁ、はい……自重します。今は頼れる相棒も居るので大丈夫ですよ」
金次郎は里美へと目配せ。すると小佐も里美と目を合わせ会釈。里美は突然公安の捜査官に会釈され、急いで席を立ち深々とお辞儀をする。
「それで……難波さん、今回の事件が十年前の拉致事件と関係しているというのは……どういう事でしょうか」
「いえ、刑事の勘……っていうとドラマの見過ぎって怒られるんで止めときますが……実は轟の顔に見覚えがありましてね。実は俺も十年前の拉致事件の捜査に参加していました。その時、生き残って未だに行方が分からない子供の一人が……轟では無いかという懸念がありまして」
「……成程。難波さん、また後でお話を伺っても?」
「ええ、勿論。ところで轟に取り調べというのは……」
「申し訳ないが捜査中なので……というか貴方も警察官なら、そのくらいの規則は分かるでしょう」
「これは失礼。ではまた後で」
そのまま取調室へと入っていく小佐。纏わりついた子供達も同じく入室する。
金次郎は小佐と話して違和感を感じた。先程まで会っていた探偵の話では、小佐は誘拐事件の実行犯の疑いがある。最もそれは子供の幽霊が纏わり付いているというだけで、確定された情報では無い。しかし事件と無関係とも言い難い。だが会話をしてみて、金次郎が小佐に抱いた印象は至って普通の、真面目な中年男だった。これまで様々な事件に関わってきたが、とても小佐が殺人を、それも子供を拷問して殺害するような人間とは思えなかった。しかしあくまで金次郎が抱いた印象に過ぎない。もしかしたら本性を隠すのが上手いだけかもしれない。
「金さん、どうしたんですか、いきなり公安の人に話しかけて」
里見は金次郎の行動を不審に思う。普段金次郎は高坂以外の上の人間とあまり接点を持とうとしない。そんな金次郎が突然公安の、しかも本庁の人間に自分から話しかけるなど、どういう風の吹き回しだと。
「いや、ちょっとね……。里美ちゃん、高坂が戻ってきたら少し話があるって言っといて。俺ちょっと一服してくる」
「あぁ、はい、わかりました……」
そのまま金次郎は喫煙室へと。
残された里美は金次郎の行動に嫌な予感がした。また独断専行して捜査をするのではないかと。
密かに里美は金次郎から目を離してはならない……と自身に言い聞かせた。
※
喫煙室で一服する金次郎。そこに高坂が喫煙室の扉をノックしながら入ってくる。
「おい、難波。なんだ話って。嫌な予感しかしねえんだけど」
「あぁ、情報の共有をしとこうと思って。今どんな感じだ?」
「どんな感じって何が」
高坂も煙草へと火をつけ、金次郎と向かい合う。高坂は金次郎の事を独断専行するオッサンとして見ていた。それ故ウザイ存在には変わりはないが、その一方でそれなりに信頼もしている。自身に刑事としての教育を施した人物であり、事件を解決する時はいつも金次郎が重要な手がかりを掴んでくるからだ。
「高坂、今回の事件……公安が介入して、俺達は通常のシフトか?」
「あぁ、そうだよ。課長もお手上げだと。本庁が介入してきたら逆らえないってな」
金次郎は煙草を一口吸いつつ、大きく溜息を吐くように煙を吐き出す。
「色々大変だな。まあ、高坂は優秀だから仕方ない。俺より上に行くべき人間だからな」
「そんな事言う為に前坂に伝言頼んだわけじゃねえだろ。さっさと本題を言え」
金次郎は苦笑いしつつ、煙草の火を消して高坂の言う通り本題へと。
「俺の懇意にしてる情報屋から妙な話聞いてな。昨今、政治家の秘書や警察関係者を狙った連続殺人が起きているらしい。そんな情報は入ってきてるか?」
「……あ? なんだその話……っていうか情報屋って……」
「最近、急な人事異動があっただろ。そのせいで里美ちゃんも交通課に応援に行く羽目になった。直接関係無くてもいい、何か聞いてないか?」
高坂は怪訝な顔をしながら煙草を吸い、考えるように暫く沈黙する。
そして何か心当たりがあるのか、天井を仰ぎながら唸りだした。
「……まあ、今回の人事異動は上の連中が椅子を変えたのと……あとはよくわからん部署変えがあっただけだったな。何でこんな無駄な事するんだとは思ったが……そういえば組織対策課の課長が依頼退職になったとかって……」
「その課長……今何処にいる」
「知らねえよ。独身だったらしいからな。田舎にでも帰ったんじゃねえか?」
「田舎……何処だ?」
「知るかよ。なんだ、まさかそれ調べろとか言うんじゃ……」
金次郎は高坂に対して拝み手。そのまま頼む! と懇願する。
「……一体何なんだ。その連続殺人と何か関係あるのか?」
「それを調べたいんだ。頼む!」
「お前な、俺達腐る程仕事あるんだぞ。それなのに……」
「頼む! 今度奢るから!」
「なんなんだ全く……」
高坂は煙草の火を消しつつ、そのまま喫煙室から出て行こうとする。
「おい、高坂……」
「わーったよ。その代わり、独断専行したら逮捕するぞ」
「了解、ボス」
高坂は頭を掻きむしりながらオフィスへと。
金次郎はその背中を見送っていると、胸ポケットの携帯が震え着信を知らせてくる。
「はい、もしもし」
『あぁ、金サン。今橘組の愛知県支部にお話を聞きに伺ったんですガ、軽く拷問したら気になる情報吐きましたヨ』
「拷問って……お前何やってんだ」
『軽くデスヨ、軽く。それでデスネ……どうやら橘組の前会長の隠し子が……十年前の拉致事件の被害者だったようデス』
「接点が見えてきたな。橘組が協力する理由も十分すぎる」
『エエ、それで……あと一つ、重要な情報ガ』
金次郎は受話器の向こうから鈍い音が聞こえてくる事に気が付いた。軽い拷問は進行形のようだ。
『どうやらこの愛知県支部から……逃がし屋を使って少年を一人輸送したそうデス』
「少年? まさか間宮 睦か? 行先は」
『状況から見て間宮 睦で間違いないでしょウ。行先は……沖縄デス』