6
《六月 十一日 午前十一時》
金次郎は知り合いの専門家へと相談する為、待ち合わせの場所へと向かうべくオフィスを後にする。そのまま岐阜中署の敷地内から出ようとした時、交通課の田畑と顔を合わせた。子供を二人連れている。
「おう、難波。久しぶりだな」
「ん? あぁ、田畑か」
金次郎と田畑は同期だ。お互い同じ岐阜中署に配属されているというのに、交通課と刑事課では滅多に顔を合わせない。シフトの関係もあるが、お互いに顔を合わせようともしなかった為だ。特に理由も無いが、強いて言えば忙しい、ただそれだけだ。
「前坂、結構使えたぞ。流石お前が教育しただけあるな」
「あぁ、違う違う。里美ちゃんは俺を反面教師にしてるの」
金次郎は鼻で笑いながらそう言い放ち、田畑へと最近の調子はどうだと尋ねる。田畑はぼちぼちだと零しながら、何やら心配事でもあるかのように顔を顰めた。金次郎はそれを見逃さない。
「どうした、なんかあるのか?」
「いや……まあ、お前ならいいか。昨日逮捕した男がな……轟って言う奴なんだが、そいつが妙な事口走ってんだ。俺は殺される、爪と歯と目を抜かれて、全身の骨を折られるとか何とか……」
「……なんだそれ。どこの拷問だ。クスリでもやってんのか?」
「いや、検査では何も出なかった。だからちょっと不安……というか不気味でな。あいつ本気で怯えてるんだ」
「轟だっけ。そいつ何やったの?」
「道路交通法違反、婦女暴行、銃刀法違反、公務執行妨害、あと駐車違反とスピード違反の罰則金未払いなどなど……」
「やってんなぁ……もしかして暴力団と絡んでんじゃない? 殺されるって脅されてたんじゃ?」
「それも考えて組織犯罪の奴等にも言ったよ。それよりお前こそ何かあったんじゃないか? 捜査会議に本庁の連中来たって聞いたぞ」
金次郎は苦笑いしつつ、田畑へと公安が絡んできた、と伝えた。田畑は「何でや」と怪訝な顔を浮かべる。金次郎はおかげで高坂係長代理がご立腹だと零しながら、田畑の肩を叩きながらその場を後にしようとする。二人の子供も金次郎を見送る様に目線を移す。
「あぁ、難波、前坂に言っといてくれ。気が向いたらいつでも交通課に来いってな」
「はは、それは無理。里美ちゃんは俺の相棒だから」
※
専門家との待ち合わせ場所である喫茶店を訪れる金次郎。店内は閑古鳥が鳴いており、マスターの老人は金次郎が来ると「おう」と頬を緩ませながら片手を上げて挨拶する。金次郎も同じように片手を上げて挨拶しながら「ホット一つ」と注文。そして奥の席に、既に待ち合わせしている人物が座っていた。
「待たせたな。最近調子はどうだ」
その人物は読んでいた短編小説へと栞を挟みながら閉じ、金次郎へと目を向ける。
黒髪のストレートに紺のスーツを着こなした長身の女性。瞳は青く、肌は透き通るように白い。海外モデルだと言われても違和感の無い、その人物こそ金次郎の相談役。
「まあまあデス。それより久しぶりじゃないデスカ。例の遊園地以来ですカ?」
英語の訛りのある日本語で金次郎へと返事をする女性。彼女は探偵派遣会社の人間であり、これまで何度も金次郎と共に様々な事件を追った仲でもある。
「そうだな。それより……早速だが妙な物視ちまってな。俺が今まで見てきた中でも異様な奴だ」
「フム、相談とはソレですか。どんな物デスカ? テレビから出てくる髪の長い女ですカ?」
探偵の言葉に「違う違う」と言いつつ、マスターが持ってきたコーヒーを受け取るなり一気飲みする金次郎。そのまま先程見た子供の霊について探偵へと説明する。十数人の子供がたった一人の男に纏わりついていた事を。その時抱いた印象も共に。
「子供……? ホホゥ、興味深いデス」
「どうなんだ。呪い殺しそうか?」
「実際視てみない事には何トモ……。まあ、彼らに人を殺す知恵はありまセン、誰かに飼いならされているならマダシモ、金さんに視えたのならその線は薄いデショウ。飼いならされている魑魅魍魎の類は視えにくいですカラ」
「そうか、まあとりあえず危険は無いって事か?」
「危険はありますヨ。金さんが私に相談する程ですからネ。何らかの警告を発しているのかもしれません……ガ、金さん、その子供……正確には何人か分かりますカ?」
突然の質問に黙り込む金次郎。そのまま探偵の顔色を観察しつつ
「お前、何か知ってるのか?」
「フフゥ、まあ金さんに隠し事しても始まりませんシネ」
探偵はコーヒーを飲みつつ、鞄の中から捜査資料のような物を取り出した。
「なんだ、これ。なんの資料だ」
「三ヶ月程前、私の探偵事務所にこの事件に関する依頼が来ましてネ。調査中、私の仲間が視たって言ってるんデス。たった今、金さんが言ったのと同じような子供の霊ヲ」
金次郎は目の色を変えて捜査資料を手に取り目を通す。まず金次郎が注目したのは被害者の数だった。これまで殺害された被害者は実に十一人。
「おい、なんだこの数。こんな事件、警察にも情報降りてきてないぞ」
「意図的に情報を封鎖しているんでショウ。ちなみにテロである可能性を踏まえて、現在警視庁の公安部が捜査している事案デス」
「公安部? テロってどういう事だ」
本庁の公安、まさに今日あの捜査会議に乱入してきた連中では無いかと、金次郎は顔を顰める。
そしてこの国でテロ事件が現在進行形で発生している事実に驚きを隠せない。
「被害者の一覧を見てクダサイ。殺害されたのは政治家の秘書、国家公務員、それにその管理職ナドナド、お偉いさんばかりデス。公安がテロと判断して捜査するのも無理ないでショウ」
「公安……なあ、俺が視た奴……そいつも公安部の人間なんだ」
「成程、次の被害者はその人かもしれませんネ」
「……どういう事だ。被害者?」
「先程言ったでショウ? 私の仲間が金さんと同じ物を視たっテ。その子供に纏わりついていた人、その事件の被害者なんデス」
金次郎は更に捜査資料を読み進める。被害者の殺害方法なども詳細に記されており、それは一様に拷問を受けたかのような物だった。足と手、全ての爪が剥がされており、歯と眼球も全て抜かれている。そして全身の骨が折れているとも。
金次郎はその部分を読むなり、つい先程同じような話を聞いたと田畑の顔が脳裏に浮かぶ。
「それで……子供の数が何だって?」
「十二人、居ませんでしたカ? 十歳前後の子供、十二人デス」
「悪いがそこまで正確には……って、ちょっと待て。十歳前後の子供……十二人?」
金次郎はここにきて最悪の事件を思い出した。十年前に、ここ岐阜市で起きた集団拉致事件だ。その事件の被害者は全部で十五人。その内、十二人が遺体で発見されるという最悪のケースを迎えてしまった事件。残った三人は未だ行方不明だ。
女性は金次郎が悟った事を確認すると、そのまま次の捜査資料を取り出した。
「この事件は金さんも覚えてると思いマス。何せ他ならぬ金さんも捜査に参加していたわけですカラネ」
「あぁ……」
金次郎は女性から資料を受け取りつつ、詳細を確認する。遺体で見つかった子供の数は十二人。その名前や顔写真も資料には残されていた。
「それで……この事件と何か関係あるのか?」
「金さん、もう察してるんでショウ? 私達はこの集団拉致事件の生き残りが……復讐のために今回の事件を引き起こしたと考えてイマス。しかし当然後ろ盾は居マス。拉致事件で生き残った三人だけで、これだけの事件を引き起こすのは無理があるでショウ」
「……暴力団か」
「エエ、現在、公安部は橘組という全国に支部を置くヤクザに注目している様デス。しかし公安部は拉致事件の生き残りが事件に絡んでいるとは考えてはいないでしょうカラ……」
「……どうかな」
金次郎は未だ行方が分からない子供三人の写真に注目する。名前は違うものの、その三人の内二人はどこか轟と間宮 睦の面影があった。
決して確証があるわけでは無いが、金次郎は確信する。生き残った子供は轟と間宮 睦だと。
「クリス、橘組と接触できるか。俺は公安と……あと警察官の方も洗ってみる。最近、急な人事異動があったんだ。無関係かもしれないが……。あと間宮 睦はもう全国に指名手配された頃だろう。捕まるのは時間の問題の筈だ」
「わかりましタ。あと金サン、出来ればデスガ……その子供の霊が纏わりついている男から目を離さないでクダサイ。恐らくその男が鍵になりまス」
「あぁ、やってみるよ」