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 《令和元年 六月 十一日 午前十一時》


 電車に揺られながら、僕は姉と一緒に逃げている。疲れているのか、少し寝てしまったようだ。

 逃げると言っても何処に行けばいいのか。僕は人を殺した。しかも実の父親を。

 いくら最低の父親だったとはいえ、親である事に変わりはない。今更ながらその罪悪感に襲われる。いや、例え父親でなくとも殺すなんて最悪だ。何故殺した。あの時、僕は一体何を考えていたんだ。


「睦、大丈夫?」


「ぅん……」


 隣の座席に座る姉が僕の手を握ってくる。姉の肌を感じると安心出来た。もう誰も居ない所に行きたい。ずっと姉と一緒に、誰とも会わなくてもすむ土地へ行きたい。でもそんな所……この世界にあるのだろうか。


「睦、次の駅で降りるよ」


 そう言いながら座席から立つ姉。

 僕も席を立ち、扉の近くへと寄る。その時、扉の上部に備え付けられたモニターにニュースが流れていた。音声は出ていないが、字幕でニュースの内容が伝えられている。


『昨日、午前七時頃、岐阜市のアパートで刺殺体が発見されました。殺害されたのは間宮 亨さん(五十三歳)警察関係者の取材によると、間宮氏は直前まで誰かと会っており、この人物が事件に深く関わっていると見て捜査を……』


 背筋に寒気が走る。同時に全身から汗が噴き出てくる。

 僕だ、警察は僕を探している。追ってくる。このままでは捕まる。捕まったらどうなる? 死刑?


 嫌だ、嫌だ、あんなクズを殺して何で僕が死刑なんだ。

 捕まりたくない、怖い……怖い……怖い……


 姉が硬く僕の手を握ってきた。安心しろと言いたげに……

 でもニュースはまだ終わっていなかった。続きがある。そしてモニターを見た瞬間、僕は凍り付いた。


『この事件の重要参考人として、殺害された間宮 亨さんの息子である間宮 睦 (十九歳)が全国に指名手配されました』


 指名……手配? モニターには僕の顔写真。入院していた時の物が写っていた。不味い、バレる。僕が僕だとバレてしまう。かすかに聞こえるヒソヒソ声が全て、僕の事を話しているんだと思えてくる。いや、実際そうじゃないのか? ニュースを見て犯人がここに居ると……ネットにでも書き込まれたら……


「睦……落ち着いて。大丈夫、私に任せて」


 そして名古屋へと到着し、扉が開いた瞬間……姉は僕の手を引いて電車から降り、颯爽と改札を出て駅からも出ようとする。一体どこに……行くのだろうか。こんなところでウロウロしていたら、絶対捕まってしまう。顔を隠さないと……そうだ、マスクとサングラスで顔を……


「姉ちゃん……顔隠さないと……捕まっちゃう……」


「大丈夫、見せつけてやればいいの。下手な事しても無駄なんだから。余計目立つだけよ」


 そうなのか? そういう物なのか?

 僕と姉ちゃんはそのままタクシ―乗り場へ。しかし少し本来乗車する位置から離れた所で待ち、数分後……明らかにタクシーとは違う車が僕らの前へと止まった。


 そしてその車の助手席の窓が開かれると、中からスーツ姿の男が話しかけてくる。


「間宮 睦さんでよろしいでしょうか。私、橘会の佐藤と申します」


「え? ぁ、はい……」


「お疲れ様です。ともかくお乗りください」


 混乱する僕を他所に、姉はちゃっちゃと後部座席のドアを開けて乗るよう促してくる。なんだ、なんなんだ。なんで姉はこんなに何の疑問も抱かず、見ず知らずの車に乗ろうとしてるんだ。

 というか橘会って……もしかしてヤクザとかそういうのじゃ……


「急いで、睦」


「……ぅん……」


 そのまま小さく頷きながら後部座席へと。運転手はスキンヘッドにサングラス。見るからにその筋の人だ。助手席に座る人はまだ普通のサラリーマンに見えるけど……。


「お疲れ様でした。よし、出せ」


「へい」


 そのまま車は走り出し、僕らは何処かへと連れていかれる。

 一体……何処に。

 僕らはこれから……どうなってしまうんだろうか。





 ※





 連れてこられたのは何の変哲も無い……中華料理店。しかし貸し切りの状態だ。僕ら以外には誰も居ない。


「では睦さん、お好きな席に付いてください。私達の代表を呼んでまいります」


「ぁ、は、はい……」


 一体どういう事だ。一体何が起きてる。代表って、組長さんって事? そんな人と僕が何で会わなきゃいけないんだ。意味が分からない。


「睦、こっちに座ろうか」


 姉が選んだのは一番奥の個室になっている席。僕は隠れるようにそこへ滑り込むと、緊張でガチガチになりながら拳を握る。僕はこれから殺されるんじゃないか? 理由は分からないけど、ヤクザに呼ばれるなんて聞いてない。しかもその組長と会うって……一体どういう……


「お待たせしました」


 そしてやってきたのは先程の佐藤さんと……


「よっこいせ……」


 同じくスーツを着たおじさん。でも佐藤さんとは明らかに雰囲気が違う。顔には斜めに傷が入っており、体もゴツイ。しかもなんか……小指が無い……。


「顔に似合わずエラい事したな、なあ坊主。なんで父親殺したんや」


 声が出ない。喉から叫び声すら出ない。今すぐ逃げ出したい。


「まあ、ええわ。じゃあいつもの仕事や。ターゲットは沖縄におるで」


 仕事? 一体何の話だ。なんで僕がこんな怖い人達から仕事なんて……


「ね、姉さん、一体……どういう事?」


「……? 何を独り言ブツブツ言っとるんや」


 その時、佐藤さんがおじさんへと耳打ちする。

 何を言っているのかは当然ながら分からない。


「……そうか、精神病んでるんか。そりゃそうだわな。あんな事件に巻き込まれたら……」


「あんな……事件……?」


 その時、僕の脳裏に何かがフラッシュバックする。

 椅子に括りつけられた子供達。皆泣いている。

 ありとあらゆる工具を用意する大人達。誰もが笑顔だ。

 大人達はその工具を使い、まるで日曜大工でもするように子供達へと……


「ち、ちが……何……これ……」


 嫌だ、嫌だ、見たくない、見たくない、見たくない見たくない見たくない見たくない!


 僕の所にも大人がやってきた。ペンチを持ってる。ゆっくり僕の爪へとペンチをひっかけてくる。嫌だ、嫌だ、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い……!




「おい、坊主! どうし……」


「……失礼しました。今、変わりました。姉の陵です」






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