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 《令和元年 六月十一日 午前九時》


 昨夜、田畑と共に女性を家へと送り届けた後、里美は寮の自室で泥のように眠った。交通課に応援という形で赴く事になった時はここまでハードな部署だとは知らなかったと、里美は軽く承諾してしまった事を後悔していた。


 そしていつものように岐阜中署へと出勤した里美は、突然元々在席していた刑事課の上司、高坂(こうさか) (けい)から朝一にこんな事を言われる。


「里美、喜べ。お前、今日から刑事課復帰な」


「えぇぇぇ……なんかたらい回しにされてるぅ……」


「文句言うな。殺しだ、殺し。今から捜査会議すっぞ」


 愚痴をこぼす里美を鼻で笑いながら、高坂は里美と共に会議室へ。そこには既に刑事課、鑑識課の面々が集まりだしていた。里美は見知った顔を確認すると、そのままその隣へと座る。


「おはようございます、金さん。おひさしぶりッス」


「おおぅ、里美ちゃん。交通課はもういいの? 里見ちゃんのミニスカ姿見たかったなぁ」


「なんスかそれ……これからだからオッサンは……」


 難波(なんば) 金次郎(きんじろう)。新人の時、里美の教育係でもあった男。今は里美とコンビを組まされているが、その理由は集団行動を取れない金次郎を里美が監視する、という物だった。元々時代劇ファンだった里美は金次郎の事を“金さん”と呼び親しんでいる。ちなみに金次郎はバツイチで現在独身。


 里見は金次郎が眺めている捜査資料へと目を移し、殺人事件の概要を金次郎へと尋ねた。


「金さん、殺しって聞きましたけど……」


「あー、うん。昨日ね、アパートの大家さんから通報あって……。里美ちゃんが交通課でミニスカ履いてる時に」


「履いてませんよ」


「えっ?!」


 なんでそんなに驚くのだ、と里美は金次郎を怪しい目で見つめる。その時、会議室のスピーカーから刑事課係長代理、高坂 圭の声が響き渡った。


『えー、おはようございます。それでは捜査会議を始めます。気を付け!』


 高坂の号令で一斉に立ち上がる職員達。


『敬礼! 着席! えー、それでは……まず事件の概要から。昨日、午前七時頃、岐阜市橋本町の〇〇アパートの大家から通報を受け、職員がかけつけた所、アパートの一室で刺殺体が発見された』


 プロジェクターで映し出される事件現場。床に中年の男性と思われる死体が。フローリングの床には血の海が。


『殺害されたのは、この部屋に住む間宮(まみや) (とおる) 五十三歳。無職。三か月前までは食品加工会社に勤務。しかし辞職届を提出している。独身だが、十年前に養子を一人迎えている』


 家族構成がプロジェクターで映し出される。

 養子である息子の名前は間宮 (むつみ)、十九歳。


『部屋の机には食事をしたと思われる食器が散乱しており、司法解剖の結果、間宮氏の上半身を中心に計十七か所の刺し傷、死因は出血性ショック。凶器は部屋の台所包丁。そして机の上には二人分の食事の跡が残っていた。どうやら殺害される直前まで誰かと食事をしていたと思われ、その人物が間宮氏の殺害に深く関わっていると思われる』


 里見は金次郎から捜査資料を奪い取ると、そのままボールペンでメモを残していく。走り書きで、犯人は被害者と親しい誰か? など。


『そして現在、間宮氏の養子である息子の所在が確認できていない。間宮(まみや) (むつみ) 十九歳。えー、息子は父親から受けたと思われる虐待が原因で精神的に不安定、その為度々精神科医のカウセリングを受けていた。間宮氏が殺害される前日、つまり六月の九日にも間宮 睦はカウセリングを受けており、その精神科医から証言も取れている。今日、親父と会う……と』


 里見は何気なく金次郎の顔を見る。何処か納得していなさそうな顔をしていた。犯人はほぼほぼ間宮 睦で決まりだと里美は思ったが、どうやら金次郎は何か引っかかっているらしい、と里美は察する。


『この息子が事件に深く関わっていると思われる。そして昨日の午前八時頃、岐阜駅の監視カメラに間宮 睦と思わしき人物が映っていた』


 プロジェクターで映し出される監視カメラの映像。リュックサックを背負い、手にはコンビニのゴミ袋を持っている。紺のパーカーにジーンズ、頭にはフードを深く被っている。一瞬だけ顔が映し出された。その部分を拡大し、顔認証で本人と推定される。


『その後、捜査員が岐阜駅を捜索。トイレで間宮 睦が着ていたと思われるパーカー、持っていたゴミ袋が発見された。パーカーから毛髪も発見されている。現在DNA鑑定中。間宮 睦本人は電車に乗って逃走したと思われるが、現在も足取りは掴めていない。本日、毛髪のDNA鑑定の結果次第で全国に指名手配予定……』


 高坂が全てを言い切る前に、突然会議室の扉が開かれスーツ姿の集団が入室してくる。突然の来訪にどよめく会議室。それは高坂を含めた管理職も同様で、捜査会議に同席していた刑事課課長ですらが怪訝な顔をしている。


『おい、会議中だ。部外者の立ち入りは……』


 高坂は突然の来訪者へと拡声器で声をかけるが、集団はそんな事は分かっていると言いたげに高坂へと近づき、書類の束を見せつけながら


「失礼します。警視庁公安部です。これより、この件の捜査はこちらで担当します」


 公安と聞いて誰もが開いた口が塞がらなくなる。

 普段から斜に構える事が多い金次郎でさえ、この時は一体何事だとやってきた連中へと目を向けた。その時金次郎の目に異様とも言える光景が飛び込んできた。

 子供だ。十人以上の子供に纏わりつかれた人間が居る。勿論子供は人間では無い。俗にいう幽霊と言うべきか、まるでホラー映画のような雰囲気を醸し出しながら、一人の男を囲むように子供達がまとわりついている。


 金次郎には生まれた時から奇妙な物を視る眼が備わっていた。それは霊感と言うのが正しいかどうかは分からないが、この世ならざる者達の姿を捉える事が出来た。これまで金次郎はありとあらゆる物を視てきたが、今視ている物はその中でも異様だった。


 なんだ、あれは。あんな物は見た事すら無い、と金次郎は顔を顰める。そんな金次郎の表情を見て、里美は一瞬背筋を震わせた。なんて顔をしているのだ、と。


「金さん金さん、どうしたんですか、顔真っ青ですよ」


「ぁ、あぁ、ねえ里美ちゃん、あの人誰か分かる? オールバックの……」


「さあ……本庁の公安って言ってますけど……っていうか何でこの事件を公安が……」


 里見の疑念はその場に居る全員が抱いていた。今回の事件は公安が関わるような事案では無い。それは会議を取り仕切る管理職も全員思っており、高坂は突然来訪した公安部の人間へと拡声器を切り尋ねた。

 里見と金次郎にはその会話は聞こえなかったが、高坂の表情を見れば大体の内容は想像する事が出来た。突然やってきてヤマを横取りする人間達。そして恐らく満足のいく説明はされず、一方的な事を言われているのだろうと。


 高坂とその他の管理職の人間は動揺を隠し切れないが、一旦捜査会議を中止せざるを得なかった。再び拡声器を入れ、その旨を全員に伝える高坂。その態度は普段にも増して刺々しいと、捜査会議に出席した全員が思った。


『中断! 一時中断! 捜査会議を一時中断する、解散!』





 ※





 会議室からいつものオフィスへと戻った里美と金次郎。二人は隣りあわせに並んだそれぞれのデスクへと付くなり、無言で溜息を吐いた。


「金さん……なんなんですかね、いきなり公安って……」


「……さっぱり。確かなのは高坂がブチ切れながら戻ってくる事くらいかな……」


 あからさまに嫌な顔をする里美。高坂は里美と同じ大学の先輩だ。二年上の先輩だが、同じサークルに所属していた事もあって高坂の性格は熟知していた。自分がやると決めた事は全て自分でやらないと気が済まないタイプで、責任感の塊で出来たような男。突然やってきた本庁の人間に事件を横取りされるなど、最も嫌う事柄だろう。


「なんかよく分からないですね、今回の事件って公安が絡むような事なんですか?」


「んー……息子が父親を殺害……父親は別に公務員ってわけじゃないし……いや、それよりも……」


 金次郎は公安部の一人が子供の霊に纏わりつかれていた光景が目に焼き付いていた。あれは一体何だったのか。まるであの男を守るかのように、子供達は囲んでいたのだ。しかしそれにしては雰囲気が毒々しいとも感じた。どちらかと言えば守りたいのはあの男では無く、別の誰かに対して警告を発しているように金次郎は感じていた。


「どうしたんですか? 金さん……さっきからなんか様子が……」


「いや、今日ちょっとお腹の調子がね……ぁ、高坂戻ってきた」


 見るからに不機嫌そうな高坂が戻ってきたと、里美は身構える。そして自分のデスクへと戻った高坂は、案の定、公安部から渡された書類を机に勢いよく叩きつける。そして椅子を引き、押し潰さんばかりに腰を下ろした。


「くそっ! フザけた説明しかしやがらねえ……あのカラス軍団め……!」


 金次郎は里美と顔を合わせつつ、高坂へと一体何が起きたのだと説明を求める。だがそれは火に油だ。そうだと分かっていても、金次郎はとりあえず吐き出させた方がいいと高坂へと敢えて尋ねた。


「高坂、一体なんなんだ、アレ」


「知るか! 一番俺が聞きたいわ! くそっ……意味が分からん。どういう事かと尋ねても捜査中で詳細は説明できませんだと。なんなんだ! あいつらは何かやらかした芸能人か何かか?! 俺達は記者じゃねえんだよ!」


 里見は御尤も、と大袈裟に頷く。金次郎のとりあえず吐き出させよう作戦に乗っかった。金次郎も同様に頷きながらも、己の疑念を高坂へとぶつける。


「高坂、オールバックの男居ただろ。いかにも仕事出来そうな……。あの人何て名前か知ってるか?」


「ああん?! 知るか! 本庁の公安なんて俺も初めてお目にかかったくらいだしよ」


 やっぱりか、と金次郎は腕を組み考えこむ。あの子供は一体何だったのか。一方、高坂は煙草を持って喫煙室へと向かおうとする。


「前坂、付き合え」


「へ、へい! お供します!」


 内心拾ってきた子猫のように怯えながら、自身の煙草とライターを持って共に喫煙室へと向かう里美。その一方で金次郎は携帯を出し“専門家”へと相談する事にした。金次郎が唯一信頼する、この世ならざる物の専門家だ。


「……俺だ。ちょっと直接会って相談したい事がある。今から会えるか」


『いいですヨ。ではいつもの喫茶店でお待ちしてイマス』





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