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 《令和元年 六月十日 午前六時 岐阜県某アパート》


 呆然としていた。ただただ僕は立ち尽くしていた。

 目の前には変わり果てた僕の親父。どう変わり果てたなんて説明できない。言えるとしたら、背中を包丁で滅多刺しにした。何を隠そうこの僕が。


 普段ニュースやら何やらを見ていて思っていた事がある。

 殺人なんてする奴は本物のバカだと。

 そんな事をしなくても、物事を解決する方法なんて腐る程ある。

 何がどうなったら人を殺す事になるんだと、鼻で笑っていた。


 そうだ、本当に他人事だと思っていたのに、まさか僕自身が人を殺してしまうなんて。それも実の父親を。


 流石に笑えない。

 誰かがこの僕の状況を傍から見たら爆笑するだろう。

 普段どこどこの誰かが殺し殺されたというニュースを見て鼻で笑っていたのに、何故お前が当事者になっているんだと。


 僕も本当は心の底から笑いたい。

 自分を笑ってやりたい。お前は本当にバカな奴だ、何故殺した、そんな事をしなくても解決する方法はいくらでも……


 いや、無い。

 無かった。殺すしか無かった。

 正確に言えば解決する方法なんて考えなかった。

 とりあえず殺すしかないと思った。とりあえず、殺したんだ。


 実の親父をとりあえず殺した。

 頭が回ってない。当たり前だ、一般市民が人を殺して冷静にアリバイ工作やら何やら考えるなんてドラマの中だけだ。そんな事出来っこない。だって僕はただただ、事実を前にして立ち尽くすしか無いんだから。


「親父……優しかったな……」


 口から零れる言葉。

 何故この言葉が今出た? 何でだ。優しかったさ、予想外に優しくて、予想外な事をしてしまった。

 そうだ、全て親父が悪い。

 昔はこんな優しい親父では無かった。酒に溺れて家族に暴力を振るう最低なクズだった。

 暴力を振るうくせに働きもせず、稼ぎは母親のパート頼み。

 その母親も逃げるように何処かに行ってしまった。随分前に。


 残された僕と姉は親父の暴力に震え続けた。いつか殺される。絶対殺されると。

 でも助けられた。近所の人が警察に通報してくれて、親父は傷害と殺人未遂で捕まった。

 僕と姉は施設へと預けられ、無事に高校も出る事が出来た。

 

 でもそれから数年後、親父は突然僕に連絡を取ってきた。それが昨日。

 いつのまにか出所した親父はまるで別人だった。理想の父親というのがどんな物か分からないけど、きっと昨日と今日の親父は理想の父親だったんだろう。


 だから殺した。意味が分からない。

 何故殺した? さっぱりだ。とりあえず殺したんだから、理由なんてそもそも……


 あぁ、そうだ。優しかったから殺したんだった。

 その優しさが許せなかったからだ。僕は親父から呼び出された時、暴力を振るわれたら逆にボコボコにするつもりでいた。でも親父は暴力どころか、暴言の一つも吐かなかった。

 思い出話をし始め、アルバムまで出して遊園地に遊びに行った事とか話し始めた。

 一体なんなんだ、何がしたいんだ、とずっと疑問に思っている内に僕の中で一つの結論が出た。


 なんで今、優しいんだ?

 母親が出ていく前、その優しさをほんの少しだけ出してくれれば……ごくごく普通の生活が出来たかもしれないのに。


 それが親父を殺した理由だ。他に解決法なんて無い。とりあえず殺すしかない。

 憎くて憎くて仕方なかったんだ。だから殺したんだ。これで僕も仲良く犯罪者の仲間入りだ。

 子供を殺して喜んでるド変態と同じなんだ。僕はそんな奴等と同類になったんだ。


 左手に持っていた包丁が落ちた。

 よく見れば僕は全身血まみれだ。

 この恰好で外に出たら皆喜ぶ。皆こぞってシャメ撮ってネットにUPする。

 そして誰かが通報してくれて、僕は無事に警察に掴まる。


 捕まる? 僕が?

 こんなクズを殺して……僕は一体なんの罪に問われるんだ?


「あんた……なんて事……」


 その時、姉が後ろから声をかけてきた。

 どうやら姉も呼び出されていたらしい。遅れてやってきて、この惨状を目にして驚いている。いや、呆れているんだろう。きっと姉も鼻で笑うに違いない。こんなクズが死んだ所で何も変わらない。要するに他人事だ。僕は僕の親父が事故で死んでも他人事で済ましただろう。


(むつみ)……バカ……」


 でも姉は泣いていた。血まみれの僕の背中に抱き着いてきて、そのまま子供みたいに泣きだした。何で泣くんだ。こんなクズが死んで悲しいのか?


「……着替えて、シャワー浴びて……早く!」


 姉は突然、僕を脱衣所にぶち込み、そのまま何か親父の死体へと毛布をかけ始めた。何故そんな奴に毛布なんて……。


「姉ちゃん……何でそんな奴に……」


「いいからアンタは早くシャワー浴びて着替えて……! 早くして!」


「わ、わかったよ……」


 そのまま姉の言う通りシャワーを浴びて、親父の服に着替えた。

 親父とはさほど体格は変わらない。なんだか癪だ。身長すら僕は親父と似たり寄ったりだ。


 


 姉はそのまま玄関のドアを開けると、僕にも出ろと促してくる。

 玄関の施錠をし、鍵を植木鉢の下へと。


「睦……駅に行くよ。そこで大家さんに電話かけて。この部屋の様子がおかしいって」


 僕は頷きながら「分かった」と言い、姉は僕の手を引いて歩きだした。

 待て、待ってくれ。手なんて引かれなくても……僕は一人であるけるから。


「歩けてないじゃん……バカ」


「……ごめん、姉ちゃん」






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