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 あの事件から一週間後、私……前坂 里見は初めて父親の墓参りへと赴いていた。

 私は父を恨んでいる。それこそ生きていたら殺したい程に。


 父は家庭を顧みず仕事に没頭し、母はそんな父に嫌気がさして離婚した。

 しかしその数年後、父は倒れ帰らぬ人なった。

 私は今でも鮮明に覚えている。母が泣きながら自分の手首にカッターナイフを押し付けている場面を。


 母は死のうとしていた。私は黙ってそれを隠れて眺めていた。

 その時、父が憎くて憎くて仕方なかった。何故死んだんだ、何故私達を残して死んでしまったのだと。


 母は離婚した事を後悔し、何度も自殺未遂を図った。

 でも死ねなかった。死にたくても……自分の手首をそこまで深く切る事は出来なかった。


 

 私が大学を卒業し、警察官になると母に告げた時……母は反対する事も無く小さく頷いた。

 実は反対してほしかった。思い切り私に感情をぶつけて欲しかった。なんでよりによって警察官などになるんだと。父は警察官だったんだ。警察官の仕事に没頭するあまり、家庭を顧みず死んでしまったのだ。


 私は父を恨んでいる。それこそ生きていたら殺したい程に。

 だから墓参りなど来る気にもならなかった。実家の仏壇にも線香を立てた事すら無い。


「前坂さん……お久しぶりです……」


 そして私と共に墓参りに赴いている男。交通課の田畑さんだ。父に警察官としてのイロハを教わったらしく、一度墓参りに行かなければと思っていたらしい。私は田畑さんに無理やり誘われる形で初めてここに来た。なんだか自分がとんでもなく子供だと思えてくる。


「……前坂さん……すんません……」


 すると突然、田畑さんが泣き出した。なんなんだ、突然。中年男子がいきなり泣き出すとか……恐怖以外の何ものでもない。今すぐここから立ち去りたい。


「田畑さん……何泣いてんすか……」


「……あぁ、悪い……」


 しばらく沈黙する田畑さん。

 少し曇った空から、小さな水滴が落ちてきた気がする。不味い、雨が……


「前坂……実はな、前坂さんは……十年前の集団拉致事件を追ってる最中に……倒れたんだ」


「……え?」


「十二人の遺体が見つかって……捜査が縮小されて……上からの圧力にも前坂さんは屈しなかった。でも心労がたたったんだな。倒れちまって……そのまま……」


 そうだったのか。父は……あの事件を追って倒れたのか。


 ちなみに、間宮 睦は沖縄で確保された。正確には意識不明のまま沖縄の警察病院で現在も入院中。彼は何者かに肩を撃たれており、その場に居た橘組の構成員も全員銃で撃たれていた。しかし間宮 睦は命に別状は無い物の、一週間経った今でも目を覚ましていない。


 そして公安課の小佐に、我々岐阜県警は独自に事情聴取を強行した。警視庁からの警告など無視し、私達は小佐に全て話せとヤクザばりに詰め寄った。その結果、驚くべき事件の真相が明らかになった。


 間宮 睦による連続殺人事件、その被害者は十年前、子供達を拉致し拷問した上殺害した人間達。岐阜県警からも被害者は出ていた。その人物は先日、依頼退職した組織犯罪対策課の課長。彼も沖縄で発見された。全身に釘を打たれ、顔面を拳銃で打ち抜かれた状態で。


 小佐は十年前、集団拉致事件の被害者である十五人の内、三人の子供を助けた。勿論彼一人だけではない。犯人グループも十五人おり、その中の三人が裏切ったというわけだ。一人は小佐、もう一人は間宮 睦に殺害される事を望んだ弁護士。あと一人は未だ不明だ。小佐はその人物の名前だけは頑なに黙秘した。

 

 小佐の元に間宮 睦が協力を要請しに来たのは、十二人の子供達の遺体がみつかった翌日だと言う。その時の間宮 睦はとても九歳の子供だとは思えなかったらしいが、どうやら彼は解離性同一障害、俗に言う多重人格だったと小佐は語った。ちなみに間宮 睦が通っていたカウセリングの精神科医にも裏付けは取れている。間宮 睦が父親を殺害した時にも、警察は精神科医に当然話を聞いているが、その時にはそんな話は出なかった。精神科医は聞かれなかったから、と答えていたが、どうやら間宮 睦の別人格に脅されていたらしい。解離性同一障害だと言う事を外部に漏らしたら殺すと。


 小学生の別人格に脅されて素直に言う事を聞くのもどうかと思うが、小佐も語っていた通り、別人格の年齢は既に成人した大人のようだったらしい。その別人格は自分の事を間宮 睦の姉、間宮 陵と名乗っていた。どうやら連続殺人事件は別人格である彼女が実行していたらしく、間宮 睦の犯した罪は父親を殺した事のみ。恐らく彼は刑事責任は無いと判断されるだろう。しかしそもそも、今回の事件そのものが闇に葬られようとしている。


 間宮 睦の別人格、間宮 陵が殺害した人間は皆、この国の公務員、公職、官職などなど……悉くお偉方ばかりだったわけだが、彼らは皆、十年前の集団拉致事件に関わっていた人間達だ。警視庁は今回の件はデリケートな事案だと判断し、事件そのものの発表を控えている。間宮 睦に問われる罪も、父親である間宮 亨氏殺害だけだ。連続殺人事件自体の罪は無かった事にされている。


 なんとも有耶無耶にされた気分だが、まだ私の中で疑問が残っていた。間宮 陵の協力者は橘組と、小佐を始めとする拉致事件に関わって裏切った三人。その中の一人が未だ不明。


 しかし私は何となく……違和感を感じる人物がいる。

 轟 壮也。私が交通課に応援した時に捕まえた男だが、彼も拉致事件の被害者であり、間宮 睦と同じく生き残った一人。彼の目的は小佐の死を看取る事。しかし彼は小佐を助けた。その理由は良く分からないが、恐らく金さんは何か察しているのだろう。あの時轟にかけた言葉が今も私の耳に残っている。


『お前、視えてたのか』


 一体何が見えていたのか。金さんと轟にしか見えない何かが……あそこにいたのだろうか。

 まあ、そんなオカルト話はさておき、間宮 陵の協力者、残り一名が誰なのか。それがなんとなく気掛かりだった。もしかしたら、あの人では無いかという疑念が……いつまでも私の中に渦巻いている。


「前坂」


 突然、田畑さんが私の名を呼ぶ。というか田畑さんは私の父の事も前坂と呼ぶから、どちらを呼んでいるのか分からない時がある。まあ、今のトーンなら私の事だろう。


「どうしました、田畑さん」


 田畑さんは少し言葉を濁しながら……何か重大な事を私に話そうとしている。

 それが一体何なのか。私は心の中で「止めてくれ……」と呟きながら耳を傾ける。


「……俺なんだ。間宮 陵の協力者は」


 雨が……少し降り出してきた。


「驚かないんだな」


「驚いてますよ。ただ……そうなんじゃないかって……思ってたってだけで……」


 田畑さんは父の墓を見ながら、つぶやくように私へと尋ねてくる。何故そう思ったと。


「……轟を逮捕した時です。あの時、轟が女性を人質にとった時、最初に話しかけたのは田畑さんでした。その後、私が轟の気を引いている間に田畑さんが後ろに回り込んで……」


「あぁ、それで……?」


「最初は違和感とも言えないような……ちょっとした事でした。轟は何で、さっきまで話してた田畑さんをいとも簡単に見失ったんだろうって。でもそれは轟が焦ってたから……で解決できます。だから私は別に全然……最初は何とも思わなかった。でも金さんが、轟はわざと捕まったとしたら……って言ってて……その違和感が疑念に変わったんです」


「難波か……あいつは昔から勘は鋭いからな……」


「えぇ、金さんの言葉で……もしかしたら轟は最初から捕まるつもりだったんじゃないかって思えたんです。そして田畑さんはそんな轟を最初から捕まえるつもりだった。二人は最初から繋がってたんじゃないかって。でもそんなの、ただの思い過ごしだと思ってました。そりゃそうでしょ。田畑さんは……もう二十年近く警察官してるんですから。そんな筈無いって……」


「……ごめんな、前坂。お前の親父さんが死んだのは……俺のせいなんだ。前坂さんは俺が拉致事件に関わってるって疑念を抱いちまったんだ。前坂さんもお前と同じ様に……そんな筈無いって考えて……無我夢中で事件を追ってる内に……倒れちまった」


 別にそんな事はいい。父親が倒れた理由などどうでもいい。

 私が聞きたいのは……


「田畑さんも……自殺しようとしてるんですか?」


 田畑さんは答えない。雨が随分本降りになってきた。雨音で耳が塞がれる。


「……前坂」


 田畑さんは何かつぶやいた。私にはそれが聞こえない。何も……聞こえない。






 ※






 《岐阜市のとある喫茶店》


 里見と田畑が共に墓参りに行っている時、金次郎は件の探偵と会っていた。ボックス席で向かい合いながら、今回の事件の顛末を整理している。


「それで……間宮 睦を撃ったのは誰なんだ」


「サア、私は何もシリマセン」


 わざとらしく言う探偵に青筋を立てる金次郎。

 そのまま無言で睨みつけていると、探偵は渋々白状する。


「この国のヒットマン的な存在ですヨ。どうやら間宮 睦に意図的に情報を流し、ターゲットを殺害するよう仕向けていた様でス」


「で……そいつらは何で間宮 睦を殺さなかったんだ。まさか……お前等……」


「そういう依頼だったんデ。間宮 睦の身の安全を守るのも私達の仕事だったんデス」


「依頼……? そういえば、お前等に依頼したのって……誰なんだ?」


 探偵は煙草に火を付け、一口大きく吸い……ゆっくり煙を吐き出しながら、その名前を口にする。


「間宮 亨氏デス。先日、間宮 睦に殺された彼の義父デスヨ」


「何で……彼がお前等にそんな依頼を……」


「間宮 亨氏は間宮 睦の別人格による連続殺人の計画を知っていましタ。恐らく彼はその計画の過程で間宮 睦が失敗して返り討ちに遭うと思ってたんでショウ」


 金次郎は項垂れつつ、コーヒーを飲み干しながら探偵の話を聞いていた。

 父親は息子に殺された。しかしその父親は息子の身を案じ、護衛を雇っていた。親の心子知らずとは言うが、流石にやり切れない。間宮 亨が息子に行った虐待というのも、それは息子を守る為だったのだ。金次郎はそれを知らないが。


「所で金サン、間宮 睦はどうなりますカ?」


「……まあ、罪に問われるのは父親殺しだけだが……彼には刑事責任は問えないだろうな。それ以前に、間宮 睦はまだ眠ったままなのか?」


「エエ、一週間経っても意識は戻りませン。案外……夢の中でお姉さんと一緒に幸せに過ごしているんじゃないんですカ?」


「なんだ、それは……」


「……金さん、もし自分の大切な人が目の前で殺されたら……金さんならドウシマスカ? 復讐に走りますカ?」


 金次郎は答えれない。答えたくもない。そんな未来は想像する事すら出来ない。金次郎には別れた妻との間に娘が一人居る。もしその娘が……などと想像できない。


「復讐は甘い誘惑デス。殺人を犯す為に最も説得力のある動機デショウ。誰もが内心思っている筈デス。間宮 睦の別人格が犯した罪は致し方ないト」


「だからって……正当化出来る事じゃない。相手がどんなクズでもな」


「エエ、それが人間社会デス。その規範から外れた者は容赦なく悪と断罪スル。だからこそ今、この世界がある」


「……何が言いたいんだ、お前は」


「別に、なんでもナイデスヨ。ちょっと拗ねてみたかったダケデス。じゃあ私はコレデ……」


 探偵は伝票を取り、そのまま会計へと。

 金次郎は煙草に火をつけ、その煙に目を奪われながら想像する。

 もし自分の大切な人間が目の前で殺されたら……と。


 いつまでも答えの出ない問に、金次郎は天井を仰ぎながら目を瞑った。

 

「……もう、俺には分かんねえよ……」



 そして里美から田畑が拳銃自殺を図ったという報せが入ったのは……その数分後だった。




 ※




『姉ちゃん……もう何処にも行かないで……』


『行かないよ。私達はいつまでも……睦と一緒にいるから……』




【この作品はフィクションです】


【この作品は《檸檬絵郎様》主催《魅惑の悪人企画》参加作品です】

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