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 《六月 十一日 午後十時》 

 

 「復讐の完遂、おめでとう」


 月夜を背にしながら男は私へと、にこやかに言い放ってくる。

 まるでビジネスパートナーへ向けるような笑顔に、思わず私は背筋が震えた。


 私の周囲には銃で撃たれた橘組の構成員達が転がっている。生きているのかすら分からない。それを確かめれる程、今の私は冷静ではいられない。


「なんて顔をしているんだ。もっと喜んだらどうだ? 復讐をやり遂げたんだ」


 何を言っているんだ、この男は。というか誰だ。

 私は撃たれた肩を押さえながら、男の顔を観察する。やはり知らない顔だ。見た事すら無い。私は一度記憶した事は二度と忘れない。どんなに昔の事でも、DVDを再生するのと同じように脳内で振り返る事が出来る。

 私は脳内で十年前の記憶を呼び起こし、犯人の顔を全員確認する。しかしやはりこの男の顔は無い。というか犯人は全部で十五人、その内十三人は死に、残り二人は警察内部に潜んでいる。こんな男が入り込むスキはない。


「……誰だ?」


「ようやく絞り出した言葉がそれか。誰とはご挨拶だな。君のお粗末な復讐計画を影からサポートしてやったんだぞ」


「……サポート?」


「そうだ。そこで悪趣味なオブジェになっている男、そして君が殺害した人間は皆、この国の公務員だ。そんな人間を十数名、立て続けに殺害する事が君達だけで出来ると思っていたのか? この国の警察は優秀だ。殺人事件の九割を解決へと導いているんだからな」


「…………」


「分からないか? 例を言えば、小佐が本当に自分の実力だけで今のポストに上り詰めたと思っているのか? そして君の復讐対象を容易に拉致し、連続で殺害出来たのは何故だ。それは私達が影でサポートしていたからだ」


 まさか……私達は踊らされていたのか?

 この誰とも知れない男の手の平で……。


「ようやく察してきたか。君の存在は私達にとって好都合だと言わざるを得なかったのだ。何せ子供を拷問して殺害するなどという変人が、この国の政府機関にまでも入り込んでいた。処分したいのは山々だが、下手をすればスキャンダル処の話では無くなる。だから我々は君達をサポートし、その復讐計画を完遂させてやる事にした。我々が直接手を下せば角が立つし、何より殺人など心が痛む。しかし君にとっては好都合な展開だっただろう?」


 意識が朦朧としてくる。肩から流れる血が止まらない。

 もう……立っている事すら出来ずに、私は膝を付く。

 

 駄目だ、ここで死ぬわけにはいかない。私は消えてなくなってもいい、でも睦は駄目だ。睦だけは生かして……


「君は実に優秀だった。惜しいな。その才能を殺人などという非生産的な事にしか生かせんとは。まあ過ぎた事を言っても仕方あるまい。所で間宮 睦、一つ……疑問がある」


「…………」


 私は目線だけで男を見る。この男の疑問……? なんだそれは、一体何を私に尋ねるつもりだ。


「君の様子からして、我々の存在に気付いていない事は明らかだが、ならば誰が我々のデーターベースから情報を抜き取ったのか。我々が作成した捜査資料が何者かにハッキングされていたのだ。君はそれを知っているか?」


 ハッキング? 馬鹿な。私にそんな技術は無いし、橘組もパソコンに入れているOSは一世代古いくらいなんだ。そんな芸当出来る筈がない。


「……どうやら何も知らないようだな。という事は、我々の他に君達をサポートしていた人間がいたと言う事か? まあどちらにせよ、君はもう用なしだ。最後の手向けだ。後ろを見たまえ」


 私は男の言う通り、後ろ……海の方へと振り向く。そこには見事な星空が広がっていた。水平線がキラキラと輝いていて、今にも吸い込まれそうな景色が……


「さようならだ、間宮 睦。この景色に抱かれながら逝くがいい」


 終わる……終わってしまう。

 私は死んでもいい。でも睦は……睦だけは助けてくれ……


 どうか、神様……神様? 


 あれほど恨んだ神様に今更助けを求めるなんて……なんて図々しい。

 

 酷い、本当に酷い人生だ。睦の事を考えるなら、殺害など起こさずに平和に暮らしていれば良かったんだ。


 馬鹿か。何で今更そんな事を考えるんだ。

 私は……


「……?」


 いつまで経っても私の頭に銃弾が飛んでこない。

 一体何をしているんだ、と後ろを振り返るとそこには誰も居なかった。


「……あ?」


 先程まで居た男達は何処に行った?

 何故誰も居ない?


「……一体……なんなん……」


 そのまま私は気を失ってしまった。

 夢の中で……睦に謝った気がする。

 そして私達は……



 ※




 景色が歪んでいる。

 まるでバケツの中に色々な絵の具を混ぜたような風景。足元はひたすら乾いた地面で、僕は一人、そこに立っていた。


 誰も居ない。ここには誰も居ない。ひたすら……グチャグチャの景色の中、無限の荒野が広がっている。


「姉ちゃん……?」


 小さな声で姉を呼んでみる。でも当然のように姉は来ない。

 今までいつでも一緒だった姉が居ない、それだけで寂しくて泣きそうだ。もう十九になるのに。


 一歩一歩……荒野を歩いてみる。

 どこまでも続く荒野。空は相変わらずグチャグチャで、見ていると気持ち悪くなってくる。ここは何だろう、ゲームとかで良くある……次元の狭間的な所だろうか。


 もうまるで何十年もここで過ごしている気がする。

 ここが僕の居場所……? 


「姉ちゃん……姉ちゃん……」


 ひたすら姉を呼びながら、ひたすら歩く。

 するといつの間にか自分が崖っぷちに立っているが分かった。引き返そうとするけど、後ろもいつの間にか崖になっている。小さな島に僕は閉じ込められていた。


「…………」


 この崖から飛び降りれば楽になるだろうか。自然とそんな風に思えてしまう。

 崖の下も相変わらずグチャグチャの風景が。この先に底はあるのだろうか。ここから飛び降りて、叩きつけられる地面はあるのだろうか。


 飛び降りる勇気すら無くて、僕はその場で座り込んでしまう。

 すると後ろから、子供の声が聞こえた。キャッキャと楽しそうに遊んでいる子供の声が。


「……あれ?」


 後ろを振り向き、子供達を見た。計十二人の子供達。なんだか見覚えがある。

 そしてその中に、姉ちゃんも居た。でも子供の姿だ。なんでそんな……小さな姿で……


「睦」


 すると……僕の隣に、これまたいつの間にか……僕の知ってる姉ちゃんが立っていた。

 いつも僕の傍にいてくれた……姉ちゃんが。


「ごめんね……失敗……しちゃった」


「……何を?」


「……色々」


 そうか、色々失敗しちゃったのか。それは……残念だ。本当に残念だけど仕方ない。

 そのまま姉ちゃんは僕の隣に座り、一緒に目の前で遊んでいる子供達を眺める。


「私ね、人殺しちゃった」


 突然の姉の告白に目を丸くする僕。

 何を言っているんだ、人を殺したのは……僕だ。僕が父親を殺したんだ。


「ごめんね、睦……。全部正直に話すと、睦は虐待なんてされてなかったんだよ」


「……え?」


「十年前、睦は酷い光景を目の当たりにして……それを思い出す度に発作を起こしちゃう体になっちゃって……。それでね、私とお父さんで、その記憶を別の物にすり替える事にしたの。お父さんは睦に憎まれる事を選んで……憎む対象が居れば、睦はまだ救われるから……」


「一体……何の話……?」


「睦、私は睦が生み出した別人格。私は睦なんだよ。私は睦の欠片から生まれた存在なの。睦の本当のお姉ちゃんは……あっちで遊んでる、あの子だよ」


 子供達は六人ずつに別れ、花いちもんめで遊んでいる。楽しそうに。

 

「僕……? 姉ちゃんは……僕なの?」


「そうだよ。でも……もう私は用済みだから……もう、行くね」


 そっと立ち上がる姉ちゃん。そのまま崖から飛び降りようとしている。

 

 なんで? なんで行っちゃうの? 

 駄目だよ、そんなの……絶対に……


 でも僕は止められない。止めようとしても声が出ない、体も動かない。

 僕には何も出来ない。


「さようなら、睦。ごめんね」


 そのまま飛び降りようとする姉ちゃん。

 すると子供の姉ちゃんが……それを止めた。がっしり腰に抱き着いて。


『駄目……』


「姉ちゃん?」


 子供の姉ちゃんは、大人の姉ちゃんを引き戻すと、そのまま僕の手も取って引っ張ってくる。


『二人共、私の弟と妹なんだから。一緒じゃないと駄目』


 そして風景は……いつのまにか昔通っていた小学校のグラウンドになっていた。

 周りには十二人の子供達。


『ほら、学校行くよ。ちゃんと勉強しないと、将来苦労するよ』


 僕と大人の姉ちゃんは呆気に取られながら、子供達に手を引かれて小学校の校舎の中へ。

 

 そこで僕はやっと気が付いた。

 この子供達は……あの時殺された……あの子達だ。

 なんで忘れてたんだろう。


 なんで……


「姉ちゃん、僕達……小学校通うの?」


「……さあ……分かんない」


 子供達に手を引かれながら、姉ちゃんは笑顔でそう言い放った。

 

 



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