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 暑い夏、お母さんから水筒を受け取って、姉ちゃんと一緒にいつもの集合場所へ。

 集団登校する為に、僕達は一度決められた場所に集まり一緒に学校へ行く。でも大人が居ない。いつもは当番制で誰かが付いて小学校まで付いてきてくれるのに。


「もう遅刻しちゃうよ、行こ」


 誰かがそういった。その言葉に皆賛同し、子供だけの登校が始まった。

 何気に初めてかもしれない。どこか新鮮だ。いつもは大人の人の注意されるような事をしても、今日は何も言われない。


 皆笑顔だった。笑顔だったんだ。

 あの……大人達が現れるまでは。


 突然現れた大きな車に、皆詰め込まれた。

 怖くて泣きそうになったけど、すぐに僕は眠くなってしまった。

 

 逃げないと行けないのに。

 大声で助けを求めないと……いけないのに……



 目が覚めた時、僕達は知らない大人に囲まれていた。

 怖くないからね、大人達は口々にそう言いつつ、僕達にお菓子を配っていく。


 皆不安そうな顔をしていた。泣いてしまう子もいた。僕も泣きたい。怖くて怖くて、そっと隣の姉ちゃんの手を握った。姉ちゃんも泣きそうな顔をしていたけど「大丈夫だから」と僕に声をかけてくれた。


 しばらくした後、大人達は僕達を順番に椅子に座らせていった。

 そのまま紐で縛りつけられて、動けないように。


 何をされるんだろう。怖い、ひたすら怖い。

 怖すぎて声も出ない。無言で涙が出てきた。


 僕達は円形に、お互いの姿を見せあうように並べられた。

 大人達は皆笑いながら、何かを用意している。

 いや、皆じゃない。僕の目の前にいる……この人は今にも泣きそうな顔をしている。


 なんだろう、何をするんだろう。


 そう思っていると、一人の子が悲鳴を上げた。

 痛い、痛いと泣き始めた。それから順番に、子供達は泣き始めた。ふと向かい側に座る姉ちゃんを見ると、何かの道具で指を……


 何……何をしてるの?

 姉ちゃん、血が……血が出てる。

 どんどん、床が血で一杯に……



 僕の指にも冷たい感触がした。

 そのまま爪に何かがひっかけられた。

 

 嫌だ、嫌だ……止めて、止めて……止めて……止め……


「睦、睦?」


 姉ちゃん……? 嫌だよ、怖いよ、助けて……


「睦! 睦!」


 嫌だ、嫌だ……姉ちゃん……姉ちゃん……





 ※





 気が付けば全身汗だくだった。最悪な夢を見てしまった。

 酷く蒸し暑い。このコンクリートの小屋は窓が大きいくせに風通りが最悪だ。


 私はベッドから起き上がり、脇に置いてあった拳銃を手にする。

 

「もう終わるからね……睦」


 そうだ、もう終わる。私はこの為に生み出された睦の別人格。睦の姉として人格。

 諸悪の根源たる悪趣味なクズを皆殺しにするために……私は生み出された。


 しかし断じてこれは復讐などでは無い。

 私はあいつらと同じ悪趣味な生き物なんだ。人間を快楽のために殺す類の最悪の生き物……いや、生き物なんかじゃない。もう最低最悪の汚物だ。


 胸が熱い。思い出すだけでも吐き気がする。何度脳内で奴等をバラバラに解体した事か。


「殺してやる……一人残らず……」


 全員、あの事件に関わった人間は全員、殺してやる。

 全員、私の快楽のために殺してやる。

 全員、惨めに泣き叫びながら死ねばいい。


「はぁ、ああっ……殺したい……早く、早く殺したい……」


 笑いが止まらない。愉快で仕方ない。

 殺してやると散々呟いておきながら、私は今まで一人も殺せなかった。

 中途半端に痛めつけただけだ。最後に殺すのは結局橘組の処刑人。


 でも今回は違う。今回でもう終わりなんだ。この拳銃で、最後のあのゴミクズを殺したら終わりだ。

 小佐さんは全てが終わったら自殺すると言ってくれた。私は正直、小佐さんは死ななくても良いじゃないかと思ったが、彼は彼で自分を許せないらしい。


 小佐さんの他に、当時の犯人グループに加わっておきながら子供を殺せなかった人は……あと二人いた。

 一人は私に殺される事を強く望み……望み通りに椅子に縛り付けて痛めつけた。結局私は殺せなかったが。


 そしてもう一人は岐阜中署に未だ潜んでいる。小佐さんが自害したのを見届けた後、自分も自殺すると言っていた。轟にそれを見送らせる。


「私も……全部終わったら消えなきゃ……大丈夫だよ、睦……睦の辛い記憶は全部持っていくからね……」


 既に時刻は午後九時。もう真っ暗だ。

 ふと外から聞こえる悲鳴に耳を傾ける。確か拷問開始が五時くらいだったから……もう四時間くらい続いているのか。橘組の構成員も大した体力をしている。未だ愉快そうな笑い声が聞こえてきた。


 これは橘組の前組長の遺言でもある。

 同じ苦しみを与えて殺せ、それがあの人の最後の言葉。

 さぞ無念だったろうに。自分の子供を殺されたまま、その仇も打てずに死んでしまうのは。


 でも、もう終わる。もう……終わるんだ。



 ※



 小屋から出て、丘を下った先の砂浜へ。

 椅子に括りつけられた男は両手両足、全ての爪を剥がされ、全身に釘のような物が刺さっていた。

 なんだろう、この匂い……なんか焦げ臭い。


 私はまるで祭りを楽しむかのように男を囲んで笑っている一団へと近づく。

 もう流石に全員疲れているのか、憔悴しきった顔をしていた。それでも無理やりに笑っている。愉快そうに笑いながら、男を痛めつけている。


 そうだ、これだ。

 こうやって殺さないと駄目なんだ。楽に殺すなんて有り得ない。


「どんな感じですか?」


 私は至って冷静に一団へと声をかけた。

 椅子に縛られた男はもう時折悲鳴のような声をあげるだけで、死体と然程変わらない。

 

「おう、一通り終わったぜ。もう殺るか?」


 その言葉に、突然男が再び悲鳴を上げた。

 思わず私は背筋を震わせ驚いてしまう。突然なんだ、騒々しい。


「殺さないで……助けて……」


「……? 歯は抜いてないんですか?」


「あぁ、喋れた方が楽しいだろ。ここなら叫ばれても平気だしな」


 橘組の前組長がヤフオクで購入した無人島。この男の処刑場としては高価すぎる気もするけど、最後くらいは景気よく行かねば。


「どうします? 皆さんもう疲れたなら……もう殺しますけど」


「あー、そうだな。親父も満足してくれたかな」


 まるで何かの作業のように淡々と言い放つ私達。

 男はひたすら助けを求めているが、そんな命乞いが今更何になるというのだ。まだ自分の立場を理解していないらしい。


「この釘……なんですか?」


「あぁ、七輪で焼いた錐で穴あけて、唐辛子に漬け込んだ釘で蓋するんだ。江戸時代の拷問らしい」


「マニアックな事しますね……その錐ってまだ熱いですか?」


 私が錐を求めると、再び泣き叫ぶ男。

 その声を聞いて、橘組の面々は爆笑するばかり。


 私も笑おう。おかしくて仕方ない。

 本当におかしい。なんでお前は……そんな風に泣けるんだ。


 あの子達と同じように……なんでお前は泣けるんだ。


「五月蠅いよ、お前……なんでお前が泣いてんだよ!」


 思い切り熱した錐を膝のあたりに突き刺した。

 そのまま深く突き刺しながら、私は銃口を男へと向ける。


「お前が泣くなよ。なんでお前が泣くんだよ。泣きたいのは子供達でしょ……お前みたいなクズに殺されて……これから人生楽しい事沢山……あったはずなのに……」


 ひたすら謝りながら泣き叫ぶ男。

 気分が悪い。もう殺してしまおう。


「あはは、子供達だって……子供達は関係ないよ。これは私の趣味なんだから……」


 そう、趣味。

 この悪趣味な行いは私が好きでやってるだけ。

 子供達云々は関係ない。


「最後に……何か言いたい事は?」


 とりあえず一応聞いておいた。

 男は声にならない声で、私にこう告げてくる。


「ゆるして……」


 


 そのまま、私はすんなり引き金を引いた。

 意外とあっさりと。男の顔面を撃ちぬいた。

 初めて拳銃を撃った。私の手は反動に耐えきれず、千切れてしまうくらいに痛い。

 自然と手から拳銃が零れ落ちる。でももうこんな物必要ない。


「……終わった」


 思わず口からその言葉が出てくる。

 終わった、もう、終わったんだ。


 ようやく……私は……



 その時、再び銃声。

 同時に私の肩が猛烈に熱くなった。そして次第に何とも言えない痛み。


 撃たれた……?

 一体誰が……橘組の人達……じゃない。皆今の銃声に混乱してる。


 そしてそのまま次々と銃声。

 橘組の人達がバタバタと倒れていく。


 私は血が溢れる肩を押さえながら、後方を振り向いた。

 なんとなく、人の気配がしたから。


「復讐の完遂おめでとう、間宮 睦」


 

 スーツを着た男。

 その後ろに拳銃を構えた人間が数十人……。


 眼鏡を直しながら、まるで名刺交換でもするかのように……その男は私に話しかけてきた。


 



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