9
《六月 十一日 午後一時》
金次郎と里美は刑事課の会議室を貸り、公安の小佐と対面していた。まるで事情聴取でも始まるかのような雰囲気。金次郎と小佐は机を挟んで対面しており、里美はその傍らで立ったまま二人の会話を聞いている。
「それで……難波さん、先程十年前の事件と仰いましたが……」
「えぇ、貴方も警察官なら知ってるでしょう。戦後最悪の誘拐事件と言われたあの事件です。私も当時捜査には参加していました。そして岐阜市の金華山……まるで警察を嘲笑うかのように、子供達の遺体が十二体発見された。犯人は未だに不明、その手がかりさえも綺麗サッパリ掴めない。私はこの事件の犯人は……警察内部、またはこの国の公職、官職などのお偉方が関わっていると思っています」
里見は金次郎の言葉に顔を顰めながらも口を噤む。そもそも今回の事件は父親殺しだ。何故そこで十年前の誘拐事件の話などが出てくるのか。そして何故その事件にこの国のお偉方が関わってくるのか。
「成程……それでその事件の被害者の一人が轟 壮也では無いかと思っているんですね。しかしですね、難波さん、それはおかしいじゃないですか。十五人の子供達の内、遺体で見つかったのは十二人。残り三人は未だ行方不明だ。轟がその中の一人だと言うなら、何故彼の両親は子供が戻ってきたと主張しないんでしょうか。彼の両親とも連絡が取れています。しかしそんな話は聞いていません」
確かにそうだと里美は頷く。行方不明の子供が見つかったのなら大騒ぎだ。しかしそんな話は聞いた事が無い。十年前に起きたあの誘拐事件は、未だ何の手がかりも得ないまま未解決のままなのだから。
金次郎は小佐を観察しつつ、慎重に話を進める。小佐の言っている事は最もだ。だが金次郎は小佐がそんな事を言い出す事、それ自体が鍵だと睨む。
「小佐さん、先程轟に事情聴取を行っていましたね。その内容は尋ねません。しかし公安が何故彼を事情聴取する必要があったのでしょうか。彼の罪状は婦女暴行に公務執行妨害等々……とても公安が絡むような事ではない筈です」
里見は再び、それもそうだ……と頷く。轟を事情聴取すると言う事は、少なくとも公安は轟が今回の事件に関連していると睨んでいるからだ。何の事情も知らない里美は首を傾げるしかない。
小佐は溜息を吐きつつ、困ったように言葉を選びながら……
「それは……捜査中なので詳しくお伝えする事は……」
「そうです、それです。小佐さん、貴方、先程もその言葉を言うべきだった」
突然の金次郎の言葉に「あ?」と声を上げてしまったのは里美。小佐は表情には出さないが、拳を握りしめ、何処か悔しそうにしている。
「小佐さん、今回公安が岐阜県警から捜査権を奪ったのは父親殺しだ。パっと見、公安が絡むような事件じゃない。ならば裏に何かあると思うのが当然でしょう。これは俺が独自に入手した情報ですが……三か月前から現在に至るまで、計十一人の人間が殺されてる。その誰もがこの国の公務員、公職、官職を担う人間達ばかりだ。そして更に……彼らには共通点がある。そうです、彼らは皆……十年前の誘拐事件に関わった者達です」
勿論、殺害された者達の共通点は金次郎のハッタリだ。通常ならば誰もが首を傾げるような言葉だが、小佐にとってはこれ以上ない効果的な脅迫。
小佐は脳裏に思ってしまう。金次郎は独自の情報ルートとやらで、十年前の事件の真相を知っているのでは……と。
「……貴方は何処まで知っているんだ……」
その言葉を聞いて金次郎は頬を緩ませる。そして何も事情を知らない里美は驚愕の顔を小佐へと向けた。その里美の顔を見て初めて、小佐は自分の失態を悟る。
「ほ、本当なんですか?! 十年前の誘拐事件と今回の事件が絡んでるって……」
里見の質問に小佐は顔を歪ませる。その時、小佐に纏わりついている子供達の霊が一様に小佐を守るように金次郎を睨みつけた。その子供達の霊の反応に違和感を覚えた金次郎は、三人の生存者の存在が脳裏に浮かび、ある仮説が浮かんでくる。
この小佐という男は、確かに犯人側の人間だが、三人の子供達を助けた人間なのでは……?
「小佐さん、これは単なる噂だが、十一人のお偉方を殺害したのは当時誘拐された子供達の一人だという情報もあります。公安が今回、我々が担当する父親殺しの件に絡んできた理由は……間宮 睦がそうなんですか? 彼が連続殺人を犯しているのですか?」
「……そんな、わけないでしょう……いくら私でも、公安を私兵化してそんな事出来るわけが……」
「そう考えると合点が行く。貴方は……間宮 睦を止めようとしている。しかし十年前の事件に関わっていた貴方は、良心との狭間で悩みながら彼に協力するしかなかった」
金次郎の言葉に突然立ち上がる小佐。そのまま足早に会議室から退出する。そんな小佐を追いかける金次郎と里美。すると小佐は制服を着た警察官から拳銃を奪っていた。
「おい、小佐! 何のつもりだ!」
小佐は自分のこめかみへと銃口を当てながら、追いかけてきた金次郎と里美を手で制する。
「難波さん、全て私の罪だ。私は悪だ、警察官などになるべきではなかった」
突然の小佐の行動に、署内に居た人間は誰もが騒ぎ出す。口々に銃を降ろせと叫ぶが、小佐はそれを無視して歩き始めた。
「おい、待て小佐! どうするつもりだ!」
小佐は淡々と歩く。自分のこめかみに銃口を当てながら。
そしてそのまま拘留中の轟が居る留置場まで歩いていく。
金次郎はすぐに察した。小佐の行動、そして足元に居る子供達の霊の様子を見て。
子供達は一様に小佐を止めようとしがみ付きだした。しかし子供達に小佐は止められない。
小佐を止められるのは、生きている人間だけだ。
※
留置場までやってきた小佐。受付の職員を脅し、無理やりに入り口を開錠させるとそのまま轟が拘留されている檻の前までやってくる。金次郎や里美、そして署内の警察官達も同じように後を追う。
「小佐! 止まれ! 馬鹿な真似は止せ!」
そう小佐へと呼びかける金次郎。小佐は轟の顔を確認しつつ、金次郎へと振り向きながら涙ながらに語りだした。
「難波さん……貴方の言う通りだ。私は……子供達を誘拐した一派の一人だ」
その言葉に大半の警察官は首を傾げるばかり。事態を把握しているのは金次郎と里美のみ。
「……私の心には銛が刺さっているんだ。いつまでも抜けない銛が。ずっと、ずっとこうしたかった! 私のような人間は生きてては行けない!」
「ふざけるな! それで死んで全て償ったつもりか! お前一人死んだ所で何になる!」
「そうだ、死ねば全て終わりだ! この世界に次など無い! 私は死んで罪を償う! 彼にそれを見届けてもらって……」
金次郎はその時、初めて子供の一人と目を合わせた。悲し気な顔をした一人の少女と。どことなく、写真で見た間宮 睦の面影がある少女と。
その少女は金次郎と目が合うと、口パクで訴えてくる。
“助けて”
瞬間、金次郎は駆け出した。遅れて里美も駆け出す。
小佐は引き金に指をかける。自分の頭を撃ちぬこうと力をこめる。
一発の銃声が署内に響いた。
「押さえろ!」
銃弾は小佐の頭から逸れた。寸での所で轟が檻から手を伸ばし、小佐の腕を引っ張って弾道を変えさせた。金次郎は小佐の手から拳銃を奪い、続いて里美が小佐へと胴タックル。そのまま押し倒すと、次々に署内の警察官達が小佐を押さえた。
「痛い、いたたたたっ! ちょ、私、それ私の腕!」
里見は小佐を取り押さえようとする署員の群れから脱出し、小佐の腕を引っ張った轟を見る。
そこには牢の中で床に座り込み、誰かと会話をするように口を動かす轟の姿が。
「……お前、視えてたのか」
轟に対する金次郎の言葉が、いつまでも里美の耳に残った。




