猫じゃダメですか?
カインは目を開けた。
視界一杯にウサギの着ぐるみの顔面が自分をガン見していました。
「……」
「……」
状況が把握できません。
「じゃない!一体なんなんだ?この人形は!」
「……」
「……!」
ウサギは逃げた!
むしろ視界からいきなり消えた!
「何んだよ!この街は!」
喧騒の戻ってきた街に青年の叫びは空しく消えていった。
◯◯◯
王宮、第一王位継承者の部屋。
ウサギはベッドに腰掛け忙しなく肩で激しく息をしていた。
しかしここは次期女王陛下の部屋である。
つまりウサギの正体は。
「見つけた……あの人、凄い!魔術が効かない!」
頭部を外して現れたのは、まだ幼い顔立ちの少女だった。
そう彼女こそがリアナ王女その人だった。
背中に流れる長めの黒髪ストレートはサラサラで、パッと見しただけでは大人しい雰囲気を纏っている。
ふっくらとした頬は興奮の為か?ぬいぐるみを着ていたせいかピンクに染まり、彼女の可愛らしい顔立ちを華やかに見せている。
のだが。
「凄い!凄い!あの人!そういうスキル持ちかな?体質かな?なんで魔術が効かないのかな?ふふふふ……」
言動は妖しい事、この上ない。
ただの変人である。
しかし本人にその自覚はない。
ただしちょっと人前に姿を見せたり、相手の目を見て話すことが少し苦手だという自覚はある。
だからこその着ぐるみである。
彼女のクローゼットはそれで埋め尽くされていると言っても過言ではない。
ちなみに隣にある小さめのクローゼットには社交用のドレスなどが入っている事は入っている。
自分から好んで開けた事はないが。
「とりあえずもう一回会わないと!会って……実験手伝って!って言ったら手伝ってくれるかな?」
彼女の対人スキルはゼロだった。
「あの人に付き合ってもらえばフレンドリーファイヤー対策の研究が進むはずなんだけど……どうやって頼もうかな?」
首から下はウサギのまま、着ぐるみの入っている大きなクローゼットへ向かう。
両開きの戸を開けて勝負服を!と選んでいるが、着ぐるみの中から選んでいる事自体、間違っているとは思っていない王女様は一体の着ぐるみを手にしてピタリと止まった。
「猫耳!猫シッポ!男性にはやっぱりこれかな?」
リアナは記憶を手繰る。
確かこの間、魔術研究所に忍び込んだ時に男性研究員が話していたはずである。
男は獣人のネコ科の女性に弱い!という会談だったか?
「確か耳は思わず触りたくなる……動くシッポには色気を感じる……だったかな?まあ良いや。着ぐるみだからシッポ動かないけど……あ、魔術を組み込めば動かせるかな?後でやってみよう!」
そういう問題ではないとツッコめる人間はここにはいない。
サクサクと衣装ん出してコレコレ!と頷き、彼女はパチン!と指を鳴らすと着ていたウサギが猫へと変わる。
入れ替わるようにウサギの着ぐるみがハンガーに掛かったので外し、扉の横にある洗濯かごへと突っ込んだ。
これで準備完了である。
さて、早速勧誘に行こうではないか!
「レッツゴー!」
猫の着ぐるみのまま右腕を上げて意気込んだ……タイミングで。
「何がレッツゴー!かな?妹よ」
気配もなく忍び込んだ長男が背後に立って着ぐるみの首を後ろからガッシリ掴んでいた。
リアナの背に冷たい汗が流れる。
次期女王の部屋に無断で侵入するなんてとお思いだろうが。
実はあまりにこれが日常茶飯事の為、長男は監視も含めて彼女の部屋には出入り自由になったのである。
そして今……彼の表情は見えなくとも予想が付く。
きっと笑顔だろう……目は笑っていなくとも。
背後からの異様な圧迫感に。
さながら親猫に持ち上げられる仔猫の如く、リアナは沈黙する事しかできなかった。
◯◯◯
「兄ちゃん大変だったな……」
これで何度目だろうか?
ウサギが逃げた後に集まってきた街人たちは口々にそうカインに声を掛けてくる。
「まあこの街の名物とでも思ってくれや!」
この街って……この広い王都範囲であれが出てくるのが当たり前ってやつか……?
「ちょっと変わってるが良いお方だし……この街もおかげで治安はそこまで悪くないし、な」
「そうそう!変わり者だが親近感あるよな?本当にここは良い街だ」
まあこの街の洗礼だとでも思ってくれ……と、リンゴをくれたのは近くの果物店のオヤジさんだ。
「はあ……ありがとうございます」
このやりとりももう何度になるだろうか?
他にも回復薬や薬草も色々な人から貰った。
持っているリュックはもう一杯になっている。
そして大体の人があの着ぐるみを『変わり者』『変わったお方』と言う。
ならば正体は?と言うと皆逃げる。
自分たちの口からは言えないとか、詮索はしないのが礼儀とか言って。
更に多いのが。
「何もなくて良かったね」
という言葉だが?
ちなみにカインと対峙していた破落戸は体の表面が全体的に麻痺したらしく、痺れて動けない所を憲兵たちに取り押さえられていた。
「近くに居るとたまに巻きこまれそうになるんだよね」
とは街人が呟いていた言葉だ。
良くよく聞いてみると。
大概がウサギの格好をしていた『爆弾お嬢』がバリアを張ってくれる為、驚いた時に起こる二次被害の方が多いらしいが、たまにバリアがない時もあるので関係のない者は早々に逃げるのが吉だとの事。
今回はお仕置き対象の近くに居たのがカイン一人だった。
そして彼は魔道具に込められた魔術がまともに当たる場所に居て、更にバリアもなかったようなので無事が確認出来て良かったという事だ。
まあそのせいで街人の多くから良かった!良かった!と言われ続ける羽目になったが。
(あのウサギ……なんか俺の事、ガン見していなかったか?)
思い出して背筋にゾクリと冷たい何かが走った。
「あー……」
気のせい!きっと気のせいだ!
気持ちを切り替えて日常に戻らないと、何か嫌な予感がする!
そう直感したカインはギルドを目指して歩き出した。
ここは早々に冒険者登録をして依頼を受ける事にしよう。
修行をするにも先立つ物がないと装備どころか、回復薬すらも買えなくなってしまうからだ。
何事も慢心する事なかれ、だ。
剣術の師匠の言葉を思い出す。
魔術が広まっているこの世界の
中心にあるようなこの街で、自分は一体のどれくらい強くなれるだろうか?
大切な者を守る為にはどれだけ強くなれば良いのか?
カインは首にかけたネックレスに指を当てる。
「魔術が使えなくても強くならなければ……」
決意を胸に、彼は歩き出した。