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第06話_父の仇


 青年は長い髪をかきあげた。銃口はライたちに向けられたまま少しも動いていない。


「後ろのお嬢さんには取っ手から手を離してもらいましょう。この銃は引き金が軽くなっていますから」


 静かな脅迫に、エイミが従う。


「キザイア、ここで銃は困る。血も流さないようにしろ」


 キザイアと呼ばれた背の高い青年は大袈裟に肩をすくめた。拳銃を懐にしまいながら、服の袖から数本の小さな矢を滑り出させた。


「こいつには致死量ぶんの麻酔がしこんであります。これなら文句がないでしょう。夢見心地のままあの世いきですよ」


 誰にともなく告げ、キザイアは手品師を思わせる動作で矢を誇らしげに全員へ見せた。戸惑いながら頷くハミルをライは鋭い視線で射抜いた。


「善人ぶりやがって……親父を殺させたのもあんたか?」


 ハミルは悪びれもせずに胸をはって答える。


「何度も警告してやったのに、奴は無視して調査を続けた。自業自得だな。

 資料の予備があるのではないかと思ってきみたちに接触したが……泳がせておいて正解だったようだ」

「いやらしい男ね」

「あんたはなにを考えてるんだ。親父が発見したのは重大なことなんだぞ!」

「子供の君たちには理解できないだろうが、これは高度な政治的判断なのだよ」

「いいのですか? 私にはなんの話かわかりかねますが、そんなにべらべらと話してしまって」


 傍観者となっていたキザイアが口をはさむ。ハミルは勝ち誇ったような笑みをうかべた。


「かまわんさ。なにも知らずに死んでいくのも可哀想だろう。だが、くだらない情がうつるのも困るな。そろそろ片づけてくれ」


 返事の代わりに、キザイアが目が細めるのがサングラス越しにわかった。空気が電気を帯びたように感じられ、ライの神経を刺激した。


「俺があいつをひきつける。情報体を渡すからおまえは逃げろ」


 ライは小さく呟いた。


「でも……」

「文句は後で聞く。俺もすぐに追いつくから」

「慰めあいはもう終わりかな。契約してすぐに仕事を片づけられて嬉しいよ」


 キザイアが無表情で矢を投げにかかり、ライは身構えた----その瞬間、なんの前触れもなく足元が跳ね上がり、ライは体勢を崩した。 


「なんだ?」


 真下から突き上げる衝撃はそのまま、すべてを揺さぶる波となって、ライたちのいる部屋を襲った。


 地震だった。それも、今までに感じたことのない大きな地震だ。


 壁にかけてあった額が次々に落ちてガラスが割れた。本や置物が棚から投げ捨てられ、派手な飾り電灯が今にも引きちぎられそうなほど激しく振り回されている。


「ひぃっ」、ハミルが悲鳴をあげ、机の下へ隠れた。書類が床へ散乱し、倒れたカップからコーヒーがこぼれている。


「逃げるぞ」、 二人の注意がそれた瞬間、ライは腕にしがみついていたエイミを促した。


 机に手をついて身体を支えていたキザイアがライたちの様子に気づき、矢を投げ放つ。ライとエイミのほうがわずかに早く、数本の矢はなにもない戸口を通過して廊下へ吸いこまれていった。


「あの二人、部屋から出ていきましたよ」

「お、追え! なんとしても捕らえろ。銃を使ってもかまわん」

「お望みのとおりに」


 激しい揺れの中、キザイアは落ちついた足取りで所長室を出た。廊下の途中で、足元に小さな矢が一本だけ転がっているのが目にとまり、キザイアはそれを拾い上げた。


 鋭い先端は、血で赤く濡れていた。



 **********



 長い非常階段をかけおり、地下駐車場へたどりついたところでライは大きくよろめいた。


「どうしたの?」

「なんでもない。つまずいただけだ」


 ライは嘯いた。目眩がする。世界がぐるぐると回っているようだった。ライは先を急ごうとしたが足元が定まらず、そばにあった車に手をついた。


「怪我しているじゃない!」


 脇腹を隠していた手をエイミが強引にはぐ。ライの服の赤い染みは徐々に広がりつつあった。


「かすっただけだ。親父にくらべればたいしたことない」


 刺さった矢はすでに抜き捨てており、痛みはない。ただ身体が別人のもののように重く、吐き気もこみあげてきていた。我慢しようと表情をしかめていると、

「早くここから出て、手当てをしないと」

 エイミが肩を貸してくれた。ライには拒む気力もなかった。地震は終わっているはずだが、ライの意識はさきほどの地震以上の激しさで揺れている。


 突然、倒れこむようにしてエイミが車の陰にふせた。次の瞬間、銃声が響き、目の前の車の外板でなにかが小さくはじける。


「隠れても時間が無駄なだけだ。俺も早く帰りたいんでね。もう終わりにしようじゃないか」


 なんら気負いのないキザイアの声がライの耳にもはっきり聞こえる。「どうしよう、ライ」、身を低くしたエイミは今にも泣きだしそうだった。


「こんな時にまともに動けないなんて情けない」


 なんの役にもたちそうにない自分をライは罵った。それでも、なにもしないわけにはいかない。思いつきでもなんでもやってみるしかなかった。


「あんた、いくらか知らないがハミルに雇われたんだろ。だったら、その倍、いや三倍だすから俺たちを見逃してくれないか?」

「魅力的な申し出だが、二重契約はしないことに決めている。今の仕事を果たした後でよければ聞いてあげよう」

「その時には俺たちを殺してるんだろうが」


 皮肉ったが、返事はない。相手はどこにいるのか、足音だけが駐車場内に反響する。


 武器になる物はないか、とライは周囲を見回した。が、ある物は車ばかりだ。そうこうしていると、エイミがライの服を引いた。


「あ、あれ……」


 エイミが怯えきった目で見つめながら指差す場所、ひらけた通路の中央にキザイアが立っていた。ここから十歩と離れていない。


 ライはエイミの盾となるようじりじりと動いた。苦渋が口の中で広がっていく。


「こんなところで諦めてたまるか」


 重い身体に鞭をうち、ライは立ち上がった。足に力が入らず、膝が震えている。キザイアがかすかに笑う。


「根性だけで現実を変えることはできないよ。安心したまえ。俺は君の父親を撃った無能者とは違う。一発で楽に死なせてやる」


 それを聞き、ライの頭の中が熱くなった。


「人を殺しておいて無能も楽もあるか!」


 怒りにつき動かされ、ライは渾身の力で地を蹴った。だが、意志に反して身体の動きは遅い。


「威勢だけは認めてやろう」、キザイアが銃の狙いを整える。引き金が絞られていく様子までがライの目にはっきりとうつった。


 エイミが言葉になっていない悲鳴をあげる。その時、ライとキザイアの間に強い光が割りこんできた。


 突然の強烈な眩しさにキザイアが怯む。反射的にライも目を細めたが、意地で放った右の拳がキザイアの顔を捉えた。飛んだサングラスが割れ、床を滑ってゆく。キザイアは大きくよろけて、車にぶつかった。キザイアの落とした拳銃をライは急いで拾い上げた。


「てめぇに……てめぇなんかに親父の痛みがわかってたまるか!」


 ライは両手で銃を構え、キザイアへ向けた。赤いものの滲む唇を拭いながらキザイアが視線を投げる。冷たさを感じさせる深い緑色の瞳だった。


「撃つがいい。弾は入っているし、安全装置も解除してあるぞ。引き金に少し力を加えろ。それだけで俺を殺すことができる」


 他人事のようにキザイアが言う。「親父の仇だ!」、ライは自分の心を決めるために叫んだものの、指を動かすことができなかった。


 躊躇いから生まれたライの隙をつき、キザイアがサングラスの破片を投げる。鋭い欠片が手の甲に刺さり、激痛にライは拳銃を落とした。奪い取ろうとキザイアが身を低くする。ほぼ同時に先程の強い光が再びその場を満たす。その正体は、突進してくる車の前方灯だった。


 銃を諦めたキザイアが飛び退る。反応の鈍いライはエイミに腕を引っぱられたお陰で、割りこんで来た車にぶつからずにすんだ。拳銃が車の車輪にはじかれ、ライとエイミのそばへ転がってきた。


 ライとキザイアを散らすと、その車は急停車した。後退し、ライとエイミのいる位置まで戻ってくる。車の窓が開けられ、「二人とも早く乗るんだ!」と男の声がライとエイミを急きたてる。


 車を運転していたのは、港で二人を救ったあの痩せた男だった。




(つづく)

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