第05話_遺言
窓にはりついた大粒の雨が集まり、ひとつの玉となって伝い落ちていく。翳り始めた外を一瞥し、ライは視線を戻した。
書斎の電子情報処理端末を前にエイミは座り、操作端末を扱っている。濡れた服はライの家に置いてある自分のものへと替えたが、長い髪はまだ乾いていなかった。
エイミが背もたれに身体を預け、小さく息を吐いた。電子情報処理端末の画面には、ライにとってはあまり意味のわからない単語が並んでいる。
「本当にこれでいいのか?」
「何度もおじさまのお手伝いをしたもの。間違えようがないわ」
半乾きの金髪を落ちつかなげに撫でつけるエイミ。低く轟く雷の音が届いた。雨足の弱まる気配は感じられない。
「始めるわよ」
眼鏡をかけなおし、エイミが告げる。ライは短く返事をした。
画面上に数字と記号の羅列や表、写真や説明文が次々とあらわれては消え、新たなものへと変わっていく。どうやら報告書の類いらしく、膨大な量の情報が情報結晶体におさめられていた。その内容は難しく、ライは正確には理解できなかった。それでも、これらの資料の意味するところがおぼろげながら推測できてくると、ライの背を冷たいものが伝っていった。
「次が最後よ……」
エイミの声が、操作端末に触れる指が、小さく震えている。ライは固唾を飲んだ。
『以上の資料から、この惑星の地盤が大規模な変動期を迎えていることは確実である。地震、海底火山の噴火、それにともなう海水の爆発的流動……これは一例にすぎないが、惑星の内在圧力が一度に解放されれば、全天蓋都市へ壊滅的な打撃を与えるものと考えられる。
人々を救うため、来る大異変の回避策を協議し、すみやかに実行されるよう訴えたい』
ライは画面を食い入るように見つめたまま、喉の奥で唸った。
「世界の破滅だと?」
にわかには信じられないことだった。もっともらしい資料を見せられても、全人類を滅ぼしかねない大異変などあまりにも現実離れしている。しかし、父親はそれを証明するために命をかけて資料を収集し、結論をくだしたのだ。息子の自分が信じてやらないわけにはいかないだろう。
「待って。まだ続きがあるわ」
『これを目にするということは、私の身になにかが起きているのだろう。時間がない、後はおまえたちに託す。大異変から一人でも多くの人々を救ってくれ。まずはバルロイという男に会って』
文は唐突に切れていた。記録された日時は、オルゴール工房の主人が情報結晶体を預かったという時間に近い。
「ちくしょう! なんで、親父が殺されないといけないんだ」
ライは壁を力任せに殴りつけた。悔しさと怒りで身体の芯が熱かった。
ニールの研究結果に間違いがないのなら、一刻も早く解決策を取る必要があるのは明らかだ。大勢の人々の命がかかっているのだ。
「それなのに親父の口を封じて、資料を奪って……誰が、どんな得をするってんだよ」
ライが歯ぎしりをしていると、それまで考えこんでいたエイミが口を開いた。
「おじさまが指名するぐらいだから、このバルロイという人が力になってくれるのだろうけど……ライの知っている人?」
「おまえに覚えがないのに、俺が知るわけないだろ」
「それもそうね。おばさまならわかるかしら」
エイミが席を立とうとする。ライはエイミの肩に手を置いて押しとどめた。
「いいよ。俺が訊いてくる。おまえはもう一度この資料に目を通してくれ。なにか気がつくことがあるかもしれない」
そう言い残し、ライは廊下へ向かった。
いつの間にか日は完全に暮れており、書斎は真っ暗だった。雨はあがっているようだが、忘れていたかのように弱い稲妻が窓から差しこみ、ほんの一瞬だけ室内を照らす。
エイミが端末を操作する音だけが静かに響いている。暗いせいか、彼女にニールの背姿が重なって見えた。
「見てろよ、親父。仇はとってやる」
心の中で強く告げ、ライは書斎の明かりをつけた。
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パーシアはバルロイという名に心当たりはなかった。いきづまったライとエイミはニールからの遺言を頼みの綱であるハミルへ見せるため、研究所へ向かうことに決めた。
ファブリナスの公的機関であるその研究所の施設は市街地区からややはずれたところにある。大きくて飾り気のない、無骨な建物だ。しかし、機能を優先させた研究施設だと考えれば一種の威厳さえ感じられた。
ライたちが到着したのは夜も遅い時間だったが、施設内の電気はいくつもついていた。
「研究者に時間は関係ないって親父が言っていたっけ」
家を出る時にかけた電話で、ハミルが真夜中まで残ることは確認してある。応対した秘書へ、自分たちが行くまで待ってもらうようにと伝えておいた。
地下駐車場に車をとめ、ライとエイミは昇降機で最上階へ向かった。各階の案内板をざっと見ただけで、この研究所がさまざまな分野を扱っているのがわかる。最上階にはいくつかの部屋があったが、所長室はすぐにわかった。ライが扉を叩いて入室を求めると、入るように促された。
扉を開けると、正面の机に座っている人物が目についた。書類でも処理していた様子だ。彼がハミルだと、エイミが小声で教えてくれた。
接客用の椅子や卓台、調度品などは派手ではないが、高価そうな品の良いものばかりで、部屋の主に似た落ちついた雰囲気がある。ライはとりあえず頭を下げ、自分がニールの息子であることを告げた。
「ずっと前に一度会ったかな。どうやら君は父親似らしいね。あと五、六年もすれば男前になるだろう」
ハミルの言葉を聞いて、エイミが胡乱な目線をライへそそいだ。そんな彼女をライは相手にしなかった。
「私に急ぎの用があるとのことだね。それは君の父親に関係があるものだろうか?」、机の上で指を組むハミル。
「手掛かりがあったんで、俺たち二人で調べに行ったんです。途中でひどい目にあったけど、収穫はありましたよ。あなたにも見てもらって、これからどうすればいいか、力を貸してほしいんです」
「もちろんだとも。しかし、父親に似て君も無茶をするようだね。相手は命を奪うことさえなんとも思っていないのだよ。まあ、二人ともひかれずにすんで本当に良かった」
ライたちの無事をハミルは心から喜んでいるようだ。その声に、ポケットの中の情報結晶体を掴んだライは動きを止めた。
「なんで、俺たちが車にひかれそうになったことを知ってるんです? 俺はただ、ひどい目にあったと言ったのに」
「ん? ああ、たまたま仕事で港へ行っていた部下がいてね。その者から聞いたのだよ」
「三十歳ぐらいの痩せた男ですか?」
「そんなことは後でもいいだろう。早く情報結晶体を渡してくれないか」
目の前の男の顔に一瞬不穏な感情が走るのをライは見逃さなかった。
「あんた、どこまで知ってるんだ? 情報結晶体を受け取るところも誰かが見てたってのか!」
「やれやれ。困ったな」
ハミルが重そうに腰をあげる。ライは後退った。疑念が強い不信感へと変わった。
「どうかしたのかね? 私は、きみに納得のいく説明をしようとしているだけだよ。そうすれば、情報結晶体を渡してくれるね?」
「寄るな! あんたはなにか隠してる」
冷たい汗で手の平が湿っている。ライと同じように危険を感じたのだろう、背後にかばっているエイミが扉を開けようとする。
その時、隣りの部屋へ通じる扉が音もなく開いた。
「依頼主をつかまえて言うのも失礼ですが、下手な芝居はそこまでにしましょう。契約では殺すことになっているんです。強引に奪えばいいんですよ」
冷ややかな言葉とともに、銃を手にした男が姿をあらわした。
エイミが鋭く息をのむ。ライは絶句し、サングラスで目元を隠した相手を睨みつけた。
それはニールを襲った、亜麻色の長い髪の青年だった----
(つづく)




