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第03話_葛藤


 ライは寝台で横になったまま、天井を見つめていた。頭の中でなにかが激しく渦巻いており、考えがまとまらなかった。


 閉めきった窓には月の影がうつっている。薄暗い部屋の中で、時間だけが静かに流れていた。


 ライの耳が物音をとらえた。階段をのぼってくる気配がする。力強く威圧する足音だ。ライは寝返りをうった。


「ライ、どういうつもりなの? 葬儀に立ち会わないなんて……あなたの父親なのよ!」


 断りもなしに扉が勢いよく開けられる。怒鳴るエイミをライは無視した。


「なんとか言ったらどう? 寝たふりしたって駄目なんだから。おじさまだってあの世で怒っているに違いないわ。

 ちょっと、聞いているの?」


 一気にまくしたてるエイミ。背中で聞きながらライはきつく目を閉じ、歯を食いしばった。


「おばさまを困らせる真似をして……口には出していなかったけど悲しんでいたわよ。なにを考えているんだか……最低ね」


 最後の一言で、ライのおさえつけていたものが爆発した。身体を起こして睨みつけると、エイミはわずかにたじろいだ。


「な、なによ。そんなことでごまかそうとしたって……」

「おまえに俺の気持ちがわかってたまるか! 親父は俺が殺したも同然なんだぞ。俺が時間どおりに到着していれば親父は死なずにすんだんだ……。そんな俺が、いったいどんな面さげて葬儀に出られるってんだ?」

「そんな。あれはライのせいとは……」

「言ったよな、おまえが。遅れたのは俺の責任だって。違うか?」

「そ、そうだけど……」


 エイミが口ごもる。ライは再び横になった。少し間があって、エイミがなにか小さく独りごちるのがわかった。


「なにやってるんだ。さっさと出ていけよ」

「ごめんなさい。ライがそんなふうに考えていたなんて知らなかったわ。無神経な言葉で責めたことは謝るけれど、あなたに話したいことがあるの」

「知るか。今は一人になりたいんだ」

「でも、大事な話なの。おじさまの死に関係があることなのよ」

「俺が殺した、な」


 訴えかけるエイミをライは皮肉った。何故かエイミの一言一句が勘に触る。


「ふてくされるのもいい加減にして。お願いだから、あたしの話を真面目に聞いてよ」

「いいぜ」


 身体を起こしたライは寝台の端に腰掛ける格好となった。


「その代わり、抱かせろよ」


 そんな台詞がライの口をついて出る。「はい?」と間の抜けた声をあげるエイミだったが、次の瞬間平手を振り上げていた。


 乾いた音を受け止めて痺れる頬を押さえ、ライは幼馴染みの少女を呆然と見上げた。


「なに調子にのっているのよ。今がどんな時かわかっているの? 馬鹿なのは昔から知っていたけど、情けない男だとは思わなかったわ。

 もういい。邪魔しないから一人でずっといじけていなさい」


 目に涙をためたエイミが告げる。ライを叩いた手が小さく震えていた。頬の痛みとエイミの言葉とで、ライの脳裏にかかっていた霞のようなものがゆっくりと晴れていく。


「わかってる……情けないのは俺だってわかってるんだ。けど、どうしろっていうんだよ」


 部屋を出て行こうとしたエイミが足を止めた。


「親父が死んだのは俺のせいじゃないってみんな言ってくれる。おふくろも、気にするなって……。けど、無理だよ。

 俺が遅れたせいで親父が死んだことに間違いはないんだ。それなのに責任はないなんて……俺はどうすればいいんだよ!」


 周囲から気休めの同情をかけられることがこれほど苦しくて惨めなものだとは思わなかった。


「でもやっぱり、おじさまの死はライのせいではないわ」


 優しい口調でエイミが答える。


「そんな答えはもうたくさんだ!」

「違うの、聞いて。おじさまは前から死ぬ覚悟をしていたのよ」 


 エイミの台詞に、耳をふさごうとしていたライは思いとどまった。


 ライの両手首をエイミが掴み、膝の上へそっとおろさせる。気がつくと、足元にエイミがひざまずいている。眼鏡越しに見つめる茶色の瞳から、ライは視線をそらすことができなかった。


「おじさまがいた研究所の所長にあったわ。おじさまはなにか重大なことを発見していたらしいの」


 エイミが受けたハミルからの説明では、研究所内でそう噂されていたとのことだった。真偽を確かめるためにハミルがニールへ直接尋ねると----他人まで危険に巻きこむ恐れがあるため今は教えられない----そのような答えが帰ってきたという。


「そして、その発見を今度の学会で発表するために、この三か月間いろいろな場所で資料を集めていたそうよ」

「それじゃあ、親父がファブリナスへ帰ってきたのは……」

「調査が終わったのだろうって。そして、あんなことに」


 エイミが目を伏せる。ライの知らないことばかりだった。


「親父はいつもそうだ。大事なことはなにひとつ教えてくれやしない」


 悲しさと憤り、そして悔しさが心の中で混ざりあっていた。


 父親の苦労を考えてやることができなかった。そう思うと、自分が許せなかった。頬を伝う涙が、自分とエイミの手の上へ落ちる。


「親父のやつ悔しかっただろうな……。どうして俺は助けてやれなかったんだろう」


 強い男になれ。父親の最後の言葉が脳裏で閃く。思えば、ライはいつもニールに反発ばかりしていた。


「最後の頼みぐらいはきいてやろう。それが俺にできる償いだ」


 ライは胸中で言い聞かせ、幼馴染みの手をはずした。


「親父がどんなことを発見していたのか、誰も知らないのか?」

「そうらしいわ。おじさまの遺品の中に気になる物があれば連絡してほしいそうよ。ハミルさんも調べてみると言っていたわ」

「そうか……。エイミ、手伝ってくれ。親父の書斎を調べる」

「それじゃあ」


 目を潤ませたエイミが嬉しそうに口の端をゆるめた。


「ああ。親父の後を継いでやる。このままなにもしなかったらあの世でも親父に馬鹿にされるからな」


 ライは小さく頷き、唇を軽く噛んだ。胸の奥につかえていたものがなくなり、頭の中にあった霞は完全に失せていた。


 エイミは首を大きく縦に振った。彼女の眼鏡でなにかが照り返す。それは、背後からさしこむ月の淡い光だった。






 ライは脚立を使い、本棚の一番高い場所へ手を伸ばした。


 棚に押しこんである数冊の本を、ライは思いきり引っ張った。取れたものの、勢いあまって他の本も落ちてくる。不安定な体勢で脚立に立っていたライはそれらの本を顔で受け、のけぞった拍子に足を踏みはずして床へ落ちた。


「朝っぱらからついてない」


 逆さまにうつる窓から差しこむ強い陽射しに目を細め、背中の痛みがひいたところでライは起きあがった。


 そこはニールの書斎。いくつもの大きな本棚はすべて埋まっており、あふれた書物の類いが床に積み上げられている。足の踏み場もほとんどなく、電子情報処理端末を乗せた机のある奥へたどりつくのも苦労するほどだ。


「親父って頭が良かったんだな」


 厚くて重い本にざっと目を通しながら、ライは長いため息をついた。手がかりらしいものはまだなにも見つかっていない。


 書物は専門のものばかりで、ライには難しすぎる内容だった。すべて調べ終わる前に頭が壊れてしまうかもしれない。現に今も頭痛がする。ライはこめかみのあたりを指で強く押さえた。


「こんなもののどこがおもしろいのかねぇ」


 ニールが所属していた部署は惑星の気象や地質を対象としていた。巨大な丸天井型の殻で覆われた天蓋都市(てんがいとし)に住む普通の人々とっては関心のない外界の話だ。


「学者なんてやってなければ殺されずにすんだんだ」


 苦々しさを噛み殺し、ライは眉間に皺を寄せた。


 しばらくすると、玄関へ行っていたエイミが戻ってきた。手には小包をもっている。宅配業者が来ていたようだ。エイミは合点がいかないようすで首を傾げていた。


「どうかしたのか?」


「うん。あたし宛てなんだけどね。知らない人からなのよ」


 数件隣りにあるエイミの家には誰もいなかったため、いつものようにライの家で預かってもらおうとしたところ、当の本人が顔を見せたというわけだ。伝票を見ると配送日が指定されてあった。 


「あ。今日はおまえの」

「そう。誕生日。おじさまがあんなことになったから今年はなにもやらないことに決めたの」


 ライはすっかり忘れていた。三日前の学校が休みの日に適当な贈り物を買うつもりだったので、なにも用意していない。


 あまり嬉しくなさそうにエイミが箱から出したのは置物だった。劇場の舞台を模した台の上に、楽器をもった正装姿の人形が一〇体ほど並んでいる。よくできた、どこか愛嬌のある人形たちだ。


 台の裏にはゼンマイが隠されていた。エイミが巻くと、澄んだ音色の曲が流れ始める。オルゴール仕掛けで、曲にあわせて人形が動き、指揮者が棒を振るといった凝りようだ。


「へぇ、おもしろいな。なんて題名の曲なんだ?」

「わからない。なんとなく懐かしい曲よね」


 ライの質問を軽くあしらい、人形楽団の演奏に耳を傾けるエイミ。口元がわずかにほころんでいた。


 単純な変化をもつ素朴な旋律で、親しみやすい曲だ。あまり音楽に興味のないライでもこの曲は気に入った。


 箱をのぞきこんだライは一枚の紙札を見つけた。そのオルゴールを作った工房の宣伝で、所在地や責任者の名前が記してある。


「誰からか知らないけど、誕生日祝いの言葉ぐらい入れておけばいいのに」


 紙札を拾い、ライ。他にはなにも入っていなかった。


「ライ、その裏!」


 驚きの声をあげたエイミが目を瞠り、ライの持つ紙を指差す。ライは裏返し、息を飲んだ。短い文が走り書きしてある。


『私の身になにか起きていた場合にはここへ行け』


 その筆跡は、間違いなくニールのものだった。




(つづく)

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