第02話_別れの刻
重苦しい雰囲気があたりを包んでいた。初夏の日の正午を少し回った時間だというのに、空気は冷たい。
ファブリナス郊外の墓地区域。無数の墓標が規則正しく並ぶ中に、黒い喪服の一団がある。彼らの正面に立つ墓には花や、様々な物が供えられていた。一団の最前列に、エイミはいた。喪主のやや後ろの位置だ。エイミはうつむいたまま視線をめぐらせた。しかし、ライの姿はどこにもない。
「葬儀には出ないって、本気だったんだ」
母から聞いた話とはいえ、幼馴染みがなにを考えているのか理解できずにエイミは腹をたてた。が、前にいる女性の後ろ姿が目にはいると、心を鎮めた。今は、ニールが安らかに眠るよう祈る時だ。
冥福を願う言葉を読みあげる司祭の声が長い余韻を残して消えた。エイミの前に立つ女性----パーシアが墓に向かってゆっくりと歩み出る。
彫りこまれたニールの名の下に銀色の鍵が差し入れてあった。パーシアは震える指で鍵をつまみ、長い間の後、なにかを断ち切るようにして回した。機械の作動音が墓の下から届く。その音を打ち消すように、鐘が厳かに響き始めた。永遠の別れを告げる鐘の音だ。この鐘が鳴り終えた時、ニールの亡骸をおさめた柩は墓地の下に設けられた通路を抜けて、天蓋都市の外に広がる海へ射出される。
鐘の音に混じり、パーシアの嗚咽がかすかにエイミの耳に届いた。
エイミは上着のポケットの中の腕時計を強く握りしめた。二日前ニールを迎えにいった時に身につけていた時計だ。ニールがかばって倒れた際に地面へ強く打ちつけたのだろうか、文字盤を保護するガラスは割れ、針も止まっている。そこに示されているのは、ニールがこの世を去った日時だ。
「あたしだけの、おじさまの形見だわ」
悲しみとニールへの思いとを胸の奥で噛みしめていると、ふいに昔のことが思い出された。
あれは幼稚園の頃だったろうか。片親であることをしつこくからかわれて、泣きじゃくりながら一人で帰ったことがある。ライの家の前でニールに見られ、「ライにいじめられたのか?」と真剣な表情で尋ねられた。黙っているとライが手酷く叱られるに違いないので、エイミは正直に答えた。
「私は君が生まれる前から君の両親と、君を知っている。ライと兄妹のように育ってきた君をじつの娘のように思っているよ。それでは駄目かい?」
「お父さんの代わりになってくれるの?」
意味がよくわからずに訊き返すと、ニールは微笑みながら頷いた。そのニールはもういない。いくら涙を流しても、それを気にかけて慰めてくれる人はいないのだ。そう思うとよけいに涙があふれてきた。
「また……お父さんがいなくなっちゃったな」
エイミは濡れた瞳を拭わず、唇を噛みしめたままニールの墓をじっと見つめていた。
葬儀が終わると参列者は一人、また一人と帰っていった。
西の空が茜色へ染まる頃、墓のそばにいるのはエイミとパーシア、そしてエイミの母であるソフィの三人だけとなった。ソフィが遠慮がちにパーシアへ声をかけた。数時間も墓の前で立ちつくす親友がさすがに心配になったのだろう。
「わかっているわ。いつまでも悲しんでいるわけにもいかないものね。これからのことも考えないと」
背を向けたままでパーシアは答える。まるで自分に言い聞かせているようだった。
「おばさま……無理している」
パーシアは今、十数年前のソフィと同じ境遇に立っている。自分だけが夫を失った悲しみを背負っているわけではいこと、そして、女手ひとつで子供を養っていくことの厳しさも、ソフィを見てきてよく知っているのだ。
一人にしておこう、とエイミは母に耳打ちした。同意したソフィとエイミは墓地の入口付近で待つことにした。パーシアがニールの墓を後にして帰る気になったのは、それからしばらくたってのことだった。
駐車場で三人は呼び止められた。車の扉を閉め、喪服に身を包んだ一人の男が近づいてくる。五○代半ばの、穏やかな顔つきをした男だった。くすんだ金髪には灰色のものが多く目立つ。
「この度は本当に。お気の毒で」
男は頭を下げ、パーシアも丁寧な挨拶を返した。様子をうかがっていたソフィが「どちら様?」と口をはさむ。
男の名はハミル。ニールが勤めていた研究所の所長で、ファブリナス市議会の議員でもあるらしい。エイミは妙に納得し、ハミルの高級な車を一瞥した。乗っているのはお抱えの運転手というわけだ。
「もし不都合がなければ、少々時間をいただけませんか」
ハミルが申し訳なさそうに言う。
「常識のない男ね。おばさまの気持ちを考えてあげなさいよ。ニールおじさまとは大違いだわ」
エイミは心の中で怒りの言葉を投げつけた。だが、断固とした口調で続けるハミルの台詞を聞いて、芽生えていた反発心はどこかへいってしまった。
「ニールさんの今回の件について、お話ししておきたいことがあるのです……」
(つづく)




