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最終話_星の子守歌


 バルロイとナオについてエイミも無線操縦室を後にした。


 前を歩くバルロイとナオは調査艇の発進について打ち合わせをしている。考えごとをしていたエイミは足を止めた。


「あたし、ライのところに行ってきます」


 踵を返すと、ナオに肩を掴まれた。


「待てよ。あいつの気持ちを考えてやりな。泣いていたりしたら、他人に見られたくないに決まってる」

「あたしはライの幼馴染みなんだもん。ライが落ちこんでるなら、なおさらあたしが慰めてあげないと」


 ナオの腕を払いのけ、エイミは走った。角を曲がりかけたところで足を止め、後退った。


 目の前に男がいた。


「あなたは……ハミル」


 服は薄汚れ、衰弱した顔は別人のように変わり果てているが、ハミルに間違いなかった。


「ニールの息子はどこだ?」


 瞳には知性の代わりに狂気の色が宿っている。手には銃を握っていた。


「貴様、なんのつもりだ?!」


 バルロイとナオが走ってくる。ハミルはバルロイに向けて銃を撃った。バルロイはよろめき、後ろへ倒れた。腹部を染め、血が広がっていく。


「バルロイさん!」


 エイミの眼前に銃口が迫る。


「ニールの息子に伝えろ。この娘を殺されたくなければ甲板まで来いとな」


 ハミルがナオへ叫ぶ。正気とは思えない甲高い声だった。


 硝煙をあげる鉄の塊をつきつけられ、エイミは全身が震えた。



 **********



 ライは扉を開けて甲板へ出た。


 硫黄の匂いをはらんだ冷たい風が顔に吹きつける。真冬のような寒さだった。空には影のような濃い雲がたちこめ、低い唸りがどこからともなく聞こえる。


 平らな甲板の先端部に二つの人影があった。エイミとハミルだ。ハミルはエイミの首を左腕ではさみ、盾のような形で自分の前に立たせていた。


「ハミル……なんでこんな場所にいる?!」

「私の未来を壊した貴様らをそのままにしておけるか」


 ハミルが銃を撃つ。ライは頬のあたりに痛みを感じた。銃弾はかすっただけだった。駆けつけてきたナオや他の乗組員たちが声をかける。さがっているようにライは言った。


「私があそこまで上り詰めるのにどれだけ苦労したか。利用できるものはすべて犠牲にしてきて……それを、たかが子供のくだらない自己満足でつぶされて黙っていられるか!」

「自己満足はそっちじゃない。ニールおじさまも、みんなも、当然のことをしただけよ。それで困る人のほうがおかしいわ」


 うるさい、とハミルは拳銃の握りでエイミを殴った。「エイミを離せ」、間を詰めようとしたライに、銃口が向けられる。


「貴様が動かなければな。後で楽にしてやるさ」


 ハミルが歪んだ笑みをうかべる。自分の次にエイミを片づけるつもりだ、とライは悟った。だからといって動くわけにもいかない。


「逃げて、ライ!」


 エイミが叫んだ。引き金が絞られるその瞬間、甲高い鳴き声があたりを包んだ。一陣の疾風とともに巨大な影が頭上を抜ける。見上げると、翼を広げた蛇のような巨大な生物が通りすぎるところだった。


「あれがエイミの言っていたルテキエン・パラ・シルテか」


 呆然と仰ぎ見ていたライの耳にくぐもった悲鳴が届く。ライ同様に巨大な蛇に気を奪われたハミルの隙をつき、エイミは相手の腕に噛みついたのだった。


 エイミはハミルを押し離し、ライの方へ走ろうとした。銃声がし、ライの腕にエイミが倒れこんできた。エイミの背に回した掌が血で濡れた。


 ライの全身から血が引いた。父親と同じことになるのではないかと思うと、身体の芯から震えが起こった。


「どうだ、思い知ったか」


 ハミルが目を大きく開いて勝ち誇ったように言う。


 ナオがそばに来た。呻くエイミをナオに託し、ライはハミルへゆっくりと近づいた。怒りは強かったが、何故か頭の中は醒めていた。


 ハミルは何度も引き金を引く。が、激しい風とハミルの手が震えているため、狙いを外し続けた。


 一発、ライの肩に命中した。熱い痛みが貫く。よろめいたところにもう一発、刃物よりも鋭い激痛が腹の中をかき回した。反射的に押さえた指の隙間から、赤いものがしたたり落ちていく。


 灼けついた脳裏に、ふいに父親のことが思い出された。


 ニールが受けた銃弾はもっと多かった。そして、大異変の接近を公表できないまま息を引き取った。苦痛と悔しさは今の自分とは比べものにならなかっただろう。


「俺は最低な奴だ。親父との最後の約束も守ることができなかった」


 悔しさと悲しさで、ライは胸の奥がうずいた。


「これで終わりだ」 


 ハミルが言う。しかし、銃弾は打ち出されず、撃鉄が硬い音をたてただけだった。弾切れだ。ハミルは銃を捨て、後退していった。ライは他人のもののように思える重い身体を必死になって前へ進ませた。


「あんただけは……あんただけは絶対に許さない」


 ハミルが甲板の端にたどりつく。一歩後ろは虚空だ。追いつめられたハミルは懐から小さな装置を取り出した。


「貴様に殺されるぐらいなら、私は自ら死を選ぶ。貴様らを道連れにしてな」


 ハミルが装置のボタンを押すと、船の中から爆発音が届いた。爆発は連続して起こり、甲板を突き破る。船体が大きく傾き、ライは甲板から滑り落ちそうになった。


 踏ん張ってもちこたえたと安心した瞬間、ハミルに足を払われ、虚空へと引きずりこまれた。ライは咄嗟に、船外作業用の手摺につかまった。


「離せ! 貴様に助けられるなど御免だ」


 真下から怒声がぶつけられる。ライは無意識のうちに、もう片方の手でハミルを吊っていた。肩に銃弾を受けたほうの腕で、止まらない血とともに力も抜けていく。


「そんな奴は捨てろ。手を伸ばせ」


 甲板から身を乗り出したナオが両手を差し出す。が、わずかに距離があり、届かない。船はなおも傾いており、ライは腕一つで二人分の体重を支える形となった。


 ライは迷ったが、わずかに力の緩んだ一瞬にあがったハミルの短い悲鳴を耳にして、心を決めた。


 一人でも多くの人を救ってくれ。ニールの遺志が思い出される。ライは全身の力を振り絞った。


 身体にロープを巻きつけたナオが必死の形相でライの手を握る。ライは意識が朦朧としてきたが、ハミルをつかんだ腕だけは離さなかった。


 ナオの腕の力も弱まった頃、船の傾きが変わった。ライたちのいる船首が天を指すように角度をあげていく。天地の位置が移動し、ライたちは落ちるようにして甲板上へ転がりこんだ。ライとナオ、ハミルの三人が助かると、船は再び平衡を取り戻した。


 放心状態で立ち上がったハミルを、ライは残った力をすべて拳にこめてぶん殴った。ライはそのまま甲板へ倒れ、仰向けになった。視界の隅で、乗組員がハミルを連行していく。


 黒い雲の切れ目から、強い陽光がもれている。ライは気が遠くなっていった。


 呼び声がして目を開けるとバルロイとエイミ、ナオの顔が光をさえぎっていた。


「終わったようだね」


 バルロイの額には脂汗がうかんでいる。上着をはだけており、包帯を腹部に巻いている。


「ああ。なにもかもな」


 ライが言い捨てると、エイミとナオが微かに笑った。


「なにがおかしいんだよ?」


 ナオの指差す方向へ視線をやると、水平線に近い彼方の空になにかが認められた。目を凝らすと、天蓋都市(てんがいとし)のようだ。だが、ファブリナスとは外観が違う。


「連絡のつかなかった理由が判明したよ。大異変による地震や噴火の影響で、惑星規模で磁場が乱れているらしい。通信手段を変えて、無事な天蓋都市(てんがいとし)が次々に確認されている」


 バルロイの言葉をすぐには理解できなかった。その内容が浸透してくると、ライは笑い声をあげた。


「痛、いてて……」


 腹の傷が広がったようだ。が、ライはかまわず笑い続けた。立ち上がると、ナオが抱きついてきた。


「やったな。さすが俺が認めただけのことはあるぜ」


 ナオは笑顔に涙を流していた。驚くライの足を、エイミが踏みつけた。


「早く治療してもらいにいくわよ。おじさまみたいなことになるなんて嫌だからね」


 しゃがんで足の甲をさするライへ冷たい声がふってくる。エイミは先に一人で船内へと向かった。


 ふと、誰かに呼ばれたような気がして、ライは周囲を見回した。


 どこかで雷が鳴っている。


 幾筋もの陽光を雲間からもらし、空は低く唸っていた。


 火山の爆発音が絶え間なく起こり、海の轟きと重なって底のほうからわきおこってくる。


「まるで惑星が歌ってるみたいだ」


 ライは心の中で呟き、機嫌をとるための言葉を考えながらエイミを追いかけていった。




--- 終 ---

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