第25話_世界と銃声
港を後にした船が閘門に入ると、鎧戸がゆっくりと降りていった。
赤い光に染まった空間に注水はおこなわれず、船前方の扉が開いていった。広がる隙間から吹きこんでくる突風と雨が徐々に強さを増してくる。外は、深海を思わせる黒い世界だった。
ライは通路の窓から外を眺めていた。エイミとナオもいる。空を覆った暗雲は生き物のように不気味に蠢き、無数の稲妻が駆けめぐっている。
海は空と同じ色に塗りこめられ、白い波飛沫が生まれては消え、また生まれていった。時折海面を貫き、天まで届きそうな水柱が出現する。
突き上げる水柱が当たり、何度も船が揺れた。海のいたるところから、濃い煙が立ちのぼっている。海底火山帯の活動が活発化しているためだ。
隣りのエイミの顔は青ざめていたが、ライは不思議と恐ろしさを感じなかった。
「親父にも見せてやりたかったな」
視線を窓の外へ戻し、ライは呟いた。エイミとナオがこちらを向いたが、二人とも口を開くことはなかった。
しばらく無言で外を眺めていると、話し声がした。少し離れたところに螺旋状の階段がある。数人の乗組員たちが下りてきた。その中にはバルロイの姿もある。
「三十分後に調査艇を発進させる。二人は用意しておいてくれ」
ライとナオを見るなり、バルロイが言った。言葉を交わしている乗組員たちの様子がどことなく慌ただしい。
「調査艇? 救難信号を出している船を探して、回収するんじゃなかったのか?」
ナオが尋ねる。バルロイは、乗組員たちに先へいくよう促した。
「どこの天蓋都市とも連絡がとれないんだ。一番近い都市へ調査にいくことになった」
「どういうことだ? 全部の都市に反重力機関がついてるはずだろ」
「僕にもわからない。それを確かめにいくんだよ。今は推測をめぐらす余裕がない」
バルロイはそこで言葉を切り、先に行った乗組員を追った。
「冗談じゃない。どことも連絡がつかないなんてなにかの間違いに決まってる」
ライは拳を握りしめた。彼方では、黒い雲が大きな渦を巻いていた。
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数十分後、ライとエイミ、ナオにバルロイ、そして数人の乗組員たちは無線遠隔操縦室に集まった。先に射出した小型偵察機を制御する部屋で、送られてきた情報を映し出すための機器で埋め尽くされている。
「目標地域に到達。映像回線を開きます」
操縦担当と技術者が言う。画面には白黒のちらつきが目立った。
「画像が悪いな。それに、動きが安定してない」
「信号の伝播状態がおかしいんですよ。これで我慢してください」
ややあって、映像がなんとか確かめられる程度のものになった。最初に飛び込んできたのは、濁った海中を漂う影だった。それはひしゃげた車の残骸だった。
誰かが息を飲んだ。
無人偵察機が動くと家財道具に混じり、巨大建造物の破片がいくつも漂っているのが見てとれた。太い柱が海底から斜めに突き出している。各天蓋都市を海底の地盤とつないでいる支柱だ。
天蓋都市が元々存在していたはずの場所へ近寄るにつれて、漂流物も数を増していった。大きな金属の切れ端や車だけでなく、無数の人影が認められた。まるで海草のように力なくと揺れている。
「甲殻部が壊れたということか……。天蓋都市の存在を示す物を探し出してくれ」
バルロイが言う。ライは血の気が引くのを感じた。
「天蓋都市の姿が確認できません。近くの海溝にもそれらしい反応を見つけられません」
技術者が淡々と報告する。無人偵察機はずっと探索を続けたが、やがてふらふらと迷走し始め、雑音とともに画面に白い波だけが映るようになった。
「偵察機接続信号消失。有効範囲内のはずですが、補足できません」
「もういい」、渋面のバルロイが振り返った。「ありのままをファブリナスへ報告する。調査艇は、生存者探索のために予定通り発進させる」
「他の天蓋都市でも同じようになっているのかな」
「いきなりの地震だったからな。全部が全部ファブリナスみたいに手際よく対処できたわけがない」
「言うな。連絡のつかない現状では確かめようがないだろ」
技術者たちが小声で交わす。
ライは、そばの機械へ拳を叩きつけた。表示灯が割れ、小さな画面にひびが入った。
「冗談だろ……。都市がまるごと一つ全滅だってのかよ……」、血のにじむ拳を握りしめ、「俺はそんなもんを見るためにここまできたわけじゃねぇんだぞ!」
「まだ決まったわけじゃない。都市の残骸が確認されるまでは希望がある」
バルロイが力強く言う。が、ライにとっては虚ろな響きの言葉としか感じられなかった。
「口で言うのは簡単だよ」
ライは吐き捨て、出入口をくぐった。エイミの呼ぶ声が聞こえたが、かまわず扉を閉めた。
無線操縦室の前から離れたライは目的もなく歩いた。人通りのない狭い通路へ差し掛かると、小さな窓から船外の光景が目に入った。
立ち止まったライは握り拳を窓に押しあてた。血が、指の形をくっきりと残している。ライは両手を壁につき、窓の外を凝視した。
「情けねぇよ……けっきょくなにもできなかったなんて」
いくつの天蓋都市が大異変の脅威から逃れられたのだろう。今となってライにできることはない。そのことがたまらなく悔しかった。
「親父に約束したってのに……。大異変から一人でも多くの人を助けるって誓ったのに……」
結局自分はなにもできず、大異変によって大勢の人々が命を落としていく。来るとわかっていたものを食い止めることもできず、たくさんのものが失われたのだ。その数はこれからも増えていくだろう。
ライは泣いていた。涙が粒となって足元に落ちる。謝らなければいけない、という気持ちがあったが、誰に対してなのか、わからなかった。
嗚咽が鎮まりかけた頃、どこかで一発の銃声が起こった。
(つづく)




