第24話_再会
収容できるだけの人々を救助すると、海上保安部の船は避難場所へと移動した。
天蓋都市と外海とをつなぐ閘門の制御と行き来する船への指示は、管制塔がおこなっている。閘門のある場所にはかならず港駅が設置されており、比較的大きなそこが避難場所として利用されていた。
港駅につくと、溺れて意識のなかった者や怪我人が医務室へと運ばれた。他の者は男女別の部屋へ案内された。そこで身体を拭き、服を乾燥機へとつっこんだ。人数が多いため時間がなく、半乾きで我慢するしかなかった。
「裸足だと冷えるな」
「あたしの靴下でも使う?」
通路で待っていると、やってきたエイミがからかった。「女物なんて履けるか」、ライは応え、指定された場所へ向かった。
港駅は四階建てで、出航する船や到着した船の利用客が円滑に移動できるよう造られている。各定期連絡船の案内や乗船手続きをおこなう一階の一部に、避難民登録の窓口が設けてあった。
ライとエイミが事務的な質問に答えると、係の女性は端末を操作して二人の情報を入力していった。
「これで、他の避難所からでもあなた方がここにいることが確かめられますよ」
こちらから人を探すこともできるのかとエイミが尋ねた。係の者は肯定し、離れた区画にある検索用端末を指差した。複数の端末機には既に長い列ができている。一人あたりの制限時間が決められており、ライたちの番は思ったよりも早くやってきた。
エイミが端末機を操作して二人の母親の名前を入力すると、検索結果が表示された。同姓同名の者も連なっていたが、大異変前の住所のおかげで特定できた。二人の母親はこことは異なる避難所に身を寄せていた。こちらから伝言を張りつける機能がついていたので、エイミは自分たちの居場所と元気であることを記入した。
「なんとかひと安心だな」
ライが呟くと、隣りの端末機にいた老女が大声で泣き崩れた。端末機を扱っていた若い女性がなだめている。
「家族が助からなかったんだろうな」
気まずさを覚え、ライは端末機の画面に視線を戻した。パーシアとソフィと同じ、あるいは似た名前が並んで表示されており、その中には「死亡」となっている者も多い。住所が隠されれば、生存しているのが自分の親であるという証拠がない。自分や身内が生き残ったのは、たまたま運が良かっただけなのだ。ライはそのことを強く感じた。
他の知人の安否を確かめたかったが、既に制限時間だった。隣りの席へ目をやると、老女と若い女の姿はなかった。
ライとエイミは腰を落ちつけられそうな場所を探して建物内をうろついた。が、椅子はすべて埋まっており、壁際にも隙間はない。
怪我を負っている者も大勢おり、呻き声や子供の鳴き声がそこかしこで聞こえた。
腕章をつけた人々が忙しそうに動き回り、治療道具や毛布などを配っている。民間から募った補助班だ。
「あたしたちもお手伝いしたいんですけど」、腕章をつけた一人にエイミが声をかける。
「助かります。どこも人手不足ですから」
相手の勧めに従い、ライとエイミは本部のある二階へと足を向けた。昨日までは定期連絡船の乗客が待つための大広場だった場所は、備品をもらうために並ぶ人々で混み合っていた。
「ちょっと通してください」
ライが先に立ち、人の波をかきわけていく。はぐれてしまわないように、エイミの手を握った指に力をこめた。彼女の手の温もりが、自分の生きている証のように感じられた。
避難所の本部の手前までくると、 近くで怒声がおこった。
「なんだと。もういっぺん言ってみろ」
「いい大人のくせに聞き分けのないことをするなっての」
馴染みのある声がそれに応える。ライとエイミは騒ぎの中心へ駆けつけた。
食料配布所の前の列が崩れており、少し広い空間でできている。傍観者の視線の先では二つの人影が睨み合っていた。一人は四十代ぐらいの背の高い男。片割れは作業着に身を包んだ、ライのよく知る人物だった。
ライは「ナオ!」と叫び、人の壁を押し退けてナオの前に出た。ナオが笑顔で言う。
「よお、ライ。こんな場所で会うなんて奇遇だな。エイミも無事か。良かった良かった」
「そんなことより、なにがあったんだよ?」
「このおっさんがさ、列に割りこんできたんだ。それだけじゃなく、食い物をもっと多く寄こせだなんて言いやがって」
「こんなちっぽけな携帯食で腹がいっぱいになるか。たくさんあるうちに、もっと食べたっていいだろう。一人前の大人がこれっぽちで満足できるか」
相手の男が早口でまくしたてる。衣服は汚れているが、品のいい物だった。どこかの会社の重役といった雰囲気がある。
「これから先になにが起こるかわからないから、限られた物資を大事に扱わないといけないんだ。大人だったら状況をわきまえな」
「子供のくせに偉そうな口を」
男がけんか腰になる。ライはナオと男の間に割って入った。
「大人だったら言ってもいいのかな」
人混みが左右に割れ、進み出てきたのはバルロイだった。避難所本部の人間であることを示す名札がついている。目立っていることに気づいた男は周囲を見回し、気まずそうに顔を赤くした。
バルロイが男に小声でなにかを告げる。男は咳払いをし、人混みの中へ消えていった。
ライたちは再会を喜び合った。
「ナオ。おまえ、お祖父さんと一緒に帰ったんじゃなかったのかよ」
「一度はな。でも俺はこの都市が気に入ってるから。お祖父様もアルのおっさんと気があってどこかへ船出したし」
ナオの言葉をさえぎり、バルロイがライにパーシアとソフィの安否を尋ねる。無事だとエイミが答えるとバルロイは安心したようだった。
「後でヴァネッサにも会わせるよ。今はちょっと手が離せないんだ」
バルロイは本部へと戻っていく。他の仲間の行方をライが訊くと、ナオは「フォルンとリー・インはイアンと一緒に近くの避難所にいるらしいけど、ヴィネスとディアスはわからない」とだけ告げた。
「ナオくん、頼んでおいた仕事は終わったの? 手が空いているのなら……」
通りがかった本部委員が話しかけてくる。
「忘れてた。話は後でゆっくりな」
ナオは逃げるようにしてその場から去っていった。
「あいつ、まだ男の格好で通すつもりかよ」 ライはナオの姿が見えなくなるまで見送っていた。ライの耳をエイミが引っ張る。
「いつまでぼうっとしてるの。あたしたちもお手伝いするんでしょ」
「いてて、手加減しろよ。おまえ本気で力いれてるだろ」
エイミは無視し、先程の若い本部委員をつかまえて、仕事をさせてほしいと申し出た。その女性委員はぽんっと手を叩いた。
「助かるわ。さっそくお願いするわ」
ライとエイミはある部屋に連れていかれた。そこの責任者に二人を引き渡すと、女性委員はさっさといなくなってしまった。呆気にとられたライとエイミにおむつの袋が渡される。
「手際よくね。知らない場所につれてこられて癇癪を起こしやすくなっているから」
中年の女性は言い、扱っていた赤ん坊のおむつを取り替えた。
ライとエイミ、責任者の三人の他には十数人の赤子がいた。絨毯の上で動き回ったり、昼寝をしている。大きい子でもよちよち歩きができる程度だ。明るい部屋にはぬいぐるみや玩具が置かれ、保育園と化していた。言葉にならない声が耳の奥でこだまする。
「ライ、つったってないで仕事」
エイミは早くも二人目にとりかかっている。ライは近くを這っていた赤ん坊をつかまえた。
脱がしてみると、古いおむつには便が出ていた。新品のおむつをはかせようとしているのだが、うまくできない。
「俺が受けた講習って、怪我人の応急処置とかなんだけどな」
大異変に備えて多くの市民参加講習会が開かれてきた。いくつかに参加したライとエイミだが、赤子の世話はその中に入っていない。
ライがなんとなく釈然としないものを抱いていると、
「なにやってるのよ。ほら、おもらししてる!」
エイミに叱られた。下を見ると、薄黄色の水たまりが広がっている。
「ど、どうすればいいんだよ」
おむつを持ったまま、ライはうろたえた。おむつを替えるのが先か、絨毯を拭くのが先なのかわからない。おろおろしている間にも水たまりは大きくなっていた。身体や服が濡れて気持ち悪いのか、その赤子は泣き出した。
ライがなにもできないでいると、エイミがその赤子を抱きかかえ、あやし始めた。
ライはエイミに言われ、絨毯を拭いた。そのうちに頭の上からの泣き声が小さくなっていった。しゃがみこんでいたライが顔をあげると、赤子は眠りにつこうとしていた。
エイミは赤子を大事に抱え、なにかの曲の旋律を口ずさんでいる。
「あのオルゴールの曲だな」
赤子が寝つくのを待ってライは小声で尋ねた。エイミは頷いた。
「本当はお父さんが昔に作った曲なんだって。お母さんが教えてくれたの。子守歌代わりにあたしやライに聞かせていたらしいわ」
エイミの表情には嬉しさと、寂しさが入り交じっていた。ライは気のきいたことを言いたかったが、言葉が出てこなかった。
「その曲、大事にしないとな」
やっと思いついた言葉に、エイミはかすかな笑みをうかべた。
おむつの交換が残り数人となった頃、放送があった。バルロイの名前で、ライとエイミ、ナオの三人を召集している。責任者の女性が後は一人で大丈夫と保証したので、ライとエイミは放送で指定された場所へ向かった。
行ってみると、そこは船の格納庫だった。海へ続く扉は閉ざされており、作業用の大型機械が動き回っている。
ライの目は巨大な船に釘付けとなった。《忘却》号よりも二回りほど大きい。意匠をこらしていない平坦な造りだが、威圧感だけはあった。
「びっくりだぜ。救難用の大型船とは聞いていたけど、これほどなんてな」
ナオが言う。船を見上げながら歩いていたエイミが牽引車のそばを通りがかった時、
「危ないからうろうろすんじゃない」
作業員が大声で怒った。エイミは「ごめんなさい」と謝り、ライとナオのところへ戻ってきた。
多くの作業員たちは、脇目もふらずに働きまわっている。バルロイが船の中からあらわれ、三人の許へやってきた。
「どうだい、すごい船だろう。天蓋都市の外で救助活動をおこなうための船なんだ。君たちに乗ってもらいたい」
「俺たちって……なんの訓練もしてないぜ」
「ライの言う通りだ。正規の乗組員は?」
「人手が足りないんだよ。乗組員の集合は今日の夕方だったからね。ほとんどが到着していない。反重力推進機関を積んだ小型調査艇なんて誰にでも扱える代物じゃない。君たちなら、少しは慣れているだろう。操作自体は《頑固亀》号と《忘却》号を足して二で割ったようなものだから」
「そんなこと言って。俺たち相手なら気軽に指図できるからじゃないのか」
ナオが意地悪くつっこむと、バルロイの表情が強張った。図星だったようだ。
「まあいいけどな。出航はいつなんだ?」
ライが尋ねると、天蓋都市が完全に海上に出てからだとバルロイは答えた。都市に据えられた反重力推進機関はそれほど高性能ではないらしい。目の前の船に搭載された物も、現在の海上人の技術で限界まで小さくしてこの大きさだった。
「どうして深海人と仲良くできなかったんだろう。もっと力を合わせられれば多くの人が助かっただろうに」
そんなことを考えていたライは、船の乗降口に続く階段の途中で足を止めた。誰かに呼ばれたような気がした。が、格納庫全体を見渡しても、視線の合う人間はいなかった。
先に乗りこんだナオがスパナ片手に「早くこい」と言葉をかける。ライは階段を三段とばしで駆けのぼった。
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ライたちの姿が完全に消えると、作業機械の物陰から一人の人間が進み出た。
「奴らだ。間違いない」
見えないライたちを追うようなその視線には、憎しみの光だけが暗く宿っていた。
(つづく)




