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第20話_選択


『逃げて、ライ!』


 通信機越しのエイミの声が鼓膜を刺す。ライは《戦鷲》の正面から離れようと操縦桿を握りしめた。


『貴様か。ちょうどいい。そろそろ決着をつけるとしよう』

「キザイア、あんたか?!」


 手元のボタンや調節用つまみをいじると映像回線がつながった。小さな画面に映し出された青年の緑色の瞳が鋭さを増しているような気がした。


「あんたはどうしていつも俺たちの邪魔ばかりする?!」

『それが仕事だからな。貴様も俺に恨みがあるのだろ? そろそろ父親の仇を討ってみろよ、こんな風にな!』


《戦鷲》が魚雷を連続して撃ち放つ。避ける方法がわからずにライがまごついていると、第一波が四方から同時に戦闘艇に命中した。続けて残りの魚雷の爆発が戦闘艇を飲みこむ。ライは悲鳴をあげることしかできなかった。


 爆発に翻弄されながらも戦闘艇はまったく被害を受けていなかった。魚雷攻撃を中止した《戦鷲》が嘴を開く。


 回る視界の隅でその様子を認めたライは逃れようとしたが、震動と目眩のせいで操縦が上手くいかなかった。


『一撃でしとめてやるさ。貴様の父親のように苦しまずにすむ』


 その言葉を聞いた途端、ライの奥底でなにかが弾けた。


「ふざけるな!」


《戦鷲》の嘴の中で赤いものが閃く。ライは思いつくままに操縦桿をいじった。直後、戦闘艇の正面画面から収束光波質量弾の火線と《戦鷲》が消えた。


 戦闘艇は位置を変えており、ライの目の前に《戦鷲》の後ろ姿があった。急激な移動による加重で全身の血が引いたように感じられた。


「武器はこいつか?」


 画面上の指示に従い、操縦桿についているボタンを押した。戦闘艇操縦席の脇あたりからなにかが射出される。それは一筋の水泡の軌跡を描き、《戦鷲》の翼に命中した。


 均衡を失いかけた《戦鷲》が態勢を整え、ライの戦闘艇と対峙する。


『なるほどな。深海人ならば光波質量弾ぐらい開発していても当然か』

「性能的には対等ってわけだ。今まではあんたに押されてばかりいたけど、今度こそやってやるぜ」


 ライは、瞬時に機体を《戦鷲》の後ろにつけ、収束光波質量弾の狙いを固定した。向き直った《戦鷲》のほうがわずかに早く収束光波質量弾を放ち、ライの戦闘艇からの火線と重なる。大量の水泡が沸き立ち、衝撃が二機をはじき飛ばした。


 頭痛を堪え、ライは視線を膝の間に落とした。膝の間に位置している探知網表示画面では、敵であることを示す赤い輝点が戦闘艇の真下にはりついている。ライが機体を離脱させかけると、キザイアからの収束光波質量弾が装甲をかすめた。船首を相手に向け、ライは引き金を連続して絞った。二本の火線が突き刺さる寸前、《戦鷲》は姿を消した。


「どこだ?!」


 間をおかず、戦闘艇が激しく揺れる。魚雷の攻撃が戦闘艇を海底へと押し下げていく。抜け出そうとライが機体の態勢を整えると《戦鷲》が上からのしかかり、岩盤との間に戦闘艇を挟んだ。


『話にならないな』

「どうして追いつけない?!」

『機械が対等ならば、後は扱う者の優劣で決まる。貴様ごときが俺に勝てるわけがない』

『……なるほどね。二対一だったらどうだ?!』


 ナオの声が聞こえた直後、ライの戦闘艇の操縦席は震動に包まれた。魚の群を乱しながら流れていく機体をライが安定させると、真横に同型の戦闘艇がついた。


『大丈夫か?』

「ああ。気分は最悪だけどな。耳鳴りもひどいし、吐きそうだ。やっぱり俺には戦闘艇なんて向いてない」


 口の中では紅茶と混ざった苦い味がする。座席帯をゆるめていると、《戦鷲》が戻ってくるのが見えた。


『助っ人か。情けないな。一人では仇も討てないわけだ。あの世で父親が泣いているぞ』

「なんとでも言え。俺はあんたほどうぬぼれちゃいない」、ライは本心から叫んだ。自分一人だけでなんでもできるとは思っていない。


 その時、ライたちの戦闘艇の後方から二本の火線が伸びてきた。《戦鷲》はそれらを避けた。


『二人とも無事か? これから援護射撃をおこなう』、アルの冷静な声が頼もしく聞こえた。

「《忘却》号? 動けなかったんじゃあ……」

『ヴィネスさんが急いで修理してくれたの』

『僕も手伝わされたけどね』


 ライの呟きにエイミとバルロイが答える。


『自動砲台の攻撃陣形を送るわ。あまり役にたたないかもしれないけど、頑張って』

『よし。遅れるなよ、ライ!』


 ナオの戦闘艇が《戦鷲》へと加速し、追加装備の小型魚雷を撃ちまくった。


『いい気になるなよ。この素人集団!』


《戦鷲》が自ら距離を詰める。魚雷群が命中する直前《戦鷲》は進路を変え、一瞬後にナオの真下についていた。ライは引き金を何度も引いた。収束光波質量弾の矢が射られると、《戦鷲》は小刻みに動き、ナオの乗る船首を叩き落とした。ライの放った光波質量弾の一つがナオの戦闘艇の中央を貫いた。ナオの小さな悲鳴が通信機ごしに届く。


「ナオ!」

『どこを見ている』


《戦鷲》の威容が船外画面のすべてを占める。直感が危険を告げ、ライは推進機を全開に吹かした。ライの戦闘艇は《戦鷲》を突き上げ、嘴からの収束光波質量弾の狙いをそらす。


『やるな。だが甘い』


《戦鷲》はその場で船体を、反るように回転させた。態勢が入れ替わり、ライの戦闘艇の腹部を《戦鷲》が持ち上げる格好となる。ライは離れようとしたが、戦闘艇の推力を瞬間的に集中させた反動で機体がすぐには反応してくれない。


『終わりだ。父と仲良くすごすがいい』


 嘴の内側が赤く染まるのと同時に、すぐそばの海底で爆発が起こった。海底の泥が大量に巻き上げられ、ライとキザイアの船体を包み込む。《忘却》号からの砲撃は続き、煙幕は濃さを増して広がった。


《戦鷲》からの収束光波質量弾が戦闘艇の操縦席を覆う水防に命中したことを情報処理機能が報告するが、煙幕で弱められた破壊力は無意味だった。


『ええい、忌々しい!』


 煙幕の外に逃れた《戦鷲》を、ナオの戦闘艇が待ち受けていた。


『忌々しくて悪かったな』


 ナオの戦闘艇が《戦鷲》に体当たりを食らわせ、海底に押しつけた。《戦鷲》はもがいているが、ナオの戦闘艇が推進機を全開にしているため脱出することができない。


『ライ、今だ。とっとと片づけちまえ』


 ライが機体を近づけていくと、あたりを逃げ回っていた魚たちが一斉に同じ方角へ泳ぎだした。なにかから逃げるために急ぐような、不自然な動きだった。


「なんだ?」


 かすかに鳴動が聞こえた。かなり遠くでだが、地震が起こっている。それはすぐにおさまり、魚たちも大人しくなった。


『ライ、どうしたんだよ?』


 ナオが訊く。ライは《戦鷲》の正面についた。嘴の奥に隠された武器の射程内だ。ライは深呼吸し、口を開いた。


「こんな場所で争ってる時じゃないんだ。俺たちはあんたを倒すためにここまで来たわけでもない。

 キザイア、退いてくれ。いや、俺たちに協力してくれないか」

『なにを言い出すのよ、本気?』


 エイミが尋ねる。他の仲間もなにかを言っているようだったが、ライは無視した。


「キザイア。あんたも深海都市を後にした時、滅びは避けたいと言ったはずだ。俺は確かに聞いたぞ」

『あれは独り言だ。仕事と私見は別にしている。第一、俺は貴様の父親の仇だぞ?』

「そうだ。でも、今は一人でも多くの理解者が必要なんだ。あんたが手を貸してくれれば、きっと違う方面から大異変のことを説いてまわることができる。

 頼む。俺たちに協力してくれ」


 ライは推進機関を止め、海底に着地した。同じ高さの《戦鷲》が収束光波質量弾を撃てば、ライのいる操縦席を破壊できる。


 キザイアは答えず、時間が静かに流れていた。


 突然、閃光がほとばしり、暗かった海底を太陽のような眩しさが染めた。


『信号弾? いったい誰が』

『ライ、ナオ、キザイア、そこを離れろ』


 アルが早口で言う。頭上から無数の炎の塊が降り注いでくるのが見えた。二体の戦闘艇と《戦鷲》は散開した。


 落ちてきた炎は消えることなく火柱となり、海中を紅色に照らした。


『アルのおっさん、いったいなにが起きたんだ?』

『船団だ。ディアライン籍の軍艦の群が、こっちに向かってきやがる。通信にまったく返事がない』

『なるほど。俺が失敗した時の保険か。ハミルもずいぶんと手回しがいい』

「ハミル? どういうことだ。あの船団は、これから俺たちが行こうとしていたディアラインの所属なんだろ」

『本当に甘いやつらだ。天蓋都市(てんがいとし)ディアラインからの誘いそのものが罠だとは考えなかったのか?』

「なんだって? ハミルとは仲が悪い市長のはずだろ」


 ライはキザイアの言葉を疑った。が、今は落ち着いて話せる状況ではない。


 あたりでは無数の爆発が起きていた。炎の柱は強さを増し、四方八方から魚雷がやってくる。ライとナオ、キザイアは命中しそうな魚雷だけを片づけていった。


 ライの膝の間の画面では、船を示す赤い輝点が次々と数を増やし、《忘却》号を取り囲むように展開していく。《忘却》号は後退を始めていたが、進みはのろく、包囲されるのは時間の問題だった。


 艦橋の盾となっているライが撃ちもらした火炎弾を、《忘却》号の左舷を守るキザイアの魚雷が吹き飛ばした。


『船を捨てろ。脱出用の救命艇を引いていけば、まだ逃げ切れる』、キザイアが言う。真っ先に応えたのはイアンだ。

『ふざけてろ。そんなことをするぐらいなら水圧でぺしゃんこになったほうがましだ』

『馬鹿な操舵士だ。ならば、八時の方角へ進め。艦隊布陣がいくら薄い。

 ライだったな。貴様は俺についてこい。もう一人は船の護衛だ』

「俺たちに協力しくれるのか?」

『……さあな』


 キザイアの返事からはなんの感情も読めなかった。《戦鷲》が一気に加速し、扇状に広がる艦隊へと向かう。ライは躊躇せずに追った。


『待って、ライ。危険すぎるわ』

「わかってる。けど、俺はあいつを信じたい!」


《戦鷲》とライの戦闘艇は艦隊の中央へと切り込んでいった。戦艦群から数え切れないほどの魚雷と水中焼夷弾、主砲が発射される。


『このまま行く。旗艦だけを狙うぞ』


《戦鷲》はそれらの攻撃を紙一重でかわしていった。


「俺に避けきれるわけが……」


 その時、正面の画面でなにかが反応した。攻撃の予想範囲が瞬時に計算され、映し出された。回避することのできる進路が、たった一本だけ表示される。ライはなにも考えず、それに従って操縦桿を操った。直角に下降し、きりもみで焼夷弾をくぐり抜け、横方向へ百八十度回転しざまに推進機を逆噴射する。追尾する高速魚雷の隙間をかいくぐり、主砲の火線をかすめた後で収束光波質量弾を連続して撃ち、進路をさえぎっていた機雷を破壊した。


 攻撃の網を逃れた直後、ライは胃の中の物を足下へぶちまけた。三度続けてもどした頃、目眩はおさまった。全身の骨がばらばらになったような痛みも薄らいではいたが、耳の奥は鈍くうずいた。


 すぐ近くで爆発が起こった。大きな火球がおさまると、《戦鷲》が隣りへやってきた。


『旗艦は落とした。遅いと言いたいところだが、よくあの攻撃を切り抜けたな』

「おだてても、出るもんはなにも胃に残ってないぜ」

『残りざっと五十隻。いけるな?』

「冗談じゃない。こんな身体で……でも、やらないと、《忘却》号が沈んでしまうからな」


 ライが苦い物を飲み下して操縦桿を握ると、

『そんなことはない』

 聞き覚えのある声がして、どこからかいくつもの火線が走ってきた。それらの幾つかは軍艦に当たり、海底に伏せさせた。


「なんだ?」

『間にあって良かった。こちらは、アマテラス市長デュレイル=ノッドだ』


 敵であったディアライン艦隊を、もっと多くの輝点が取り囲む。バルロイの質問に対する答えから、デュレイルは天蓋都市(てんがいとし)アマテラスの全軍艦を引き連れているとわかった。 


 天蓋都市(てんがいとし)ディアラインへ潜り込ませていた諜報員が「軍が動きだしている」と報告し、不審を抱いたデュレイルが独断でアマテラスの都市兵を出撃させたのだった。デュレイルの降伏勧告に、アマテラス軍の半数にも及ばないディアラインの艦隊は従った。


『雇い主が俺を信頼しなかった以上、契約は破棄だな』


《忘却》号へ帰ろうとするライとは反対方向へ《戦鷲》が消えようとしていた。


「キザイア、俺たちに協力してくれるんじゃなかったのか?」

『同意した覚えはない。

 別れ土産にいいことを教えてやろう。艦隊を差し向けた市長は確かにハミルと仲が悪い。何故罠に手を貸したと思う?』


 ライには見当もつかなかった。代わりに、バルロイが名乗りをあげた。


『僕が答えよう。ハミルもその市長も、所詮は駒の一つにすぎないのだろう。彼らの黒幕がいるはずだ。違うかい?』

『その通り。そして、その黒幕は、全天蓋都市(てんがいとし)間連盟常任理事都市、《七海神》だ』


 そこまで言うとキザイアは通信回線を切断した。《戦鷲》の機影は完全に闇へと溶けこんでおり、ライたちがいくら呼んでも返事はなかった。


「嘘だろ……。なんで、《七海神》が敵なんだよ」


 ライはキザイアの言葉の意味を考えたが、答えは出てこなかった。


 海底は静けさに包まれ、鮮やかな色の魚たちがあたりをゆったりと漂っていた。




(つづく)

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