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第19話_再戦


 自販機の口から熱いコーヒーを取り、ライは長椅子に腰をおろした。


 天蓋都市(てんがいとし)アマテラスの軍施設にある休憩室は殺風景だ。弱めの暖房がきいたその部屋で、ライは新聞を広げた。


 アマテラスの委員会が調査した結果、惑星の各地で地震が群発していた。それも、ここ数週間で爆発的に増えてきている。天蓋都市(てんがいとし)に深刻な被害を与えるほどのものはほとんど起きていないようだった。新聞にも群発する地震についての記事が載っているが、全都市規模で発行している大手の新聞では不思議なことにまったく扱っていない。


「そこまでの情報操作をハミル一人でやれるわけがない。よほどの黒幕がいるはずだ」


 バルロイの結論を思いだし、ライは空容器を握り潰した。容器を捨てていると、エイミが一人でやってきた。表情が曇っている。


「駄目だったのか?」

「うん。二人とも、そんな気になれないって」


 ライは彼女にあわせて暗い口調で尋ねたが、エイミはそれほど気にしていない様子で飲み物を買った。


 リー・インとフォルンは天蓋都市(てんがいとし)アマテラスに到着してからこの一週間、建物の外へ出ようとしなかった。エイミが二人を気遣い、外へ遊びにいこうと誘ったのだ。


「ナオさんは?」

「ヴィネスさんと船いじり」


 深海人の船は、海上では開発すらされていない技術が多く用いられていた。そのうちのひとつに反重力制御機構があった。重力制御の理論と、それを基にした高性能推進機関の設計図。これが、サルンの言う贈り物だった。天蓋都市(てんがいとし)アマテラスの学者や技術者が分析した結果、反重力制御機関は生産費用や時間から、各天蓋都市(てんがいとし)で製造したほうが効率的あと判断された。今は、デュレイルが中心となって他の天蓋都市(てんがいとし)に呼びかけをおこなっているはずだ。


「しかたがない。俺たちだけで出かけるか」


 エイミが飲み終わるのを待ってライは席を立ち、新聞を戻した。


「あたしたちだけ遊んでいいの?」、エイミが眼鏡をはずし、横目で意地悪く見る。


 バルロイとヴァネッサはデュレイルとともに、協力者を一人でも多く集めようと動いている。他の面々は深海都市で手に入れた戦艦の性能を測ることに追われていた。その技術を天蓋都市(てんがいとし)用の反重力制御機関へ応用するためだ。そして、キザイアはアマテラスに入港するなり姿を消している。


「今の俺は待つことしかできないからな」


 ライの苦笑に、エイミは小さく頷いた。廊下を歩いていると放送に呼びつけられ、ライとエイミは外出を諦めて施設内の談話室に向かった。ヴァネッサが卓台上に広げた書類に書きこみをしている。


「お疲れみたいですね」


 顔を上げたヴァネッサにエイミが同情めいた言葉をかけた。ヴァネッサは大きく身体を伸ばすと眼鏡を取り、人差し指と親指で両目をもみほぐした。


「ちょっとね、書類の処理に追われちゃって。お役所仕事はどうして手書き文字しか認めてくれないのかしら」


 凝りをほぐすように肩を回しながら、ヴァネッサは諦めたように告げた。後ろに回ったエイミがヴァネッサの肩を叩く。たくさんの紙束からライは一枚だけ手にとった。


「なんの書類なんです?」

「戸籍登録。リー・インとフォルン二人のものよ。市長が保証人になってくれたのはありがたいのだけど、手続きはこちらがやらないとね。バルは字が下手だし。事務職員が聞いて呆れるわ」


 大袈裟にため息をつくヴァネッサを、「ため息つくと老けちゃいますよ」エイミがからかった。


 書類を何気なく眺めていたライは、名前を記入するところが別紙参照となっていることを発見した。ヴァネッサに尋ねると四、五枚ほどの紙束を二つ差し出した。それは細かい字でびっしりと埋め尽くされている。


「あの二人の名前よ。リー・インとフォルンなんてごくごく一部。深海人の名前はその一族の血統をあらわすものなんですって。一人につき二時間、延々と数百人分の先祖の名前を聞かされたわ」


 言い捨てるヴァネッサ。ライは始めの数行をたどっていたが、目が痛くなったので紙束を戻した。


「あたしたちを呼んだのってヴァネッサさんですか? 出かけようかと思っていたんですけど」

「遊ぶのはまた今度にしてちょうだい。


 一時間後にアマテラスを出発することになったわ。準備をしておいて」


 ヴァネッサは背もたれにあずけていた身体を起こし、疲労の濃かった顔を引き締めた。



 **********



 ----ライたちの乗る船がアマテラスを出航してから一日が経過していた。


 乗りこんだ全員が広い船室に集まってくつろいでいる。深海人が作った船----《忘却》号には人工頭脳による自動操縦が可能となっており、非常時以外の航行ならば人の手を必要としなかった。


「これから行くディアラインって、どんな天蓋都市(てんがいとし)なんですか」


 紅茶をついで回っているエイミが尋ねた。搭載されている反重力推進機関のおかげで、器に注がれた紅茶には細波すらたっていない。


「詳しいことは僕も知らない」

「のんきだな。まさか、罠ということは考えられないか?」


 まるごと頬張ったクッキーを飲み下し、アルが尋ねる。バルロイは口に運んでいた器を台の上へ置いた。


「それはないでしょう。デュレイル市長の話では、ディアラインの市長はハミルと連盟会議でよく衝突していたそうです。

 せっかく大異変に興味を示してくれたのですから、信用してあげないと」


 バルロイの言葉を聞いていたライは心の中で頷き、紅茶をすすった。


「イアンさん、おかわりいります?」


 エイミが尋ねると、イアンは顔をあげずに器を差し出した。イアンが読んでいるのは、古代語の入門書だ。エイミは紅茶を注ぎ足しながら、開いてある頁を覗きこむ。


「もうそんなに進んだんですか? あたしも勉強しないと」


 エイミも同じ物を《忘却》号に持ちこんでいることをライは知っている。ヴァネッサに勧められた物らしい。


「そろそろいこうか」、髭の手入れを終えたヴィネスが鋏をおき、席を立った。ナオは紅茶を飲み干し、二、三枚のクッキーをポケットに入れた。 


 ナオとヴィネスが船室から出た直後、警告音が鳴り響く。


「どうした《忘却》号?」

『所属不明機が急速接近。こちらの通信にまったく応じません』


 アルの問いかけに、声が降ってくる。それはヴァネッサの声だが、ヴァネッサが喋っているわけではない。《忘却》号に搭載されている人工頭脳によるものだ。深海語でのやりとりしかできなかったそれを海上語でも可能なようにヴァネッサが調整し、みずからの声をあてた。当のヴァネッサはリー・インとフォルンの面倒を見るためアマテラスに残っている。


『迎撃をおこないますか?』

「まだだ。様子を見よう」、アルが答えるのと同時に、爆音が伝わってきた。「前言撤回。自動迎撃を開始!」


 船体を包む爆音が激しさを増す中、ライたちは艦橋へ駆けこんだ。


「通信回線開け。相手の正体を確かめろ」


 艦橋中央下部の艦長席に座るなり、アルが指示する。


「《忘却》号、操縦を手動に。各機関の制御がこちらに渡されました」


 エイミが情報端末をすばやく操作する。ライとナオは自分の座席前の制御盤を主砲の操縦用に切り替えた。画面に表示された照準を、あちこちへとめぐらせる。


 深海人の手による高感度カメラが、光の届かない海底の世界をはっきりとうつしだす。《忘却》号の正面に、その敵船は立ちはだかっていた。


 翼を開いた猛禽類を思わせる形状の小型艇だ。両翼にぶらさげられた四門の筒から、絶えることなく魚雷が吐き出されている。


「《戦鷲》だと? 大戦期の亡霊がどうしてこんな場所に……イアン、離れろ! 奴の正面につけるな」


 アルが身を乗り出して叫ぶ。


《戦鷲》の嘴にあたる部分が開き、なにかが閃いた。同時に、《忘却》号が大きく震える。


『左尾補助重力安定板、中破。船内通路への浸水確認。隔離防壁作動』

「馬鹿な! この《忘却》号の装甲は《頑固亀》号よりもはるかに硬いんだぞ。それがたった一撃で貫かれるなんて」


 ヴィネスが呻く。


「周囲に煙幕を張れ! 収束光波質量弾はそれでかなり威力を落とせる」

「あれが収束光波質量弾か。《戦鷲》の使用が禁止されるわけだ」


 ナオが感嘆と恐れの口調で独りごちる。どういうことかライは尋ねた。


《戦鷲》は大戦終盤に登場した最終兵器ということだった。いくつかの天蓋都市(てんがいとし)が実際に採用したものの、活躍する機会はほとんどなかった。操縦の難しさのため満足に操ることのできる者がほとんどいなかったことと、高すぎる性能のため条約によって使用が禁止されたからだという。


「儂は戦場で一度だけ遭遇したことがある。《戦鷲》の恐ろしさはあんな武器だけではない。くるぞ!」


 船を取り巻く煙幕を破り、《戦鷲》の威容が艦橋正面に迫る。ライは引き金にかけた指に力をこめた。《忘却》号の主砲のひとつが火を噴き、《戦鷲》の鼻先に命中した。が、水泡だけが広がり、《戦鷲》の姿は消え失せていた。


「なんだ?! ちゃんと狙ったのに」

「ライ、ナオ、後ろだ」


 バルロイが早口で言う。ナオが砲塔を旋回させ、ぶっ放した。だが、主砲が炸裂した瞬間に《戦鷲》を示す輝点はなくなり、一瞬後、《忘却》号の正面に忽然とあらわれた。

《戦鷲》から打ち出された魚雷の雨が襲いかかる。《忘却》号は後退し、ライとナオは二門の主砲を連射した。


「捉えられない。なんて機動力だ。まるで幻を相手にしてるみたいだぜ」、ナオが焦りの叫びをあげる。

「攻撃の手を弱めるな。収束光波質量弾は発射の際に機体を止める必要がある。奴にその余裕を与えないようにしろ」


 エイミが人工頭脳に指示を出すと、《忘却》号に備えられた無人砲台が攻撃を始めた。《戦鷲》をふりはらおうとするかのように、《忘却》号は忙しく動き回る。


《戦鷲》の嘴が開く。イアンが悪態をつき、《忘却》号を大きく横倒しにした。最初の収束光波質量弾をかわした直後、二発目が船体をかすめる。《忘却》号の動きが止まったわずかな隙に《戦鷲》は真上に回りこみ、収束光波質量弾が《忘却》号を貫いた。《忘却》号は急激に速度を落とし、海底へと近づいていく。


『主動力機関破損。伝達系統の一部断線を確認。調査ならびに復旧を要請』


《忘却》号が淡々と告げる。ヴィネスは艦橋から飛び出していった。


《忘却》号の砲撃を、《戦鷲》はすべてかわしていく。岩を削りながら、《忘却》号は海底を滑っていった。強い揺れが艦橋を包む。その間にも、収束光波質量弾がどこかを破壊したようだった。


「ちくしょう、動かねぇ! アル、どうするよ」、イアンが声を荒げる。

「誰か、主砲を頼む」、ライは席を立った。

「どこに行くの?」


 エイミの問いに答えず、艦橋を飛び出したライは格納庫を目指した。長い階段を、手すりに乗って滑りおりる。鈍い照明の中にうかびあがるのは一隻の小型艇だ。鉛色をした流線型の船体には無駄な飾りがなく、戦闘のためだけに作られたという兵器特有の冷たい威圧感があった。


 ライは狭い操縦席に潜りこみ、機器を目覚めさせた。深海語の表記は一切ない。ライは計器類の示す意味を把握していた。


 何重もの水防が閉まっていき、操縦室を密閉する。両膝の間にせりあがってきた画面が周囲の状況を、前方のやや頭よりに据えつけられた画面が外の様子を映し出した。


「発進用意が出来た。やってくれ」

『なに言ってるのよ。ライが戦闘艇に乗ったって、上手くいくはずないじゃない』

「操縦法はちゃんと教わった。なんとかやってみせるさ」

『あたしが言いたいのはそういうことじゃなくて』

『いいじゃねぇか。ライだって馬鹿じゃないんだ。あいつを信じてやれよ』


 ナオが言うと、エイミは反駁しなかった。


 戦闘艇を載せた架台が移動していく。真っ暗な場所に入ると、大量の水が周囲を満たした。出撃態勢が近づくにつれて、ライは急に緊張しだした。心臓の鼓動が早くなり、掌にかいた汗で操縦桿が滑る。


『高速射出、五秒前。

 無茶したら承知しないからね……』

「約束する。今日から絶対に約束は破らない」


 ライが応えた直後、戦闘艇に大きな加重がかかった。予想以上の重みに、ライの息はつまった。


 船外へ射出されたライの眼前に《戦鷲》がうかんでいた----




(つづく)

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