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第18話_忘却の狭間


 ----闇を切り裂いた細い光が広がり、視界を染め抜いた。


 蓋を上げたリー・インが周囲の様子をうかがう。問題はないらしく、彼女は一同をうながした。


 地下通路からの出口は都市の端に設けられていた。天井へとそびえる壁は冷たい金属でできており、海上の天蓋都市と似ている。リー・インが壁の一部を操作すると、音もなく壁が割れ、人が一人通れるほどの穴が出現した。


「天蓋都市と同じように、この都市も元々は星間移民船だったようだな」


 ヴィネスが言う。奥へと伸びる通路の天井には軌条がはりめぐらされ、いくつもの吊り輪がぶらさがっている。


「重力のない空間での移動機構ってわけか。骨董品だな、高く売れるぞ」


 ナオがその輪を指ではじいた。吊り輪は音もなく滑っていき、別の吊り輪とぶつかる寸前に止まった。


 リー・インが迷いのない足取りで道案内する。しばらく進むと、「話し声がする」とディアスが小声で全員の足を止めた。通路は丁の字に分かれており、目的地へ通じる昇降機のある左側の通路から四人ほどの話し声が聞こえるとのことだった。


「素人は下がっていろ」


 キザイアは落ち着いた歩きで角を曲がる。四人の深海人は短い槍に似た形状の武器をもっていた。彼らが慌てて武器を構えた時、海上の殺し屋は一瞬にして距離を詰めていた。二人の深海人は反応できずにキザイアの拳を腹部で受け、崩れ落ちる。もう一人の若い深海人が槍を突き出す。キザイアは腕で受け流したた。片割れの深海人の槍が足へと迫り、キザイアは払ったばかりの槍をつかんで宙返りした。その勢いを利用し、若い深海人のこめかみへ蹴りを叩きこむ。曲がり角から様子をうかがっていたナオやエイミが驚きの声をあげた。残った年輩の深海人は槍を腰の位置に構え、じりじりとキザイアへ近づく。キザイアはみずから相手の間合いへ入った。


 その時、キザイアの戦いの舞台とは反対方向に伸びた通路の先にある昇降機の扉が開いた。武装した五人の深海人があらわれる。キザイアの相手をしていた深海人が言葉を発する。新手は、角に隠れている一団へ気づいたようだった。注意のそれたキザイアの腕を、年輩の深海人の槍がかすめる。肉を焼く音がし、キザイアは呻いた。


 五人の深海人が武器を構えてライたちへ向かってきた。先頭にいたナオとアルが迎えうつ態勢を整えるより早く、二人の頭上を越えてひとつの影が深海人の群へと襲いかかった。


 ディアスは空中で、両方の足を連続して放つ。顔面と喉でそれを受けた二人の深海人が倒れた。着地したディアスは目の前の深海人の心臓めがけて肘を打ち上げる。胸を押さえてよろめく深海人を追い、ディアスは頭突きを相手の顎へ喰らわせた。


「後ろだ、ディアス!」


 アルの言葉を合図に、ディアスは身体をひねった。回転の勢いを利用して、迫ってきていた深海人の両膝へ蹴りを叩きこむ。膝を砕かれたその深海人は斧のような武器を落とし、くぐもった悲鳴をあげて床を転げ回った。


 最後の一人が大声で喚きながら後ずさる。ディアスは彼の懐へと大きく踏みこみ、両の掌を腹部へ打ちつけた。その深海人は吹き飛び、昇降機の扉に当たって床に落ちた。


 ディアスが眉根を寄せ、息を長く、細く吐く。


「なかなかやるな。異種族でも急所の位置は同じか……」、鳩尾のあたりを抱いて苦しんでいる深海人を通路の端へ足で転がし、キザイアは黒髪の青年へ鋭い目線を投げた。


「動きからするとなにかの武術を修めているようだが、仕事抜きで殺り合いたいな」


 キザイアは殺気混じりで言った。ディアスは平然としていた。


 昇降機は一二人を一度に運べる程大きくなかった。先に行く者を選んでいると、大勢の足音と声が届いた。リー・インが緊張した表情でなにかを告げる。


「十人といったところか。もうひと暴れするしかなさそうだ。おまえも残れ」とキザイアはディアスへ言い、昇降機から離れた。「おまえたちは先に行け。子供を肩にでも乗せれば全員運べるだろう。後で合流する」


 キザイアは昇降機からはみ出していたライを足で強引に押しこんだ。ライの文句や、他の者からの気遣いの言葉が浴びせかけられる。その中にはディアスだけでなく、キザイアへ向けられたものもあった。キザイアは戸惑いを隠し、背を向けた。


 昇降機が下降を始めた頃、通路の角から新手があらわれた。こちらが二人だけ残っていることに納得がいかなかったのか、深海人の一団の動きが止まる。キザイアは落ちていた槍状の武器を拾い上げ、使うかどうかディアスへ尋ねた。


「馴染んでいない得物など邪魔」

「武術家らしい意見だな。俺は使わせてもらう。殺し屋の適応力を見せてやるよ」


 ディアスが鼻で笑う。返すように自分も苦笑いをしていることに、キザイアは驚いた。


 ディアスが走り、仕掛けにいく。「遅れてたまるか」、とキザイアも後に続いた。



 **********



 ----それは、船と呼ぶにはあまりにも大きかった。


 大きさは《頑固亀》号の十倍近くはあり、深海人の手による外観が威圧感をさらに強めている。曲面が目立つ船体は左右非対称で、見る角度によっては優雅にも、奇怪な生物にも似た印象を与える。ヴァネッサたちは急いでいたことを忘れて、しばらくの間深海人の船に見入っていた。


 据え付けられていた乗降用架台をリー・インが操作していると、キザイアとディアスが追いついてきた。キザイアの腕の他には、傷ついたところはないようだ。


 船内通路は広く、天井も高い。床に近い位置の非常灯だけが灯っており、薄暗かったが、進むのに問題はなかった。リー・インやフォルンの記憶と案内板を頼りに、一同は船の艦橋へとたどりついた。


「ヴィネス。この船の機能を把握するまでどのくらいかかる?」


 機械だらけの広い室内を見回し、アルが質問する。


「十分というところかな」、中央の一段低い座席を取り囲む機器をいじりながらヴィネスが答えると、

「五分で頼む」


 アルも他の場所で機器を調べ始めた。イアンは操縦桿らしきものがついた席に座り、操作盤に記された文字や計器を凝視している。


 バルロイやヴァネッサ、ディアスはめぼしい機器類を扱い始めた。リー・インがどこからか医療道具をもってきて、キザイアの火傷を治療した。艦橋後部の椅子に座って端末を操作するナオとヴァネッサとの間を、フォルンは行ったり来たりしている。


「俺たちはなにをすればいいんだ?」


 ライはそばのエイミに尋ねた。エイミは眼鏡をはずし、ため息まじりに答えた。


「邪魔だけはしないようにしましょ」


 低い唸りが起こり、天井の照明が光を宿した。機器のすべてに小さな輝点が広がっていき、この船が活動を始めたことを示す。


「電子頭脳の主要機能は深海語での音声入力ね。これはわたしがやるから問題ないわ」


 誰にともなく告げたヴァネッサの言葉に、


「なんだって? 本気か?」


 ナオの悲鳴じみた声が重なった。全員の視線がそちらに注がれる。深海人の少年が、ナオに頭を低く下げていた。


 どうしたのかとライが尋ねると、ナオは困惑顔で説明した。フォルンがこのまま上の世界へ同行したがっているというのだ。


「どうして? 家に帰れば怒られるから?」


 エイミが屈み、フォルンの目を正面からのぞきこむ。


 ナオが通訳すると、フォルンは胸の内を話しだした。最初は汎用古語だったが、興奮するに従って汎用古語は少なくなり、最後はヴァネッサにしか理解できない古代語でまくしたてていった。


 フォルンはただ海上の世界に憧れているわけではなかった。彼が吐き出したのは、深海都市の同族に対する激しい嫌悪感でもあった。


「戦争のせいで落ちこんでしまうのはわかる。でも、なにもしないで《滅びの時》を受け入れるなんておいらは嫌だ。なにも変えようとしない大人たちとこれ以上一緒にいたくないんだ」


 口をつぐんだ時、深海人の少年は涙を流していた。彼の前にいるエイミとナオは困ったように顔を見合わせた。


 リー・インが少年の名前を呼び、進み出た。エイミとナオは両側に退き、ヴァネッサに目で助けを求めた。


「わたしたちの決めることではないわ。二人に任せましょう」


 船の状態を確認しながらも、ヴァネッサは子供である二人の深海人の会話に聞き耳をたてた。リー・インは叱りつけるわけでなく、静かに語りかけていた。


「あなたの気持ちはわかるわ。わたくしも、すべてを諦めたようなこの都市を捨てたいもの。

 けれど、わたくしたちが上の世界へ行くわけにはいかないのよ。わたしたちの存在が知られたら、かならず海上人の研究者たちの餌食にされる。そして、技術と実験対象を求めてこの都市が再び襲われるに違いないわ。

 せっかく海上人への復讐を捨てたのだもの。お父様たちをこれ以上苦しめたくないでしょう?」

「でも、でも……」


 少年は言葉を見つけられない。ヴァネッサは認めたくなかったが、リー・インの言っていることは間違っていなかった。自分たちより遥かに長命で、高い技術をもった種族を世間が放っておくはずがない。


「海上人への復讐を捨てたと言っていたわね。どういうこと?」


 どうやって復讐をおこなおうとしていたのか。そして、何故復讐を諦めたのか。ヴァネッサはそれを確かめたかったが、二人の邪魔をすることはできなかった。


 集中しきれないまま機器を操作していると、いくつもの警告文が画面に流れ出た。


「どうした?」


 バルロイが声をかける。


「どうやっても制御機関を起動できないの。なにかが不足しているのだろうけど」


 その時、床が大きく揺らいだ。


 足下の底から重い響きが迫り、頭上ではくぐもった鳴動が起こっている。


 船渠全体がきしみをあげ、天井からパラパラとなにかが降ってきた。地震はおさまる気配を見せず、長く続いた。


「ファブリナスを出る時のものより大きい」


 エイミがライにすがりついている。


「これが、《滅びの時》の足音なの?」


 フォルンが怯えきった表情で尋ねる。リー・インは唇を噛んで気丈さを装い、少年の手を握った。


 船渠の天井に設置されていた照明や大型器具が落ち、船に当たって壊れた。船渠の床にひびが入り、所々がささくれだつ。船の正面にある閘門らしき扉も、ゆがみ始めている。


「急げ。ここから出られなくなるぞ」

「わかっているわ。けれど、どうやっても動かないのよ」

『無理だ。その戦艦を操るためには暗号と、長老の声紋が必要だよ』


 艦橋に、通信機を通しての深海語が冷たく響いた。手を止めたヴァネッサに、バルロイが深海語の内容を尋ねる。


「黙って。ヴィネス、どこからの通信なのかわかる?」

「この施設の管制室からだ」


 直後、艦橋正面の大型画面が一人の深海人を映し出した。それはヴァネッサたちが最初に会った深海人だった。


「お父様!」、リー・インとフォルンが画面の真下へと駆け寄る。サルンは二人の子供へ微笑みかけた後、ヴァネッサへと視線を投げた。

『この地震で深海都市のほとんどが大きな痛手を受けている。ここが崩壊する前に早く脱出したほうがいい。

 こちらで門を開ける。今から教える通りに端末器を操作してくれ。緊急用の起動手順だ』


 言われたようにやると、操作端末画面上の警告文が消え、艦の各機関が制御中枢と接続されたことを示した。


 アルとバルロイ、イアンとディアス、ヴィネスたちが機器を調べ、艦の発進態勢を整える。


「わたしたちを助けてくれるのですか? どうして?」

『君たちには滅びを避ける資格がある。それだけだ』

「資格?」

『生きようとする意志。

 そして、リー・イン、フォルン。おまえたちは我々のような大人が戦争で失った夢をもっている。おまえたちは我々の未来なのだよ。

 彼らとともに行きなさい。我々がかつて出来なかったことを、今度はおまえたちが成し遂げるのだ』

「けれど、お父様を残していくなんて……わたくしとフォルンのことでみんなからなんと責められるか……」

『気にすることはない。これが、私の望みなのだから』、サルンは一度言葉を切り、『みなさん、娘と甥のことをお願いします。あなた方になら二人を託すことができる』


 海上語で語りながら、ヴァネッサたち海上人を一人一人見渡していった。


 船渠の閘門が開き、大量の水がとびこんでくる。船渠が海水で完全に満たされる前に、船は進み始めた。幾重にも設けられていた気密扉はすべて開け放たれており、点滅する誘導灯が進路を示していた。


 サルンは笑みを崩さず、無言で一同を見つめ続けた。うつむいてすすり泣いていたフォルンだったが、顔をあげるようリー・インに言われると、涙を拭って背筋を伸ばした。


 誘導灯の切れた先には、かすかな光すらない暗黒の世界が待っていた。上昇するに従い、通信用画面に乱れが生じる。ディアスが赤外線カメラを作動させたが、深海都市の輪郭さえも捉えられなかった。


『君たちに贈り物をしてある。艦の電子頭脳を調べるといい。《滅びの時》を避けることはできないだろうが、なんらかの助けになるはずだ』


 言った後、サルンの姿は完全に見えなくなった。画面を白い波が埋め尽くし、雑音が吐き出される。


「お父様!」

「伯父さん!」

『さらばだ……』


 激しい雑音の中、寂しげな声がかすかに応えた。リー・インとフォルンはサルンを呼び続けたが、返ってくるものはなかった。リー・インは顔を両手で覆い、嗚咽をもらしていた。フォルンは唇を引き締めて堪えていたが、涙だけは止まっていなかった。


 ヴァネッサたち海上人は一言も口をきかず、故郷をなくす二人の子供を見守るだけだった。


 深海人の作り上げた船は、闇の中をゆっくりと昇っていく。


 世界が哭いているかのように、地震による響きがあらゆるものを震わせていた……。




(つづく)

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