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第17話_滅びの道


 さんざん扉を攻撃した後、ナオは寝台でうつぶせになった。窓の外は徐々に暗くなってきている。そろそろ明かりが必要だろう。


 ナオたちは最初の部屋に閉じこめられていた。手枷は外されたが、扉には再び鍵がおろしてある。


「腹へったよぉ」


 ナオのぼやきにのってくれる者はいない。部屋の一画ではバルロイとヴァネッサ、アルとキザイアたちが話し合っていた。


「キザイアの言う通り、船を奪うしかなさそうですね」

「あまり気が進まないけれど……できるだけ平和的に実行したいものだわ」

「儂らを逮捕した連中相手にか? 話が通じる関係ならば、言い分も聞かずに閉じこめるようなことはしないだろう」


 ナオは首を反対側へ向けた。離れた場所で、ライが大人たちの会議を渋面で眺めている。


 後のことを考えもせずに深海人を殴ったということで、先程までアルとバルロイからさんざん怒られていた。ライは弁解せず、ただ一言謝っただけだった。


 アルが殴ったせいでライの頬は腫れている。胸の奥がうずき、ナオはライを見ないようにした。


「いずれにせよ、ここから出ないことには始まらない」


 キザイアが言い捨てると、


「そうだな。さっそくやるか」


 アルはディアスを呼んだ。ディアスは扉の前に立った。腰を低く落として身体の中心線をかばうような構えをとると、「誰かくる」とディアスは扉を見据えたまま告げた。


「メシか?」


 ナオは身体を起こした。陽が落ちてからかなりの時間が経過している。深海都市で目覚めた今日の昼からまだなにも腹に入れていなかった。


「誰かいる?」


 聞こえたのはフォルンの汎用古語だった。食事をもってきてくれたのか、とナオは尋ねた。


「それどころじゃないよ。早く逃げないと、ずっとご飯が食べられなくなるかも」

「どういうこと?」


 汎用古語で尋ねるヴァネッサの語気は鋭い。フォルンは小声で説明した。


 ライが深海人を殴ったことは尾ひれがついて、この都市の全員に知れ渡った。その結果、海上人の処分を要求する動きが広まっていったらしい。


「上の世界との戦争を経験した大人たちばかりだから、なにを言い出すかわかんないよ」


 同族の多くを失ったその恨みを晴らすかもしれない、というのだ。ヴァネッサがまとめてライたちに通訳した。その間にナオは、船の在処を知っているかフォルンに尋ねた。深海人の少年は「案内する」とだけ答えた。


「決定ですね」

「ああ。脱走するとしよう」


 フォルンは扉の鍵を手に入れようと試みたのだが、失敗したらしい。


「外の奴に扉の前から離れるよう言ってくれ」、ヴァネッサに向けて頼んだ後、アルがディアスへ顎で合図する。ディアスはさっきと同じように扉の前で構えた。

「なにするつもりなんだ?」


 ナオが訝しんだ瞬間、ディアスは動いた。扉との間合いを詰め、蹴りを放つ。甲高い音が応える。三回目に蹴ったその時、扉は派手な音をたてて吹き飛んだ。壁に叩きつけられ、落ちた拍子の音が通路に反響する。


 ナオは感嘆の意をこめて口笛を吹いた。ここの扉の頑丈さはナオも知っている。無口な黒髪の青年の実力をナオは高く評価した。


「もう少し静かにできなかったの?」


 耳を掌で押さえていたフォルンが非難する。ナオもヴァネッサも通訳しなかった。


「もう一人のお兄ちゃんはリー姉ちゃんが連れてくることになってる。急いで」


 フォルンが示した方向は、建物の奥へと続くものだった。


 外へ出るのではないのかとヴァネッサが尋ねると、「説明は後。行けばわかるから」フォルンは面倒臭そうに答えた。


 近くの通路を走っていく足音と声が何度か聞こえたが、遭遇せずにすんだ。


 フォルンに案内されてやってきたのは建物の裏手にある庭園だった。海上の物とは異なる木々や色鮮やかな花が埋め尽くしている。塀に接した植えこみの中にフォルンは分け入っていった。


 一同が見守る中フォルンは足元になにかを探し求めた。しばらく時間がすぎ、「隠し扉はこちらです」、リー・インが建物のある方角から姿を見せた。イアンは彼女の肩を借り、びっこをひいて歩いている。


 イアンをアルに渡し、リー・インも茂みに足を踏み入れた。フォルンから離れた位置でかがみこんだ後、リー・インは一同に向かって手招きをした。


「こちらです。船のある建物へと続く地下通路へ潜ることができます」


 植え込みのない地面に黒い穴が口を開けていた。梯子が伸びてはいるものの、明かりの気配はまったく感じられない。


 深海人の少女は躊躇いなく降りていく。


 フォルンが続いて飛びこんだが、誰も続かないと、不思議そうに見上げた。


「どうしたの? 早くいこうよ」

「中の様子がまったくわからないけれど、明かりはあるのかしら」

「明かりがないと困るの?」


 意味がわからないと言いたげに、フォルンが首を傾げる。人間は暗いところでは目がきかないのだとヴァネッサが説明すると、異人の少年は驚いた。


 屋敷まで明かりを取りにいく余裕はない。一行は不満を口にしながらも、足元を確認しながら階段をおりていった。



 **********



「リー・インさん。あんたはこっちに来てくれ。儂だけではイアンを転ばせてしまいそうだ」


 リー・インが最後尾に、フォルンが先頭につき、一行は闇の中を進んだ。ヴァネッサたち海上人にとっては手探り状態だ。足元が滑らかだとはいえ、自分がはぐれていないか心配になる。ヴァネッサは前を歩いているはずのバルロイの袖をつかんだ。

「ずいぶんと古いな。造りからすると非常用の通路のようだが、このことを他に知っている奴はいるのか?」


 キザイアの声が響き、暗闇へ吸いこまれていく。こんな状態でも目がきくのね、とヴァネッサは感心した。


 ヴァネッサはキザイアの質問を二人の深海人にぶつけた。


「いないらしいわね。裏庭で遊んだりするのはこの二人ぐらいのものらしいわ。リー・インのほうはフォルンに無理矢理つきあわせられるようだけど……この都市で未成年なのは二人だけみたいよ」

「子供の声がしない世界か」


 バルロイが呟く。 


 出生率の低下した文明は滅びの道をたどっている。そのような内容が書かれた本をヴァネッサは読んだことがある。


「海の底に追いやられ、消えていく一族」


 光の届かぬ世界を歩きながら、ヴァネッサは胸の奥の苦い気持ちを噛みしめた。思い返してみれば、都市の長老たちから感じたのはなにかを諦めたような孤独感だった。外に出たエイミやナオの話では、町も同じような寂しさで包まれていたらしい。そして、彼らをそこまで追いつめたのは自分たちの先祖なのだ。


 やりきれない感情を抱いていると、袖をかたく掴んだヴァネッサの指をバルロイの手が包んだ。大きくて、暖かな掌だった。




(つづく)

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