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第16話_埋もれた歴史


 窓はなく、飾り気のない机と椅子だけが並べてあった。天井にはねじれた形の照明器具が吊り下がり、椅子に腰掛けたヴァネッサとバルロイを照らしつけている。


「では、これが最後の質問だ。上の世界では我々のことをまったく知らないようだが、それは何故だ?」


 正面に座る深海人の一人が尋ねた。頭上からの光は部屋の隅までは行き渡らず、五人の深海人たちの姿を影の中に隠している。


「まるで尋問ね」、ヴァネッサは不愉快な感情を表に出さず、バルロイのために翻訳した。

「わかりません。ただ、公にされている歴史のどこにもあなた方の存在が記されていないことは確かです」

「わたし達の寿命はあなた方と比べれば短いものです。交流のあった頃のことを憶えている者は一人もいません。どうして記録に残っていないのか不思議ですが」


 バルロイの言葉と自分の意見をヴァネッサは古代語へ換えた。古代語はすでに死滅したと言われてきた言語で、今では学術用言語としてごく一部の人間が用いているだけだ。出所の定かではない大昔の文献や資料を調べるため、ヴァネッサはこの言語を習得していた。それが異種族の日用語などとは考えたこともなかった。


「なるほどな。上では真実をすべて葬り去ったわけだ」

「真実とは?」、軽蔑するような呟きに、ヴァネッサは問いかける。

「いいだろう。長くなるが、君達には知る義務がある。そちらの海上人にも教えてやってくれ。

 発端はおよそ千年前。我々のひとつ前の世代がこの惑星にたどりついた時から始まる」


 長老と思われるその深海人はヴァネッサとバルロイを見据えて、静かに語り始めた。


 深海人は始めから海の底に住んでいたわけではなかった。増えすぎた種族の星間移民の果てに、この地を選んだという。それから数百年がたち、異種族の移民船団がこの惑星を訪れた。それがヴァネッサたちの祖先だ。


 異文化の交流や技術譲渡を通して共存の道を歩む二種族だったが、平穏は長く続かなかった。高度な科学力と頭脳、そして美しさと長命さを兼ね備えたサルンたち深海人に対し、ヴァネッサたちの祖先は嫉妬を覚えるようになっていった。


「我々の長命の秘密を研究しようと、生体実験をおこなう海上人まであらわれた。お互いの反目が戦争へと結びつくまでそう時間はかからなかった」


 文明的には優れていても、争いと謀略の歴史をもっていない深海人は次々と負けていった。当時の長老たちの決定によってこの都市だけは深海に沈み、戦火から逃れ得たのだった。


「信じられない、という顔をしているな。だが、これは真実だ。君たち海上人は、我々にとって憎むべき仇敵なのだよ」


 長老が薄い笑いを張りつけたまま話を締めくくる。ヴァネッサは反論することができなかった。


「君たちの処分はおって伝えよう。それまでは客人としてもてなす。だが、勝手な行動は控えてもらう。一応、捕虜ということになるからな」


 捕虜という響きにヴァネッサはあせった。このままでは立場が悪くなる一方だ。


「待ってください。わたしからもお話しして起きたいことがあります」


 ヴァネッサは大異変のことを告げた。その大異変を避けるために奔走してきたことや、上の世界へ戻る必要があることも訴えた。


「《滅びの時》ならば我々もとうの昔に予測している。それによって、世界のすべてがどうなるのかもな」


 長老ではなく、別の深海人が告げる。


「なんらかの手を打っておられるのですか? もしそうならばわたし達と協力を」


「手など打っておらん。《滅びの時》は運命によって定められたこと。止めることなどできはせぬし、運命から逃れることもできない」

「そんな」、ヴァネッサはそれ以上声が出せない。

「あと一か月半……それで、我々の歴史は幕切れを迎える。無論、君達の世界もな」


 長老が楽しげに言い、深海人たちは席を立った。



 **********



 部屋に戻ったバルロイとヴァネッサは尋問の様子を報告した。話が終わっても、しばらくの間誰も口を開かなかった。


「信じられません」


 エイミが呟く。彼女は寝台の上で膝を抱えて座り、うつむいている。


「信じたくない、の間違いでしょう。わたし達も初めはそう思ったわ」

「そんな話、聞いたことないぞ。この惑星に先住民がいて、俺たちの先祖がそんな仕打ちをしていたなんて」


 立ったまま話を聞いていたライが言った。


「身内の恥を伝えていけるほど人間は馬鹿ではないさ。百年もせずに、都合の悪い真実は歴史の陰に埋もれていく。数百年もたっているならなおさらだ。

 信じたくはないが、嘘だと言い切ることもできないだろう。儂らの中の誰一人としてその時代を見てないのだからな」

「アルの言う通りです。そして、彼らの言葉には歴史を目のあたりにしてきたという重みがある。彼らに比べれば、僕たちの意見は祖先の弁護にさえなりませんよ」、寝台の端に腰かけていたバルロイが相槌をうつ。組んだ指を顎の下にあて、彼は床を見つめていた。

「結局、俺たちはどうなるんだ?」、と、これはナオ。 

「わからないわ。後で伝えると言っていたけれど、あまり好意的ではなかったわね」

「ちゃんと上の世界へ戻してくれるんですか?」、エイミが尋ねる。ヴァネッサは答えることができず、バルロイへと視線を投げた。小さく頷いた後、「それも、わからない」とバルロイが言った。


「冗談じゃないぞ。異変まで二か月あるかどうかなんだ。《頑固亀》号でとっとと出ていこうぜ」

「無理だ。《頑固亀》号は鉄屑に変わり果てていたよ。俺にだって直せっこない。海上へ上がるためには深海人の協力が必要だろうな」


 ライの訴えをヴィネスが退ける。ヴィネスの表情は苦渋に満ちていた。


「もし、協力してくれなかったら?」


 エイミが尋ね、一同を見渡す。キザイアが口を開いた。


「俺にひとつ考えがある。俺一人では無理だが……どうだ?」

「ふざけるな! 手を組むなんてできるか」

「他の奴らはどうする?」

「個人的にはライくんと同じ意見だ。君がこれまでやってきたことを許すわけにはいかない。が、それ以上に僕たちは上の世界へ戻る必要がある」


 バルロイが苦々しく賛成する。


「休戦協定成立だな。海上に戻るまでは手出ししないことを約束する」

「みんな、人殺しの言うことなんて信用するなよ。俺は嫌だからな」

「頼んでまで貴様に手を借りるつもりはない」


 にらみあう二人を、エイミがおろおろしながら見比べる。


 止めるべきではない、とヴァネッサは思った。遅かれ早かれ、キザイアと片をつけなければならない時が必ずくる。これからの行動を決めるためにも、ライにはキザイアと決着をつけてもらう必要があった。


 静まりかえった状態が続いていると、扉を軽く叩く音がした。ヴァネッサが古代語で誰何の言葉をかける。

「お仲間の方がお気づきになられました」

 返ってきた深海語は若い女性のものだった。



 **********


 

 彼女はリー・インと名乗った。二十歳前という印象を受けたが、深海人の年齢は憶測できない。イアンのいる場所へ向かっている間にヴァネッサが訊いてみると、百歳をこえていた。


 リー・インが一同を案内したのは個室だった。リー・インをのぞく十人もの人間をなんとかおさめることができる程度には広いものの、動き回れはしない。


 ヴァネッサたちにあてがわれたものよりは質の良い寝台に、イアンは寝ていた。


「おまえらもいたのか。せっかく、天国だと思っていたのによ」


 明るい口調で迎えるイアン。その頭には包帯が巻かれ、折れた右腕は動かないよう固定してある。額から鼻筋にかけて固まった血の河が傷を埋めていた。


「じっとしていらしてください。薬で痛みを抑えているだけなのですから」


 寝台から身を起こしかけたイアンをリー・インが静かに制す。深海語ではあったものの、彼女の口調と表情からイアンは意味を察したらしく、従った。


「なにがどうなっているのか教えてくれないか。こちらの美人がいろいろ話してはくれたんだが、なに言ってるんだかわからねぇ」


 しぶしぶと横になったイアンが尋ねる。


「《海魔の息吹き》に飲みこまれた後、《頑固亀》号は海溝に沈んでいった、そこまではおまえの鈍い頭でも覚えているだろう」


 怪我人を見下ろし、アルが話を続ける。


《頑固亀》号は狭い海溝のくぼみに身を隠すことで圧壊を免れた。深海人が救出した時、制御室以外のすべてが水に浸かっていた。全員が意識を失っていた制御室で、上から落ちてきた器材に身体を挟まれ、頭を切っておきながらも、イアンは操縦棹をしっかりと握りしめていたという。「儂らが死なずにすんだのはイアンの意地のお陰だ」、はっきりと言葉にしたわけではなかったが、アルの口調にはそういった含みがあった。


「船を壊したくなかっただけだ」、イアンは苦笑いを作る。「で、これからどうするんだ?」


 バルロイは状況と深海人の歴史を正確に語った。始めは顔色を変えたイアンだったが、黙って耳を傾けるだけとなった。


「今のところ八方ふさがりだ。明日もまた説得してみるが……一筋縄ではいきそうにない。 君は身体を治すことだけを考えてくれ」

「わたくしもそれが一番だと思いますわ。父へはわたくしからもお願いしてみます」


 ヴァネッサが会話の要約を伝えていると、リー・インが深海語で頼もしげに言った。


 サルンの娘なのか、とヴァネッサは不躾なほどじろじろと眺めた。丁寧に扱わなければ壊れてしまいそうなほどに繊細な美術品を思わせる整った顔立ちには、サルンの面影がわずかに認められる。


「長の娘とは都合がいい。この都市のことで教えてもらいたいことがある」


 リー・インの申し出を伝えると、キザイアが反応した。例の案に関係したことだろう。ライの姿を視界におさめないようにして、ヴァネッサは代弁した。


「お尋ねになりたいこととは?」


 その時、人声と荒い足音が迫ってきた。数人の深海人が戸口に並ぶ。そのうちの一人、色を複雑にちりばめられた腕章をつけた男が大股で入ってきた。


「何事ですか、騒々しい! 怪我人が休んでいるのですよ」

「申し訳ありません、リー・イン殿。すぐに終わります。

 海上人、お前たちを逮捕する。既に長からの許しは出ている。大人しくしろ」


 外にいた手下たちが動く。


「逮捕ですって?」、ヴァネッサの叫びに、バルロイたちがざわついた。

「何故です?! わたしたちはなにもしていません」

「そこの少年に訊いてみるがいい。危険人物を野放しにしておくわけにはいかん」

「ライくん、あなたなにかしでかしたの?」

「……深海人を殴った」


 ライが目をあわせずに答える。ヴァネッサは唇を噛んだ。


「この微妙な時にどうしてそのようなことをしてくれたの!」

「ライは俺をかばっただけだ。最初に喧嘩ふっかけたのは向こうだぜ」

「ナオ、黙るんだ! 

 アル、ディアス、駄目です。キザイア、あなたも。抵抗しないで。ここは彼らに従いましょう」


 ナオを押さえたままバルロイが大声を出す。羽交い締めにされながらもナオは足を振り上げ、近寄ろうとする深海人を威嚇していた。


 腕章をつけた男にリー・インが詰め寄り、早口で交渉している。


 ヴァネッサの手首にも冷たい手枷がはめられ、手荒に廊下へと連れ出された。




(つづく)

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