第13話_市長の覚悟
「ご質問はありませんか」
バルロイは繰り返し、議場を埋めている面々を見渡した。
アマテラスの都市議会議事堂の中央会議室の一○○席あまりの机はすべて埋まっている。だが、議員たちの意識は議事以外のことに集中しているようだ。隣りの議員と談笑している者。目を閉じて腕を組み、なにかを熟考しているように見せかけて眠りこけている中年議員。一番前に座っている若い議員はしきりに時間を気にしていた。
「ライくんをつれてこなくてよかった」
心の底からそう思う。自分自身でさえ、堪忍袋の緒が切れかかっているのだ。一途な彼がこの光景を目にすれば、激しい怒りをぶつけるのはわかりきっている。
バルロイは隣りのヴァネッサを見た。眼鏡をかけた彼女は冷静なままでいるように見えるが、机を細い指先で叩いている。苛立っているのがバルロイにもわかった。
バルロイたちの背後には巨大なスクリーンがある。ニールの収集した資料の詳細を議員たちへ説明するために使用した物だ。デュレイルに渡した情報体の内容をわかりやすいようにまとめてみたが、それが目の前の彼らに伝わったかどうかわからない。
「質問がないようなので議決へうつります」
議長が採決を告げた。大異変への対処を主眼とした委員会を作り、そちらへ予算をまわす。そのことに賛成する者は椅子から立つはずだった。
しかし、誰もいなかった。数人は腰をうかしかけたものの、まわりの大多数が座ったままでいるのを見ると、身体を沈めた。
「おまえたち、少しは頭を働かせたらどうだ!」
議場を震わせるような大声がわき起こる。バルロイは驚き、デュレイルへと目をやった。議長のすぐそばの席にいた市長が立ち上がり、鋭い視線をめぐらしている。気の弱い者ならそれだけで逃げてしまいそうな、殺気めいた表情だ。空調で整えられた室内の温度が二、三度あがったような気がした。
「さっきの地震を感じなかったのか? あの地震とこの資料を真剣に考えれば、子供だってましな結論をだす。
大異変は絶対に起こる。そのための対策を見つけだすことが必要なのだぞ」
「それはあなた個人としての意見ですか、それとも、市長としての責任ある発言でしょうか」
負けじと声を張り上げたのは、議場のほぼ中央に座っていた議員だった。バルロイたちが最初にアマテラス入港を求めた際に拒絶した男だ。男の刺を含んだ言い回しにデュレイルは口の端をわずかに上げ、不快さをあらわした。
「中立でなければならないあなたが一個人の感情で発言されては困ります。市長としての権限を濫用されるのでしたら、副市長として見逃すわけにはいきませんな」
他の議員が苦笑している。どうやらこの二人の衝突はいつものことらしい。
「私とて、議会が見栄を張るだけの社交場と成り下がるのを放っておくつもりはないさ。馬鹿どもが体面にうつつをぬかして本質を見抜こうとしないのならば、私みずからが矯正してやる。それのどこが悪い?」
バルロイは頬をひきつらせた。これでは他の議員を説得するどころか、反発心をあおるだけだ。
「なんとかしないと……」
眉間に皺を寄せているヴァネッサと目があった。しかし、二人にはどうすることもできない。割りこめば余計に話をこじらせるだけだ。
「本音が出ましたな。あなたはこれまでにも議会をないがしろにし、重要な事柄を独断で決定してきました。我々議員を侮辱するような独善的な人物を上に置いておくのは危険です。
私は、現市長の解任を正式に要求します」
副市長が胸をはって言う。議場はどよめきに包まれた。
デュレイルが実際にどのような市長でいたのかこの目で確かめたわけではないが、バルロイは先日彼の自叙伝めいた本を軽く読んでいた。それによると、デュレイルは貧困の中からのし上がってきたかなりの苦労人らしい。価値観や実行力が普通の議員とは異なっていて当然だった。
「面倒になってきたな。市長はどう答えるつもりだろう」
予想外の成りゆきにバルロイは困った。デュレイルは動じることもなく、逆に薄い笑みを作っていた。
「なるほどな。すると、解任後の骨休めにはどこがいいかな。
そういえば、あなたの秘書も長期休暇をもらっているはず。一杯やるのもいいかもしれない。彼の居場所をぜひ教えていただきたいものだ」
「な、なにをふざけたことを。今はそのような話題ではない」
「だったら、どんな話題がお好みかな。アマテラス市長暗殺計画ならばお気に召すかな」
副市長の顔に動揺があらわれる。デュレイルは獲物を追いつめた狩人のような、酷薄な光を灰色の瞳に宿していた。
議場が、いっそうのざわめきに包まれる。デュレイルは淡々と、話を続けた。
アマテラスへの帰途にあったデュレイルの船を襲った海賊は、誰かの依頼を受けてデュレイルの乗る船を待ち伏せていた。調査を進めていくと、副市長の秘書が容疑者にあがってきたらしい。長期休暇で都市から姿を消していた彼を探しだし、尋問をおこなったとのことだった。
「ひどく怯えていたがね、責任は首謀者にあると告げたらずいぶんと安心して説明してくれたよ。
あの日、視察と称してわざわざ湾岸管制塔へ出向いていたらしいな。海賊船の撃沈の知らせが入ってきてがっかりしたことだろう」
話を聞きながら、バルロイは一週間前の海中での出来事を思い出そうとしていた。
「わ、私にはなんのことかわからんぞ。第一、市長を暗殺して私になんの得がある?」
「物わかりの悪い頑固な男の下で働くのはさぞ辛いだろう。相談相手のファブリナス市長ハミル殿はなんと言っておられるのかな?」
デュレイルの出した名前に副市長はよろめき、椅子を倒した。
「ハミルの手がこんなところにまで伸びていたのか」
バルロイは唾を飲みこんだ。
「御時世だからな。常任理事になろうかという都市との仲を良い関係で保つのはアマテラスにとっても悪いことではない。おおいに結構。だが、それが己の立場のためだけならば、私は身体をはってでも止めてやる!」
デュレイルに恫喝され、副市長は短い悲鳴を発した。格の差が歴然としていた。これでしばらくはデュレイルを市長の座から引きずりおろそうという者はあらわれないだろう。
それにしても、とバルロイは考えこんだ。ファブリナスが全天蓋都市連盟の常任理事になるようなことをデュレイルは言っていた。先の都市連盟会議でその手の情報を仕入れたのだろうが、ファブリナスにいた頃は噂すら聞かなかった。ハミルが市長に就任してからの話だとすれば、よほど上手く立ち回っていることになる。
「あの男なら不思議でもなんでもないな。どんな手を使ったのやら」
副市長は机に手をつき、下を向いていた。
話し声の大きくなった議場をデュレイルが鎮めようとしている。だが、議員たちは興奮しており、市長の声は届いていない。
そんなことをしていると、議場の扉が開き、一人の男が慌ただしく駆けこんできた。一通の手紙をデュレイルへと手渡す。目を通したデュレイルの顔色が一瞬青ざめ、怒りのために赤へと変わる。
「どうしたのですか、市長?」
前列の議員が声をかける。
「ふざけた脅迫状だ。裏切り者と身の程知らずな連中の冥福を祈る、などと書いてある。副市長、これも貴様の差し金か」
副市長は答えず、放心状態のように虚空の一点を見つめていた。そばにいた別の議員が彼の身体を揺すると、副市長は体勢を崩し、前のめりに倒れた。机につっぷしたその背中に赤い染みが広がる。
一瞬のうちに緊張と困惑、そして恐怖があたりの空気を支配した。水をうったように静まり返った場内に、氷のような冷徹な声が響く。
「まずは、都市の裏切り者。次は……」
全員が、声のしたほうを向いた。廊下へと続く扉の前で、一人の青年が銃を握って立っている。亜麻色の髪を長く伸ばし、サングラスで素顔を隠している。
「あいつは、あの時の!」
バルロイは身を堅くした。
「知っているの?」、ヴァネッサが尋ねる。
「奴が、ハミルに雇われた殺し屋だ」
バルロイの説明が終わるより早く、キザイアの銃口が動き、火を吹いた。デュレイルの肩で鮮血がはじける。
「市長!」
ヴァネッサが叫ぶ。応急手当でもするつもりか、机の陰に隠れた市長の許へ駆けつけようとした。
「危ない、戻るんだ」
キザイアの銃口の狙いがヴァネッサに定まる。バルロイは飛び出し、ヴァネッサの身体を抱きかばった。熱い痛みが身体を貫く。バルロイは呻きをこらえ、別の物陰にたどりついた。
「奴を捕らえろ! 警備班はどうした」
デュレイルが肩を押さえ、顔をしかめながら喚く。
キザイアは身を翻した。議場から姿を消し、置き土産に手投げ弾を投げこむ。人々が先を争って扉のまわりから離れる。
数秒後、乾いた音ともに紙吹雪が舞った。
「ふざけた奴だ」
バルロイは左の二の腕から血が流れ出ていることに気づいた。ヴァネッサに怪我はなかった。安堵した途端に緊張が解け、痛みが増す。
「見ただろう。これが、ハミルのやり方だ。自分の意にそぐわない者は抹殺する。大異変を予測したニールという学者も奴に始末された。こんな横暴に屈することが、都市のためだと思っているのか? おまえたちはなんのために議会にいるんだ」
デュレイルが顔をしかめ、静かな口調で語っていた。
しばらくの間、沈黙が続く。やがて、おずおずと一人、二人と椅子から立ち上がり、その数が次第に増えていった。
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その日の夕方、バルロイはホテルの一室にみんなを集めた。
大異変へ対処するための委員会の発足が承認されたこと、より新しい資料を得るために早速活動を始めたことをバルロイは告げた。
その知らせを聞くと、全員の表情が明るくなった。普段は表情を変えないディアスも笑みをうかべていた。
「よかったな」、とナオがライの背を強く叩いた。
ただし、とバルロイは続ける。
「僕たちとは別の立場として行動をとるということだ。一緒にいてはファブリナス側がつけこんでくる機会を与えてしまうからね。
アマテラスは独自に調査を進めて大異変への対処を考える。それが議会の妥協点だ」
「いいさ。異変を避けるためになにかの行動を起こしてもらうことが親父の遺言だからな。味方をつけることを目的としているわけじゃない」
ライが言う。バルロイは意外な言葉を聞いた気がした。最近のライの態度を思い出す限りでは、このような物わかりのいい意見をもつことはなかったはずだ。
バルロイは忘れないうちに、ファブリナスにいるライとエイミの母親の無事が確認されたことを報告しておいた。
「良かった。それで、あたしたちはこれからどうするんですか」
エイミが尋ねる。
「この都市から出る。他の天蓋都市に異変のことを説いて回るんだ。このアマテラスで警告したところで、すべての都市には届かないだろうからね。デュレイル市長も、知り合いや他の天蓋都市に呼びかけてくれるそうだ」
バルロイはデュレイルとヴァネッサ、アルたちと話し合って決めたことを皆に告げた。反対する者はいなかった。
「また狭っ苦しい場所にこもるのかよ」
イアンが嫌そうな声をあげるが、口元はほころんでいる。彼には操縦桿さえ握らせておけば問題ない、とアルが冗談混じりで教えてくれたことがあったが、本当のようだ。
「出発は明朝。今日はぐっすり休んでくれ」
連絡が終わると、一同はぞろぞろと自分たちの部屋へ戻り始めた。と、一度廊下へ出たライが引き返してきた。
「部屋の組み合わせ、替えてくれないかな」
後ろめたそうに小声で告げる。理由をバルロイが訊くと、「いや、その、ナオが……」とライは言いにくそうにした。間を置かず、当のナオが扉の陰から顔を出す。
「ライ、ちょっといいかなぁ」
半眼で、何故かスパナを手で軽く叩いている。ライの顔に怯えの色が走ったように見えた。
「お、俺はなにも言ってないぞ」
「い、い、から。酒でも飲んで語りあおうぜ」
ナオはライの耳を引っ張り、有無を言わさずに連行する。バルロイは事情がのみこめないが、なんとなくライが可哀想だった。
「まぁ、ぎすぎすしているよりはいいか」
「バル。議場での殺し屋のことを教えておかなくて良かったの?」
「大異変へ対処する動きが起こってあんなに喜んでいるんだ。今夜ぐらいはいい気分でいさせてやりたい」
「そうだな。そのなんとかという男が本職の殺し屋なら、一日にそう何度も仕事をしないはずだ」
「そんなものなの?」
ヴァネッサは一瞬首を傾げたが、アルを信じることにしたようだ。裏の仕事に携わったことのある元海賊の意見だけに、重みがある。
「けれど、楽観はできませんね。ハミルの権力がどこまで及んでいるのか……これからはもっと慎重に行動しないと」
バルロイの言葉にヴァネッサとアルが無言で同意した。
天蓋都市アマテラスの夜は、風ひとつ吹かず、静かに更けていく。
(つづく)




