第12話_苦い酒
厚い絨毯の敷かれた静かな廊下を歩きながら、ライは心の中で不満をまきちらしていた。
「なんで俺が邪魔者扱いされないといけないんだよ」
バルロイからあのように説教される理由はない。自分の意志を認めてくれないのなら、彼らとここで別れて一人で父親の後を継いでやろうか。そんなことも考えた。
部屋には鍵がかけられていた。ライには覚えがない。ナオの仕業だろう。合い鍵を使い、ライは中へ入った。
腹が減っていたので、冷蔵庫をあさった。エイミとナオがいろんなおやつをどっさりと買いこんでいたはずだ。生菓子を見つけ、箱から取り出していると、人の気配がした。風呂場と便所へ通じる扉の奥から物音がする。しばらくすると扉が開き、栗色の長い髪が見えた。
「風呂に入っていたのか。俺はてっきりエイミたちと……」
ライは言葉を失った。
風呂あがりのナオは身体にバスタオルを巻いていた。その胸のあたりがふくらんでいる。それほど大きくはないが、はっきりとした曲線を描いていた。
ナオはライに気づくと一瞬悔しそうに表情を歪めたが「なんでおまえがいるんだよ! エイミたちと遊びにいったんじゃなかったのか」、すぐに怒りの言葉を吐き出した。
「いや、でも、そんなことより、それ……」
ライは上手く対処できず、ナオの胸を指差した。
「これがどうかしたのかよ?」
ナオは口をとがらせ、ふてくされる。
「おまえ、おかまだっ……」
「馬鹿野郎、俺は女だ!」
ライが言い終わるより早く、ナオの力強い拳がライの頬にめりこんだ。その拍子に、ナオを包んでいたタオルがはだけ、小さくて形の良い胸があらわになった。
数分後、ライは床に座りこみ、腫れた頬を氷で冷やしていた。ナオはいつもの作業着を着こみ、上着のボタンを止めている。栗色の髪をおろしており、ぱっと見ただけでは男か女かはっきりとしない。が、ライの瞼の奥にはナオが女であることの証がはっきりと焼きついてしまっている。
血がのぼってきたのでライは頭を左右に振った。
「なんで俺たちを騙してたんだよ」
「俺は、自分が女だとは一言も言ってない」
諦めたのか、あるいは開きなおったのか、ナオは腰に手をあててライを見下ろしている。
「そりゃそうだけど……もういい。みんなにも後で教えておくからな」
「なんで! 俺がなにか悪いことしたか」、怒りだすナオ。
「いくらなんでも、二人だけで同じ部屋ってのはまずいだろ。エイミたちと一緒になったほうが……」
「いいんだよ。俺が女だってことをばらしてみろ。頭かち割るからな」
ナオは真顔で言い、作業着のポケットから工具一式を取り出した。なぜそこまでして男のふりを通そうとするのか、ライは訊いた。
ナオは船の整備技術の修行をするためにこのような格好を選んだとのことだった。女というだけでどこの船舶会社も整備技師としての採用を断るらしい。ナオが男のふりを始めたのは二年ほど前、ちょうど今のライと同じ年齢だった。
「それにやってみると結構楽なんだ、これが。化粧に面倒な時間をかける必要がないし、言葉使いも気にしなくていいしな」
乱暴な口調とがさつな点は地のままのようだ。ライは呆れ、心の中でため息をついた。
「でも、年頃の男女がひとつの部屋ってのはなぁ」
「俺はかまわないよ。どうせ寝こみを襲うなんて甲斐性はおまえにないだろ? まぁ、そうなったら頭かち割るけどな」
馬鹿にされたのか、信用されているのかわからず、ライは反応に困った。この件はもう終了だと思ったのか、ナオは棚からグラスと酒瓶を取り出しに行った。
「おまえも飲むだろ。バルロイのおっさんからもらったんだ」
ナオは嬉々とした表情でグラスをライの前に置く。バルロイの名を聞き、ライは先程のやりとりを思い出した。
「どうしたんだよ? 神妙な顔して。とうとうエイミにふられたか」
首を振って否定すると、「なにがあったか知らないけど、一人でぐだぐだ悩んでいても仕方がないだろ。よかったら聞いてやるよ」ナオは真面目な顔で促した。
ライは十数分前の出来事を伝えた。ナオの秘密を知ったためか、不思議と親密感が生まれていた。考えてみれば、ファブリナスを脱出してからナオと時間をかけて話したのは初めてだった。
「バルロイのおっさんのほうが正しいよ」
ナオはグラスの中身をひと飲みし、続けた。
「議会ってのは複雑なんだ。話を有利に進めるためのかけひきってものがあるんだよ。市長の後ろ盾があっても、デュレイルを今の座から引き下ろそうと考えている議員連中は山ほどいるさ。
外部の俺たちの話を聞いてもらうのも一筋縄でいかないんだ。そんな場所へおまえがいってみろ。頭にきて怒鳴り散らすだけに決まってる。そうなれば、議会の説得なんて不可能だからな。おまえを連れていかなくて正解だったと思うぞ」
「そんなものなのか?」
議会の様子など知らないライが確認すると、ナオは頷いた。「詳しいんだな」とライが素直な意見を口にすると、「経験の差だろ」、ナオはおもしろくなさそうに答えた。出しておいた生菓子をライのぶんまで食べている。
ライはバルロイにぶつけた言葉を考えながら、グラスに口をつけた。
初めて飲んだ酒は苦く、胃のあたりに熱く染みた。
(つづく)




