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第11話_天蓋都市アマテラス


 閘門を抜けたライはあまりにも眩しい光景に目を細めた。


 船舶で混み合った港があり、奥に町並みが広がっている。一か月ぶりに見る人間の住む世界だ。


 青い海面では穏やかな陽射しが踊るように照り返している。外界の海となんら変わりがないのに、陸地と、そこに暮らす人々の息づかいがあるというだけで言葉にできない感動がライの胸の奥に沸き起こってきた。


《頑固亀》号は長距離航行船と別れ、管制官の誘導に従って進んだ。《頑固亀》号の停泊所として用意されたのは軍施設の一画だった。都市への入船を断られた経緯を聞いたデュレイルが「万が一の事態に備えて船を守らせておく」ということでその場所を選んだのだ。


 入り江周辺には軍艦が何隻も並び、威圧的な空気を漂わせている。《頑固亀》号を収容すると、船渠の頑丈そうな門が重い音をたてながら閉まった。


 ライが乗り込み口から身を出すと、先におりたエイミが大きく伸びをし、潮の匂いが染みついた空気を吸いこんでいた。皆いつもの作業着ではなく、普段着に替えている。


《頑固亀》号に接続された舷梯を渡り終えたところで案内役の男が待っていた。会見の時間をとるまでの間、控え室で休んでいてほしいという市長からの伝言をもっていた。


 ライたち九人が案内されたのは会議室だった。大きな楕円形の卓台には飲み物と菓子が用意されている。エイミやナオは遠慮することなく、菓子を口に運ぶ。ライは、広い窓の前をいったりきたりしていた。


「やっと大異変の話を聞いてもらうことができるんだ」


 これで大きな一歩が踏み出せるかどうか決まるのだと考えると、ライは落ち着かなかった。


 しばらくすると扉が開き、一人の男がやってきた。四十代も終わりそうな背の高い人物で、皺が多く頑固そうな顔つきをしている。赤い髪をもつこの男が天蓋都市(てんがいとし)アマテラス市長デュレイルだった。デュレイルは海賊から救われたことに対して礼を述べた。短いが、教養の高さを感じさせる謝辞だ。海賊船は湾岸警備隊によって回収され、乗組員たちは裁判へかけられるらしい。


 そこまで話すとデュレイルは居ずまいを正し、一同を見回した。


「重大な話というのを聞かせてもらおうか」


 和やかだった場の空気がわずかに引き締まる。窓際にいたライは手近な、皆とは少し離れた位置の椅子に座った。そこからならデュレイルの反応がよく見える。


 バルロイが代表してこれまでのこと----ニールが殺されてからの一連の出来事を、要点だけを押さえて手短に話した。大異変のこと、ファブリナス市長がこの件にからんでいることを聞くと、デュレイルは難しい表情で唸った。


「協力していただけますか」

「それが事実なら、無論、できるだけのことはするとも。だが、都市全体で手を貸すとなると、私の一存ですべてを押し通すわけにもいかない。議会を説得するに充分な証拠はないのか?」


 バルロイが書類の束を市長に渡した。ニールの情報結晶体(メモリーキューブ)を《頑固亀》号の情報処理器で読みこみ、印刷した物だ。デュレイルがそれに目を通す間皆押し黙っていた。


「しばらく預からせてもらえないか。専門家の意見も参考にしたい。君たちを疑っているわけではないのだが」

「構いませんよ。情報結晶体(メモリーキューブ)も渡しておきましょう。もっと詳しいことがわかるはずです。ヴァネッサ、出してくれ」


 ヴァネッサは遅れて反応した。


「わたしは用意していないわよ。交渉に関したことはあなたがやると言っていたから」

「僕が情報端末をうまく扱えないのはわかっていたただろ。少しは気をきかせて複製を作っていてくれても良かったんじゃないか」

「ひと言ぐらい声をかけてくれないと気のきかせようもないわよ。そもそもどうしてわたしがあなたのために気を使わないといけないの」


 次第に声の大きくなっていく二人をアルの咳払いがたしなめた。ヴァネッサとバルロイは気まずそうに目をそらした。


情報結晶体(メモリーキューブ)なら、元をライがもってるんじゃねぇの?」


 そう言ったのはイアンだ。肘をついて興味なさそうに話を聞いていたが、しっかりと参加していたようだ。


 視線が集まり、ライはポケットの中の情報結晶体(メモリーキューブ)を握りしめた。父親の形見である情報結晶体(メモリーキューブ)を手放すことに躊躇いを感じた。


「出せ。おまえ一人の問題ではないんだ」 


 ライの顔にあらわれた感情を読みとったのか、アルが断固とした口調で催促する。


「後から複製して渡せば……」


 ライは踏ん切りがつかなかったが、

「時間が惜しい、この市長にはすぐに動いてもらいたいからな。おまえが後生大事にもっていたとしてなんの役に立つ? ニールの遺志を継ぐにはなにをすればいいのか考えてみろ」

 父親を出されては拒否できなかった。嫌々ながらも情報結晶体(メモリーキューブ)を手渡すと、アルは満足そうに頷いた。


「ひとまず休んではどうだろうか。滞在場所もすでに手配させてある」


 デュレイルが厳しい表情のまま言う。久しぶりに保存食を口にしなくてすむ、とナオが喜びの声をあげた。


 エイミがこちらを見つめていた。ライは顔をそむけた。


 窓の下に広がる海を優美な造りの大型客船がゆったりと横切っていく。かすかに届く汽笛の音が、まるでなにかを笑っているかのように聞こえた。



 **********



 ライは寝台の上であぐらをかいたまま、テレビのチャンネルを次々に切り替えていった。


 大き寝台のそばにはここ一か月半の新聞が散乱しており、部屋は足の踏み場もなくなってる。ファブリナスや異変の前兆のことが載っていないかライがしらみつぶしに調べた結果だ。用意された最高級ホテルの豪華な部屋がだいなしだったが、同室のナオはあまり気にしない性格だった。


 ライはテレビのスイッチを切った。枕元の新聞を取り、決まった面に目を通す。暗記するぐらいに何度も読んだ記事だ。が、飽きることはなく、読むたびに怒りがこみあげてくる。それは、ファブリナス市長にハミルが当選したことを告げる記事だった。記者の質問に対し、ハミルは立派な文句を並べたてている。同じような記事を扱った新聞はいくつもある。そのどれもがハミルを誉めるものだ。大異変のことなど少しも載っていない。


「ふざけやがって……」 


 ライは新聞紙を丸め、壁に投げつけた。


 外から扉を数回叩く音がし、ライの返事も待たずにそっと開いた。顔を出したのはエイミだった。


「みんなで外へ買い物に行くんだけど、どうする?」

「俺はいい。行きたい奴だけで行ってくれ」


 ライは早口で答え、ベッドに身を投げた。このホテルに滞在してから数日の間、エイミたちはそれなりに楽しんでいるようだった。広いプールも備えられており、すぐ近くには繁華街がある。退屈はしないはずだ。


「わかったわ。

 ねぇ、ライ。気持ちはわかるけど、独りであまりふさぎこまないでね。今のあたしたちにできるのは待つことだけなんだから」


 エイミは控えめにそう告げた。静かに閉まるドアのかすかな音を聞きながら、ライは苦い言葉を噛みしめた。


「待つことしかできないって、なんだよ」


 我慢ができなかった。なにもせず、デュレイルやバルロイからの報告を待ちかまえているだけの今の自分を認めたくなかった。


 ライはバルロイの部屋へ向かった。だが、鍵がかかっており、返事はない。ヴァネッサの部屋も訪れたが、誰もいないのは同じだった。自室で待つことだけは嫌だったので、ライはあてもなく広いホテルの中をうろつき回った。


 天井に派手なシャンデリアががぶら下がっている。吹き抜けになった広いロビーを見下ろせる場所に出ると、正面玄関のあたりで立ち話をしているバルロイとヴァネッサが目に入った。二人のそばにいる背の高い男はデュレイルに間違いない。


 ライは一番近くにあった上り用自動階段を駆けおりていった。数人が迷惑そうな顔をしたが、文句は言われなかった。ライが追いついた時、バルロイたち三人は玄関前に用意された車に乗りこむところだった。ライを見るなりバルロイとヴァネッサは表情を曇らせた。二人とも、正装をしている。


 どこに行くのかライが訪ねると、デュレイルが答えた。


「これから会議がおこなわれる。大異変に関して都市議会の方針を決定するためのものだ。二人は参考人として出席してもらう」

「だったら俺も連れていってくれ」

「駄目だ。君が来てもなんの意味もない」、間髪入れずにバルロイが拒絶する。

「なんでだよ? あの情報結晶体(メモリーキューブ)は親父が命がけで守ったんだ。俺には議会の決定を知る資格があるはずだぞ!」

「それでも許可できない。この会議は感情的なものを吐き出すための場ではないんだ」


 ライは怒りをこめて睨みつけたがバルロイは怯まなかった。いつものバルロイからは想像もできない厳しい視線がライを見据えていた。


「わかったよ。どうせ俺なんかがいても役立たずで邪魔なだけなんだろっ!」

「そんなつもりはないわ」


 ヴァネッサが弁解しようとするが、


「いい機会だ。なにが役に立って、どうすることが邪魔なのか、よく考えてみろ。自分一人の感情がいつまでも通ると思ったら大間違いだってことを」


 バルロイの力強い口調がさえぎった。


「バル、なにもそこまで言わなくても」

「もういい! 俺は必要ないんだろ。あんたたちで勝手にしてくれ!」


 ライは複雑な感情を叩きつけた。怒りよりも悔しさで頭の中がいっぱいだった。


「そうやって感情的になるから、駄目だと言っているんだ」

「説教なんか聞きたくない!」


 ライはその場から離れようと背を向けた。その時、ライは目眩を感じ、よろけた。


 足の底から地鳴りのようなものが聞こえる。風もないのにホテルの玄関脇にある太い木が軋みをたてて揺れていた。


 地震だった。ファブリナスで感じたほどの大きさではないが、ホテルのロビーでは騒ぐ者もいるようだ。


「この都市が地震に襲われることなどなかったというのに……これも異変の兆しなのか」


 デュレイルは戸惑いを隠さない。大異変の到来までもう日がない。ライはそう直感した。


「急ぎましょう、市長。

 ライくん。議会での決定はすぐに伝えてあげるから、部屋で待っていてくれ」


 言い捨てるとバルロイたちは車に乗りこんだ。ライは去っていく車から視線をそらした。


 二回目の揺れをライは感じた。小さいながらもはっきりとした震動がライの身体に伝わってくる。


 ライは無性に苛立ち、ホテル玄関のガラスを強く蹴った。一瞬の間をおいてガラスに大きなひびが入った。




(つづく)

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