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第10話_亀の戦闘


「もう着いたんだって? 予定よりずいぶん早いな」


 最後に入ってきたのはナオだった。ビスケットをかじりながら、だぶついた作業着のベルトをしめている。今まで寝ていたらしく、長い栗色の髪をまとめてもいない。置いてあったコーヒーカップを取り、中身をすするナオ。「冷たい。苦い」、と顔をしかめた。


「静かにしてくれよ。通信がつながるところなんだから」


 ライがナオを一瞥すると、通信用映像盤に応答があった。


『本都市に接近中の艦船に告ぐ。所属と標識番号を述べよ』


 映像盤に出てきたのは管制官ではなかった。ネクタイを身につけた、なにかの役人とわかる中年の男だ。


「当艦はどこにも所属していない。標識番号も登録していない。ファブリナスからやってきたと言えば、わかってもらえると思うが……」


 バルロイが相手の反応を慎重にうかがう。


『……なるほど。こちらとしては、君たちの入港を許可するわけにはいかない。どのような理由でファブリナスを敵に回したのかは知らないが、災いの種を飲みこむのは遠慮したいのでな』


 迷いのない物言いだった。ライはバルロイを押し退けて、鼻先を映像盤へくっつけた。


「あんたたちはどうしてそうなんだ! 政治かなんだか知らないが、くだらないことを考えている場合じゃないんだぞ!」


 映像盤画面の男は身をのけぞらせた。ライはこれまでたまっていた不満を爆発させ、一気にまくしたてた。頭の中が熱くなっており、なにを言ったのか自分でもよく覚えていなかった。


「落ちつきなさいよ、ライ」


 後ろから羽交い締めにされ、ライは通信用機器から引きはがされた。エイミとナオが顔を真っ赤にさせて全力でライを抑えていた。バルロイとヴァネッサが映像盤上の役人に対して取り繕っている。


 なおも映像盤に噛みつこうとするライに引きずられながら、「あんただと話にならない。市長のデュレイルを出してくれ」、ナオが大声で言う。役人は一瞬驚いたようだった。


『市長は都市連盟の会議へ行っていてここにはいない。私の独断で不穏分子を入れるわけにはいかないのだよ』


 それだけ答えると通信は切れた。ライの身体から力が抜け、その場に座りこむ。


「どうして……どうして誰もわかってくれないんだよ」


 全天蓋都市(てんがいとし)を破滅へと導きかねない大異変は今日にも起こるかもしれない。一刻も早く多くの人々に知らせる必要があるのだ。必死に説いて回っているのに何故耳を傾けてくれないのか、ライは怒りや悔しさをとおりすぎ、悲しかった。


「参ったな……。このアマテラスならばなんとかなると思っていたのだが」


 アルが渋面となり、腕を組んで唸る。


 天蓋都市(てんがいとし)アマテラス。経済的にはそれほど成功しているわけではないが、ファブリナスの勢力圏外での最初の都市ということで皆心の底では期待していた。


「他の都市にも今のような考えかたが浸透している可能性は大きいわね。ライくんではないけれど、他の方法を見つけておく必要があるのかも」

「ナオくんの言っていた、なんとかという市長がいてくれれば少しは状況が違っていたかも知れません」

「仮定の話などするだけ無駄だ。市長云々はこの際関係がない。これからどうするかを決めないとな」


 アルたちがあれこれと議論していると、「静かに!」、鋭い叱責がディアスから飛んだ。ディアスの表情には緊張の色があった。黒髪の青年は耳にヘッドフォンをあてたまま、機器の調節用つまみやボタンを腫れ物にでも触るかのように扱っている。


 ヴァネッサは急いで自分の席へ戻り、情報処理端末を操った。レーダーや水中探信の観測結果は常に記録されている。数秒前のものを確かめると、動体反応の痕跡が認められた。ただし、ごくわずかな間だけで、反応はすぐに消えてしまっている。


「なんだったかわかるか?」


 アルの問いにヴィネスは首を横に振った。その目線は探知機器用映像盤へそそがれたままだ。


「まさか、ハミルからの刺客?」


 ライはファブリナスの外で襲ってきた潜水艇を思い出した。その可能性を、誰も否定はしなかった。


「スクリューを停止させ、姿勢制御用の補助水圧噴射機関のみで航行しろ。ディアス、どんな音も聞き逃すな。

 これより、《頑固亀》号は沈黙戦に入る。俺の許可があるまでは話声もたてるな」


 アルが低く告げたのを合図に、空気が重く、張りつめたものへと変わっていった。



**********



 耳鳴りがするほどの静寂の中、時計の針が緩やかに進んでいる。沈黙を守りとおすよう命令されてから三時間がすぎようとしていた。


 ライは椅子に腰かけ、音をたてないように気をつけていた。耳を澄ませば、隣りの席に座っているナオの寝息がかすかに聞こえるほどだ。ライは貧乏ゆすりを止め、中央の艦長席にいるアルを盗み見た。


 肘をついて組んだ手に顎を乗せ、すべての映像盤をじっと睨みつけている。バルロイはニールの情報結晶体(メモリーキューブ)から印刷された書類を読んでおり、ヴァネッサは端末を通してなにかを検索中だ。ヴィネスが髭をいじりながら目を通しているのは、《頑固亀》号の整備に関するものだろう。


 黒髪の青年ディアスが探信を続けている。闇に覆われた地形は針金の組み合わせのような図形として映像盤に表示された。それを参考に、操縦士のイアンが静かに《頑固亀》号を操っている。入り組んだ箇所を通過した後はさすがに息をつき、砂色の長い髪をかきあげていた。


《頑固亀》号は深度を下げ、海の底のほうをのろのろと這い進んでいる。速度を落としてからどの程度の距離を稼いだのか、まったく見当がつかない。


「よっと」


 かすかな声がして、全員が出入口のほうを見た。制御室の扉を閉めるところだったエイミが一同の注目を浴び、気まずそうにぎこちない笑みをうかべる。コーヒーカップを乗せた盆でエイミの両手はふさがっていた。エイミは無言でコーヒーを配った。最後にライが受け取った時、鈍い振動音が伝わり、コーヒーの表面に細波を生んだ。


「見つかったのか?」


 誰かの、押し殺した声。映像盤上に変化があった。光点が出現し、レーダーの範囲外へ向かっている。


「今のは機雷の爆発音。レーダーの索敵範囲外にもう一隻の船を確認。目標はそれめがけて高速移動中」


「どういうことだ? 俺たちが目当てではないのか」


 アルの問いかけにディアスは答えない。ややあって、爆発音が数回響いた。聞き耳をたてていたディアスが短く報告するところによれば、《頑固亀》号と同様に身を潜めていた船がもう一隻の船を攻撃しているとのことだった。後者の船には武器が搭載されていないのか、反撃の動きはないらしい。範囲を拡大されたレーダーと熱源感知走査を組み合わせた映像盤には無数の機雷の敷設と、そこで争う二隻の船が映しだされていた。


「どうするよ? 関係ないから無視するのが一番だと思うけどな」


 イアンが誰にともなく尋ねる。


「助けにいこう。抵抗しない相手を攻撃するなんて悪者に決まってる」


 ライは主張し、口をつけていないカップをエイミの持つ盆へ戻した。「でも、こっちだって武器はないんだぜ」、ナオが反論をする。ライたちは船長の判断を仰いだ。アルは大きく目を開き、映像盤の動きに見入っていた。


「バルロイ、判断はおまえに任せる。今回の儂の決断は公正と言えないからな」

「では、救援に行きましょう。助ける義務はありませんが、見捨てる必要性もないですからね。戦闘の指揮はお願いします」


 イアンが《頑固亀》号の主駆動機関を起動させる。低い唸りが徐々に大きくなっていった。


「ったく。面倒ごとに首をつっこむのが本当に好きなんだからよ……」

「推力全開で急行した場合の到達時間はおよそ九分四四秒。爆発音で音が乱れているため艦船の照合は未だ終了せず」

「その必要はない。この追いつめ方は奴だ。奴のことなら儂が……いや、この傷がよく知っている」


 アルは左目を潰した傷跡を押さえ、口の端を歪めた。憎しみと嬉しさが入り交じった凶暴な光を、彼の右目は宿していた。



**********



 耳障りな甲高い響きが船内を満たす。全速力で進む《頑固亀》号と海水とが生み出す摩擦音だ。耳をふさいでいても身体の芯へ伝わってくるのでライは諦め、我慢した。


 乱れ泳ぐ二つの影に急接近する《頑固亀》号。高感度カメラが二隻の船を捉える。魚の群が慌ただしく散っていく。


 ひとつは《頑固亀》号よりは小型の、一般に長距離航行船として分類される船だ。鋭角的な線で構成された優雅な船体には焼けた跡があり、数か所が大きくへこんでいる。 


 もう一隻はエイに似た、平たい形状の船だった。《頑固亀》号の倍近い船体の底部は膨らみをもち、広く張り出した側面には無数の傷跡が刻みつけてある。


「海賊船だ。まだこんな連中がいたのか」、 ナオが感心の意をこめて口笛を吹く。


 二十数年前まで、各天蓋都市(てんがいとし)の領海外は無法地帯同然であった。天蓋都市(てんがいとし)間の連携が取れておらず、多くの海賊が幅をきかせていた。だが、「全天蓋都市(てんがいとし)間連盟」が発足したおかげで厳しい取り締まりにより前世紀の遺物である海賊は姿を消しているはずだった。


「長距離航行船と海賊船との間に割りこめ。資料採集用の爆薬をいつでも使えるようにしておくのを忘れるな」


 海賊船は《頑固亀》号をわざと無視しているようだった。が、執拗につきまとい、海賊船の進路を妨害し続けると、《頑固亀》号を排除する気になったようだ。


 エイの両脇から三本ずつの魚雷が撃ち出される。直進してきたそれらは《頑固亀》号の鼻先で突然安定を失い、ふらふらと横へ流れていった。


 ディアスが組み合わせた音波によって魚雷の弾頭にある回路を狂わせた。ライの質問に対し、バルロイがそう答えた。


「一気に片をつける。あのエイにくっつけ」


《頑固亀》号が距離を詰めると、エイの腹部がはがれた。船体底部の厚い装甲が落ちてゆき、二本の大型魚雷が威圧的な姿を見せる。 それらの魚雷は白い尾を引き、《頑固亀》号へ迫ってきた。弾頭が弾け、湧きたった水泡の中からいくつもの小型魚雷が飛び出してくる。


 イアンが回避行動をとろうとした刹那、アルが叫ぶ。


「つっこめ! あれは囮だ。ちんたらしてると下からの機雷にやられるぞ!」


 海底へ沈んでいたエイの腹部装甲の一部が開き、無数の機雷が打ち上げられる。


 映像盤の光景にエイミが短い悲鳴をあげた。


 前方からの魚雷を無視し、高速で浮上する機雷を避けることだけにイアンは徹する。魚雷のほぼすべてが直撃したが爆発はせず、《頑固亀》号のぶ厚い装甲が破れることはなかった。


 曲芸じみた操縦で床と天井が何度も入れ替わり、ライは椅子にしがみついていた。掴んだエイミの腕を離さないようにすることで精一杯だった。盆が転げ回り、割れたカップからこぼれた中身が床から天井へ滴っていた。


 船体をかすめた機雷が爆発し、周辺の機雷の誘爆を引き起こす。重い振動が《頑固亀》号を襲った。船体がきしむ不気味な音をライははっきりと聞いた。


「水圧で潰れるなんてご免だ」

「損傷は? 応急処置しないとやばいんじゃないか」、機雷原を抜けると同時にナオが声をはりあげた。

「この程度の衝撃が百万回ぐらい続けばね。伊達に経理部の数字をごまかしていないよ」


 バルロイが意味ありげな笑みを作る。追求する余裕はライにはなかった。


 映像盤の視界を巨大なエイがさえぎっていた。《頑固亀》号の数倍はある巨体が体当たりをしてきた。船体がひときわ大きく揺れ、中途半端に立っていたライとエイミ、ナオの三人は床にたたきつけられた。


「とりつけたわ。設定は五秒後よ」

「やつから離れろ!」


 ライたちが立ち上がった時、低い爆発音が伝わってきた。大型映像盤が切り替わる。距離を広げていた海賊船が不自然に傾いていた。船体後部の一部がひしゃげ、穴らしい物も見える。


 接触した時に船外作業腕を使用して、爆薬を海賊船にくっつけた。ナオの質問にヴァネッサが説明した。


 巨大なエイは機関部をやられ航行不能に陥ったらしく、徐々に海底へ沈んでいく。このままでは海賊たちの棺桶と化すだろう。


「アマテラスの湾岸警備隊へ連絡して、法で裁いてもらわないといけないわね」


 ヴァネッサが話を切り上げる。数時間に及ぶ緊張感がなくなったための反動か、軽くなった空気の中で皆どうでもいいことを口にしていた。 


 と、一人黙りこくっていたアルが席を離れて通路へ向かう。「儂は少し休ませてもらう。バルロイ、しばらく頼む」、広い背中は声をかけることを拒絶していた。


「アルさん……どうしたんでしょう?」


 船長が見えなくなってから、エイミが誰にともなく尋ねた。「ああ。それなら」、口髭を触っているヴィネスをバルロイが目で制す。


「他人にはあまり口にしたくないことがあるのよ。人生を長く生きてきた人は余計にね」

「左目の傷……に関係してるんですか」


 ライがつい言葉にすると、ヴァネッサは渋った表情で頷いた。ライはそれ以上訊かないことに決めた。


 気まずくなった場の雰囲気を散らそうとするかのように、海賊船の件を早く通報するようイアンが乱暴な口調で促した。


 ヴィネスが周波数を合わせていると、乱れた雑音が通信機から吐き出された。


「こち…………磁場の状態と機械の不調で…………聞こえているか……」


 ディアスが発信源を割り出す。海賊船に襲われていた長距離航行船からで、一度離脱していたその船は戦場へ戻り、《頑固亀》号へ近づきつつあった。ヴィネスが通信の調整をする。


「そちらのお陰で助かった。感謝する。私はデュレイル=ノッド。差し支えなければ、私のできる範囲で礼をさせていただきたい」


 男が告げたその名前に、ライは聞き覚えがあった。それが天蓋都市(てんがいとし)アマテラスの市長のものであることに思い至るまでにそう時間はかからなかった。




(つづく)

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