夏休みの日常 6
事の発端は夜瑠ちゃんの頼み事から、でした。
◇
その日私たち姉妹は、お風呂上がりに夜瑠ちゃんの部屋に集まって覚えたばかりのトランプゲーム『大富豪』を嗜んでいました。
「じゃあ7のペアから」
「Kのペアよ」
「え、いきなり数字上げすぎだよ。うーん…じゃあ私はパスするね」
「えっと…ではAのペアを出しますね」
「パス」
「ふふ、2のペアよ。誰も出せないでしょ、私のターンね」
自信満々。声を高らかにして宣言する夜瑠ちゃん。
大富豪のルールでは2が最上位のカード。そのペアとだけあって彼女の言う通り誰もカードを出すことが出来ず場が流れます。
「夜瑠ちゃん、さっきからそんな強いカードばかり連続で出してて大丈夫?」
「いいのよ。ふふふ。既に勝利は私の手の中にあるんだから」
高めの数字のカードを持っていないのでしょう。先ほどからパスしか出来ていない真昼ちゃんに夜瑠ちゃんが不敵な笑みを浮かべて返しました。
…何を企んでいるのでしょうか。浮かんだ疑問は直後に続いた夜瑠ちゃんの言葉で解決しました。
「時は満ちた。見せてあげる、これが革命よ!」
そう言って勢いよく場に出されるのは四枚の9。
「え……嘘」
「成る程…これは……」
私は自分の手札を見て思わず顔を顰めます。
あるのはKやJ、Aといった比較的高めの数字。先程までなら勝機は十分にあった手札ですが、革命によって数字の強さが逆転した今、とても頼りないものに見えました。
「無理、パス!」
「…パスで」
「来ると思ってた、はい革命返し」
当然四枚揃ったカードなど持ち合わせているはずもなく、私は勝利を諦めつつパスを宣言。
しかし、後に続いた夕ちゃんは場に四枚の5を投げました。
革命返しによって数字の強さが更に逆転し、元に戻ります。
「え……」
「やった、ありがとう夕ちゃん!」
「助かりました…」
唖然とした様子で目を開く夜瑠ちゃんに、夕ちゃんが勝ち誇った顔で笑いました。
「序盤から高めのカードしか出してこない時点で仕掛けてくるだろうなとは思ってたんだよ」
「わ、私の革命が………。よくもやってくれたわね、夕」
口元を引き攣らせ怒りに震える夜瑠。よく見れば少し涙も浮かんでいます。
初めから革命で勝利を掴む予定だったのでしょう。その革命が封じられた今、彼女の手元に残っているカードはきっと……。
「はい10」
「くっ…! パスよ…」
「はいJ」
「ではQで」
「8のペア」
「…パス」
「10のペアで」
「Kのペア出しますね」
その後は夜瑠ちゃんが参戦できないギリギリのラインの数字を出して場を回すだけの作業でした。しょんぼりと俯く夜瑠ちゃんが気の毒でしたが、革命が成功していればあそこにいたのは私と考えると冷徹になれました。これも勝負です。
「よし上がり、一抜け」
何度か大富豪をした後、一抜けで上がった夕ちゃんはふわっと欠伸をして眠たげに目を擦りました。
すっかりゲームに夢中で時間を気にしていませんでしたが、時計を見ると夜の10時を指していて、もうお開きにしないとまずい時間です。
「もうこんな時間…ですか。このゲームで終わりましょう」
「そうだね。そうしよっか、夜瑠ちゃんもそれでいい?」
「……そうね。一抜けしたし、夕はもう帰っていいわよ。おやすみなさい」
「あー…じゃあ言葉に甘えて先に失礼するわ。おやすみ」
ゆっくりとした足取りで夕ちゃんが部屋を去っていったタイミングで、夜瑠ちゃんが手札を床に置きました。
「よし、行ったわね。…ねぇ、二人とも。少し頼みたいことがあるのだけど」
「何? どうしたの?」
「私たちに頼みたいこと…ですか?」
三人になれるタイミングを伺っていたとも取れる言葉に、私と真昼ちゃんが疑問を浮かべる中、夜瑠ちゃんは言葉を続けます。
「夕にどう思われているか知りたいの。協力してくれる?」
いつになく真面目な顔で告げる夜瑠ちゃんから詳しく話を聞いたところ、どうやら夜瑠ちゃんは最近夕ちゃんとの距離感を測りかねているとのことで。
嫌われていないか、心配になることがあるとか。
ーーどう考えても心配しすぎな気がするけど。
「もしかして思春期ってやつなのかな」
「そうかもしれない…ですね」
ボソリと呟く真昼ちゃんの言葉に相槌を打ちます。
あくまで客観的ですが、夜瑠ちゃんが夕ちゃんに嫌われているとは到底思えませんでした。寧ろ姉妹の中で誰よりも愛されている気がします。
でもまぁ、頼まれたからには協力しないわけにはいきまけん。
頬を赤らめて頭を下げる夜瑠ちゃんの姿に、私は真昼と顔を見合わせて頷きました。
私たちには滅多に言わない我儘。
姉として叶えてあげたいと思うのは必然でした。
◇
今回の作戦を実行するにあたって夜瑠ちゃんには様々なことを教えてあげました。
自分では気づかない細かな仕草など、私たちが知っている限りのことを、より詳しく。
「え、そんな癖あるの?」
などと本人は驚いていましたが…。
そんな本人でも、言われても気づかないような些細な癖。
それらが今目の前で、夕ちゃんによって完璧に再現されていました。
軽い雑談を交わしながら細かな仕草など見ていますが、夕ちゃんがする仕草は夜瑠ほぼそのもの。
事前に入れ替わってることを知っていなければ、私や真昼ちゃんでさえ見抜けないかも、と思うほどです。
それはすなわち、よく見ているということで。つまり好意の表れとも言えます。
それを理解した夜瑠ちゃんの顔はリンゴのように真っ赤に染まっていました。
もういいわと必死で目で訴えてきているのが分かります。
「んー…」
作戦は成功。大成功と言っても過言ではないでしょう。
もう引き上げてもいいと思います、しかし。
ーーやっぱりこういうのは本人の口から直接言ってもらったほうが良いですよね。
「どうしたのよ?」
「正直雑談だけでは全く見極めれそうにないです。ですので、ちょっと質問してもいいですか?」
私は暫く考えて、続行を選択しました。
夜瑠ちゃんの視線に気づいてないフリをして、視線を真っ直ぐ夕ちゃんに向けます。
「質問? …えぇ、構わないわ」
夕ちゃんも不信感を抱き始めているのでしょう。怪訝な表情を浮かべましたが、こちらの提案を呑んでくれました。
まぁ、最悪こちらの目論みがバレたところで問題はありません。
今回の件は夕ちゃんにはかなり迷惑をかけてしまっています。
だからこそ、『最後に全て話してしっかり謝る』までが計画でしたし。強いて言うならば謝るタイミングが少し早まるくらいです。
……寧ろここで分かりやすくバラしてしまった方がいいのかもしれません。後々の説明がスムーズに進められますし…
こうして私は軽い雑談を止め、更に攻め込んだ質問へと移行しました。
「では行きます。夜瑠ちゃんクイズです」
「え、クイズ??」
「はい、行きますよ」
「え? ま、まぁいいわ。受けて立とうじゃない」
最早殆ど隠す気の無くなった私の言葉に戸惑いながらも胸を張る夕ちゃん。
何やってんのよ、と訴えてくる夜瑠ちゃんの視線を全力で無視して、私は質問を投げました。
「第一問、好きな食べ物は何?」
「パンケーキよ。ハチミツたっぷりかけて食べるのが好きよ」
「じゃあ嫌いな食べ物は?」
「ブロッコリー」
「何が嫌い何ですか?」
「食感が無理なのよ」
流石に簡単すぎましたか。全て正解です。やりますね…。
「ーーねぇ、ちょっと!?」
溜まらずと言わんばかりに隣にいた夜瑠ちゃんが私の肩を揺さぶられましたが、私は質問を続けました。
「好きな飲み物は?」
「苺ミルク」
「嫌いな飲み物は?」
「コーヒー」
「好きなスポーツは?」
「ないわ」
「嫌いなスポーツは?」
「全て」
やはり、ありきたりな質問は全部正解ですね。もう少し踏み行った質問に切り替えましょうか。例えば…
「入浴時どこから洗います?」
「右足から」
これも知っているとは…。
「ーーな…なっ…!? え!?」
「寝る直前にいつも行っていることは?」
「テディベアの手を握ってるわ」
「起きた直後は何してます?」
「テディベアに挨拶よ」
「今欲しいものは?」
「もっと大きなテディベア」
…凄まじいですね。私ですら知らない質問をスラスラと淀みなく答えることができるなんて…。
く、このままじゃ姉としての矜持が……。
「参りましたね……」
「ふっ、何を隠そう、私が夜瑠本人だからよ」
「て、適当言ってるんじゃないわよ!!? ばか夕!!」
夕ちゃんがフッと胸を張った直後、ついに夜瑠ちゃんが爆発しました。
◇
「なるほどな。まぁ途中から察していたが…」
トントントン…。静かな部屋に机を指で叩く音だけが聞こえてきます。
夜瑠ちゃんが爆発した後のことです。
今回の件のネタバラシを終えた私は、「ふーん」とだけ呟いた夕ちゃんに自室へと連れ込まれました。
今は夜瑠ちゃん真昼ちゃんと三人で肩を並べて正座しています。
「三人とも、私に何か言うことは?」
重苦しい空気の中、夕ちゃんがにっこり笑顔で尋ねてきます。
あれ? 笑顔ってこんなにも怖いものだったっけ…?
「ごめんなさい」
とにかく素直に頭を下げて謝りました。
夜瑠ちゃんのお願いを叶える為とは言え、夕ちゃんを騙してしまったことには変わりありません。
「うん、許すよ」
怒声の一つや二つ言われることを覚悟して、ギュッと手のひらを握りしめましたが、返ってきたのはそんな優しい言葉でした。
「ていうかこんな回りくどいことせずに直接聴きにこればよかったのに…。私が夜瑠を嫌うわけないだろ。本当心配性だな、夜瑠は」
「う、うるさいわね……」
「二人も夜瑠に付き合わせてごめん」
「いや夕ちゃんが謝ることないよ!?」
そう言って謝る夕ちゃんに、私たちは慌てて頭を上げさせます。
「いや、でも事の発端は私が夜瑠を不安にさせた事だから。私が気づいていればこんなことにならなかったわけだし。うん、ごめん」
やはり…夕ちゃんは凄いと改めて実感しました。
私ではまだ追いつけそうにありません。
「ホント敵わないなぁ…もっと頑張らないと……」
「ですね」
ボソッと呟かれた真昼ちゃんの言葉に強く同意します。
私も見習わないといけませんね。そしていずれ必ず夕ちゃんに追いついて見せます。
「じゃあ一件落着ってことで。今日はお開き、解散! 私はもう動かないからな! 誰が何と言おうとゴロゴロするから!」
まさに鶴の一声。
夕ちゃんの自堕落宣言により今日は解散となりました。
「途中までカッコよかったのに…」
「けど夕ちゃんらしいですよね」
部屋を追い出された私達はプッと噴き出し、笑い合いました。ひとしきり笑った後、この後の予定について話し合います。
想定より早くネタバラシを行ったこともあり、夜ご飯までの時間はまだかなりありました。
「それでこの後どうします?」
「うーん、特にすることもないし私たちも解散でいいんじゃないかな。少し考えたいこともあるし」
今日の夕ちゃんを見て思うところがあったのでしょう。
真剣な表情で答える真昼ちゃんに私も頷きました。
「そうですね、では今日は解散しましょう」
「あ、ちょ、ちょっといいかしら」
解散しようとした私たちを慌てて呼び止めたのは夜瑠ちゃんでした。
「あの……二人とも…私のためにありがとう」
照れて伏し目になる夜瑠ちゃんの言葉に、頼まれた時と同じ様に。
私は真昼ちゃんと目を見合わせて、同時に言いました。
「どういたしまして」と。




