夏休みの日常 4
コンコンコンと軽やかなノック音が聞こえてきたのは、夜瑠のベッドにダイブしてから三十分ほど経った後のことだった。
ついに来たか……
勉強道具の出し忘れに気づいた夜瑠だといいんだけど。その可能性は薄い。ていうか突撃シーンを見てしまった以上、あり得ないと言っても過言ではない。
十中八九朝日と真昼のどちらか、あるいは両方だろう。
私は体を起こし、合鍵を使われる前にドアを開けて出迎える。
ドアの前には真昼が立っていた。珍しく近くに朝日の姿はない。
「なに……真昼? 私は用事があるって言ったよね。忙しいんだけど」
「あはは…ごめんね夜瑠ちゃん。ちょっと話したいことがあってさ」
「はぁ、手短に済ませなさいよ。とりあえず中に入りなさい」
「うん、お邪魔しまーす」
記憶の中の夜瑠の口調を極力真似て言うと、真昼は私を夜瑠だと信じたのか。
疑う素振りを見せず本題を切り出した。
「実はさっき夕ちゃんと喧嘩別れしちゃったんだよね」
「そう…喧嘩別れね。って、は?」
喧嘩? え、夜瑠。私の格好で何しでかしてくれてんの?
私のいないところで初めての姉妹喧嘩である。しかも喧嘩しているのが私と真昼か。もう何がなんだか分からない。
「な、何があったのよ」
少し漏れてしまったが、何とか本音を抑えこんだ私はそう尋ねた。
「さっきまで普通に遊んでいたんだけどね。何か夕ちゃんの様子が変だったの」
「へ、変?」
「うん。何か子供っぽい感じがして。それを追求したら怒っちゃった」
あははと苦笑を浮かべる真昼。
ふむ、今の話を大体まとめると。
夜瑠が私らしく演技をしようとして失敗。違和感を真昼に指摘されキレたって感じか?
いや本当、何しでかしてくれてるんだ夜瑠?
早急に仲直りしてもらわないと私が困るんだが。真昼とどう接したらいいか分からなくなるんだが?
とにかく。ここは何とか仲直りをしてもらう方針で真昼の方を説得してみるしかないか。
「真ひーー」
「夜瑠ちゃんは夕ちゃんのことどう思う?」
「夕のこと?」
話を遮られ、投げつけられた質問に思わず変な声が出た。
え、何その質問。私に私のことをどう思ってるのかって聞くの? 面接かな?
「えーと……そうね。ゴロゴロすることを生きがいにしてる…ように感じてるわ」
「あはは、それ言い過ぎだよ」
あっはっは。本心なんだけどねー。
内心ぼやきながら二人して笑う。
「だけどさー」
「何?」
「いいとこもいっぱいあるよね。普段はだらしないけど。ほら、いざって時は頼りになるし、カッコ良いし」
「そ、そ…そうね…」
唐突の褒め言葉に、私は真昼から目を逸らした。
面と向かって褒められるのは慣れてない。ていうか耐えられない。
「ねぇ、夜瑠ちゃん。夜瑠ちゃんは夕ちゃんのこと好き?」
……もうなんて答えればいいか分からない。
夜瑠も好き勝手やってるみたいだし、適当に答えてもバチは当たらないか。
「ええ……好きよ」
「じゃあ私のことは?」
「好きよ。勿論、朝日のこともね」
「そっか。だよね、夜瑠ちゃんならそう答えると思ってたよ」
うんうん、と頷いた後、真昼は笑みを浮かべながら言った。
「じゃあさ。夜瑠ちゃんは姉妹の中で一番誰を頼りにしてる?」
「真昼よ」
即答だった。
夜瑠として聞かれているので夜瑠は論外。私も論外。
残された選択肢は朝日と真昼。
朝日の成長には目まぐるしいものがあるが、精神面などまだ未熟なところが多い。
その点、真昼は安定している。
故の判断。
きっと夜瑠もそう思っている、はずだ。多分。
「そっかー……うん、分かった。ありがと夜瑠ちゃん」
「ええ。分かったらさっさと仲直りしなさいよ。姉妹喧嘩してるとこなんて見たくないのよ」
「うん。仲直りしてくるね」
じゃあねーと真昼は去っていった。
話の主導権を握られたときにはどうなることかと思ったが何とか軌道修正できたことにホッと息を漏らす。
本当仲直りしてくれよ。
◇
「で、どうだったの真昼?」
「うん、しっかり夜瑠ちゃんの特徴は捉えれてたと思うよ。仕草もそっくりだったし。よく見られてるね。よかったね夜瑠ちゃん」
「わ、私は別に…」
興味がなさそうに告げる夜瑠だが、いかんせん口元が緩みに緩み切っていた。
「そう言いながらもニヤけてるよ」
「真昼ちゃんもですよ」
それを指摘する真昼だが、間髪入れず朝日が口を挟む。
「夕ちゃんと話してて何か良いことでもありましたか? 口が緩んでましたよ」
「え、嘘。顔に出てた? いや…ちょっとね」
思わずと言った感じで目を逸らした真昼は、一拍置いた後、わざとらしく咳払いをして話を強引に切り替えた。
「ま、まぁ、とりあえずこれで私の番は終わりだね。次は…朝ちゃんだっけ?」
「えぇ、私が行きます……と言いたいところですが、夜瑠ちゃんが先程から行きたそうにウズウズしてるので一緒に連れて行こうと思います」
「なっ、朝日!? 真昼、朝日の言うことは聞かなくていいからね!」
頬を紅潮させて朝日に突っかかる夜瑠。
しかし、どことなく嬉しそうな表情だったので、真昼は夜瑠の抗議を無視することにした。
「二人まとめてかー…うへぇ…理由考えるの大変だー。どんな理由で送り込もうかなぁ…」
「だ、だから聞かなくていいって!」




