夏休みの日常 3
私は今ある種のピンチを迎えていた。
目の前にいるのはつい先程部屋に戻ってきて、私が準備した服に着替えた夜瑠。
問題はその夜瑠が差し出す手の中。
そこにはたった今夜瑠が脱いだ服があった。
「ーーえ、待て待て。お前嘘だろ。それを私に着ろと?」
「だってしょうがないじゃない。今日の服装は既に二人に見られてるんだから。変えた方が不自然よ」
当然と言うように語る夜瑠に私は頭を悩ませた。軽く頭痛がする。
「いや…でも流石に脱ぎたてを着るのは。抵抗があるんだが」
「別に姉妹なんだからいいでしょ。それに着てそんなに時間は経ってないし」
「そういう問題じゃないだろ……」
私が言うと、夜瑠は不満そうな顔を作った。
「なに、そんなに私の着てた服を着るのがイヤなの?」
「……私は別にいいんだけど。夜瑠は嫌じゃないのか? さっきまで自分が着てた服を相手に着せるのって結構恥ずかしいと思うんだけど」
「い、いいから早く着なさいよ」
ほら、やっぱり恥ずかしいんじゃないか。
新しいの出せばいいのに。
顔を赤らめながら、そっぽ向く夜瑠に私は苦笑を零す。
「まぁ夜瑠がいいっていうなら……私はもう何も言わないけどさ。次からはちゃんと新しいやつを出してくれよ」
私とて全く恥ずかしくないわけではないが、耐え切れないほどでもない。
私は大きく溜息を吐くと、夜瑠の服を受け取った。
◇
「いやホントにそっくりね……鏡を見てる気分だわ」
「同意だな」
服を交換し終えた私たちは、互いの姿を見て感嘆した。
いや、これ完全に私だわ。どう見ても私にしか見えない。
なんか変な気分だ。ドッペルゲンガーを見た人はこんな気分になるのだろうか。いや見たら死ぬって話だったか。興味なかったのであまり覚えてない。
まぁどうでもいいか。
肝心なのは見分けが付かないってところだ。
流石に姉妹の目を騙せるとは思えなかったが、これならイケるかもしれない。バレない自信が湧いてきた。
ところで。
「そう言えば夜瑠って二人にどんな用事があるって言ったんだ?」
私が尋ねると、何故か夜瑠は困ったような表情を浮かべた。
「えっ…あ、そうね。アレよアレ……ええと、そう勉強! 勉強するって言ったわ」
「勉強、か。なるほどな」
夜瑠の反応に思うところがないわけではないが、それはひとまず置いといて。
勉強はベタだがいい案だと思った。
転がりながらでも出来るし。ベッドの近くに参考書を置いておくだけで、部屋に誰か入ってきたとしてもすぐに勉強しているフリができる。
「了解。じゃあそろそろ夜瑠の部屋に行くわ」
「ご飯前には一度戻ってきなさいよ。流石に親の目を誤魔化すのは厳しいと思うわ」
「分かってるよ、また後で」
私は自分の部屋に別れを告げ、廊下へ出る。
夜瑠の部屋は私の部屋から然程離れていない。というか右隣だった。
まぁ、一つ一つの部屋が無駄に広い所為で、あまり隣って感覚はしないけど。壁も分厚いから声も聞こえないし。
ちなみに左隣は真昼の部屋で、その左は朝日の部屋と並んでいる。その為、廊下は鉢合わせになる可能性が高く、私は急ぎ足で夜瑠の部屋へと向かった。
そして素早く中に入り、鍵をかける。
「よし…ここまでは順調だな」
とりあえず二人に見つからなかったことにホッと安堵の息を吐いた。
あとは勉強道具を持ってベッドに向かえば完璧だ。
さて勉強道具は……。あれ、いやどこだ。
部屋中を見渡しても勉強道具が見つからない。あるのは小説くらい。
え、用意してないの? 本気で言ってる…?
探せば見つかるとは思うが、流石に部屋を勝手に漁るのはマナー違反。姉妹とは言えやってはいけないことはある。
そうなると、やっぱ直接夜瑠に聞きに行くしかないか…。
廊下に再び出るのはめんどくさいし、少し怖いが仕方ない。
ーーまぁ、五分十分と時間がかかるわけでもないし素早く行って戻れば鉢合わせることもないだろ。
そう思い、鍵を外し扉を少し開けてーー
私は即座に扉を閉めて鍵をかけた。
「いや、マジかよ」
私の目に映ったのは、隣の部屋ーーつまりは私の部屋に入っていく朝日と真昼の後ろ姿だった。
夜瑠……君の犠牲は無駄にしないから…。
手を合わせ黙祷。
さて、本格的にどうするか。
部屋に押し入られた時に勉強道具が無かったらサボってたことがすぐバレてしまうし。何なら勉強という用事事態が嘘だと発覚してしまうかもしれない。
そうなったらもう夜瑠に顔向けできない。
……これでいいか…?
私は苦渋の末に、机の上に置いてあった小説を手に取った。
挿絵が可愛らしく、文字が大きい。
児童向けの小説。
ま、まぁ。一応小説だし、国語の勉強には多少なる……と思う。だから何とか誤魔化せる……はず。
自信ないな…。
はぁ…。まぁ、その時になったら考えよう…。
私は小説を手に持ったままベッドへと向かった。




